授業 (連続47日目)

退屈だ。
ああ退屈だ。
超退屈だ。
十和田ランシールは今日も煮詰まるほどの退屈を前に困り果てていた。
日光を浴びると死ぬ、死なないまでも致命的ダメージを喰らうという制約はわりとどうでも良い。
そもそも十和田はお日様の元で行う楽しそげな事全てが大嫌いだった。
闇と星と月、後は人工の光の世界ならむしろ望むところだ。
問題は、退屈だけだ。
なんでも出来るだけの力はある。
多少インチキだが資産も溢れるほど有る。
この世のほぼ全てのことを知っている。
だからこそ何もする気が起きない。
心の赴くまま好きなことを好きなだけやっていた時期もある…それはそれで楽しかった。周りに災害と最悪をまき散らす行為はそれなりに暇が潰れた。
しかし、あっという間に飽きた。
そもそもランシールが本気で暴れれば世界はあっと言う間に滅んでしまうのだ。
その後は永遠の静寂。
時間の静止。
そんなものに耐えられるはずもない。
彼は少しずつ地上の支配者…ニンゲンというものに歩み寄り、そして今、こんな所で大学教授のロールプレイをしている。
面白くはない。
雑務も一瞬で終わってしまうし、やりがいもない。
生徒はちょっと遊んでやるだけで次回からは授業に出てこないので教育なんてしたこともない。
だがこの社会的立場は何かと便利なので、20年ほどこの地位に甘んじている。
そろそろ潮時なので別の何かにジョブチェンジが必要なのだが…そんなタイミングでついにネコ使いが面白いことになるようだった。
20年以上育て上げ、やっと面白い方向に行こうとしているのだ。
それを見捨てて次の面白いことを探せとは…無茶な注文だ。
しかし、十和田のタイムテーブル的に今は一切手出し無用。
今下手に手を貸したりヒントを与えたりすると、結局自分が予測したとおりにしか事態は進行せず、それは要するに十和田自身が動いて問題を解決したのと同じ事になってしまう。
十和田は驚きたかった。
ランシールは斜め上の、もしくは斜め下の反応が見たかった。
ほぼ全ての神のサイコロの目を予測できてしまう十和田ランシールは、それ以外の違った物が見たくて仕方なかった。
だから今は我慢しなくてはいけない。
わかっている。
わかってはいるが…
退屈だ。
ああ退屈だ。
超退屈だ。
スーパー退屈だ。
誰かこれを何とかしてくれないものか。
そんなとき。
カモが現れた。


あははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは。
ああ、逃げるな逃げるな。
久し振りなので、ちょっと興奮しすぎただけだ。
だって…俺の授業に生徒がいるとかwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwww
ありえんwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwww
オマエ、ちゃんと今年のオリエンテーション受けたのかwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwww
ああ、逃げないで。
冗談だから。
まあ色々聞いたとは思うが、俺は別に生徒を採って喰うわけじゃないから。そもそもそんな怪物を大学が雇うと思うか?ましてや授業を受け持たせると思うか?だろ?
ふふん。
ほう?
なるほど。
つまり君は『授業を一回だけ受ければそれだけで単位がもらえる』という噂をそのまんま信じたわけか?
ほう。内定か。おめでとう。良い所だな。今後の人生は君次第だが、なかなか良いスタートと言えるだろう。
無事に卒業できればだが。
しかし君はしくじったな。
こんな3流大学にもかかわらずそんな内定をもらえたというのに、単位が少しだけ足りなくなるとは。
だから毎年新入生には口を酸っぱくしてよく考えて授業を取れ、と言っているのだがな…君もなんとなく遊んでしまった口か。
いや、否定はしないぞ?
俺はむしろそちらを指示する。
どれだけ未来を予測しようが明日死ぬかも知れないのだ。今日を楽しく生きなくてどうする。
で、楽しかったか?
なんだ、誉めて損したな。査定マイナス1、と。
おう?
ああ、気にするな。単位とは無関係だ。俺個人の人物評価だ。
そもそも俺の下で働きたいとか、そう言う酔狂でもない限り無意味な数値だ。
すでに君は望みの会社の最高評価を得たわけじゃないか。
この後どんなおもしろ評価されようが関係ないだろう?
…ふふん、引っかからなかったか。さっきの査定は帳消しにしてやろう。
さて、久し振りなので実は必要なテキストがない。よって板書と口頭のみの説明になるが…ああ、時間もないし別に君が取りに行く必要もないし、取りに行くのは危険だ。
…いや、文字通りの意味だが?
あーひょっとするとこの後試験が有ることを想定しているのかもしれんが、そんなめんどうなことを俺はしたくないので気にしなくて良い。
そもそも理解したかどうかなぞ、この場に二人しかいないのだから自明だしな。
初めから何一つ理解しなくても俺は単位をくれてやるつもりだ。
大学側とも話が付いていたりする。
つまりはこういうことだ。
『わけがわからなかろうが十和田ランシールの講義を受けて最後まで耐えられたのなら、その時点で単位6を与える』
これは本当だ。オリエンテーションのプリントにも書いてあっただろ?多分質問が殺到したはずだ…で、多分適当な返答しかもらえなかっただろう。
それでいい。
その時点で知ってしまったら本当に誰も来ないからな。
別に俺は誰も来なくてかまわんのだが、大学としてはまあ、そうも言えないしな。
あーあと、ひょっとすると俺の授業の後大学の偉いさんに拉致られてここで起こった全てを吐かされるかも知れないが…「よく解らなかった」とか言っとけば充分だ。
むしろ理解しない方が人生に+かもな。
ほう。別に録音しても良いが…聞き直さないことをオススメするな。
ふむ。
まあいい。
時間も押してきたことだし、講義を始める…
実は10分ほどで終わる話なんだがな。
残り時間は回復と、別の授業の内職でもすればいい。
では始めるぞ?
いいな?
後悔しないな?

そうか。
では今から始める。耳を塞いでいても俺は怒らないから、出来ればそうした方が…
わかった。
ではまず初めに…




開始五分で生徒は昏睡した。
幸いだった。
全部聞いていたら就活どころか人生が終わってしまっていただろう。
「予測通りか…つまらない」
だが少しだけ暇が潰れた。
本来は最後まで聞かない限り単位はやらない方針だが、今回はこれで勘弁してやろう。
死者を出すなと大学側からもきつく言われているし。
十和田ランシールはいつものように携帯でこういうときのための運営スタッフを呼び、生徒を研究室から運び出した。
脳が講義を理解していなければ彼にはそれなりの人生が待っている。
知ってしまえば…さあ、どうなるかは神のサイコロ遊び次第。
十和田はそろそろ鳴るはずの携帯を取りだし、そのまま待機した。
そろそろ時間が動き出す頃だ。
意図的な停滞はいくつかの組織の複合的産物…とでも説明しておくべきだろうか。
それともいっそヒントどころか正解を教えてやるべきか?
十和田はいくつかの選択をじっくりと吟味し始めた。