変換日記


ある日


 冬だ。冬なので寒い。
 君は親の敵のように自転車をこいで自らのアパートまで全力で飛ばす。体を動かせばすぐにでも熱くなるかと思えば、こいでもこいでも暖まらない。指先も足先も限界まで冷たくて痛い。少し前まではちょっと動くだけで汗ばむほどだったというのに、あっという間に秋は通り過ぎてしまった。早い。早すぎる。もっと待ってくれればいいのに。
 信号待ちに泣くほどイライラし交差点で二回ほど轢かれそうになりながらも君は何とか無事我が家にたどり着く。限界近くまで飛ばしたので若干手足のしびれは収まりつつあり、血流が勢いよく回り出しているのがわかる。あともう少し家までが遠ければ充分に熱くなれそう、と一瞬考えるが、道中の寒さを考えればそんなのはナンセンスだと思う。これ以上遠かったら凍死しちゃうですよ。
 震える指で自転車の鍵をかけ、前のかごに入れていた鞄を肩に担ぎ、鍵をコートの右ポケットに突っ込み、手をスゴイ勢いでこすり合わせながら階段を上がり、部屋の前で鍵を取り出そうとコートの左ポケットに手を突っ込む。
 指先に触れる鍵の数が足りない。
 ピンチです。
 君はパニックになりそうな心を無理に落ち着けて、まずは左ポケットの中身を確認する。会社の鍵3本はある。まずは安心。無理を言って最後まで工場に残ったのだし、これを無くしたとなったらオオゴトだ。あとは俺の家の鍵。もらったあめ玉が一個。昼休み、駅に用事で出かけたときにもらってしまったティッシュとチラシ。小銭とレシートが何枚か。君の家の鍵はない。
 右のポケットにはさっきの自転車の鍵。さっきまでしていた手袋。使ったハンカチ。君の鍵は無い。
 ジーンズのポケットには財布以外何も入れてないはずだが一応確認。無い。。
 鞄に入れたかも。ひっくり返してもお菓子の匂いが染みついた作業服とエプロンと携帯と細々とした小物以外出てこない。
 「えー」
 軽く絶望。
 考えられるのは、着替えたときに更衣室で落とした、か。手袋を出すときに引っかかって落ちたのかもしれない。そうであってほしい。外で落としたとなるとこれまたおおごとだ。大家の家はかなり離れた所にあるし、場所も覚えてないし、もちろん携帯に電話番号なんて登録してないし知らない。調べようにも書類は部屋の中。契約した不動産会社の電話番号ももちろんそれを見ないと解らない。
 まずは会社まで一旦戻ることに…これまでの必死の行程を考えるとめまいがするけれども、確認しないわけには行かない。携帯で会社に連絡…しても誰も居ないし。何せ鍵を閉めたのは君だ。誰か居たら逆に怖い。
 仕方なく戻りかけて、不意にひらめく。そうだ。こんな時のための彼氏。こんな時のための相棒。君は携帯をとりだし、電話をかける。
 つまりは、俺に。

 『残念。今横浜。』
 「マヂデスカ?」
 ほぼあてに出来ると踏んでいた君は深く失望。そんなことでたやすく失望されても困るわけだが。
 『電車で来たし、そっちに付くのは1時間後くらいになるかのううははははは』
 「くわー人否人。人でなし。悪魔。3本足。私がこんなに寒い思いをしているのに、なんだってそんなとこにいるのよう」
 『いつもの買い物ー。鬼のように買っているところでございますうははははははは』
 「いつまでも子供のつもりかこのチルドレン(?)どうせ買い込んでもちっとも消化しないくせに。そのうちあなたの部屋全部本で埋まっちゃうわよ?」
 『べつにいーもん俺子供だもーんおとなになんかならないもーんわははははは』
 「くわーむかつくむかつくむかつく。覚えてなさいよっ恨んでやるからっ」
 『ぼくちん子供だからなんのことだかワカンナイナーわははははは。まあ頑張って往復したまえ。行って戻って部屋が充分に暖まった頃にはそっちに行けると思うよ?』
 「来んな。死ねっ」
 強引に電話を切る。すぐまたかかってくるけど無視無視。消音モードに切り替えて鞄に放り込む。
 「うおおおおおおおおおおっ」
 とりあえず叫ぶ。近所に聞こえるとはづかしいので控えめに。やっぱり寒い。さっきかいた汗のせいでむしろ凍みるほど冷たくなってきた。これはもう、これはもう、はずかしがってるばあいではないっぽいよ?
 「ヨリカ、ハイパーモードだっ!」
 自棄になりました。
 「ヨリカの怒りが頂点に達したとき、悲しみの銀河に白鳥は舞い踊り、双子の赤字が血の涙を流し、CM前までまともだった作画が突然狂い、夜は一晩中続き、なんだか凄いことになるのだっ」
 理不尽な怒りのパワーをすべて熱量に変えて、工場まで往復するだけの気力を作り出す。すべて、すべて樒木(つまり俺)が悪い。断固断罪すべき。地獄の業火に投げ込むべき。これは聖戦なのだアチョー
君自身無茶で無理なこじつけだとは思うものの、寒くて寒くて寒すぎてそうでもしないと1㍉も動けない。だから、だからもう逆恨みするしもう絶対許さないしもし私が帰ってきたときに部屋にでも居ようものなら水ぶっかけてやる。これは絶対やる。ハイパーモードになったかしおりに二言はない。ていうか発言をいちいち振り返る余裕がない。てかまともなことを考えていられないくらい寒い。というより痛い。ダメだ。もうダメ。隊長、先に行って下さいっ自分は、ヨリカはもうダメですっっっってそれぢゃ私が死ぬぢゃないかばかーっっっそうぢゃなくてっっもっとバカなことを考えるのだっっ。
 「うおおおおおおおおおおおおおっっっっっっっ」
 必死で自転車を漕ぎながら、今度はわりと遠慮なく叫ぶ。
「ささささささ寒いぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃっっっっ」
 「どれくらい寒いかというと、」
「かみよごらんあれというほどだあぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっ」
 
大騒ぎの3時間後、やっと人の心を取り戻した君は、もう眠たいのを我慢してパソコンを立ち上げ、メールを開いた。いつも大量に来る愉快なスパムと迷惑メール、俺が今日何処で何をしたかの簡単なメモのようなものに混じって、交換日記と言う件名の長いメールが来ている。
 つまり、これだ。



ヨリカによる補足


 昔々あるところにあなたと私がいました。あなたは小さい頃から無口なくせにお話を書いたり読んだりするのが好きで、そしてそれをいちいち人に聞かせるのが大好きで、いつも私はそれにつきあわされていました。ええまあそのもちろんわたしも、こんな事当人に改めて言うのはハズカシイのですが、ええとまあそのあなたのお話を聞くのが大好きでした。大好きでしたとも。話の内容にはうんざりすることの方が多かったのですが、ともかくあなたの話が聞きたかった。
 ある日、あなたは私に言いました。
 「いつも俺ばかりが語り手なのはずるいとおもわれ」
 そして当時の私がお気に入りだった「ララバイ魔法少女天使巫女猫姉妹たまよ」の絵が描いてあるノートを渡してさらにこう言ったのです。
 「おまえも何か書け」
 えええ?そんな、私にはシキちゃんみたいに旨く書けないよ?私は大慌てで拒否しました。
 「ばかもーん!俺だって文才なんで無いんぢゃよー!!!!」
 どひーぶっちゃけた。
 「ともかく書け。理由は俺が読みたいから。」
 そんなぁ強引だよう。
 「いつも俺が書いてるのだって、おまいの書いてるのが読みたいからだもんね。」
 そんな、うそばっかり、とは思いましたがそれは言わずに、だって漢字とかも知らないし…などといつまでもゴネ続ける私。
 「もー何でもイイから、日記とかでも」
 何故か超必死で私に書いてもらいたがるあなた。ここで強く否定していれば、この先の無駄な苦労は回避できたのかもしれませんが…つい。
 日記?
 興味を持ってしまいました。
 「そう日記。なんなら交換日記にしようか?」
 交換日記。なにやらトキメキの匂いのする言葉です。私はさらに興味を持ちました。
 この時の私が冷静で、もっと大人であったなら、あなたの目が野心でキラーンと漫画チックにきらめいたのが確認できたはずなのですが、わたしはまだまだその頃は若かった。小学生だったし。
 ほぼ乗り気になりつつあった私に、さらにあなたはこう言ったのでした。
 「でもタダの交換日記じゃ面白くない」
 そうなの?
 「だからさあ」
 うん
 「俺がおまえのことを、おまえが俺のことを書くようにしようじゃないか」
 ええええええええ?
 
 何故こんな事に同意してしまったのかわたしには今でもわからないのですが。
 ともかくこれはそんな風にして始まったのでした。



二〇〇四年二月一八日
 
 
 家庭部という名前はなんか違うだろ。と君は言った。
 「なんかニートみたいぢゃん?引きこもりみたいぢゃん?」
 そんなわけないですよと加藤が答える。
 ここは調理実習室で、今は加藤良美が一人でクッキーを作っている。
 部員はもっとたくさんいるのだが試験が近いこともあって彼女ともう一人だけがここに集まった。君は部外者で、バイトまでのちょっとした暇つぶしに寄っただけの野次馬だ。
 「ハウスマスターへの道は厳しいのです。口先だけの怠け者には不可能なんです。だからこそ人はその技術を高め合い、励まし合い、支え合う必要があるのです。そのための部活。そのための家庭部。全部嘘ですけどね」
 ものすごい勢いで卵白を立てながら良美は言う。ハンドミキサー有るのに、なんで使わないんだろう。文明はここにあるよ?
 「重いじゃないですか。支えるだけでも一苦労ですよ」
 いやいや、手でメレンゲ作る方が大変ですよ?
 「そんなことより手伝っていただけるとありがたいのですが。そこの粉をふるうとか」
 「いや、部外者が手伝っちゃ悪いかなーって思って。やはり部のメンツだけで仕上げてこそクラブ活動だし、感動もひとしおだと思うんだけど。そこでサボってるヒトはどうでも良いみたいだけど」
 君の視線の先には同じく家庭部の碇屋がいる。彼女は漫画を読みながらごついヘッドフォンで何かを聞いていたが、話題を振ったとたんにこちらに気付いて呼んだ?と答えた。
 「何聞いてるのっつーかなんでサボってるの?私は関係ないしどうでも良いけど、加藤にばかり力仕事させるのってどうよ?」
 「うわー正論だー」
 「感動しましたね」
 「そこ、他人事みたいに言わない。大変なんだから手伝えって言ってるのよ。たとえばそこの粉をふるうとかしなさいよ」
 「や、別に大変でもない」
 そういえば加藤は汗一つかいてない。こうしている間にもかなりの速度でホイッパーを回転させているのだが、何もしていない君や蝶子よりも涼しい顔をしている。
 「コツがあるんだ。あと、蝶子に任せると事態が逆に面白くなる。怠けてもらっていた方が良い」
 「ね?だからあたしは食べる人でいいのよー。そもそも今日のあたしは家庭部じゃなくて電子音楽部だからいいのだ」
 「ってなんで自慢げなんだよこの無能女。掛け持ちとか言ってもその部はあんたと山田しかいないし、活動内容もただそれっぽいの聞いてだらだらしてるだけじゃない」
 「チガウヨーそんなことないよーいつもヨリカが見てるのはチルアウトしてる時だからさー」
 「じゃあ普段は?」
 「ガンガン踊って…ると疲れるしバカみたいだから山田をからかって遊んでいる」
 「意味無ぇー」
 「ちなみに、」
 もうメレンゲが出来上がってる。引き続き粉をふりはじめた。
 「ウチは働かざるモノ喰うべからず。手伝わないなら自分の分しか作らないけど、どうする?」
 働かせてください、と君は言った。

 丁度焼き上がった頃、時間切れになった。
 「クッキー持っていかないの?」
 「蝶子にあげちゃって良いよ。遅刻するとちょっとヤバいんだ」
 そういって君はバイト先へ急いだ。しまったちょっと時間を潰しすぎた。今からなら…自転車飛ばせば間に合うか?間に合うはず。間に合わせるっ!
 間に合わないんだけどね。
 
 

同年二月十九日


 たとえば世界一高い山ですとか、世界一込み入った森とか、世界一広い湖などがあればよかったのですが、あいにくとここにはそういったたぐいまれな風景などではありませんでした。
 そこはただ単にありふれた山々、ありふれた湖、ありふれた川、そしてありふれた集落によって構成された、取りたてて美しくも汚くもない単なる田舎町でしかなく、それを一つの都市国家として認識しているのはただ政府の高官と税理士のみといった具合でしたので、人々がその名前をすっかり忘れ去っていたとしても仕方のないことなのではありました。
 いや、その名前自体はかなり有名で、誰もがその名を一度は耳にしてはいたのですが、その名前が示す場所がこんな寂れた田舎のなんということのない場所を示すのだということを誰もが知らなかったし、信じられなかったということなのでした。
 まさかこの場所であんなことやそんなことが起こったとは、まったくもってどうしていいやら、とんと見当もつきませんな、とあなたの連れの従者が言ったのは、まあ無理のないことだったのです。
「何を言うのやら。ここは確かに雪仙だし、ここが儂の故郷であるのも本当のことだ。道理で田舎臭い騎士であるなあなどと思っているか?まあいい、実際そのとうりなのだしな」
恐れ多い、そのようなこと、わたしは決して、などと従者は言いますが、あなたは取り合いません。
 「まあ貴様も運のないことではあったな。我が義兄の下につけば今ごろは新和国にてそれなりの待遇と地位でもって迎えられたというのに、儂ごときに付いたが為にとんだ左遷だ」
などと勝手に話を進めていきます。
「十分な教育と才能を持った男がこんな田舎で朽ち果てるとは、まったくもってざまあ、いや遺憾なことであるな」
従者は失言を取り繕おうと必死に隙を伺います。けれど一向にあなたは話し止めない。どんどん自分の話にのめり込んでいく。馬もどんどん進んでいく。従者は仕方なくその後を付いていく。
「いや実際気の毒なことではあるよ。自分の馬も与えられず、このような気の触れたたわけのもとで働かねばならんとは、いや実際儂にはたえられんがなあ・・・」
いえいえエンソルト・ブエンティーア様、わたしはあなたさまの元で働けるのならそれはそれで・・・
「よさんか、気持ち悪い。まさか貴様ホモではあるまいなあ」
まさかそんな!
「まあよい。それならそうで今宵からは尻に栓をして寝ることとしよう。寝込みを襲われては溜まらんからなあ」
あなたはそのしけたかっこ悪いダサイ和製英語の名前のわりには豪快に笑いました。何がおかしいんだかわかりませんが、尻に栓をするほうがよっぽどだよなあなどと思ったのか、従者もつられて笑いました。むしろ笑いすぎました。あなたはは少し不快になりました。
急に早くなった馬の足に従者はその失態に気づき、「お許しください、エンソルト様」と言いあわてて詫びて後を追う。
 「何をだ?貴様何かやらかしたのか?」
 「あ、いえその、別に何も・・・」
 「だったら何を謝るのだ?変なやつだな」
 といいながらもさらに馬はスピードアップ。
 「ですから、」
 スピードアップ。
 「あの、」
 スピードアップ。
 「申し訳ございません、もっとゆっくりってあっあっそんな殺生なっ」
 もはや早駆けになった馬に徒歩で追いつけるはずもなく、従者はその場にへたり込んでしまいました。
 遙か先から、あなたの笑い声がかすかに聞こえてきます。
 「まったく、気むずかしいお方だ…」
 従者サンチョ・ナチョ・グルーチョは諦めて重い荷を下ろし、主人が引き返してくるまで道の脇で待つことにしました。
 それが、サンチョがあなたを見た最後でした。
 
 何時まで待っても引き返してこないあなたが心配になり始めた頃、グルーチョは道の向こうから何かがやってくるのに気が付きました。
 七色の光を放つ何か。
 邪悪で輪郭が曖昧で見えないもの…闇と呼んでも良いような、しかし、美しすぎる何か。
 それは今まで一度も観たことのない形をした生き物でした。思い浮かぶ全てのイメージをどれだけ投げつけようとも、一つも引っかからず、曖昧な輪郭はそのまま曖昧なままでした。
 サンチョはそれを見る以外の行動を取ることが出来ませんでした。
 それは虹でした。
 虹は言いました。
 「輪郭を取り返したい。力を貸してくれ」
 答えるより早く、虹はサンチョの中に無理矢理入り込んでしまいました。
 サンチョはそれで何かを得て、何かを失いましたが、何を得て何を失ったのかは誰にも、もちろんサンチョにもわかりませんでした。
 

 飽きたからお終い。

 

同年二月二十日


 誰も居なくなった図書室で君と碇屋は図書の貸し出し作業を担当していた。
 つまり、暇だった。
 「暇じゃー」
と、蝶子が言う。
 「暇じゃねー」
と、君が返す。
 「若人の活字離れは深刻じゃねー」
 「じゃねー」
 二人はすることもないのでぼんやりと過ごしていた。
 昼休みと放課後の当番は文芸部員と図書委員が交代で担当している。文芸部の部室は奥の図書準備室。図書準備室を借りる対価として設立当初から続いている伝統らしい。
 先輩達はもう卒業式まで出てこないし、来週から試験なんで部活も休みで、今日は君と蝶子だけがここに残ることになってしまった。もっとも五分ほど前までは同じ文芸部の後輩達とカウンターの内外で楽しくダベっていたのだが。
 その間、図書室に一人のお客も無し。
 先生もそれを解っているのか一度も見回りに来なかった。
 「図書室で試験前の追い込みーとかする香具師もいないとは…けしからんっ」
 「しょーがないよー。ウチ、近所でも評判のバカ高校だしー」
 「静かな図書室で勉強すればはかどるだろうに…」
 「さっきまでちょっと五月蠅かったけどね」
 今はしんと静まりかえっている。司書先生が交代してくれる6時までは後一時間もある。それを思うと絶望的な気分になってきた。まあ最終下校時刻まで居ろと言われ無いだけでも良いのだが。
 「ところでさ、ヨリカ」
 「なに?蝶子ちゃん」
 「ノンノンノン。ミス・バタフライとお呼びっ」
 小粋に指を振ってそんなことを言う蝶子。まただよ、またいつもの酔狂が始まったよ、と君は思う。
 「えー。何それ?また何か変なものでも食べた?」
 「そうそう、お昼に食べた玉子が原因で怪獣産んじゃうんだ!」
 「えー」
 「うそうそ、本当は産んだり出来ないの。生産は出来るけどな!」
 サムズアップ。俺にも何のことだかさっぱりだ。
 「だから自分にだけわかるネタを私にだけ振るのやめてよー。もしかして私のこと好きなの?」
 「イエス アイアム!」
 断言しやがった。
 「はいはい。どう反応して良いかわかんねーし、そもそもあんまり面白くないよー?」
 「まあそんな良い子ちゃんぶってても根はあたしと同じ腐なんだから仕方ないね♪」
 「腐じゃねーっすよーかんべんしてくださいよー」
 「ふふり」
 「意味深にほくそ笑むなよこの基地の外」
 「やっぱりヨリカにツッコミ入れてもらうの楽しいわー」
 「そんなこと言われてもなあ」
 「地の文を入れられないほどの高速かつ辛辣かつ異次元な受け答え!ツッコミストして最適かつ最高の逸材よ?なんで漫才研究会に入らなかったの?」
 「うるさい、バカ、死ねっ」
 「ところで何の話だっけ?」
 「知らないわよ。私は蝶子の外部記憶装置じゃないもの」
 「役に立たない外付けHDだなぁ」
 「大事に使わないとデータ全部飛ばすわよ?」
 「○ニミュの動画だけはかんべんしてくださいっ」
 「良し解った。後で蝶子の家行って全部消すから。それはともかく、何か聞きたいことが有ったんじゃないの?」
 「そうでした。さすがあたしの一番の騎士。ほめてつかわす」
 「背低いのに無理矢理頭なでようとするなー。」
 「ちょっなんで立ち上がるのよっ」
 「ネタ的に届かない方がおもしろいもーん。ああ、蝶子ちっちゃいねぇ。かわいいねぇ」
 「さあひざまづいて頭をなでさせなさいって言うか、なでさせろっ命令っ」
 「あははは。ぴょんぴょん飛び跳ねちゃってまあいじらしい」
 「なでるな!騎士が姫の頭をなでて良いはず無かろうにっ!」
 「ははははははは」
 そこでふいに図書室の扉が開いて、司書の先生が入ってきた。
 その場で固まる二人。
 先生は言う。
 「もう良いから帰れ」
 「へーい」

 帰り道。
 田圃の真ん中にある高校なので、道も車がやっと通れるくらいのものがほとんどだ。一応舗装はしてあるけど、トラクターとかが通るだけで車はたまにしか通らない。一応太い道も一本だけ通ってるけど、徒歩なのにわざわざ遠回りする理由もない。
 「さっきはヨリカのせいでいらん恥をかいちゃったわ」
 などというので君は思わず反応する。
 「ちょっ私のせいかよ!」
 せっかく先生とは良好な関係を結んでいたというのに、これで御破算だ。あれは絶対怒ってた。さもなきゃあきれ果ててた。じゃなきゃ一時間も早く帰してもらえるはず無いし…
 一応次期部長候補(だって他には顔すら出さない男子部員達とある意味突き抜けてしまってる加藤、そして目の前の蝶子しか居ないし、消去法として私しかいないじゃん)としてそれなりに気を使ってたのになぁ…と君は頭を抱えた。あーでも先生来るの五分くらい早かったら騒いでたのを見られちゃってたのかなあ…じゃ、どっちにしても仕方ない…?
 「素直になでなでさせてくれればすんだものを…」
 「そこかよ!」
 突っ込む右手を軽く受け、そのまま両手でしっかりホールド。
 「なっ何を?」
 まじまじと見つめ、頬ずりまで始めた。
 「ええええええ?」 
 「この超反応、この弱すぎず強すぎない絶妙な力加減のツッコミ…」
 「はあ?」
 「これがいずれ彼だけのものになるなんて…惜しい。惜しすぎる」
 ぺろぺろ。
 「ちょっ犬みたいに舐めないでよ!」
 君は大慌てで腕をふりほどいた。
 「ああっ黄金の右がっぐふっ」
 追いすがる蝶子の鳩尾に綺麗に君の前蹴りが入った。
 「あんまりふざけてると足でもツッコむわよ!?」
 「もうツッコんでますってベタな…がくり」
 大げさに倒れる蝶子。いや、俺の経験から見てもあれだけ綺麗に入ると軽くでも相当痛いはず。女の子相手なのに容赦ないな、君。
 「ちょっ待ってっ後から車来ちゃうよっ」
 「もーいいんじゃー!」
 「えー?!」
 「どーせヨリカはシッキーに取られちゃうんだからあたしなんてこのまま死んじゃえば良いんだー!」
 子供のように手足をじたばたして駄々をこね始めた?
 「ばっばっかじゃないの?」
 勢いでさらにケリを入れられそうだったので蝶子は急いで回避。そのまま後転し飛び起きて距離を取った。
 しかし本当に遠慮無いな君。
 「誤解してるみたいだから言うけどねぇ…私と樒木夜一郎とは別にそんなんじゃないんだよ?」
 心底呆れたように言いつつも、なんか足に攻撃の意志が残っているような。蝶子はそれを見逃さず、ギリギリ届かない間合いで構えを解かない。何この緊張感。何この雰囲気。
 じりじりとした間。
 と、そこにクラクション。
 後から車がやって来ていた。めちゃめちゃ車体が低くて、なんか難しい漢字のロゴが張ってあって、むやみに無駄な飾りが付いてる。ナンバープレートが斜め。スモークガラスの中では主に頭脳労働を放棄しちゃったようなスタイルの方が運転している。派手なサングラスをしてるんで見えないが、思いっきり睨んでいる。ものすごく怖そう。
 狭い道なので、うんと端に寄らないと通れない。君たちは慌てて右端に揃って避けた。
 「「しっつれいいたしましたー」」
 思わずそろって敬礼。それを見て運転者は薄く笑い、一回クラクションを鳴らすとそのまま爆音を響かせ走り去って行った。見かけより良い人なのかも知れない。怖いけど。
 
 この後、君と蝶子はすぐ仲直りしたが、なんだか色々と誤解されたままうやむやになってしまったようだ。
 またなんか根ほり葉ほり聞かれるのかなぁと君は少しだけうんざりした。



同年二月二十一日


 酷くねじくれた夢から覚めたら、あなたは酷くねじくれた世界にいることに気付きました。
 ああ、ダメだ、また違う世界にいる。
 あなたは三日くらい泣いて暮らしましたが飽きたのでこの世界を探検してみることにしました。そうでもしないとどうしようもないからです。お腹も空いたし。
 「グルーチョ…は、もう居ないんだよなぁ…居なくなると寂しいものだ」
 あなたであるところの塩樒塩兵はそんなことをつぶやきながら三日の間雨露を凌いでくれた大木の影からでて、初めてこの世界に降り立ったのです。
 「つまりこれまで木の上だったのか」
 そうなのです。長い長い孤独な生活があなたにナレーション役と会話する変な癖を植え付けてしまいましたが、私は優しいのでことさらそれを指摘したりしません。
 「そうか、わかった」
 理解が早くて助かります。
 木の上からでも解っていたことですが、下に降りるとさらに良く解ったことがあります。 「すっげえジャングルだな…」
 すっげえジャングルなのです。どれくらいかというと、横浜スタジアム五個分くらい。
 「わかんねーけどそれってジャングルとしてはせまくねーか?」
 具体的には、木の幹すら見えず、全て下草の緑に覆われてるくらい。地面から長く長く伸びた葉は先が丸くなっていて、触るとクッションのような弾力がある…けれど苔やシダやキノコのたぐいでもなさそう…でもこれを草と呼んで良いものかどうか。ともかく一度も見たことのない緑色の何かです。危険が危ないかも。
 「地球の植生とは違うんだな…まあ地球かも知れないけど」
 ネタバレすると地球です。
 「酷い有様だな」
 酷い有様です。もっとネタバレするとこの草みたいなの、食べられます。後でうんと酷い下痢をして脱水症状を起こして死んでしまいますが、食べれます。
 「…今回のナレーションは親切だな」
 親切なんです。だって時間無いんです。週明けには英語と数学のテストなんです。ちゃっちゃとやっつけたいんです。
 「そうか、たいへんだな」
 大変なんです。後で手伝ってください。
 「あいよ」
 まあそれはともかく。
 ともかく食料を、何よりも水を。あなたは歩き始めました。まあ歩くしかありませんし。
 「しかし酷く歩きにくいな。どうにかならないものか」
 自分の背丈ほどもある草みたいなのをかき分けながらの行進ですから、無論大変なのです。それでも数時間ほど、体力が尽きる寸前まで、あなたはただ前へ前へと進んでいきました。あてもないのに行きました。しかし、それも限界です。限界がきました。
 「もう歩けない」
 そうでしょうそうでしょう。なにせ三日も飲まず食わず。泣いたせいで水分も塩分も普段より多めに不足しています。ナレーションの幻覚だって普段よりよりはっきりと聞こえるってもんです。それでも。フラフラの身体を無理矢理引きずるようにして。しかもこの草、変に弾力があってかき分けるの大変なのな?
 よく頑張りました。すごいです。普通の人間ならこれ以上は無理です。
 でもここで力尽きると死んじゃうんだよ?
 「なんとかせぇー」
 はい、何とかしましょう。実は後ちょっとほんのちょっと先からは草が途切れて、川に出るんだよ?さあ、何時までもぶつぶつ言って余計な体力つかわないで、さっさと立ってとっとと歩く!
 「どっちへ?」
 えーと…よし。右へ。
 「…なんか不安だが行くしかないか」
 がさりがさりと草をかき分けかき分け、ほぼ倒れるようにして1キロほど歩きましたが、まだまだ草の海は尽きません。
 「まだか?」
 おしい、そこを…右です。
 がさりがさりとかき分けかき分けよたよたと1キロほど。まだまだ視界は緑です。
 「まだか?」
 おしい、そこを…右です。
 がさがさかきかきよたよた1キロ。まったく尽きる気配がありません。
 「まだか」
 おしい、そこを…右です。
 がさかきよた1キロ。前方に誰かが草をかき分けて進んでいったような跡があります。一度通った所みたい。
 「さっきからぐるぐると回ってるだけじゃないか?」
 だってしょうがないじゃん!さっきから1のゾロ目しかでないんだもん!自動的失敗だよ!
 「ってセービングロールかよ…テーブルトークかよ…ゲームかよ…」
 そう言いながら、あなたは倒れ込んでしまいました。そうです、人生はゲーム。大丈夫、次辺り6のゾロ目が…出たよー。自動的成功だよー。
 「もう起きられません」
 大丈夫。倒れ込んだ先は見えないけど急な坂になっていて、そんなこと知らなかったあなたは背中に当たった木の根を避けようと身をよじった拍子にそのまま転げ落ちていきましたから。
 「うわああああああああああああああああっ」
 大丈夫。落ちた先は川だから。
 派手な水しぶきをあげて、あなたは川に落ちました。
 「…」
 あなたはしばらく呆けたように川に浸かっていましたが、そのうち声を上げて笑い、それから泣き出しました。大変だったでしょう。辛かったでしょう。でもこれでとりあえずは安心。川の水は幸いにも飲めるものだし、まだあなたは発見してないけど近くにうち捨てられた渡し用の船があるし、そこを探すとマッチもライターもナイフも出てくるのです。
 それであなたは火をおこし、ナイフで左手を切り落とし、焼いて喰うのです。お腹が空きすぎて狂っているあなたはそうするのです。間違いないのです。


 さあ試験勉強しましょうか。



同年二月二十二日


 「こうゆう夢を見たんだよ!本当だよ!」
 と、日記を読んだ俺に君は言った。
 俺の家での勉強会も三日目。いよいよ明日が本番のテストだ。本来こんな遊びをしている余裕はお互い全く無いのだが、なんとなく日記を続けてしまっている。
 「まあ良いんだ。それより…」
 俺は主人公の名前を指さした。
 「これ、確実に俺じゃないよね?」
 俺は五体満足だし。
 君は図星を突かれたのかしばらくの間少し微妙な表情をした後、
 「うん、そうだよ♪」
 と、答えた。やっぱりそうか。
 「だって本人が読むのに本人の事を面白可笑しくなんて、失礼だし恥ずかしくて書けないよう。もう何年もやってるけどさあ」
 まあ、普通はそうだろう。だが、俺は細かいところにこだわる男
 「でもさあ、ネタとして、」ちゃんと相手のことを書かないと成立しない、と続けようとするのを君は遮る。
 「あー、もしかして私に書いてもらいたい?そーゆー趣味?変態?」
 いっそそう言う趣味の変態ですと言ってしまいたいような気もしたが、言うともう二度と書いてくれないような気がしたので自重。しかし代わりに何と言えば?
 「まあ、これはこれで面白いから良いんだけど」
 これは偽らざる本心。
 「だからずっとこーゆーかんじのままでも良いんだけど…ただ、」
 「俺は絶対お前のこと書くの止めないぞ、でしょ?」
 ニヤニヤしてる。ものすごーくニヤニヤしてる。釣られて俺も笑いかけるが、笑い事じゃない。
 「もー何年もやってるし、下手な家族よりあなたのことは知ってるですよ?セリフの先読みくらい軽い軽い」
 何か完全に尻に敷かれているような気がする。付き合ってるわけでもないのに。あああの時、俺の思いつきに賛同してくれる男子さえいれば、こんなこじれたことにはならなかったのに。
 「ふふり」
 まだ笑ってる。読まれてるのか?読まれちゃってるのか?悔しい。

 悔しがった俺を肴にすることに夢中で、やっぱり余り勉強に身が入らなかった君は自宅に帰ってから大いに後悔する事になる。
 「あーやってもうたー」
 面白すぎた。卑怯なくらい面白すぎた。面白すぎていじりすぎた。だってよう、あんな顔見たらからかいたくもなるじゃん?
 あーうー。
 本来高校出たら速攻で働く予定なんで、別に勉強なんて頑張らないつもりだけど。
 でもねぇ、馬鹿すぎても就職先無さそうだし…やっぱ派遣とかかなぁ…学校の推薦とかもらって良さそげなところに潜り込める程度の成績は欲しいよなぁ。
 出来れば将来的には菓子職人とかになりたいけど、弟子入り大変そうだし無茶かなぁ。器用さは自信有るけど何故かおおざっぱな性格だしなぁ。父さんの血だよなぁ。
 あーそれより今は目の前のこと。
 明日の試験で赤点を取らないこと。
 赤点自体は補習なり再試験受ければいいだけの話だが、それをやってしまうと君の所属する放送部解散の危機なのだ。
 これまであまりにも適当かついいかげんかつ危険な放送をしてきたというフラグもあって、今度の試験で部員の誰かが赤点を取ると自動的に放送部による放送が一時的に無くなってしまうのだ。
 その間、昼休みには生徒会(つまりシロウト)による、おそらくは無味乾燥な放送が繰り広げられることになる。それはマズイ。
 そもそも試験が終わればもうすぐ卒業式、そして春休みだ。今放送禁止を言い渡されてしまうと、新学期早々の昼休みはとんでもなくつまんない放送を入ってきた新入生達に放送することになる。そんなんじゃ放送部の新入部員は数を集められないだろう…せっかく先代と私達の代でどんなリクエストにも規制ギリギリまで答えられる、空前絶後のお昼の放送を定着させたのに…
 そもそも入ったばかりで右も左も解らず友達も出来なくて途方にくれていたあの時。昼休み、一人でメロンパン囓ってたあの時。スピーカーから流れるリリカルララバイ魔法少女天使巫女猫姉妹たまよの初期エンディングテーマにどんだけ救われたか。
 ここには仲間がいる。
 正直高校生にもなってその曲を流すのってどうよって私のゴーストが警告音を発してたけど、かまうもんか。これを、この曲を流している人は私の友達だ。魂の友達だ。この人と仲良くなれないのなら、もう私の高校生活はない。
 どんだけ追い込まれてたのよって今も不思議ですらあるけど、勢いで放送部の扉を泣きながら叩いたあの時、私は一つ大人に成れたような気がする。
 幻覚かもだけど。
 ともかく、そんなステキな放送部を私のミスでダイナシにさせたくない。今度入ってくる新入生にも、クリティカルな曲を聴かせてあげたい。蝶子が心配で心配でならないけど、私は私が出来ることをまずやらなきゃ。
 さあ、教科書を広げよう。
 君は失いかけていたモチベーションを持ち直し、俄然やる気を出した。
 よし、例題を解いてみよう。
 おk、解らない。
 いきなり躓いたがまだ手はある。
 よし電話。
 よし、出ない。
 よし、やっぱりご機嫌斜めか。
 よし、他に頼れそうなのは…蝶子に聞いてもなぁ。他の友達は電話で要点を解りやすく説明するスキルとか無いし、何よりしゃべり出したら止まらないタイプばかりだしなぁ。先輩方も色々大変だろうし…よし、諦めた。数学は野生のカンに頼ろう。
 じゃあ英語。訳と単語さえ覚えておけば後はフィーリングで何とか。よし、訳文は何となく覚えた。よし、次は単語。よし、覚えられない。何度も書いてると単語の意味がゲシュタルト崩壊起こして自分でも何してるのか分かんなくなる。つーか眠い。よし、コーヒー。よし、効かない。よし、もうこんな時間。
 よし、寝る。

 君は寝てしまった。

 「って寝てどうするっ」
 君は起きた。
 「寝ている間になんか解った。この例題の解き方はこうだっ」
 数学の教科書をふたたび引っ張り出し、解いてみる。よし、間違えた。よし、明日訊こう。一晩経ったら奴の機嫌も治るだろう。
 よし、英単語。よし、覚えられない。よし、眠い。よし、コーヒー。よし、効かない。よし、頑張る。よし、眠い。よし、もうコーヒー飽きた。よし、頑張る。よし、眠い。よし、眠い。よし、眠い…
 「よし、仕方がない」
 眠りこけるよりはマシだろう。君は禁断の果実に手を出した。蝶子に電話してみよう。蝶子と私は一蓮托生。同じ放送部の危機だもの。きっと解ってくれるはず。
 数回のコールの後、ヤケにエコーの掛かった声で蝶子は出た。
 『ミスバタフライのゴージャスナイター!わーどんどんぱふぱふー』
 「ちょっ何やってんのよあんたわっ」
 『いやー勉強はかどらなくてさー。頭に来て思わずネトラジ始めちゃいましたw今全世界に向けて絶賛放映中♪」
 「なにそれバカ?ふざけてんの?」
 『もっとも接続してるのは10人くらいだけどナー』
 「あーびっくりさせないでよーどんな恥辱プレイかと思って思わず身構えちゃったじゃない」
 『でもあんたの声も中継されてるわよ?』
 「えーやめてよもうっ蝶子のバカっ」
 『本名晒しキタ─wwヘ√レvv〜(。∀゜)─wwヘ√レvv〜─ !!!』
 「え?何?どう言うこと?」
 『ヒント:ここはインターネッツ
 「…あっごめんちょ…いやミスバタフライ!つーか携帯架けたら相手がネトラジしてるとかわかるかよこの抜け作。いきなり『○○、元気ー?今何してるー?』みたいな会話だったらどおするつもりだったのよ」
 『いや、それならそれで…あたし、ギャンブラーだし。話の流れ的に出なきゃダメみたいになってたし』
 「どういうイジメラジオだよ…たった十人のリスナーに支配されてるなよトリズナー。いつものちょ…ミスバタフライはどうしたよ?」 
 『ネットは広大だぜ?十人が百人…百人が千人…』
 「ごくり…」
 『ま、千人も繋いだらこの回線だと落ちちゃうけどねwww』
 「うわっ意味無ぇー」
 『はい、ここで新しいカキコー。エーと何々?【二人だけで話してないで電話の娘を紹介しろよ】だと?んーそう言われるとどーしよっかなーって思っちゃうけどここはちゃんと紹介するのが筋よねー。』
 「あーホントにラジオしてるの?」
 『良いからちょっと黙ってテネ?リカッシー』
 「ちょっと人のことを便利な小型恐竜みたいに呼ばないでよっ」
 『本名晒し?』
 「ごめんなさい私が悪うございました」
 『あたしの同級生のラジオネームかしおりでーす』
 「あ、どうもかしおりです初めまして…ところでネトラジ初めてなんだけど、これのurl何処?」
 『あーもーグダグタやがなー。あたしのブログに張ってあるからっレッツクリック!』
 「あーはいはい。今立ち上げたよー。私のマシン遅いから五分くらい待ってねー」
 『そんなに待てるかぁっ!』
 「えー」
 『ここでリクエスト。ララバイ魔法少女天使巫女猫姉妹たまよ挿入歌、[そんな長いタイトルはありえない]ってそんなの持ってるわけあるかぁっ!』
 「あ、私持ってるよ?」
 『だったらとっととzipでよこせ!』
 「わかったー。あと10分くらい待っててね。なんかブラウザの更新が来てる」
 『そんなの後回しだぁー!お客を待たせるなぁ!』
 「えー。まあ良いけど。そもそもエンコにちょっと掛かるよ?CDも探さなきゃだし」
 『そんなことよりPCは立ち上がったのかって事だよ同士かしおりっ!』
 「あ、解った。んーとち…ミスバタフライのブログはー」
 『あーイライライライラ』
 「急かさないでよう…あー有った有った。クリック…おっ繋がった」
 『やっとだよこの愚図でのろまなカメ女』
 「わっちょ…ミスバタフライの声が二重に聞こえますよ?すっごーい」
 『ふっふっふ…これがバタフライ☆マジック』
 「今時ネトラジ如きでその無根拠な自信、何?」
 『本名晒しの刑』
 「わーやめてーっ」
 『さて、これから2時間、ぶっ続けで噂のk君とのロマンスをきっちりしっかり全世界ネットで聞いてもらいましょうかー』
 「はあ?なんで?そもそもこんなコトしてて大丈夫なの?放送部はどうするの?」
 『それを考えるのは次期部長の人だしー。あたしは何だったら放送部止めても良いしー』
 「ちょっと待ってよ、それって私じゃん?!」
『正解ー。まずはkとのなれそめからー』
 「ちょっとちょっと。もう流石につきあえないよ?そろそろ日付変わるよ?」
 『おk。解った。電話代ももったいないもんね?』
 「そーだよー。あんま無駄なことに使ったらまた怒られちゃうよー」
 『放送用の装備持ってかしおりの家に行くわ』
 「ちょっとまてー!なんでそーなるのー!」
 『本名晒し…』
 「もう良いわよ。たった十人に晒したところで…」
 『良いのかなー?その十人の中にクラスの誰かが居るカモよ?』
 「なんですとー?!」
 『掲示板にもそれっぽいカキコ有ったり…そもそもあたしのブログって恥ずかしながら人気無いから、ほとんど知り合いとか学校のやつなんだよねーアクセス』
 「マジでええええええ?」
 『そんな状況でかしおりとkの名前を並べて晒したらどうなるのかなー?』
 「悪魔め。わかった。解りました。丁重におもてなししますから、とっとと来やがれです」
 『40秒で仕度して5分でそっちに行くよー♪パソコンの前のリスナーも待っててねー♪』
   
 その後、きっちり2時間放送に付き合ったあげく、泊まっていくと言い出した蝶子のためになんやかんやと世話を焼いてさらに一時間。
 君の翌日の試験がどんなだったかは言うまでもない。



同年二月二十三日


 「だめです、戦えません」って言ったら許してもらえた。一回休み。



同年二月二十四日


 昨日は酷い様子だったが何とかきっちり試験を受けてそこそこの手応え、今日は山が当たっていい感じだ、と君は言っていたがどうだろう。本当にどうだろう。
 明日は保健体育と美術or書道or音楽の意図的なゆるい編成。一週間まんべんなく同程度の負荷の試験が続くと、どうしても何処かで気が抜けたり集中が続かなかったり嫌になったりするものだ。それ故の仮中休み。そうでもしないとまっとうな成績を収められないだろうと全て理解し尽くした上での粋な計らい。もっとも本当にそうなのかどうかは疑問が残るが。
一夜漬けするなら出来るだけ一教科に絞りたいだろうし、せっかく試験で良い感じに緊張していた糸を切らせ、後半の試験をダメダメにするいぢわるなやり方なのかもしれない。今度担任に訊いてみよう。真実を答えてくれるかは五分かなぁ。
 「そんなこんなでお願いがございます。」
 話の流れを無視していきなり土下座をするかヨリカ。
 「何なりと言ってみるが良い」
 俺、先日の件で調子に乗ってます。まあ、たまにはこんな事があって良い。
 「実は…我が宿敵と書いて友と読むぜのあ奴をこの勉強会に呼びたいのでせう」
 えー。
 「そりゃ無茶だろ…美術捨てる気か?松坂先生お前のこと誉めてたぞ?」
 「や、私も一応へたっぴですが美術部員ですしその辺は大丈夫なんで、明後日の世界史辺りの山を伝授していただきたく」
 「ふーん…熱心だなぁいつもより。でも蝶子が来たら多分勉強なんか無理だぞ?」
 「その蝶子なんでございます…」
 聞けば、蝶子の成績は進級ギリギリらしく、明後日以降の試験如何では補習でも追いつかないと言う。
 「そりゃ難儀だな」
 「そーなんす。難儀なんです。蝶子はあんなだけど、私の唯一の親友だし…やっぱりあれを後輩扱いしたくないっつーか。今度入ってくる新人に示しが付かないっつーか。悪影響っつーか」
 「…次期部長だもんなぁ。大変だなぁ」
 「もー私以外にも適任は居るだろうに、なんでみんな私にやらせようって思うんだろう?」
 美術部のメンツの一人一人を思いだしてみる。うん、まとも…いや無難なのは君しか居ないな。松坂先生もさぞや胃が痛いだろう。
 「や、そんなこと無いデスヨ?見てくれはああだけど、みんな根は真面目だったりするンダヨ?」
 「真面目でも結果がなぁ。人としてどうだろうってくらい面白くなっちゃってるしなぁ…」
 「ダメダメダメダメ!美術部員を見捨てないでっ!せめて人として扱って!」
 「人として、アレは許容して良いレベルを超えてるっつーか…さりげなくも無く酷いなお前」
 そんな会話で盛り上がったり盛下がったりしていると、玄関のチャイムが鳴った。
 「…ごめん、多分蝶子」
 「断りもなく呼ぶなよ…まあ良いけど」
 
 
 「修正してやるぅっ!」
 ドアを開けるやいなや、蝶子はそう言って俺に殴りかかった。
 「あたしのヨリカと勉強会と称していちゃいちゃねちねちだらだら。ああいやらしいいやらしいっ。不潔よっ」
 「あー」
 いきなりのヒートアップにとまどう俺。ニコニコしてるヨリカ。意味もなく暴れる蝶子。
 ああ、どう考えても勉学の雰囲気じゃ無い。
 「そもそもそーゆーイベントをあたし抜きでやろうという根性が気にくわない。噛ませろ混ぜろ仲間に入れろハブるなー!!!!」
 「蝶子、これは縦書きだから「!」を繰り返して続けてもモールス信号みたいに見えるだけでちっとも強調の効果はないよ?」
 「そうかしまったーっ!」
 「ちなみにこれだと…えーと、GCN…?」
 「GCNって何?」
 「なんだろう?スーパーマーケットとかに有りそうだよね。もしくはホームセンター」
 「あーありそー」
 「何時までもやってないでさっさと上がるか速やかに去れ」
 このまま放置していると何時までも玄関で漫才を続けられる事になる。
 俺は仕方なくそう言ってともかく家に上がるように促した。
 すると蝶子は俺に抱きつき…いゃ、しがみついて、さらによじ登ろうとし始めた。
 「その上がるじゃねぇ!」
 「えーニホンゴムツカシイアルヨ」
 「助ケテ クダサイ 真面目ナ ガイジン デスヨ」
 「謝れ!マジメナガイジンさんに謝れ!」
 「イジメカッコワルイ!」
 「お前が言うな!」
 「ちぇっ仕方ない。じゃあウキキーッモンキーでーす」
 「そのサルじゃねぇ!ベタ過ぎて笑えねぇよ!」
 「樒木ちゃん楽しそう…嫉妬しちゃうわ」
 「変な誤解すんなコラァ!つーか俺にばっかりツッコませるな!」
 「最近蝶子のことばかり日記に書いてるし…もしかして蝶子のこと好きなの?」
 「そんなわけあるかぁっ!」
 「逆にアヤシイ…ひどい、あなたのこと、信じてたのに」 
 「いつものつれない態度は照れ隠しだったのね…樒木君ってばツンデレ?」
 「いいかげんにしろ!」
 「「どうもありがとうございましたー」」
 「漫才みたいに〆るな!」
 「ところで私達って二日おきに部活変わってね?」
 「えー何言ってるの?私ら中学の時から美術部員じゃん?」
 「何事もなかったかのように再開するな!」
 その後は語るまでもなく。
 結局その日は勉強にならなかった…トホホ。
 あと、二人称のつもりがふつーに一人称になってるね…トホホ。



同年二月二十五日


 2b2d予備隊は優遇されています。他の予備練隊よりもはるかに。けど、その「えこひいき」を最後まで甘受し、立派に「2b2d乗り」としてデビューするものはほとんどいないようです。
 2b2d乗りはただ一隊で戦局を根底から覆す力を持っています。当然、まっとうな訓練でそんな力を手に入れられるはずもありません。天国のような環境の代償は地獄の訓練です。もちろん、それはたやすくパスできる代物では無いのです。それが出来るなら私達の軍の圧勝で戦争はとうに終わってる…どころか、そもそも戦争が始まったりもしなかったでしょう。
 
 2b2d。
 どういう意味なのかも分からない単語。
 それはもちろんあなたにだって分かりません。
 ともかくなんの略語だかよくわからない、ともかくそういう名前の乗り物です。戦車をタンクと呼ぶのは何故かを知らなくても、タンクはタンクです。まあタンクを戦車と呼ぶように、2b2dも人型戦車とかロボットとか呼ばれるわけなのですが。
 納得行かなくてつっこみどころ満載でも、それが現実なら黙って何とか目の前の問題をやっつけるのが男の生き方という奴なのです。がたがた言ってもはじまらねぇのです。とにかく生きていくんです。あなたもそう思うでしょ?
 
 主武装は頭に該当する部分にあります。この超絶兵器を使用するには、まず全長十二メートルちょいのてっぺんまで階段で上る必要があります。外階段です。戦闘中なので全力疾走。毎年二桁くらいの人間がそのときに足を滑らせて転落。文字通り命を落としています。頂上まで登りきった後はそこに供えてあるシキミの葉を口にくわえ(息が直接かからないようにする為)観音開きの高さ三メートルほどの特殊鋼鉄製の扉を開けます。手動で。電動も毎年検討されているのですが、なんせ「威力が桁違いに弱まる」らしいので未だに導入される気配もありません。ここでも二桁ほど死にます。決死の覚悟で扉を開けると中にはありがたい曼陀羅があります。その図柄はここで書くと発禁になってしまうので書けません。…いや、アレの絵ではないですよ?まあそれも観音様と呼ぶヤカラもいるので意味的にはあまり間違ってはいないかもですが。
 その曼陀羅みたいのから、極太のビームが出る。
 仏壇ロボと呼んだら即死刑。
 くりかえします。
 納得行かなくてツッコミどころ満載でも、それが現実なら黙って何とか目の前の問題をやっつけるのが男の生き方という奴です。がたがた言ってもはじまらないのです。とにかくやるしかねぇのです。
 そして今日も、地獄の訓練が始まります。
 

 …ごめんなさい、ここで力尽きました。戦記ものムツカシイですよ。続きは明日あなたが書いてくれるって信じてるよ?



同年二月二十六日


 やなこった。
 
 映画研究会の存亡を懸けた学年末試験も後半戦。今日と明日が終われば、どんな結果が待っていようとともかく今年の戦いは終わる。終わってしまう。ある意味。
 来年も同じ戦いになるか、それとも受験だの就職だのを見据えた新たな戦いが始まるかは神のみぞ…いや、採点する先生のみぞ知る。
 「伍長、現在の戦況は?」
 「はい、隊長。お先真っ暗であります」
 なんだか知らないけど、今回は戦記物で行きたいらしい。仕方ないので付き合うことにする。
 「それではなんの意味もない。絶望的な状況でこそ、何が出来て何が出来ないのか、何をすべきで何をしてはいくないのかを正確に知るべきだ。そのためには正確な報告が必要だ。解るな?それを踏まえた上でもう一度聞こう。具体的にはどんな戦況なんだ?」
 「はい、隊長。蝶子が酷いです」
 「どのように?」
 「はい、すでに保健のテストが赤点です」
 「どうしてそれがわかる?」
 「本人が、ばっちり良く寝たって言ってました」
 「それはひどい…が、わりとどうにでもなるのでは?他はどうなのか?」
 「絶望だって言ってました」
 「では、この作戦にて起死回生の一手を撃つ…など不可能なのでは?もう自分と同い年の後輩確定では?」
 「違います。確定ではありません。絶望的な状況でこそ正確に全てを知るべきだと隊長もおっしゃったではありませんか?まだこれが全てではありません」
 「ほほう…ではまだ何かがあると?」
 「蝶子上等兵はこれまでも絶望的戦況をひっくり返してきました…おもに、運で。彼女の幸運は奇跡というレベルを超えて必然とすら言えるかも知れません」
 これには俺も少し鼻で笑ってしまった。オカルトかよ。
 「映画研究会存亡の危機だというのに、個人の幸運頼みなのか?」
 「バカにできません。笑わないでください」
 君は言い切った。
 「現に、今年の文化祭において一部男子による暴走、例の『18禁映画製作発表事件』も、実際コトは成ったにもかかわらず誰も処分されてません。彼女の必然の幸運のせいです。これはもう神の意志です」
 「…」
 「…」
 そういう噂が有るのは知っていた。映研の誰かが勝手にその手の映画を撮り、文化祭に上映しようとしていた、と。結局それは露見して、事は成らなかった、と。だがしかし。
 「コトは成っていたのか」
 「はい、もう、ばっちり」
 「ばっちりなのか」
 「観ましたから、私」
 「ちょっ?!」
 「まあまあ。びーくーるびーくーる。ちなみに私も蝶子も試写に付き合わされたくらいで、ほぼその男子部員とそのツテのみで制作された、らしいです。実のところ文化祭当日にゲリラ的に流される段取りは出来ていて、後は当日を待つばかりだったようです」
 初耳だ。そんな、そんな面白いことを俺に黙ってやるなんて。や、めんどくさくなるの必須だからそんな話が来たら全力で断るけどさ。
 「一応言っておくけど、内容はそれはもう酷いの一言よ?」
 「内容よりそれをやろうということに意義があるのだよ伍長」
 「そんな山があるから登る的に言われても。学校でわざわざする事でも無いですよ隊長」
 「でも、なんでそこまで詰めてた計画が潰れたんだね伍長?」
 「原因は簡単。セクハラまがいのやり方でそんなの見せられちゃったんでね…」
 まさか…
 「キレた蝶子がフイルムごと映写機を破壊したのであります」
 「えええええええ?」どんなバイオレンスだよ。
 「ちょっと蹴ったら倒れて煙が出て火を噴いたって言ってたよ?まあ機材もフイルムもその極一部男子部員の私物だから別に良いんだけど。むしろいい気味?」
 「いい気味じゃないぞ伍長。可哀想じゃないか。それはともかく、全然奇跡じゃ無いような気がするんだが?」
 「凄いのはここから。どうやらリークがあったらしくて、直後に先生が現場に駆けつけてきたんだよね」
 「体育の松井?」
 「そう、松井。自称メジャー帰りの方」
 「間一髪?」
 「うん。流石に機材壊した件についてはその場で色々言われたけど、ぶっちゃけ野球部のあんたに言われたくないっつーの」
 「いや、多分火が出たことの方が重要だと思うぞ。で、先回りして言っちゃうと、タイミング的にもその極一部男子の恨みや復讐も回避?」
 「そういうこと。なのであります、隊長。もっともあの娘ならなんでも回避出来ちゃうんだけどね…」
 しかしそこまで聞いても俺は半信半疑だった。奇跡と呼ぶには大げさに過ぎる。確かにシチュエーション的に処分も無く良くそれで収まったな、とは思うが、果たしてそれを運や偶然で片付けて良いものか。
 「そもそも、それほどすんごい必然の力があるなら、わざわざ勉強する必要も無いんじゃないか?」
 「甘いなぁ隊長」
 指を振りながらチッチッチと舌打ちしながら君は言う。
 「無い袖は振れませんよ?魔法じゃ有るまいし」
 奇跡だの必然だの神の意志だの言っておいてそれか。
 「そんなわけで今日も蝶子を呼んであります」
 「だから勝手に人の家に呼ぶなっつーの」
 「えー」
 またヨリカの『えー』が始まった。だがここはきっちりしっかり言うべき事を言っておかないと。
 「えーじゃ無え。常識だろうがそんなの」
 「だって…隊長は蝶子ラブなのでありましょう?」
 「だからこの間も言ったけどそんなわけないだろ伍長…そもそも本当にそうなら、勉強会は蝶子とやるっつーの」
 「などと強がっているものの、実際には誘えなかったチキンな夜一郎君は、私を出汁にして蝶子を呼ばせようと画策するのでした、まる」
 「だからそんなわけないだろって…蝶子だぜ?そりゃあのちっこさとか無駄なエネルギー充填一二〇パーセントっぷりとかは一部のマニアにはウケてるみたいだけどさぁ…」
 「ほほう…つまり一部のマニアである夜一郎君は、蝶子のそーゆーところが大好きでたまらないって事ね?」
 「はあ?」
 「ごめん、冗談ですよ?わかってますよ?でもね…ま、いっか」 
 
 しばらくして蝶子が我が家に到着。もちろん勉強にはならなかった。



同年二月二十七日


 試験が終わりました。
 終了直後、『最後の最後で神が宿った』ってわけのわからん事を言いだした蝶子はその足であなたの元へ。なにやら山が当たったお礼らしい。
 まあいいんですけど。ええもう、どーでも。
 私は用があったのでそのまま自宅へ直帰。だからこの後のことはあなたと蝶子から聞いた話と状況証拠から考えて書いた推察であり、実際のところはどんなだったかはそれこそ神のみそ汁。
 でも当たらずとも遠からずって思うんですけど?
 

 試験が終わった開放感を味わう暇もなく、突然教室の扉は勢いよくバーンと…いや、ガしゃーんと開かれ、それが蝶子だと認識するより早く駆け寄ってきた彼女に手を両手でぎゅっと握られ、そしてこう言われました。
 「神様ありがとう!」
 えー?
 「あなたのおかげで漫研は救われましたっ」
 ちょっと待て。なんで涙目なの?
 あなたは薔薇を背負ってハラハラと涙をこぼして感動している蝶子に向かってこう言いました。
 「HRはどうしたんだコラ」
 「あっ」
 どうやら終了と同時に矢も楯もたまらず大急ぎで来たらしいことがあなたにも解りました。乱れた息。濡れた瞳。跪き、右手を両手でしっかり握り、胸元に引き寄せている仕草。どう考えても誤解されそうです。
 案の定、『蝶子ってそうだったの?』とか、『違うよ、C組のあのおとなしい子の…』とか、『浮気?』とか、『ヨリカかわいそう』とか、そんな言葉が聞こえてくるようなこないような。誤解だよっこれは蝶子のサクリャクなんだよっ!
 「まあなんか旨く行ったってコトだな?解った。感謝したいと?当然だ。だがそろそろHRで担任が来る。一旦帰れ。積もる話はその後だ」
 なんとかそこまで一気に話し、あなたは蝶子の反応を待ちます。
 長い。
 その間、あなたの顔はどんどん上気していきます…自分でも解っています。急激に頬が熱くなっていきます。体温が上がります。メガネが曇ります。いや、そんな簡単に曇らないのかな?今度試してみましょう。ちゃんと真っ赤になって照れてくれなきゃダメだぜ?
 「うん、解った」
 蝶子は手を離し、涙を拭いました。
 「でもこれだけは言っておく」
 ほっとしたのもつかの間、蝶子はびっと指をさしながらそう言うと、
 「あいらーびゅーっ!」
 といってぎゅっと抱きしめてきました。
 「なんですとー?!」
 パニックに陥るあなたになんの説明もせず、彼女は来たときと同じようにダッシュで教室を飛び出て、廊下でくるりと振り向き、
 「じゃあまた後でね♪まい・だーりん☆」
 と、大げさに手を振りながら去っていきました。
 うっわー…イジメだわ。容赦ないのだわ。パーフェクトなのだわ。 
 一言も聞き漏らすまいと静まりかえっていた教室がふたたび騒がしくなっていきます。話題は当然今の出来事。明らかにおかしな雰囲気。突き刺さる変な視線。でもあなたは強引に無視。下手に反応してめんどくさいことになっても…というより、どう反応して良いやら。
 
 やがて担任がやってきて、さっさとHR終了。体感では何十年にも感じましたが、終わってしまえばソンナノカンケーネー。色々めんどくさくなる前に逃走するしか有りません。走って教室を出るあなた。背後で誰かが気の利いた台詞を言ったのか、教室が一気にわき上がります。畜生山田か。山田なのか。後で締めてやる。
 どう考えてもこのまま蝶子達と合流するのはマズイ。変な噂が加速してしまう。そうじゃなくても明らかに何かをたくらんでいる蝶子の罠にそのまま飛び込むのは愚かしすぎる。じゃあどうする、どうする俺、と考えている間にあなたは玄関にたどり着いてしまいました。
 「あたしに会いに来てくれたのね?まあうれしいわっ」
 当たり前のようにそこには蝶子と私がいました。
 「まさか走ってくるとは思わなかったね蝶子。これは夜一郎君、何か期待してるのかなぁ?」
 息を切らせながらあなたは言いました。
 「おまえらHRはどうしたんだ」
 「試験終了後のHRなんて別にすること無いしねぇ?」
 「サボるためにクラスのみんなに正直にうち明けたら、みんな『頑張って』って言ってくれたよ?」
 これは本当。先生にも応援されちゃいました。C組のチームワークは最高です。
 「何をがんばれっつーんだよ!つーか正直にうち明けたってなんだよ!」
 不安がるあなた。まあ、それはそうでしょう。でもそれは作戦の内。
 「それはこれからわかるんだよー」
 私はあなたの肩を強めに叩いて、言いました。
 「じゃあ私はこれで」
 「うん、ありがとうヨリカ。また明日ね?」
 「ちょっなんで?」
 私にどうにかしてもらうつもりだったあなたは慌てます。
 「あれあれ?姫様、王子は姫様と帰りたいみたいですよ?」
 「ごめんね?夜一郎君。私はちょっと用があって早く帰らなきゃならないの」
 うわーすんごい残念そう?ちょっと嬉しいけどそりゃ蝶子に失礼というものですよ?どんな罠なのか理解できなくてドキドキしてるだけだったカモですが。

 私はそのまま本当に自宅に帰宅。すぐ着替えて歯医者に。
 蝶子とあなたとのデート、ええ、デートですよ?その詳細はすでに蝶子に聞いて全て掌握済みです。私もあなたもお互い知ってることなので省略します。まあ蝶子が私に黙ってイロイロやっちゃってるかも知れませんけど、イジメすぎちゃあ可哀想だしねっ。
 何故こんなコトしなくちゃいけなかったのかは宿題です。ここ数日の自分の行動を反省して、考えてみてください。考えなさい。考えやがれ。命令。
 



 (この日より一ヶ月間、日記は中断している)



蝶子による補足

 
 え?
 あのバカップルの交換日記?
 あー確かに書いてたわね、当時。見せてもらったことはないけど。
 …ふうん、でもそれって小説になるの?
 つーかどんな契機であんたがそれを書くことになったの?
 あ、そう。まあ良いんだけど。おごってもらったし。おごりでしょ? そりゃそうよね?このあたしに親友のあんな事やこんな事を話させるって言うんだから。
 …でもなんで?ついにケコーンとかですか?私になんの断りもなく?畜生マジで?
 え?
 あ…
 …
 ふうん…そうなっちゃったか。
 まあ人生色々だわね。
 ご愁傷様。
 ちょっとショックだわー。
 最近連絡がないと思ったらそんなことがあったのね…
 ヨリカ大丈夫かしら。
 んーホントいうとあたしって忘れっぽいんで、当時のこととかすでに忘れかけてるんだけど…
 そうねぇ、確かに図書室でいつまでもいつまでも二人でなんか書き物してたわね。たまに痴話喧嘩みたいな事もしてたし。
 あの娘も樒木もほんと普段はおとなしい癖に、何か書き物を始めるとスイッチ入って止まらなくなるタイプみたいで、うーん…そうそう、酔っぱらいの喧嘩みたいなのよね、端から見てると。
 でもなんか凄く楽しそうなの。
 もーね、見せつけるんじゃねーよってかんじ?
 本人達はもー深刻な悩みだったり修復不可能な喧嘩だったりするかもしれないけどさぁ…もーね、どれもこれもごちそうさまっつーかおなかいっぱいっつーか甘過ぎっつーかストロベリーっつーかああもう、ああもう。
 もーここら辺が痒くなってくる感じ?
 はい?
 あーないない。
あーんまりにもあんまりだったんで、時々からかったりいじったりして遊んだりはしたけど、趣味じゃないんで。
いや、良い奴ですけど、友達としては好きでしたけど、メガネ男子なんて論外です。男は筋肉ですよ。筋肉。あんまりマッチョなのも引きますけど。
 あ、それあたしですう♪はいはいそれも。 
 大丈夫、ベタだけど甘いものは別腹ですから♪何せタダだしねー♪
 うっはー
 うっまー
 こりゃヨリカのケーキより旨いかも。
 あ、喰べたこと有る?ヨリカのケーキ。すんごいよー。プロクラスだよー。まあある意味プロになっちゃったんだけど…
 え? 
 マジで?
 もったいないっスよー。あれだけの技術は埋もれさせちゃダメだって…
 洋菓子の覇王の称号はあの娘以外に有り得ないって思ってたのになぁ。
 あ、見てます?あの番組。ちょっとくどすぎだけど、あたしはアレ好きですよ?「真の魔法の粉」とか、ホントかどうかは知りませんけど。
 まあしゃーないかー。あの娘の人生だし。
 え?そうなの?
 …しっかし分からないもんですねぇ人生って。
 親友とは言え十年も有ってないし…女の友情って儚いって言いますよね、悲しいけど。
 そっかー。
 遠いですよねー…
 あ、そうだ、
 それってここからだとどの方向なんです?
 無学ですみませんねぇホントに…
 肉眼で見えるもんなの?
宇宙ステーションって。



山田氏の日記


二〇〇四年二月三〇日


 友人の痴話喧嘩の現場に居合わせるというのは、不運なのだろうかそうでもないのだろうか。
 
 我、山田ヴィトゲンシュタイン、その豪快な名前故にゴージャスと言うあだ名の我は、それを経験した。
 日本人の名前としてそれはどうだろうとは思うのだが、文句を言いたくてもどちらも他界している。同情は無用。そういう職業で、そういう両親の間に生まれた我である。幸いじいやもばあやも良い人達だ。これを不幸と呼ぶのは不遜であろう。
 まあそれはともかく。
 本日より日記を付けることとした。
 前記した事柄が少しばかり衝撃的だったからというのが直接の原因。後は、ゴージャスたる我の日々の記録を、今の内から付けておく必要があると信じたからだ。
 いずれ誰もが我を、我の過去を知りたがるようになるであろう。ならばそのためにこのような形で記録を付けておくのは必要なことだ。
 我は大衆に対して親切でありたい。
 ただ最初にお断りしておく。我の文章は訓練されていない故とても読みずらいかもしれない。いずれそれも克服する予定だが、平均的高校生として若干劣った表現をつかわざるを得ないことが有るかもしれない。
 だがこれも後生に至れば我の数少ない人間性として逆に評価されることとなるであろう。
 完璧すぎるだけの人物のただ一つのほころびとして、人々の癒しとなればいいのだが。
 

 話が脇に逸れすぎた。
 友人の痴話喧嘩の話しに戻ろう。
 丁度三日前、学年末試験終了直後のことである。
 友人である樒木夜一郎に突然の来訪者があった。恐るべき勢いで走り来るものに、学友一同は全て恐怖した。これは何か?物の怪のたぐいか?
 しかしその正体はさらに我らを驚愕させた。それは学園のトリックスター、碇屋蝶子その人であったからだ。
 碇屋嬢は当時二年C組に在籍していた、身長がやや低すぎることを除けば美少女にカテゴリーされる見目麗しい女子であり、明朗快活、その小さな体躯に有り余るエネルギーを宿した学園の所謂アイドルと言っても過言ではない存在であった。彼女の姿有るところに笑いと活劇有り。それ目当てに文芸部に所属せんとする輩は後を絶たず、かくいう我もその一人であった。丁重に断られたが。
 その彼女が、事も有ろうに冴えないメガネ男子、樒木夜一郎の手を握り、「ありがたう」と言ったのだ。
 息を切らせ、目に涙を浮かべながら。
 学友達に衝撃が走った。
 騒がしかった教室が静まりかえったのは、ただごとならぬ雰囲気故。一問一句も聞き漏らすまいと、全てが耳となり目となっていた。そして衝撃の瞬間が訪れた。
 「愛している」と彼女は言い、一度きり彼を抱きしめた後、走り去ったのだ。
 教室に衝撃が走った。
 夜一郎は逆川夜梨花嬢と交際中との認識であった我々は、すわ、浮気の現場かと彼に詰め寄った。だが我はただ一人、こう言うべきで有ると信じて彼に詰め寄った。
 碇屋嬢が愛を語って走り去ったのだ。それが本当で有れ嘘であれ、追いかけるべきなのではないか?それがゼントルマンというものなのではないか?
 だが彼は「そんなわけないじゃないですかぁ」などとはぐらかす。明らかにただごとでは無いことを彼自身が自覚していることは火を見るより明らかであるにもかかわらず、だ。門外漢である我々がこれ以上追求できるはずもなく、担任の荒木教諭が定刻通り到着した時点で我らは解散し、それぞれの席に着いた。
 HR終了と同時に、樒木夜一郎は逃げるようにして教室を飛び出した。イヤミの一つも言いたくなった我はこういった。
 「見よ、罪人が逃げていくぞ」
 教室は爆笑の渦と化すが、我はそれを望んだわけでは無いとだけ言っておく。

 そして今日。
 何事かが有ったのだろう。いつも夜梨花嬢と共に校門をくぐる夜一郎がただ一人、いつもよりかなり早く教室にやって来た。
 何故そんなことが解るのかと言えば、我は習慣として必要な時間の一時間前にはその場に到着していなくては気が済まない性癖があるので、今日も必要もないのに早く教室に到着し、そしてずっと校門付近に注目していたからだ。
 例の告白を気にしていなかったかと言えば嘘になる。樒木や逆川嬢、そしてもちろん碇屋蝶子の姿を今か今かと待ち続けていたのは事実だ。だが、あくまでこれはもののついで。いつもの習慣にほんの少し余計な作業を加えただけのことだ。断じて常にストーカーまがいのことをしているわけではない。
 後ろめたさが無かったかと言えばそれはないが。
 「へえ、本当に朝一番に来るんだねぇ」
 誰かに背後から声をかけられた。
 「おはよう、山田君。やはりこの間のアレが気になりますか?」
 振り返れば事件の当事者の一人、碇屋がニヤニヤしている。驚いた。なんの気配も感じなかった。まるで魔法でその場に突然出現したかのよう。
 「おはよう。本人を前に言うのもなんだが、まあそんなところさ」
 我は正直にそう答えた。全くの想定外の出来事に内心酷く動揺する。だが我はそれを顔には出さず、なんでもないことのように、何事かのついでのようにこう訊いた。
 「依華嬢は寝坊かね?」
 碇屋蝶子は手を叩いて爆笑した。そんなに面白かっただろうか?
 「あー面白い。そんなに噛んでるくせに、その態度、サイコーだわ。流石ゴージャスの二つ名は伊達じゃないのね?」
 何が面白いのかよくわからないが、どうやらツボにはまったらしい。気が違ってしまったかのように笑い続けている。これは何かのストレスが不気味に作用しているのではないだろうかと思わせるほどに。
 「あー笑ってる場合じゃ無かったんだった」
 蝶子はそういって無理矢理笑いの発作を納め、こちらとわざと視線を合わせないようにしながら先ほどの質問に答えてくれた。
 「ごめんね、顔見ると笑っちゃうから…夜梨花は風邪って事でお休み。夜一郎が学校に早く来たのは、多分あたしと会いたくなかったから。あたしがバカみたいに早く来たのは、それを待ち伏せする為。解った?」
 「解った。公文式より良く解った」
 その言葉に一瞬また発作が起こりかけたようだが、なんとか納めたようだ。
 「そんなわけで、今からここは修羅場になるの。そろそろ夜一郎もここに着く頃だし」
 そこで蝶子はこれまで外していた視線をこちらに向けた。もはや彼女は笑っていない。目には必殺の意志すら感じられる。これまで教室や部活などで見せていたのと明らかに違う、おそらくこのゴージャス山田には一度も向けたことのない真剣な顔をしていた。美しい。とても美しい。だが、これに触れては成らない。
 「別に強制ではないし、早起きした山田君には見学の権利があっても良いと思うけど。でも、お願いして良いかしら?」
 断れるはずもない。
 「なんなりと」
 「しばらく席を外してもらえないかしら?」 
 「おやすい御用です」
 「ありがとう」
 その微笑みも我は初めて見た。我は夜一郎に嫉妬した。

 何が話し合われたのかは解らないが、教室に帰ってきたときには樒木夜一郎の姿も碇屋蝶子の姿もなく、いつもの朝の教室の雰囲気となっていた。
 朝のHRギリギリに夜一郎は教室に戻ってきた。表情からも態度からも何が起こったのかは不明だった。いっそ頬に平手打ちの跡でも有れば、安心できたのに。
 安心を確保したい我はHR終了時に詰め寄った。
 しかし、返事は同じだった。
 「あいつがなんで怒ってるかなんて、わかんねーって」
 そんなはずはない。何かがあったのだ。そしてそれは蝶子とも関係があるのだ。
 しかし、彼に答える気がないなら我にはそれを知る手段がない。

 

同年二月三一日


 試験の答案の返却と問題の復習という一定の動作を各授業でそれぞれそれらしく消化している間に今日も一日が過ぎた。今週末には卒業式、そしてすぐに春休みがやってくる。
 部活に集ったのは我、碇屋、加藤、名前の知らない後輩部員、そして何故か部外者である樒木。在籍している部員は実に二〇名近くいるはずなのだが、『蝶子が面白かったのは最初だけ』『もう蝶子はこりごり』『蝶子分の過剰摂取は命に関わる』『すみません、ぼく文字を書いたり読んだりするとアレルギーが…』『蝶子は離れた位置から観測するのが最適』『山田がウザい』『マダニホンゴヨメナイネ』『フェイ×は文学』等々の理由で気付いたらこの程度の参加数がデフォルトになっていた。一部文芸部としてどうかという脱退理由も有るが夏頃のカオスはそれをカバーし尽くして尚あまりあるほどだったので一概に間違いではない。
 「結局去年までと変わらないのよねー。大抵四人くらいしか集まらないし盛り上がらないという」
 蝶子は不満そうだ。せっかく一年間文芸部を盛り上げようと勉学をなげうって頑張ってきたのに…などと言っている。もちろん勉学を犠牲にしたわけではなく、ただ単にやらなかっただけ、そもそもやりたい放題していただけだと、ここに集ったメンバーは全員知っていた。
 「あまり文芸部が盛り上がっちゃうのもどうかと思いますよ?」
 名も知らぬ後輩が言う。最近出席率の高い輩だ。顔は入学当時から見知っている…だが何故か名前が覚えられない。珍しい名字だったのは記憶しているのだが。
 「そんなことより、なんで俺が」
 文芸部に拉致られなきゃ成らないんだ、と続く言葉は無視された。
 「第一回、チキチキ『樒木と逆川、どぎゃんせんといかん』わくわくどきどき作戦会議〜♪」
 太鼓が二回鳴らされ、調子っ外れのラッパが二度吹かれる。反射的に盛り上がる我々。訓練されているのだ。
 「百戦錬磨一騎当千の君らに集まっていただいたのは他でもない。諸君らがご存じのとおり、我が文芸部の良心、母、いや神ですら有るあの逆川ヨリカ嬢の事であります。彼女は今傷つき、この場に来ることも出来ない。何故だ?」
 夜一郎以外の全員が夜一郎を見る。
 「風邪で休んでるんじゃないの?」ぼそりとつぶやく夜一郎。
 「そんなワケ有るかこのバカもんがぁっ!」
 光の速さで蝶子のツッコミが入った。
 「痛っ、なんだそれ、六法全書?そんなもんで殴って良いのか文芸部員?!」
 「うっさいわぁ!部外者の癖に生意気な!」
 さらに一撃。
 「ちゃんと本が傷まないように鉄板入りのカバーなの!どんな無茶なツッコミでも本文はほれこのとおり無事なの!そもそもこれはあたしの私物!」
 そんな馬鹿な…と言って呆れるのは樒木のみ。文芸部員には既出のネタであった。
 「このカバー、今ならお安く月々2千円の一〇回払いっ!」
 「売るのかよ!」
 「高くなんか無いよ?一生モノだよ?」
 「要らないよ!」
 「そんな、もったいない!」
 「まあまあ蝶子さん、ネタはその辺にして、話を進めませんか?」
 何時までもボケたい蝶子をやんわり止めて進行を計る後輩。なんだか気に入らない。とても気に入らない。それはこの山田の役割なのに。名前もわからない癖に。
 「まあぶっちゃけると、このバカップルどもをさっさとくっつけて、次期部長であるヨリカ様に復活していただこうって事ですよ」
 いきなりぶっちゃけた。まあ、そういうことなのだが。
 「次期部長?遅すぎないか?つーかまだ部長職はあの蔵櫂さんだったのか?もう卒業式なのに?」
 「うるせーイロイロ有ったんだようっ!部活内のプライベートなことだから詮索禁止!部外者は口出すな!」
 少し文芸部に都合良すぎる言いぐさではあるが、部外者に説明するのは、とても難しいのだ。藏櫂先輩のことは。
 まず視覚的に問題が有り過ぎる。誤解を解くだけで大変な労力だ。
 知らない者のために一応解説すると、藏櫂氏は決して酷い顔をしているというわけではない。むしろイケメンに相当するルックスである。しかも相当鍛え上げている。自他共に認める筋肉フェチの蝶子女史が文芸部入部を即決したくらいである。
 しかし。何故か女子の制服を着ているのだ。セーラー服なのだ。何故か学校側も文句を言わないのだ。
 ちなみに、かなり立派な、紳士的な髭を生やしている。『この髭を一定の状態に保つのが紳士のたしなみ』などとこの間は言っていた。
 「まあ、あの方はそう言う貴族だからな…ほって置いたら何時までも学校、いや図書準備室に居座りそうだ」
 「土日は絶対顔出すでしょうねぇ…」
 「社会人としてどうかと思うけど、あの方なら許されると思う」
 「え?あんたたち藏櫂ちゃんキライなの?」
 「そんなまさか」と名無し。
 「恐れ多い」と我。
 「尊敬までは行きませんが、好感度は高めです」と加藤。
 「だよねー。そうじゃなかったとしても、どっかのマンガみたいでおもしろいから良いじゃん?ってそれどころじゃなかった」
 蝶子はあっさりと夜一郎の首を掴んだ。夜一郎の方が遙かに背が高いので首からぶら下がっているように見えるがきっちり締め上げている。
 「ナイス誘導ありがとう。うっかり本題を忘れるところだったわ」
 「何されようが知らないことは教えられないぞ?」
 夜一郎はそれでも状況を説明した。金曜の放課後、蝶子の買い物に付き合ったこと。夜送られてきたメールがいつもと違っていたこと、慌ててレスしたが返事がないこと、それから全く連絡が取れないこと、依華の家にも行ってみたが「風邪だ」と言われ追い返されたこと。云々。
 「じゃあほれ」
 蝶子は手の平を夜一郎に差し出した。
 「なんだよその手は」
 「そのメール見るから、携帯よこしなさい」
 「出来るわけないだろ馬鹿野郎。ヨリカの許可無く見せられるもんか」
 「確かに無茶ですよね…でも我々としてはその内容が知りたい。差し支えない程度に教えて貰えませんか?」
 「と言ってもなぁ…別にたいしたことは書いてなかったぜ?メールの内容はいつものネタまみれの馬鹿話だし」
 その馬鹿話が魔術的な交換日記のことだとは我は気付いていなかった。その口振りから交際している男女が送り合うタダの戯れ言だと思っていた。だが事態はそうではなかった。
 「はい、質問」
 これまで少し離れた椅子に座っていた加藤がふいに手を挙げて発言した。彼女は男性同士が交際したりする内容の小説を読みながら余り熱心とは言えない様子で参加していた。部活中はいつもそんな態度だ。だが本を読んでいても一度も生返事したことがないくらい素早くこちらに反応してくれるので誰もそれをとがめたりはしなかった。
 「金曜と土曜の、蝶子とのデートについて詳しい情報の開示を願います」
 なんて事のないことのように加藤はそういうと、ページをめくって本に視線を落とした。
 「ちょっデートって!」
 真っ先に蝶子自身が反応した。両手を振り回し顔を真っ赤にして。これは。つまり。そういうことか?
 「あれ?二日連続だったんですか?そりゃちょっとヨリカさんも穏やかじゃ無いって事なんじゃないですかね?」
 何故それを知っているナナシの後輩。
 「ああ、たまたま見かけたんですよ。だからそんな蒼い顔しないでくださいよ山田先輩」
 「うるさい後輩ちゃん!」
 びしっとナナシを指さす蝶子。大暴れ継続中。
 「後輩君もそう思いますか?わたしもこれは単なる嫉妬だと見ているんですが」
 やはり本を読んだまま加藤は話に乗った。
 「他、僕らには思い当たりませんよねぇ…というかいいかげん名前覚えてくださいよ」
 「いちゃいちゃしているところを目撃されていたらもうヨリカは文