第九話 悪い虹その3 (連続十日目)

三日目の朝、あっさりと私は釈放された。
「どういうことです?」
私は不条理な扱いに一応は腹を立ててサカナに尋ねた。
「政治的取引、だな」
サカナはそう言って静かにくすくすと笑う。
「どういう意味だよ…」
「情報屋なんだろ?自分で調べると良い」
それっきり彼は口を閉ざし何を聞いても答えてはくれなかった。
猫たちの襲撃を避けた…のかも知れないが、それほど特別対策課はヤワな組織ではない。この拘束に何らかの意味があるのなら、メンツを保つためだけでも全力迎撃するだろう。…与えられた条件がそれだけならば。
ようは私を三日隔離することに意味があった…のか?
それとも何か政治的圧力が本当に掛かった?
なんにせよ材料が少なすぎる。考慮しなければならない要素が多すぎる。
…まあいいか。どちらにしても釈放されるならその方が良いに決まってる。
以降、私は素直にいくつかの書類にサインして、そしてすんなりと早朝の町…いや、留置場前バス停に開放された。
「もう来るなよ」
お決まりのセリフを言って去っていった警察モドキは軽く無視して、まずは携帯を取り出しメールをチェックしようとした。
…充電してくれたりする親切な組織ではなかった。
最初のバスが来るまで約1時間。
急な逮捕だったのだし返してもらった私物には暇つぶしになるような物はなかったし、そもそも誰かが面会に来るなどということもなかった。差し入れも当然無い。そもそも私が逮捕され留置されている事を知っている者がどれだけいるのか?
ま、知られても困るわけだが。
それでも私の猫は私の帰りを留置所の前で待っていてくれた。本来襲撃に回されるはずの戦闘要員達だがなんだか感動する。涙さえ滲む。
ちなみに今日このタイミングで保釈された件についてはすでに連絡済み。
一体どんな手段で連絡を取ったかについては…企業秘密。こんな世の中なのでたとえば『テレパシーで』とか言っても納得してもらえそうな気がするがあえて今回は正攻法でやってみた。何度でも言うが方法は秘密である。
留置所を出ると猫たちが一列に並んで出迎えてくれた…
右からスズキ、オトコマエ、アシオオイ、サルー、タマ132号(あえて名前を付けなかった野良猫。今では貴重な戦力だ)、ミミナシ、シッポレ…
そこで違和感を覚えた。
何かが足りない。
そう…具体的には…レベッコがいない
気付くと同時にどうしようもなく動揺する…あのレベッコだ。知ればまず最初にここに来るはず。それが来ないと言うことは…それより、サルーが代わりにやってきたということは、他の猫たちは?
私はサルーに問う。
「被害状況は?」
サルーはすぐに察して報告する。
アイリ、アクト、アシオオイ、アビス、アルファルファ、アレレ、イクサ、イシイ、インジャスティス、ウクカラ、ウシロニ、ウルスラ、エキマエ、エニシ、エン、オイワイ、オクヤミ、オシイヒトヲ、オトコマエ、オレガノ
延々と(猫語で)読み上げられていく猫の名前…
私は目の前が真っ暗になった。
何が約束だ。何が「守れる限り守る」だ。こんなの、ほぼ全滅じゃないか…
もっといい方法があったはずだ。もっと手は打てたはずだ。これじゃ私が猫殺しと呼ばれていた頃と何も変わりないではないか…そもそもあの攻撃の的になり、猫たちのへのダメージを軽減するという作戦自体が間違っていたのではないか?いつも通りなら犠牲になり確実に死ぬ何匹かの猫以外は無事で済んだのではないか?そもそも私さえ居なければ…重い重い後悔が私の胃を、心臓を攻撃する。私は取り返しのつかないことをしてしまったのではないか…
…サイレン、サクラフブキ、サルー、サンザシ…
ん?
そこでようやっと勘違いに気付く。
「あー。サルー。無事な猫じゃなく、被害にあった、もしくは私が居ない間に何かあった猫が知りたいんだが?」
「ギャース!」
サルーは『今言おうと思ってたのに!』と言い訳をした。
「にゃーにゃにゃ、にゃ?」
特にいませんが、なにか?とさらに続ける。
心臓が止まるほどショックを受けたというのに、こいつときたらしれっとした顔をして…しかし、無事で何よりだ。
正確には何匹かの客分…すなわちなんとなく我が家で餌をもらって居着いているだけの猫が離れていったらしいがそんなものは想定内だ。そもそも私は全ての猫の守護者に成りたいわけでもない。我が家の息子と娘さえ守れればいい。そんな些細な願いでしかない。100匹以上もいると些細とも言いきれないが世界征服だのよりはよっぽどまっとうな、人間らしい願いだ。
私はサルー及びスズキ、アシオオイなどの深夜組の猫たちを先に帰らせ、数匹の猫たちを連れて少し寄り道をする事にする。。
サルーはもちろんそれを止めたが。私の意志が決まっているのを見ると素直に命令に従った。
おそらく、その方が都合がいいだろう…変な遺恨が何時までも残っていくのも面倒くさい。そして例の装備のチャージが後一回ほど残っている。40秒ほどしか保たないが、多分それで充分だろう。
待っていたのは猫たちだけではなかった。
今度は汚れていない純白のドレス。
左右に結んだ黒くて長くて…月明かりだけでなく朝日を浴びても美しいままの髪。
取り回すには長すぎる杖。
…黒い虹。
ララバイ魔法少女天使巫女猫姉妹たまよが先ほどから待ち続けていたのだった。
第2ラウンド開始。