第十二話 査察準備 (連続13日目)

元々は事が済んだら猫たちを先に返し、私はのんびりと一人でバスを使って帰るつもりだった。
寝間着のままその場で逮捕されたため小銭程度しか持ち合わせが無かったし、歩いて帰るには少し遠すぎる。
しかしイシイが気絶してしまったのでそのままバスで帰るわけにも行かなくなった。他の客の迷惑になるし…金髪碧眼のツレまでいる。
知り合いに車で迎えに来て貰えば済むことだが生憎と携帯は圏外…いや、今パリ3まで回復した。そしてそのまま電池が切れた。そうだった。返却してもらった時点でバッテリーはギリギリだったんだった。うっかりしていた。
「あーじゃあおれっちの車を出すよー」
珠美はごつい携帯を取りだし、「おれっち一人なら飛んで行くんだけどなー」と言いながら何処かへ電話をかけた。
数分後、爆音を響かせて黒塗りのベンツがとんでもないスピードでやってきて我々の目の前に止まった。運転席から転がり出るように若い男が飛び出してくる。
「珠美ちゃん、無事か?!珠樹さん達は?!」
ぜえぜえ荒い息をしながらチャラくてワルそうな男はそう言った。
「おー。無事だぜー。他の3人はいつものようにおれっちの中だ。急に呼び出してわるかったなー」
珠美は頭を先ほどのイシイにしたように乱暴になで回す。力の加減が出来ないのか心配になるくらい男の頭はぐらぐらと揺れるが、「いえいえ、珠樹さん達のためなら…」と嬉しそうにしているから多分これが彼ら達にとっての『あたまなでなで』に該当する行為なのだろう。…しかし、遠慮ないな。
「で、このアヤシイおっさんは誰なんス?」
男は私の方をにらみつけながらそう言った。まあ、確かに怪しい。寝間着だしな。
「この人はネコ使いのおっさん。これから悪いことしてないか調べに行くんだー。査察ってやつ?」
「こんなヤローぜってーワルもんっスよ。悪のオーラ出まくりっスよ。いつもみたいにぱーっとやっつけちゃえば良いじゃないですか」
私は前回の襲撃を思い出した。毎回あんな感じで問答無用なのだろうか。
「いちおーおれもそー言ったんだけどさー、珠樹が『きっといい人のハズよっ!』って五月蠅くてさー。あいつほんとほれっぽいよなー」
「えっ…たっ珠樹さんがそんなことを?!」
明らかに動揺する悪い奴は大体友達(推定)。
「まーそれと、かーいーねこ見たいとか、そんな感じで三日ほど査察と称して泊まりがけで遊びにいくんだー。えへへ。うらやま?」…今、遊びに行くとか言わなかったか?
「ちょっマジっすか!こんなクソヤローの家に?畜生、マジ羨ましい。妬ましい。殺してやりたい。こんな奴より、俺を査察してくださいよー」
「あはははは。ケンジは悪いことしてないから駄目だよー」
いや、ワルいことしているようにしか見えないんだが、人は見かけによらないんだろうか。
「ちくしょー!俺も悪いコトする!」
「あはははは、ばーか」
ゴキッ
軽く杖で突いたようにしか見えなかったが実際にはそうではなかったようで、ケンジの身体は右方向にスパイラルしながら数メートルほど飛ばされて頭から墜落した。
うわあ。
しかし一瞬で立ち上がり、頭から血を流しながらとてつもない笑顔で珠美に走り寄った。痛くないのかとも思ったが「…中の人は珠樹さん…中の人は珠樹さん…」と呪文のように繰り返しているから違うのだろう。可哀想に。
「本当に悪いことしたらこうだよ?おれだって正義の味方なんだしぃー」
「わっわかってますよーいやだなぁー。冗談ですって」
そしてまた乱暴に頭をかいぐりかいぐりされている。
「じゃあそういうわけだから、おれとネコ使いのおっさん、それとこのネコちゃんを運んでくれー。もー大分時間も過ぎちゃったから、超特急で」
「申し訳ないが、頼む」超特急じゃなくても良いんだがな。
「えー?!俺の車におっさんと猫ッスか?」
不平を言おうとすると珠美は杖を差し出した。
「あははははは…分かってますって。でもなー俺もその査察って奴に混ぜて欲しいなー。ダメ?」
「あはははは、良いよー」
ちょっ待て。我が家にそんな余裕は…
「ケンジも来いよー。きっとたのしーぜー?!」
「マジっスか!是非お供しますっっっっっっ!」
勝手なこと言うなお前ら。
「あははは…げふっ」
そこで珠美は謎のダメージを受け、少し光ったかと思うと金髪碧眼は美しい黒髪と黒い瞳に、漆黒のドレスは純白のドレスへと替わった。中身が入れ替わったらしい。

「まったく珠美ったら…これは遊びじゃないって何度言えば。ごめんなさいね、ネコ使いさん。そんな急に大人数で行かれても困りますものね?」
変なポーズで固まったケンジ君は珠樹の登場に歓喜の表情をしていたが、どうやら早くも望みが潰えたらしいことに気付いてその表情を曇らせる。それでも良い笑顔のままで変なポーズのままだったが。
「ケンジ君もごめんなさいね?珠美が勝手な約束をしてしまって…でもこれは場合によっては危険な任務になるから、ケンジ君を巻き込むわけには行かないの。わかって?」
珠樹はケンジ君の手を両手で持ち胸元に引き寄せて上目遣いでそう言った。ケンジ君は「はっはいっそんな、わかってますよ!大丈夫ですよ!」と、変なポーズ強制解除。「迷惑になるようなことはしませんから!ずっとお側にいますから!」分かってないようだ。少し涙目なので分かりたくないだけかも知れない。
「もーう…こ・らっ♪」
デコピン。
ケンジの頭は弾かれたように後に仰け反る…珠樹も力のセーブが出来ないタイプなのか?
「わかって?ケンジ君。わがままを言わないで」
「ひゃい、わかりぃましたぁ」
そこで彼はとても嬉しそうに意識を失って倒れた。
「ちょっと、ケンジ君?ケンジ君?ケンジくうーん!!!!」
ああそんなに揺すったら危ない危ない。
「困ったわね、ネコ使いさん、運転できるかしら?私は免許持って無くて…」
珠樹はケンジの服をごそごそやって車のキーを探し出した。絵的に正義の味方っぽくないが、まあ背に腹は代えられないと言うことだろう。
私はキーを受け取った。
「病院へ直行ですね?」
「え?」
『え?』ってなんだよ『え?』って
「ああ、ケンジ君なら多分平気ですよ。この子、ちょっとこづいただけですぐ気絶しちゃうけど、割と回復は早くて」
いや、でも頭を打ってますし…
「大丈夫大丈夫。後の席に座らせとけばそのうち気付くでしょう…それより早く、行きましょう」
いや、私は全然急いでないのですが…
「久しぶりの我が家、なのですから、早く帰りたいですよね?」
…なんだかワクテカしているように見えるのは気のせいなんだろうか。


そんなわけで助手席に珠樹、珠樹の膝の上にイシイ、後にケンジ君を積んで私は二年ぶりに車の運転をすることになった。自信はなかったし心配だったが車が車なので皆が避けてくれて助かった。それはもう、とても助かった。