第十四話 査察査察 (連続15日目)

人は時として自分でも説明の付かないことを無意識にしてしまうことがある。
今回のことは、多分そういうことだ。


玄関に迎えに来てくれたのはレベッコでも何にでも興味を持つ子猫たちでもなく、刻(きざみ)と刺(ささり)だった。斬の妹たち。生徒でもないのにこの近くの中学校の制服を着ている。
「お邪魔してます、ネコ使いさん」
「女連れとはえろいねー」
ねー、と二人で顔を見合わせてそんなことを言う。
「お姉ちゃんの蒼々の気配がしたからすわ刃傷沙汰かと飛んできたらこれだよ!まあ相手がたまよじゃしょうがないか」
「でもたまよさん達も凄いですねー。姉さまが抜刀して髪片方だけって普通ありえないよ?」
そして再びねー、と顔を見合わせた。
蒼々とは斬の愛用している刀だ。刃剣には柄が要らないので奇妙な形をしているように見えるが、元は綺麗な日本刀だったようだ。制作は楯霧家の先々代、つまり彼女たちの祖父。
しかし、髪?
珠樹を観ると丁度それに呼応するように右側の結んである房が落ちて散った。
…全然気付かなかったが切られていたのか。
「竹ぼうきを投げたときですかね。何かしたのは気付いてましたが、こんな子供っぽいことをするなんて」
珠樹は冷静に切られた方の髪留めを外してポケットにしまった。てっきり激怒するかと思ったのだが、「挨拶代わりだ!とかですかね。ほんとマンガみたい」と言って笑っている。
「どう?刻ちゃん刺ちゃん。変じゃない?はげてたりしない?」
魔法使いはその場でくるっと回転して切られたところを見せた。若干不自然だが、もともとそう言う髪型なのだと言われれば納得するレベルだ。
「左右切りそろえる?」
「手伝っちゃうよ?」
そう言い終わるか終わらないかのタイミングで斬撃が残った左側にも飛んできた…今度は私にも見えた…が、珠樹はそれを杖で軽くいなした。
「ノーサンクス。髪は女の命ですもの。そうなんども散らせません」
「おーカッケー」
「魔法使いなのに体術だけで剣戟を弾くなんてすごいねー」
ねー、と三度目。
「お姉ちゃんは帰ったの?」
「じゃあ私達もお暇しないとだけど…もうちょっと遊んでいっていい?」
いいよと答えると飛び跳ねて喜んで見せた。この娘達も百年単位で生きているはずだが、やったーとか言ってていいのだろうか。いいのだろうなぁ。
「じゃあ修羅場が観られるねー」
「ねー」
四度目。
「さあ居間はこちらですー」
「ブーツはそこで脱いで、スリッパに履き替えないとおっきなおばさんネコにいつまでもねちねちと文句言われるよー気を付けてー」
髪で散らかった玄関を軽く掃除した後、まるでこの家の主人のように刻と刺は先に立って案内を始めた。フサエが生きていた頃は何度も遊びに来てはいたが、最近は近寄りもしなかったのに。
「ちっちゃいけど中庭まであるんだよー凄いねー」
「いつもはうじゃうじゃ猫たちがひなたぼっこするのに、今日は出てこないですねー」
「こっちはフサエさんの部屋、ネコ使いさんとネコちゃん以外は立入禁止です」
「入ってイタズラするとネコ使いさん泣いちゃうから注意ねー」
「トイレこっち、お風呂こっち、洗濯機向こう」
「脱衣所は鍵かけないとネコさんに覗かれちゃうから注意ねー」
「でもネコ使いさんには覗かれない不思議」
「不思議不思議。ねー」
…彼女たちに私はどう思われているのだろうか。
「こっちがネコちゃんの部屋ー」
「今日はここに引きこもってるのかな?いつもはすんごいうるさいのに」
「ねー」
「白いおばさんネコも出てこないなんて、めずらしいねー」
「私、あのネコにやっつけられたことあるよ?」
「うそっ刻姉も?わたしもこの間負けちゃいましたよー。あのネコ強いよねー」
「ねー」
確かにレベッコが出てこないのはおかしい。私はもう一度猫たちとのリンクを強化したくなる…が、自重した。あまり何度も使うと猫たちへの負担が厳しくなる。三日も離れていたのだから余計だ。先ほど無事は確認したし、これからすぐに目で見て確認できることだ。
「あー居間みたいですね、集まってるみたい」
「やっぱねこたちもキョーミあるんだねー。ご主人の一大事だもんねー」
…私か。そう言えば客がいると言っていた。どういうことだろう。五月蠅い客がクレームをつけに来たのだろうか。とりあえず思い当たる節がないのだが…
「じゃあ到着ですー」
「居間が一番奥にあるなんて変だよねーまあそれはともかく」
「「ごたいめーん」」
居間には私の猫たち全員が揃っていて、その中心で客が角をぴょこぴょこ動かしながら子猫たちと遊んでいた。北海道に居るはずのテレコ・スピーカーだった。
そんなことをするつもりはまったく、全然、これっぽっちもなかったのに。
気付くと私は。
彼女に向かって。
バッテリーの切れた携帯を投げつけていた。
オーバースローで。
携帯は見事にテレコスピーカーの額に直撃。
「なー痛い。何するんですかいきなり」
一般人なら気絶しているくらいの勢いだったのに流石は改造人間、こぶすら出来てない。
私は自分のやったことの意味を説明できなかったので代わりにこう言った。
「その角をぴょこぴょこするの止めろとこの間も言っただろう。子猫たちが危ないって」
久しぶりに帰ってきた恩人の娘に言う台詞ではなかった。しかしそれくらいしか意味の通る言葉が出てこなかった。平静は装ったが内心はドキドキだ。
「危ないよモノも言わずにいきなり携帯投げる方が!」
まったくもってそのとおりだ。すまん。
「ケータイあーあ…壊れちゃったよ。ともかくまあそれは。おじさんお久しぶりですネコ使いの。かしら組織が潰れちゃったんでまたしばらくご厄介になろうかと思ってきてみたのですが…やっぱり迷惑?」
テレコスピーカーは私の後ろをチラッと見た。そこには珠樹が…あ、増えてる。
「初めまして、私達はララバイ魔法少女天使巫女猫姉妹たまよ」と珠樹。
「自分で天使だの何だの言うのはどうかと思うけど要はよろしくってこった」と珠美。
「いつもは一人に纏まってたりするけど元々はこの四人。今日はネコ使いさんの査察に来ました」と珠音。いつの間に戻ってたんだ。
「まあ別に我々は査察さえ出来ればどうでも良い。でも、24時間監視する予定。いいか?」と珠沙。
「…二人までなら。だからどちらも泊まって行ってかまわない。但し、ハウスルールは守ってもらいます…たまよさん達もです。これは譲れない」
たまよ達は武力で強引に我が道を行くことも出来る。査察自体がかなり無茶な注文だ。しかしこれ以上無理を通す気はないらしい。
「もちろん、かまいませんよ?」
「ちなみにどんなの?おれっちにも分かるようにおしえてくれー」
「珠美には無理、と見ました」
「じゃあハウスルール守れない奴はメインに出るの禁止」
内輪揉めが始まった。不安だ。
「あれーなんか修羅場にならないねー」
「ねー。時間の問題だと思うけどそんなに待ってられないしねー」
後では刻と刺がそんなことを言ってまた顔を見合わせている。一体何を期待していたんだろう。なんとなく分かるが期待出来るほど私は鼻の下が伸びていたのだろうか。
「ネコ使いさんはムッツリだけど確実に変態だもんねー」
「昔はむき出しで変態だったのにねー。さあ、刺、犯される前に帰ろ?」
「うん、帰る帰るーじゃねームッツリスケベー」
「また来るよームッツリスケベー」
刃剣の姉妹は帰っていった。そうか、私=ムッツリスケベか…そんな風に思われてましたか。とほほ。


テレコは以前も泊めていた客間へ。たまよ達はこのまま居間に泊める事にした。フサエの部屋にネコ以外を入れたくないので他に選択肢はない。逆にたまよ達を客間に通すことも考えたが、4人で泊まるのは不可能だ。これまでの流れから察するに一人で纏まって居続ける事はどうやら不可能のようだし、24時間監視までするなら当然交代しながらだろう。ある程度広いスペースが必要だ。変わりに私がどこで寝るかだが…
「お前達の部屋で寝て良いかい?」
「フーッ!」
「フニャー!」
「ギニャー!」
そうですか、嫌ですか。じゃあフサエの部屋…
「フーッ!」
「フニャー!」
「ギニャー!」
ダメですかそうですか。
仕方ない、寝袋出して廊下で寝るか…なんかフラグっぽいけど。