第十五話 査察襲撃 (連続16日目)

査察が入っている関係でいくつかの仕事は休まざるを得なくなっている。
メールを見せろだのパソコンのパスを教えろだの言われ無かった(書類とかも特に見る気はないようだ…本当にネコと遊びたいだけなのだろうか)ので助かっているのだが、だからといって違法行為ギリギリ臭い仕事をおおっぴらにやる訳にも行かないだろう。
試しに比較的まともで仕事内容もそれほど過激ではないクライアントに『例のたまよさんに今査察受けているんですが、このまま続行してよろしいでしょうか?』と尋ねたら仕事自体をキャンセルされた。あたりまえか。少し考えが足りなかった。なんだかめんどくさいことに関わらされるような予感がしたので早めに切りたかった関係だったとはいえ、迂闊だった。そこから業界に噂が広がっては目も当てられない。今週はただでさえ稼ぎが無いというのに。
話を少し戻す。
実のところあの場にはレベッコは居なかった。どうしていたかというと、どうもずっと寝ていたらしい…一日の大半を寝て過ごすネコという種族であるにもかかわらず人間並みの睡眠時間でフル回転している彼女だが、さらにそれを削って私の居ない間ずっと皆の指揮を執っていたらしい。ついに昨日倒れて今まで寝ていたらしい。全ては後で聞いた話だ。
その時、目の前に立ったレベッコはわけの分からない理由でふらふらとしていて、しかもとてつもなく機嫌が悪いかった。自分の仕切りの外で色々決まったのが気に入らないのだというのはこれまでの彼女とのつきあいでわかってはいたが、その割にはいきなり苦言を呈したりしなかったのはそう言うことだったのだ。
「ふにー」
もう決まったことなので仕方有りませんが、と前置きをしてからさらに本題に入る。いきなりテンション最大で本題を言わない辺りにも違和感を覚えたが前記したとおりその意味までは分からなかった。だが調子が悪くてもレベッコはレベッコだ。しっかり突っ込むべき所は突っ込んでくる。
「にー」
そもそも家の主人が廊下で寝るとはどう言うことですか、とレベッコは言う。
「仕方ないだろう…女の人の部屋に一緒に寝る訳にも行かない」
早めに作業が終わったのでもう寝ようと寝袋に潜り込みウトウトしたところを起こされた。レベッコは私の胸の上で香箱座りをして私を見下ろしている。
「ふーっ!」
ああ、そうだよな、ネコ達はそんなの気にしないよな。でも人は違うんだ。分かってるだろ?
「フーッ!」
ようやっとレベッコのいつものペースに戻った。彼女はそれにしたってこれは違うだろう、むしろ何故こんな理不尽な査察を受け入れたのです、と言っている。
「あのまま突っぱねてたら猫たちが確実に何匹か犠牲になっていたからな…もし最初から手加減無しでも、奥の手を使っても、勝ちきれなかった可能性は高い。ネコ使いとしても…ネコ殺しとしても」
事前に得ていたたまよ達の情報は過小評価だったと言っていい。最強の称号どころでは無かったのだ。しかも4人いる。
「フーッ!フーッフー!」
「ありがとう。でも実力差はそれでは埋まらない。それに、言うほどたいしたモノではないよ…私はネコ使いだ。そしてそれだけだ。太陽や月とケンカしたところで仕方ない。くだらないプライドなど捨ててしまえばいいさ」
と、言いつつ朝から二度もケンカを買いかけてしまったわけだが。大人げない。もっと広い心と…狡さが必要だ。
「…にー」
レベッコは私の鼻を一度舐めてから私から降りた。どうやら諦めてくれたようだ。
「ふにーぁ」
どうなっても知らない、か…レベッコにしては珍しく投げやりだなぁと気にはなったが睡魔の方が強かった。私はそのまま落ちるように眠りに入った。
レベッコはその後数日眠りに眠って、三日ほどはまともに動けなかった。一週間が経つ頃には元の元気な姿に戻るのだが…それも後の話。
二時間ほど眠ったところでやはり私は叩き起こされた。


秘密結社間の抗争はそろそろ終わろうとしている、という事は知っていた。
三日も留置されていたので裏付けは取れていなかったがほぼ間違いない筋の情報だ。
近隣地域からこちらに侵攻してきた結社のうち2つは不毛な潰し合いや内紛などですでに消失寸前で、残りの2つはお互いに手を組んだらしい。
この件にはほんの少しだけ私も関わっており、なのでその辺をつつかれると少し拙かったのだが。今度我が家を襲撃してきたのは悪の秘密結社ではなかった。たまよ達、警察の特殊対策課以外の第三の組織…時空走行社、略して時走社だ。彼らが調整以外でこの時間に現れるのは珍しい。ましてや個人の家を襲撃なんてのはこれまで無かったはずだ。だがここの所の彼らの仕事は粗っぽく、そして徹底していた。内部で何かが起こっている。
しかしそれを探るのは私の役目ではない。私の仕事は猫たちが知りうる情報の整理とそれをバランス良く売りさばく営業、そして猫たちのマネジメントだ。この地域に関する情報は猫たちのおかげでかなり正確に知ることが出来る…猫視点で。それでも良いという客のみが私の客だ。
異次元からやって来た謎の調整渉外組織の内紛なんてのは私の手に余る。目的は何か?だって?そんなの私が知りたい。
しかし中にはコネが出来たところで無茶な注文をしてくるなんて客も多く、大抵は断っているのだが中には断り切れない案件も出てくる。時走社に所属していると思われる活動員を張ってくれ、なんてのもそう言うたぐいの依頼だった。
猫たちの目の前でボロを出さなかったので調査は一週間ほどで終わり、「全然関係有りませんでした」と薄いレポートを出せば終わるはずの仕事だった。だがそこで引き留められ、追加調査を依頼された。これ以上叩いても埃は出そうもなかったが、金払いの良い良質な客だったのでつい引き受けてしまった。それからずるずると一年間。なんだかんだで私の元には時走社の工作員のファイルがほぼ完璧な形で残された。客だった組織(最初はただの素行調査を依頼に来た個人であると自ら説明したか、間違いなく秘密結社の工作員)はその間に滅んでしまった。
もし時走者に私の家を襲撃する意味があるのだとしたら、それくらいしか思いつかない。
しかしそれはおかしい。
このファイルはほぼ無価値だ…何故なら彼らは身元が割れたからと言って困らない。この時空に居る人員を全て別の人員に置き換えればいいだけだし、そもそも時走社に逆らいたい悪党は居ない。
彼らの主な攻撃は戦闘ではない…「書き換え」だ。世界自体のルールを書き換えることで彼らの考える理想の未来を作り出そうとしている。そしてそれは私が知る限り可能だ。それだけの技術を持っている。…魔法がかわいく見えるレベルの悪魔の力だ。正義を自称してはいるが。
幸い「書き換え」には膨大なエネルギーが必要らしく、それは要するに一年に一回、一月の下旬から二月の上旬なのだった。
つまりはそう言うことだ。私の手元にこんなファイルが残っていること自体おかしいとも言える。
そんな時走社が武力を持って門を破ろうとしている。
まあ考えていても仕方ない。

普段居間で生活している私の装備や着替えは当然居間にあり、私は申し訳ないと謝って彼女たちを一旦部屋の外に出し、40秒で仕度した。今度は寝間着ではなく、壊れた携帯の予備もフルチャージ。役に立ったためしがないが護身用の銃と…そして例の装備。
「ふぅーん、普段はそーゆーふつーのカッコで作戦行動してるんだー。そのベルトがバカっぽいけど」
珠美はのんびりとそんなことを言う。
「他の三人は?」
「あー、おれっちの中で寝てるよー。作戦中はいつもそんな感じ。だからおっちゃんが居間にいても全然良かったんだぜ?」
それならそれで早く言ってくれよ…と言いたくなったが時間がない。
「あと、分かってるだろうけどおれたちは手を貸してやれないからなー。あくまで査察だし、自走社とやり合うのはおれたちでもヤバイ」
まあ当然だ。
「でもカンケーない猫たちは、自己判断で助けるかもなー。その辺あてにされても困るけど。おれっちそーゆーの苦手だし」
まあがんばれよと珠美は手を振った。それに軽く答えて私は玄関に急ぐ。急ぎながら携帯。
「借りるが、良いな?」
『なんだよもう拗れたのかよ…一晩くらい保たせろよ。それで、どっちの味方だ?角娘か?あばずれか?』
「それじゃない。今度は自走社だ。何故か襲ってきた」
私は玄関を出て、直接状況を確認した。
『はあ?次から次へだな…十和田に連絡…しても間に合わなくて暴れるだけか。俺も行けそうにないな、残念』
「そんなことより、承認をくれ」
時間がない。今は門の前におとなしく立って私が出るのを待っているが、どうやらとてもせっかちな人…いや人のようなモノも連れているようで、そいつらがさっきから門を壊してこちらに飛び込もうとしている。
『嫌だ』
意外な返答に私は虚を突かれた。
『嫌だ。この間の分の料金も払っていない。もうすでにお前の能力を超えた額になっている。このままじゃ回収できない。だから、嫌だ』
「…必ず返す」
『無理だ。それにこの世界で1年以上のローンは無意味なの、お前だって知っているだろう』
「しかし」
『しかしも何もない。そもそも、お前はこれのエネルギーが何処から来てるか知ってるのか?』
知らない。
『はっ。本当に情報屋か?お前は本当に去年も情報屋だったか?この際だから言っておく。お前のここまでの行動は全て行き当たりばったりで、まったく一貫していない。ネコ使いとしても猫殺しとしてもだ。そんな奴が誰かを、何かを守れるのか?そもそもお前は本当にネコ使いなのか?まだ成り立てでどうやって猫を使うかも分からない、書き換えで生まれたただの…』
私は携帯を切った。
まあ、いい。
正論でもある。
書き換え云々は信じたくないが、ありえないことでもない。
だが今は目の前の状況だ。
私は自走社と話を付けるために門へと向かった。