十六話 帯域拡大 (連続17日目)

私が家を出るのと同時に人のようなモノ…魔獣と呼んでも良いのだろうか?犬頭で緑がかった毛で全身を覆われた手足が合計で5つ有る…がよりいっそう激しく吠えて暴れ出した。まずは話を、と思ったのだがこれは問答無用なのだろうか。
鎖で繋がれた獣の手綱を持っているのが見知った自走社の幹部で、その後に見たことのない戦闘服姿の社員がずらずらと並んでいる。
どう見ても悪の秘密結社的構成だがそういうわけではないことを私は知っている。
しかしこんなやり方をする自走社を私は知らない。
彼らは普通戦闘による問題の解決を図らないし、投入する戦力はせいぜい一人か二人だ。そしてそれで充分なのだ。こんなにたくさんのスタッフ(?)を連れ回しているのは初めて見る。
私は門から少し離れた位置で歩みを止め、立ち止まる。
自走社幹部が手綱を引き未知の言語を言い放つと獣たちは大人しくなった。彼は手綱を部下に渡し、門にさらに近づいた。
「こんばんわ。夜分遅くにすみません」
その男はいつものように親しげに私に話しかける。
「こんばんわ。何の用です?」
まさか旅行のおみやげを持ってきた、などというわけではあるまい。新聞の勧誘でもあるまい。
「作りすぎた煮物のお裾分け…ではありません。回覧板を持ってきたわけでも、町内会の会費の回収でもありません。襲撃に来たのです」
そして面白い冗談を言ったように自慢げに両手を広げて見せた。さあ、笑ってください?まさか。
「何故だ?」
男は鼻で笑う。
「ご存じでしょう?」
私が首を振ると男はくくくと笑う。
「ネコ使いさんが、それはないでしょう」
わけが分からないが、ノーヒントで推理しろと言っているらしい。困った。見当も付かない。
「問答無用なのか?」
「襲撃とは本来そう言うものでしょう」
男は芝居ががったやり方で手を上げ、それからそれをゆっくりと私の方に降ろした。
「GO」
魔獣が解き放たれた。


獣は全部で五体。
何故か幹部と社員は動かない。なんだかわからないがありがたい。
私は最初の獣に銃の全弾を叩き込んだ。せめて足止めになればと思ったのだがまるっきり効かない。やはり役に立たなかった。銃はそのまま捨て、ベルトを起動させる。
「変身っ!」
試しに少し大きな声で叫んでみる。ああ、やはり承認無しでは使えない。知ってはいたがやはり試してみたかったのだ。
一瞬獣がひるんだが変化無しとみるや空かさずこちらを攻撃してくる。三体掛かりだ。残る二体は真正直に玄関の扉に取り付いた。鍵が掛かっているのを確認するとドアを破壊しにかかる。窓から入る、とかはしないのか。もっとも雨戸くらいは当然締めてあるしそれなりの備えはあるのだが。
私は三体の攻撃をかわすのが精一杯でそちらには手が回らない。
猫たちへのリンクを強化する。レベッコは?寝ている。サルーとキャラウェイは?パトロール中。こちらに向かわせても五分は掛かる。他の猫たちでは容易くやられてしまうだろう…奥の手を使わない限り。
さて、どうする。
扉は意外と保っているが時間の問題だ。いずれ侵入されるだろう。今のところ私はこの魔獣達の攻撃をかわせてはいるがそれは逃げ回っているからで、留置所で少し鈍っている体ではいずれ捉えられてしまう。生身では何発か良いのをもらったらそれで終わるだろう。こちらの攻撃は効いているように見えない。せめてバールのようなモノでも持ってくるのだった。迂闊だった。今日という日は本当に失敗ばかりだ。
素手では仕方ないので私は墓標を引き抜き、(すまん、アレクサンドラ)獣の一体に殴りかかる。それは簡単に腕で払われ、折られた。ですよねー。ただの板ですもんねー。さっきから簡単に腕でへし折り、足で踏み砕いてましたもんねー。
他には。
考える暇もなく、今度は墓標の尖った部分を柔らかそうな所を狙ってさしてみる。良かった。刺さる。まったく痛そうじゃないが、破壊することは可能か。ならば手は有る。非常に疲れそうだが…やるしかないのか。体力は持つのか。そもそも獣は撃退出来たとしても門の外に控えている連中はどうするのか。やはり…使うしかないのか。
猫たちへのリンクを彼らにダメージが行かないぎりぎりまで上げる…とたんに私の意識は分裂し、それぞれが超スピードで別々のことを始める。
猫たちが見た物、聞いた言葉、匂い、味、感じたことが一斉に流れ込んでくる。それを分析していく。身体はフルオートで戦闘中。この戦い方は…スンタリーか。またパトロールサボっているのか。まあ今回は助かった…彼女なら完全に任せても問題ないだろう。いざというときのために少しだけ意識を残し、残りは全て分析に入る。情報は全て猫がソースだが、逆に猫が知っていることは全て知れる。フルリンクすれば世界を箱庭のように眺め下ろし、そこで起こる全てを知ることが出来る…猫たちは死ぬ。今のリンク強度がギリギリだ。これでも子猫や弱っている猫には相当辛いはず…もっともっとと知りたくなる欲望を押さえつけ、私は手に入る雑多な情報の洪水から必要な物を探し、繋ぎ合わせ、推理し、真実を知ろうとする…時間切れだ。ドアを破られた。
リンクを少し押さえ意識を戦闘に切り替える。少し遠かった自分自身の感覚が戻り、むしろ強化される。強化されすぎて頭痛がする。さらにもう少しリンクを絞る。
魔獣が一体潰されている。手順は覚えている。自分の身体でそれをやったのだという自覚もある。だが実感は湧かない。仲間が減っても魔獣達の攻撃は止まない。家に侵入した魔獣を追えない。
また少しリンクを上げる…玄関に侵入してきた魔獣が見える。つまり誰かが見ている。イシイか。そこは危ない。迎え撃つならもっと奥でみんなと一緒に…後から誰かが来る。足音や匂いなどよりスズキ自身の恐怖で誰なのかが分かる。金髪碧眼。
「ま、ばれないてーどに足止めくらいはしとくかなー。一宿一飯の恩とかもあるしー。二泊三日だけど」
イシイが奥の部屋に逃げ帰ったのでその後のことは分からないが、音からしてシールド系の何かを出したようだ。魔獣が家から押し出される。
イシイが逃げ帰った奥の部屋にはテレコスピーカーが居る。客間から出て居間に移ったらしい。興奮する子猫たちをあやしている…のか?リンクが上がっている関係で体調は劣悪状態なはずだが、皆テレコの角に興奮してはしゃいでいる。
「ってーだーいじょうぶだ。るんだしレベッコさんも戦って」
すみません、彼女は今寝てます。
子猫の身体に悪影響が出るので早く止めさせないと。しかし武器が墓標だけではらちがあかない…屋根に誰かが移動してきた。しかも上から。
見ると同時に大量の剣が降ってくる。そして私の周りに次々と刺さっていく。
「貸したげるねー」
「ねー」
刻と刺だ。
「お姉ちゃんは今決闘中だからこれないよー」
「なので姉さまの代わりにわたしたちがきましたよー。でも、なんか大丈夫っぽい?」
「ありがとう、助かったよ」と言うと二人は顔を見合わせてふふふと笑った。
「じゃあわたしたちは帰るねー。お姉ちゃんが心配だしー」
「剣は返しても返さなくてもいいよー。でも大事に使ってねー」
そして来たときと同じように唐突に去っていった。
ありがたい。気を使ったのかいつものではなくちゃんと柄が付いている。切れ味は試さなくても分かっている。私はその内の二本を選び、魔獣と向き合った。
反撃だ。


魔獣達を倒し終わる前に自走社の連中は引き上げていった。
撤退の仕方すらいつもの自走社ではないが今の私にはその理由がなんとなく分かる。それについてもう少し考えたかったが、私にはまだすることがあった。
早くテレコスピーカーの角ぴょこぴょこを止めないと子猫たちが死んでしまう。急がないと。