十七話 ディグダグ (連続18日目)

夜が明け、やれやれ一安心、これからしばらくは平穏な日常、とはならなかった。
疲労の割にはいつもより早く目が覚めた。気になることがあったからだ。
寝袋から這い出て破壊された玄関を抜けて庭にでる。案の定、酷いことになっていた。
猫たちの墓がめちゃくちゃになっている…のは、仕方ない。それよりも重要なのは分断された魔獣の死体だった。緑色の血の海からは早くも不敗の匂いが立ち始めている。
「一晩経って消えないと言うことは…魔法生物だの式神のたぐいでもないんだな」
「ふなー」
ナゴナが参謀気取りで私について来た。この間のガラスにダイブ未遂といい、どうやら彼も大人のマネをしたい年頃のようだ。
「そうだな、どうにかしないとな」
とりあえず埋める…か。何かの実験で生まれた哀れな生物なのか、それとも異次元にそういう種族が居るのか。いずれにしても核戦争後に地上を支配するやたらと体の大きなモヒカンマッチョのたぐいと同じ社会的立場の存在だろうが、つまり力にモノを言わせる悪党どもなのだろうが、命を奪ってしまったのは私だ。せめて弔うくらいはしないといけない…あと、このままにしておくとグロいし臭い。
「埋めるにしてもスペースがないんだよな…」
ほぼ万遍なく猫たちが埋まっているのだ。骨を移動させて、それから…になるか。ほぼ一日作業になるだろう。うんざりするほど鬱になりそうだが仕方ない。魔獣の死も猫の死も私の責任だ。私が何とかしなくてはならない。
その前に腹ごしらえだ。
まずは元気な猫たちのためにネコ缶を開ける作業に入ろう。


猫たちは大まかに言えば無事だった。
気が狂ったように角に飛びかかり続けていた子猫たちも起きてきたレベッコの一喝で大人しくなった。他の猫たちも命に別状なし。ただまったく被害がなかったわけではない。何匹かの猫の老化が進み、斜視が酷くなり、声が小さくなり、少しぼんやりし始めた。その内のいくつかの症状はこのまま安静にしていれば回復するだろうが、いくつかはもう二度と戻らないだろう。他に方法はなかったとはいえ、心が痛む。
テレコスピーカーは自分の厚意がかえって子猫たちを危険にさせていたことがショックだったのか客間から一歩も出てこなかった。
黒虹たちは「お構いなく」と言って、別に何をするでもなく居間でだらだらとしている。何もしていないなら手伝ってくれ、と言いたい。
そういえば猫たちに餌をやっているときに何故か居間にいるはずの珠樹が玄関(だったところ)から入ってきて、「うー疲れたー」と居間のソファに倒れ込んだ。本当に酷く疲れているらしい。いつの間にか左側の髪も短く切りそろえられている。夜中に美容室に行った…などと言うことはあるまい。なんとなく心当たりが有ったが黙って置いた。
作業用の服に着替えスコップを取りだし庭を掘り始める。しつこく私の周りをうろついていたナゴナや興味本位の子猫たちも実際に作業を始めるとあっさり去っていった。猫にとっても何となくこれは汚れた作業に思えるのだろうか。とりあえず嫌がられたことは確かだ。私は一人で、もくもくと穴を掘って、埋めて、掘って、埋めて、猫の骨が出るたびに祈り、場所をじわじわと空けていき、やっと獣の死体五体が埋まりそうな穴を掘り上げた。昼まで掛かった。
そして、逮捕された。


「夕べは大活躍だったようだな」
通報が有ったと思わしき時間帯からだいぶ遅れていつものサカナとスタンリーがやって来た。
「まあ今度は事情を聞くだけだ。ご苦労だが来て貰おうか」
いかがわしくはあるが一応警察内部の組織だ。昨晩と同じく撃退すればいいわけではない。敵対すれば相手は国家そのものになる。
昨晩斬に『お前の行動は行き当たりばったりだ』と言われたばかりだが、こんな事が次から次へではどうしようもないだろう。
「その前に、あいつらを埋めてやりたいんですが」
もはや土をかけて埋めるだけになった緑の小山を指さして私はそう言ってみた。このまままた三日放置はいくら何でも酷い。
「心配しなくてもすぐに鑑識班が回収する…あ、そうか、証拠隠滅だな」
「そうですね」
ちょっとまて、自爆か私?
「じゃあ、逮捕と言うことで。知っての通り特別対策部には逮捕状無しでの逮捕が可能なケースがいくつか有る。現行犯なんて楽勝だ。ラッキーだった。これならばっちり三ヶ月は遊べるな」
「今度はちょっと長くなるけど、猫たちに襲撃させるとかは止めてね?手加減できませんから」
手錠を掛けながらスタンリーは釘を刺す。…どうする。今度こそ三日のタイムリミットを超えるかも知れない。ならばいっそ。
そう考えた矢先に携帯が鳴る。実にタイミングが良すぎる。相手は考えなくても分かる。
「出て良いですか?」
私は一応尋ねてみる。スタンリーは黙って手錠を外してくれた。これは奴と特別対策部がグルで有ることを意味しない。何故ならここで私が携帯に出られなかった場合、次に鳴るのはサカナかスタンリーの携帯だからだ。
「十和田か。何の用だ」
十和田はいきなり用件を言い出した。
『昨日の面白イベントに呼んでくれなかった罰として、俺が親切の押し売りをしてやろう。もちろん対価はいただく。否定は出来ない、だろ?日常が大事ならな』
そしてひゃはひゃはとヒーローモノで一番最初にやられる敵幹部のように笑った。
「…分かった。嫌だが受けよう」
『ふふん、別に否定してくれても面白かったんだがな…もう一つだけ教えといてやろう。その変身ベルトな』
変身ベルト、とストレートに言われると少し恥ずかしい。
「これがどうかしたのか?」
『はははははは、常時装備か?かっこいい!いや、まあそれは良い。それな、もう使えないから。今期は』
予感が確信に代わる。
「…それでどうなったんだ?」
携帯の向こうで十和田が笑い続ける。楽しそうで何よりだが、私は楽しくない。早く答えを教えてくれ。
『それは魔法使いか、猫に訊くと良い…少なくとも俺が答えることじゃないな?ネコ使い。そもそもお前が誰かにものを尋ねるのはおかしいだろ?』
長い間待たせた上で返ってきた答えがそれだった。携帯は切れた。
そして予想通りサカナの携帯が鳴った。さらに長い長い時間待たされた後、ようやく取引合意に達したらしく、私は見逃されることになった。
「うんうん、実に儲かった。今後とも我々を儲けさせるためにがんばってくれたまえ」
サカナは私の肩を叩いた。
「あの死体は本当に鑑識班が取りに来ますからこれ以上は触らないでくださいね。私達には知りたいことが山ほど有るんです…あなたとは違って」
私だって知りたい事だらけだ。だが我慢しているんだ。何故分からない。何でみんな寄って集って私に私の猫を殺させようとするんだ。イジメか?


家中を探し回ったがどの黒虹も居なかった。あまりの異臭に耐えきれなくなったか…それとも、逃げたのか。一通り探して居間に戻りテーブルを見ると今まで無かったはずのメモが有った。メモには
『不在中。 珠音』と言う文字と矢印が書かれていた。
今は珠音が表に出ていて、しかも半分より多めに不在しているらしい。時々何かが動いているのに気付くので多分この部屋にはいるのだろうが、質問に答える気は無さそうだ。
テレコも出かけているらしい。帰ってくるかは不明。猫たちも大半が出払っていた。パトロール以外の猫は面倒がって家からでない事が多いのに、今日に限って昼のパトロールにこぞって出かけたらしい。
「ふなー」
再びナゴナが足下にすり寄ってきた。
「ふなー」
そうだな、若いのに良いことを言う。
「とりあえず昼飯だな」