十九話 ツンデレ (連続21日目)

猫たちの食事の後は人間の食事だ。
食材の大半は猫たちのカリカリと同じように匂いを吸ってダメになってしまったので、今夜はレトルトのカレーとご飯だ。お客に出すようなモノでもないが、招かれざる客なのでかまわないか。
「黒虹さんたちも食べますか?」
一応尋ねてみる。昨夜は『用があるからいいや。外で食べてくるからお構いなくなんだぜっ!』と黒虹を代表して珠美が答えた。今日も「案件有り。外食す。心配無用」と珠沙に言われて断られた。そして間もなくその用を済ませるために出ていった。
「食事に毒でも盛られると思ってるのかな?」
テレコスピーカーは動き出しそうな角を抑えながらそんなことを言う。子猫たちは角の行方の微妙さにじれたりワクワクしたりしている。そんなに好きなのかこのぴょこぴょこが。
「心外だなそりゃ。でもまあ、査察する側とされる側が仲良く食事、というのも違う気がする」
しかし査察のはずなのにこの二日間特に何もしていないようなんだが…良いのだろうか。私には都合がいいので黙っているが。
「あとは単純に遠慮しているとか…あ、ひょっとすると人に見せたくない食べ方をするからかも!だって一回も家で食べてないし!うおおお、多分そうなんだぜ?大発見!」
「食事中に立つな。行儀悪い」
いつぞやのように『我が生涯に一片の悔い無し』ポーズを取ったテレコを私は叱った。
「えへへ、すみません…でも、あれですよ、魔法使いは消耗激しいですし、それを補う為にものすげー量を食べてるんじゃないかなーって思うんですよ。それも引くくらい」
「あまりよく知らない人を悪く言うのは感心しないな」
「えー。悪く言ってないですよ。むしろ、もしそう言う事情があるんなら、逆に好感度アップしちゃいますよ?萌え、みたいな?」黒虹がフードファイター並に食い散らかすシーンをイメージしてみる…なんだかあの四人が食べているシーンさえ想像が困難だが、食べっぷりの良い女性というのは良いものだ。
「フサエもそう言えば結構食べてたな」
「んぎょわっ」
テレコは突如奇声を発して変なポーズで固まった。子猫たちも急激に伸びた角にびっくりして固まっている。
「だから食事中に立つなと」
「はーいごめんなさーい。『許せっ!』…しかし意外だなぁ。フサエ義姉さんがそんなだったなんて」
「私には『おじさん』なのに、フサエには『義姉さん』なんだな…まあいいか。ウソじゃないぞ?フサエが居た頃は毎日5合くらい炊いてたし。フサエが3。私が2」
「ほえー」
びっくりしたようだ。確かにそんなに食べるようには見えなかったからな。最初は私も驚いた。
「でも、義姉さんめっさ痩せてましたよね?そのカロリーはどこへ?」
「わからん。でも本人は『消耗が激しいから』って言ってた…かな?フサエも魔法使いだったし、魔法使いというものはそう言うものなのかもな」
当時は、当時も、戦闘の連続だった…思えば苦労させた。そのあげくに死なせてしまった。私は酷い夫だ。
「あれれ?思い出させちゃいましたか?すみません…よーしお詫びにもりもり食べておじさんを魅了しちゃうぞー!誘惑ってことさ!テンプテーション!…もぐもぐ、おかわり」
「や、私も大食いチャンピオンが好き、というわけでは」
「えー」
角の動きが止まったので子猫たちはテレコに興味を失い、別の面白いことを探しに部屋を出ていった。


黒虹はなかなか帰ってこなかった。玄関を破壊された関係で鍵関係の心配はないが(玄関が無事でも猫たちが常時見張ってるので問題は無い)やはり先に寝てしまうのは気が引ける。いや、違うな。寝ている間に何かされそうで怖い、が正しい。昨日の襲撃以降、何となく仲間意識が芽生え始めているような気がするがそれはただの幻想だ。実際には相手は私の悪事を暴き立てようとする査察官なのだから、警戒しておくのは当然だ。
一番最初に喰らったアレを寝ている間に喰らったら、流石にヤバイだろう…しかし、日付が代わる頃に現れた訪問者を見たところで私は考えを改めた。
もしかすると気を使ってくれたのかも知れない。自分たちが居ては、彼女たちは入ってこられないだろうから。


「こんばんわー。今日は用があって来たよー」
「きましたー」
刻と刺は今日も仲良く手を繋いで玄関…だったところに現れた。
「いらっしゃい。そろそろ来る頃だとは思っていたよ」
招き入れようとすると二人は断った。
「今日はここで良いよー」
「これ渡しに来ただけですからー」
そう言うと、刻は体内から一振りの刀を取り出した。
「柄と鞘もあるよー。組み立ては自分でしてねー」
そんなにいっぺんに渡されても。私はとりあえずそれらを靴箱だったものの上に置いた。
「ありがとう…これを私に渡すと言うことは、斬は…逝ったのか?」
蒼々。彼女の祖父が作った傑作。彼女はこれを愛用し、そしてこれを目指し続けていた。そうか…やはり…
神妙な顔をしていると二人はぷっと吹きだした。
「ちがうよーw 死んでたら斬ねぇちゃんそのもの…紅々の方を渡すってwwww」
「敵討ちもしなくちゃですしね♪まあちょっと酷い怪我をしたのは本当なんですけど。でも来年には全快するみたいです」
釣られて私もにやけてしまうが来年までといったら結構な期間だ。よほど酷い怪我に違いない。
「あーほんと、心配しなくて良いよー。お見舞いも要らないよー?そもそも家まで来れないでしょ、ニンゲンの足だと」
「怪我とか言っても単に怠ける口実ですからー。あと、伝言があります…『勘違いするなよ』」
ってツンデレか。ツンデレなのか。
「ふふり。やっぱり勘違いしたねーネコ使い」
「ねー。きっとネコ使いさんの脳内では、『かっ勘違いしないでよねっ』とか斬お姉さまがやってますよー?」
「うわっ超見たいー」
「見たいー」
「ねー」
「ねー」
…からかわれたようだ。この二人を相手にするときは、もっと気をつけよう。
「正確には、『蒼々は妹たちに任せると壊したり食べたり無くしたりするから、代わりにお前が持っていてくれ。雑に使っていたが爺さんの形見だし家宝でもある。大事にしてくれ。でも使うべき時には使ってくれ。そうしないと拗ねるから。別にお前じゃなくても管理できるだろうが、俺の知る限り一番修羅場になりそうなのはお前の所だからな。爺さんに出来るだけ刃傷沙汰を堪能させてやってほしい。それで借金はチャラにしてやる。あと、くれぐれも勘違いするなよ』でしたー」
「略して…『かっ勘違いしないでよねっ』」
「『かっ勘違いしないでよねっ』」
「お姉ちゃんもすなおじゃないよねー」
「ねー」
…蒼々の威力を知っている私としては、勘違いもしたくなるというものだ。謎のエネルギー(おそらくあまり良いものではない)を消費していわゆる変身ヒーロー的なものになる装備よりこちらの方が段違いに火力が高いし使える。ベルトは『お前が本気なら名刀のたぐいよりこっちの方が使える』と、何か武器をと頼んだときに渡されたのだが、やはりいちいち承認が必要な割にはたいしたこと無かった。『それはお前が使い方を間違っているからだ』とも言われたが、いまさらどうでも良い。
「新しい武器にワクテカなのは良いけど、注意してねー」
「使って壊れる分にはかまわないけど、くだらないことで使えなくしたり無くしたりしたら一生奴隷として使ってやるとも言ってましたー」
「お姉ちゃんは言ったら必ずそうするから、ホントに気をつけてねー」
「盗まれたりしても駄目だよー」
そう言ってさっさと立ち去ろうとする二人を私は呼び止めた。
「なにー?」
「晩ご飯これからだから早く帰りたいんですけど」
「遅っ!いやそれはともかく。結局、どっちが勝ったんだ?」
二人は顔を見合わせて、それから首を傾げた。
「黒虹は何も言わなかったの?」
ああ、聞いてない。
「ふーん…じゃあ、私達が言うのもフェアじゃ無いかも知れませんけど…うーん、ひきわけ?」
「ま、それ以上は本人達に聞いてもらうしか。向こうも伏せておきたいこともあるだろうし」
「ねー」
「ねー」
…つまり、珠樹も少なからずダメージを受けているのか。髪だけじゃ無しに。
「わかった…いや、よくわからないが、ありがとう。あと、蒼々も。感謝していたと斬に伝えてくれ」
二人はまた顔を見合わせて、首を傾げた。
「そんなの自分で言えばいいじゃん」
「携帯には出れますよ?暇してますからかけてあげてくださいねー」


刃剣の姉妹が帰った後、私は早速斬に電話してみた。あんな話の後だったので妙に緊張する。
数回のコールで、彼女は出た。
『…なんの用だ』
なんだか不機嫌だ。
「ああ、ネコ使いだ。蒼々の礼を…」
言い終わる前に、
『バカ』
と言って電話は切れた。
えー?