第二十五話 ロードランナー (連続27日目)

状況を整理しよう。
ソウルパニッシャー(仮称)が消失してからこの地域限定で見れば存在した秘密結社とそれに対抗する組織はどちらも4つずつ。
もちろんこの地域以外では状況は色々で、中には戦国時代かよと言うほどの群雄割拠の不幸な地域も存在するがそれはとりあえず置いておく。
この数週間でこの状況は一気にまとまって行き、いまやこの地域では秘密結社は名称募集中ただ一つ、対する正義の味方はキングオブネモト、時走社のみだ。黒虹たちは別の地域に出張中だし、もう一つあったはずの組織は経済的に破綻した。
他の地域でも事情は大体似たようなモノだったが、そのバランスは各地様々だった。いつもの年なら正義側悪側どちらも全国レベルで統一されていくのだが今年は状況が急いでいるのでバラバラだ。上記の群雄割拠地域も関ヶ原には遠い。
以上の事柄は私達の業界では常識でも一般の人達にとってはまったく知らないことだ。いつもの年なら年末頃になんか馬鹿なことを言い出す集団が現れたなーと思い、それなりに生活が脅かされる事で初めてその存在に気付き、正義の味方を応援しようキャンペーンが始まる頃には大体状況は終わっている。
まあ、こんな馬鹿げた争いにギャラリーは要らないのだからそれはそれで問題なかった。今までは。
ただ名称募集中はやりすぎていた。全国レベルで一般の人達の不評を買っていた。悪い意味で目立ちすぎていた。いくらパワーバランス的に有利だと言ってもここまで悪目立ちすると秘密結社としては厳しい。そもそも秘密じゃ無くなりつつあるし。


なので名称募集中のアジトもあっさりと見つかった。地元じゃむしろそれを利用して村おこし、みたいな空気すら見えた。なんと、駅前で名称募集中まんじゅうが売り出されていた。すげえ。まだ宣戦布告からたいして経たないのに。名称が決まったらどうするんだろう。
「しかしこんな近くに敵のアジトが有るとはな。もっと放送局が集中している、都心近くが本部だと思ってたぜ」
十和田は上機嫌だ。夜しか動けない奴だが逆に言えば夜なら何処にでも行ける。
「そう言えばお嬢ちゃんとは初顔合わせだな。こんばんわ。おれは十和田ランシール、人の狂気を喰って生きる怪物だ。あんたの学校の隣にある大学で教鞭を取っている…今年は一つも受け持ちがないがな。一応研究室も用意してもらってるし、いくつかの実験も抱えているが基本的に暇だ。お嬢さんも何か困った事があったら遠慮なくメールなり電話なりしてくれ。経費オンリーで請け合う。これがメルアド、これが番号」
本来若い娘…いや、年老いた爺さん相手でも十和田とのメルアド交換なぞは阻止するべきなのだろうが、私は彼女の保護者というより今は無き彼女の両親からこの娘を一時的に預かっているだけの人の良いおじさんに過ぎない。元秘密結社幹部ともなれば、この手のうさんくさすぎる人物のあしらいも簡単だろう。私はあえて放置することにした。
「へー。たった1億円でそんなことまで?」
「ああ。聞いたこと有るだろうが、俺は業界では有名な親切丁寧安心男だ。さあ、遠慮は要らない。望みを言うがいい」
突っ込んだ。
「ちょっおまっ何をする。せっかくこのお嬢さんを無限の借金地獄に…あたたたたた」
「ふざけるな。その金はどこから出ると思ってるんだ」
てゆーかなんできょとーんとこっちを見てるんだテレコスピーカー。見て解れ、悟れ。
「おじさんは十和田さんと超仲良いっぽい?」
違う。
テレコは例のぶっかけられ事件が腹に据えかねたらしく、どうしても付いていくと言って聞かなかったので付いてこさせた。保護者失格かも知れないが毎日毎日ぎゃーぎゃー言われるよりはましだと思ってしまったのだ。今では反省している。
他に同行しているのはレベッコサルーキャラウェイの3人組と(ネコなので3猫組と言うべきかも知れない)スズキ、アシオオイ、イクサ、ランランルーの精鋭。あまりそうなる事は想定したくないがいざというとき用にさらに何匹かのネコが時間差で後を追うように指示している。ストーとスンタリーもそっちの組だが、二人の協力を必要とすると言うことは相当ひどい失敗をしたということなので出来れば追いつく前に片を付けたいところだ。
「たいちょー。ネモトマンがまだ来ません」
テレコスピーカーは手を上げてまだ来ていない襲撃参加者がいると言った。
「ネモトマンじゃなくてキングオブネモトだ。本人気にしてるんだから言っちゃダメだぞ…ってうおっ!」
いつの間にか背後にネモトマ…いや、キングオブネモトが立っていた。少し緩んでいたとはいえネコの視線全てを回避してここまで一気にたどり着いたわけか。流石は地域限定とはいえスーパーヒーロー。ネモトさんは伊達じゃない。
「ペット○トンとか言うな」
誰も言ってませんが、すみません。
「まあいい。今宵はあのクソむかつくグロ画像バラマキ犯のアジトを潰すでござるな?儂も儂の愛するこの雪仙でそんな無茶な事をやらかす輩がおるとは知らなんだ。自分の不覚を恥じる」
「初めまして。すぐそこの大学で教鞭を取る十和田と申すモノです…なんでも屋みたいなこともしてますので、なんなりと望みを言っていただきたい。24時間何時でも対応します…これがメアド、これが電話番号」
また営業活動か。望み云々は十和田の常套手段、調子に乗って何でもかんでも叶えてもらっている間にどうしようもない破滅が待ち受けている。わかっていれば便利この上ない存在なのだが。
「ほほう、あなたが噂の。一度はお会いしたいと思っておりました…望みを叶える代わりに破滅をもたらす、何やら伝説の妖精のような人だと。かつて存在した虹達の末裔だと」
…知っていたか。安心した。むしろ低く見ていた私自身を恥じたい。
「ご存じでしたか。悪い虹に黒い虹、まがい物の虹はこんなにもしっかり存在しているのに、本物の虹はもう二度と見ることが叶わない。まったく、この世とはままならないものです」
そう言って十和田はネモトさんに手を差し出した。
「うむ」
とその手をしっかり握るネモトさん。固い握手。感動的な光景だ。
「と、まあ社交辞令はここまで。さーてちょっくらまだ名前もない組織をさくっと潰しに行こうぜー」
ネモトさんの手を離すと、とたんに十和田はいつものペースに戻った。ずっと猫を被っているかと思えばこれだ。まあ、らしくはある。
我々3人と7匹の討伐隊はそんな風にしてアジトに侵入していった。
すでに何度も激しい戦いが繰り広げられているらしく、入り口である一見普通の洞穴のような場所もかなりグズグズに痛んでいた。あちこちに血だか何だかわからないものが散らかっていて、しかもそれがとても臭い。
「くわーっこれってこの間のと同じ匂いですよ!」
一昨日ぶっかけられた汚水と同じ匂いがするとテレコは言う。言われてみれば確かにそんな気がする。
「なんかもう辛くなってきた…」
テレコスピーカーの顔がみるみる青ざめていく。
「無理に付いてくることはない。ここは私達に任せて、帰ると良い」
と私は気遣ってみたが「そんなわけにいくかー!」とテレコは聞かない。まあ、あんな酷い目にあったのだ。そりゃ一発くらい殴ってやらないと気が済まないのだろう。私はそれ以上とやかく言うのを止めた。
それが間違いだった。
五分ほど暗闇の中を進んだ頃、「なあネコ使い」と十和田は話しかけてきた。
「お前、この戦力で本当にこの組織を倒せると思うか?」
いまさらそんなことを言うのかこの男は。何かの罠かも知れないと警戒しつつも、私は正直に答える。
「チョロそうに見えても相手は全国展開している秘密結社だ…あっさり何度も全放送をジャックできる技術力もある。正直厳しいな。だがお前には勝算があるんだろ?無くてもお前の能力が有ればそう酷いことにはならないさ」
十和田はいきなりものすごーく嬉しそうに俺を見て嗤う。
「実は、俺にも勝算はない」
やっぱりか。だがそれでも命に関わることはないだろう、などと言う間もなかった。
「ははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははやはり甘いなネコ使い!そんな他人頼りの作戦、旨く行くわけ無いだろ!」
そう言うやいなや、奴はテレコを抱え上げ、一人で洞窟の奥へ全速力で走り出した。
「わははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは」
「うお?なんですか?セクハラ?セクハラなん?」
突然のことにテレコもまるっきり抵抗できない。私も想定外過ぎて動けなかった。速追いかければ間に合ったかも知れないのに…
二人はしかけられていた落とし穴に落ちてしまった。
「ははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは」
「ちょっ怖っあ−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−れ−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−」
急いで二人が落ちた穴をのぞき込む。底は深いようでそうでもなく丁度マンションの一階分の深さで、暗いのでよくわからないが一つ下のフロアに通じているらしかった。重なり合うようにして倒れていた二人はあっさり起きあがった。どうやら無事らしい。
「あー酷い目にあった…十和田さんいきなりなんなんですかって…ちょっ!」
ふたたびテレコスピーカーをト○イフォースのように高々と抱え上げ、十和田は再び嗤いながら奥へ奥へと進んでいった。
何だかよくわからないが行くしか有るまい。私達はその穴から飛び降り、十和田達を追った。