第二十八話 バシルーラ (連続30日目)

ネモトさんとは登山口で別れた。
「これでナナシ秘密結社はお終いか喃」
まさか。仮にも全国展開している組織です。まだ他にもアジトはあるでしょう…グロ画像テロは収まるかも知れませんが。
「まあそれもそうじゃな。ではまたいずれ会うことになるじゃろう。次は情報屋としてのあんたに会いたい所じゃが」
私もそれを願ってます。こんな痛い思いを何度もしたくありませんから。
彼はうなずくと、カッコイイヒーロー仕様のバイクに乗って去っていった。日本の道路では走っちゃいけない装備フル満載だが、ヒーローだから良いのだ。こういうところだけは年相応なのか。爺さんみたいなしゃべり方をするが彼はまだ私より一回り若い。何だか変な気分だ。
ここから我が家までは車で約1時間有る。猫達もいるので私達の移動手段は当然車だ。レンタカーを借りた。後続隊は今回は例のバイト様一号が運んでくれる手はずになっていた。彼らは崩落が一旦収まった時点で引き返しているので十和田達はそれに乗って帰ったわけではない。そして、レンタカーは以前止めた場所にそのままある。
電車の始発に乗ったのでは日が出る前に帰り着けないので十和田がどんな手段で40キロちょいを移動したのかわからない。
でもどうせ奴のことだ。ど○でもドア的インチキ魔法を使ったのだろう。
「みゅー」
テレコスピーカーを抱えたままマラソン選手並のスピードで走破しつくした?まさか。確かに時間的に夜明けギリギリになるだろうが…まさかね。
猫達を後部座席に乗せ、私は運転席に座った。行きは十和田が運転した。粗っぽかったが、それでも私が運転するよりだいぶマシだ。
「では諸君、再び命を私に預けてくれたまえ…」
「フーッ!」
「なー!」
「みゅー!」
「んぁー!」
「…わかりました。安全運転を心がけます。手も怪我してるしね」
出発する前に私はもう一度アジトのあった山を振り返った。山の形こそ変わっていないが未だにその付近からは煙がもくもくと立ち上っている。耳を澄ませば爆発音のようなものも未だかすかに聞こえる。住民には避難勧告が出されたらしい。
私は今回、無意味に人の命を奪ったのだ。秘密結社のアジトであるし、最終的には同じ事だったかも知れないが…殺すほど悪い奴ばかりだったわけでもあるまい。一年でリセットする世界ではあるが、失った命は帰らない。付近の住民を危険な目にも遭わせた。町おこしの機会も奪った。そりゃあ想定外の出来事ではあったものの、少なくとも調子に乗って蒼々を持ち出さなければここまでの被害はなかった。
この業界に罪を捌く者はなく罰を与える者もない。そう見えるようであってもそれはただ利害と理念が一致しなかっただけのことだ。本当は悪も善もない。神様はそれを信じる者の中にしか居ない。少なくとも私の中には見あたらない。
だから。罪を悔いるなら、贖罪したいなら、それは次の仕事で補うしかない。そういう世界で、そう言う仕事だと思っている。ネコ使いとは。
次こそは失敗するまい。
私は職務質問される前に急いで車を走らせた。


なじみの闇医者に一応の手当を受け、レンタカーを返し、家にたどり着いたときにはだいぶ日が高くなっていた。
猫達は先に帰している。また私は丸腰だ…一応レベッコだけは付いてきたが。
こんな時は必ずと言っていいほどもっとも会いたくない奴に会うものだ。レベッコが警戒しろとうなり声をあげる前に今度は私も気付いていた。向こうも気配を消してない。
「これはこれはサトウヤマイダレさん。奇遇ですね」
もちろん猫達の警備が緩む時を見計らって声をかけてきたのだ。
「山田さんですか。こんにちわ」
私は表面だけ愛想のいい言葉を返す。
「昨夜はご活躍だったようで…私達の時計を進めてくれてありがとうございます」
このありがとうは文字通りの意味なのかそれとも真逆なのか、まったく表情や態度からはわからない。とりあえず私が未だ知らない巨大な要素があり、今回の私の失敗はその要素を進めたか阻止したか、どちらなのかはわからないが確実にそれに関わっている。そんなことくらいしか。
そしてこれもただの考えすぎ、邪推かも知れないのだ。ネコの心は一瞬で読める私だが人相手ではそうも行かない。出来なくはないがそんな隙はくれないだろう。
「…今回は何の用ですか?また挨拶?」
山田は口の端で嗤う。
「そう受け取ってもらってもかまいません…あなたが今感じているように警告だと感じてもらってもまったくかまいません。私達は結局の所調整者です…人の世を動かすのは私達以外のヒトなのです。調整が必要なときは私達は何も言わずにそうしますし、必要がないときも何も言いません。余計なことを教えて仕事を増やしたいわけではない。ご存じですよね?知っていると思うから話したのですが」
知っている。彼らは世界になるべく関わるまいとする。そうすることで何かを教えてしまうことを極端に恐れている。知ってしまうことで最終的な結果が変わってしまうからだ。そして、だからこそ、知っている者には遠慮がない。
…つまり私は未だ何も知ってはいない?それともそう思わせたいだけ?答えはない。
私は一つだけカマを掛けてみた。
「では、この間の妙な襲撃は何です?」
理屈的にも習慣的にも感情的にもそれだけが引っかかる。わざわざ跡の残る襲撃。その後の調整も無く、警告的挨拶がこれで二回目。意味を探れと言わんばかりだ。それでいて答えはない。
「あの時も言ったように…言いましたっけか?それは自分で調べるべきですな。もちろん私達はあなたがどちらを選んでもそれに対応して調整するだけです」
それ以上は口を割らない。
何か意味があるようにも思えるし、その意味を探らせている間に別のことを仕込もうとしているようにも思える。ダメだ。何もわからないのと変わらない。
レベッコが近づいてきて山田を威嚇する。
「フーッ!」
そう、山田は嘘を付いている。それくらい私にもわかる。だがその意味が分からない。それで私をどうしたいのか?どう思わせたいのか?
「はははは…これは勇ましい。襲われる前に退散しますか。そのおっかない刀も有ることですしね」
そう言って何をしに出てきたのかわからない男は去っていった。徒歩で。
レベッコは目配せで『追ってみるか?』と尋ねる。
いや、今回は止めておこう。確かにこの男が次に何処に向かうのかには興味がある。近所のコンビニかも知れないが、あるいは。だがレベッコを失う可能性と天秤では釣り合わない。レベッコじゃなくても釣り合わない。
「なに、どっちにしろヒントをくれたりするほどお人好しじゃないだろう。釣られることもない。それより早く帰ろう…手が痛くて仕方ないよ」
レベッコは不満そうだったが結局は従った。


夕方の報道では名称募集中が謎の襲撃を受けて壊滅、合併吸収されていたもう一つの組織がクーデターを起こし再び統一、またまた宣戦布告したと伝えられた。
彼ら自身の手で。
「また代表戦の時にかよ!」
そう、また電波ジャックされた。
「今度はエロ動画かよ!」
そう、今度はエロ動画だ。
今年の状況は少しだけ様子を変えて一週間前に逆戻りした。