第二十九話 咀嚼丸その1 (連続31日目)

早速妹とフサエのお母様から電話があった。
前回とほぼ同一のことを依頼された。
妹には『無能』と罵られた。イラッとしたがまあわからなくもない。
テレコスピーカーはテレビが見れなくて不満顔だ。
未成年にこんなものを見せるわけには行かないのでテレビのモニタは壁側に向けてあるし、スピーカーも切ってある。これで一応電源切っても映るような無茶な電波ジャックが起こっても平気だ。
テレコも別にエロ動画は見たくないのでこの処置には黙って従ったが、時々どうしても見たい番組があるらしくワンセグで見ているようだ。そして時々テロにまともにぶつかって頭を抱えている。
「ぎゃああああああああー!!!!!某サッカー選手が棒のファイターにトランスフォーム!…ってやってられるかーっ!ヽ( `Д´)ノ」
また携帯投げてる。壊れちゃうだろうに。懲りない娘だ。
私としても困っている。仕事に使っているパソコンにもランダムでエロ動画テロが起こるからだ。
私も大人なのでエロ動画如きで動じたりはしないが時々スカトロとか熟女モノとかが混じるので困る。それ以外は、まあ、興味深く拝見している。
世間一般の反応も似たようなものだ。
前回のグロ動画事件の時は最初から最後まで酷い騒ぎだった。画像だけで死者まで出た。しかし今回は最初こそとまどったものの、そのうちみんな感覚が麻痺してきてしまいちょっとやそっとのアレでは動じなくなっていった。
エロ動画が見たくない人はそれが始まるとテレビの電源を切り、切れないときは布をかけ、音声も切れないときは耳栓を付ける。どうせ長くても15分程度で終わる。グロ事件の時から引き続きテレビカバーと耳栓がバカ売れしたのと、子供のギャグに年相応でないものが混じりだした以外は全てこの世は事も無し。
前回のグロ動画事件との決定的な差は支持者が現れたことだ。
実はグロの時も極一部にマニアックな支持者がいたようだが今回は段違いだ。
主にネット上の暇人達が一日中張り付いて情報を収集し、実況を続けている。スレを覗いてみたこともあるが、実に楽しそうだ。
中には犯人逮捕に繋がる希少な情報も流失しており、それをヒントにいくつかの下部組織が逮捕されたり潰されたりしている。
前例があるだけに警察も各種正義の味方(この地域ではネモトさんだけになってしまったが、隣の地域からの応援もあるようだ)も動きやすくなっている。放っておいてもあと数ヶ月以内にエロ動画テロは終焉を迎えるだろう。
またも名称を募集中の組織(グルグルおじさんの組織と区別するために今回はぷるぷるおじさんと呼ばれている、理由はしゃべるたびに頬肉がぷるぷるするから)はエロ動画のバラマキのみが目的ではないだろうから注意は必要だが、このペースならあっと言う間に壊滅させられるのではないだろうか。
しかし私は一応前回のスポンサーと連絡を取ることにした。
前回の成功報酬が必要経費(手の治療費含む)とうまい棒1年分だったからと言うこともある。ヒトはうまい棒のみで一年を過ごせるわけではない。
『あはははははははははははははははははははははははネコ使い、今のテレビ見てるか?伝説のクソババアシリーズついに連続で来たぞ!俺ですら持ってなかったのに何処から調達したんだあいつらwwwwwwwwwwwwwwwww』
…どうやら十和田は今の状況を心から楽しんでいるようだ。
無駄だとは思ったがエロ動画テロのアジト潰しを提案してみる。
『はぁ?何故今頃言うんだネコ使い。宣戦布告からもう四日だぞ?さてはそちらのお姫様とお楽しみでしたか?今そんなことを言うとは、もうあのガキに飽きちまっ』
携帯を切った。
とたんに携帯が鳴る。仕方なく出た。
『おいおいそう怒るなよネコ使い。図星か?…あーわかったわかった。冗談だろうが。カルシウム足りてないんじゃないか?骨密度は充分か?そんなんじゃ泪橋は渡れないぜ?渡った先は『ジョー、パンチ、パンチね、ジョー』なんだけどな!』
多分その古いボクシングマンガネタを披露したかっただけなのだろうが、もう少し付き合うことにする。
『まあそれはともかく。俺はお察しの通りこれを楽しんでるし、そもそも前回はついカッとなって余計なことをしちまったが、本来俺は傍観者だ。そう何度も秘密結社の組織を潰したりはしねーしできねーよ。表向きの顔は正体不明の謎の教授だからな』
表の顔からしてすでにそれか。
『うるせえ。余計な怪我をさせちまったことについては少しいじめすぎたかなと反省してるが、だからといってお前の懐を暖めるだけのためにそんな依頼は出来ないな。つー事で今回はパス。せいぜい一ヶ月くらいエロ動画楽しませろ。じゃあな』
十和田はこの騒ぎは一ヶ月で終わると見ているのか。何か私の知らない別の要素が働いているのだろうか。それは時走社が追っていると思われる状況を加速する要素と同一なのだろうか。そもそも時走社がタイムスケジュールを加速する何かのカウンターになっているという私の予測は正しいのか?
…まあそれは後で考えよう。
私はついでに斬にも電話してみた。確か斬も相当のテレビっ子だ。怪我で動けないようだし、相当退屈しているだろうからお見舞い代わりだ。私の電話など価値もないが暇は潰れるだろう。
『おお、猫殺し。丁度良かった。お前に依頼がある』
やはりそうか。動画テロで番組がいくつも潰されていくのは斬も嫌なのだろう。
『はぁ?どーでもいいよあんなの。ニンゲン同士のちちくりあいなんて俺には関係ないからな。チャンバラの方がよっぽどエロい。テレビは暇だから付けてるだけで内容なんて何でも良いし、俺なら気に入らない音も絵も切れるからな。文字通り。困ってない』
そうか、残念。
『暇つぶしも実は出来ていてな。あの角娘に聞いてるかも知れないがな。ふふ。知ってるか?十数年ぶりに刻と刺が仲違いしやがった』
私は耳を疑った。ケンカが信じられないほど普段の仲がいいと言う意味でではない。刻と刺が仲違いするということの意味の重大さが信じられなかったからだ。また、あんな、酷いことになるのか。
『ホントだホント。角娘に聞いてみ?ふふふふふふふ、楽しみだなぁ、どんだけ血が流れるかなぁ、ああ、怪我さえなけりゃ色々遊べるのに!…くくく、どうだ、ネコ使い、暇なんてしてられないだろ?』
それが本当なら暇どころではない。忙殺されるだろう。単純に巻き込まれて死ぬかも知れない。
『青くなってるか?猫殺し。お前のツレが死んだ遠因でもあるからな、無理もないか…ははははは。で、依頼というのはだな』
どうやら二人を仲直りさせろなどという綱渡りをやれと言うことではないらしい。少しほっとする。
『前の仲違いの原因になったニンゲンの雄がいただろ?アレが久しぶりにこっちに来てるんだ…刻と刺に会いにな。随分前からの約束なんだ。で、そいつを泊めてやって欲しい。依頼はそれだけだ。その後どうなるのかは知った事じゃないし、犬も喰わないって奴だろうから手を出すなよ。絶対だぞ』
みすみす一人の成年…年齢的にもうとうに大人だろうが…の命を粗末には出来ないが、私も命は惜しい。
『ちなみに今回の仲違いの原因はそいつじゃなくてまた別の雄だ。懲りないエロ妹で困る。そんなわけで、頼んだぞ?報酬は…ふふん、例のベルトはまだあるか?気が変わった。そいつの承認コードをくれてやろう。生き延びれたらな』
それはめちゃめちゃありがたいが…何故だ?
『このまま状況が加速していけば必ずお前は動かざるを得なくなるからな。ついに俺の見たかった物が見られるかも知れない。なら、これくらいは当然の投資だ。思ったより早く身体も治るし…ふふふふふふふふふ、妹の痴話喧嘩よりこっちの方が楽しみだ』
私は引き受けた。
斬が望む姿を晒すのは嫌だが私自身もそうなるような予感がして仕方がない。
むしろ、もっと酷いことになるかも知れない。
フサエとの約束を守れないかも知れない…
しかしまだ時期尚早だ。
今は哀れな男の事を考えよう。
前置きが長くなった。
これよりその男、骨肉咀嚼丸の話をしよう。