三十四話 陽動 (連続37日目)

エロ画像テロはずっと続いていた。便乗犯も含めて警察及び警察っぽいもの(サカナやスタンリー達だ)による摘発も着々と成果を上げていたが、それでも無くなったりはしなかった。
おそらく陽動なのだろう。
これから起こる本作戦のための時間稼ぎ。
裏山の騒動の最中に起こったこの出来事も陽動に過ぎなかった。
彼らは私達がイメージするよりもっとずる賢く卑怯で何より恐ろしい存在だったのだ。
頬肉がぷるぷるするおじさんに率いられたクレクレ厨の神などでは決してなかったのである。


まず最初にテレコスピーカーが去った後の中学校から始まった。
テレコ付きの猫は全員テレコを追ってしまったのでこれは伝聞でしかないのだが、例の5本手足の怪物が一体だけ現れたのだという。
朝のHRが終わったばかりだというから丁度テレコと入れ違いだ。この辺、妙なタイミングの良さを感じるが…裏山の事件を知った上で予定を組んでいるとも考えられないので、偶然、と、思いたい。
業界ではネコ使いはそれなりに有名なので猫の監視が緩む瞬間を狙っていたのかも知れないが…
怪物は「自分は例の組織の者だ、この学校を占拠する」と宣言。その後校内に侵入。一通り大暴れした後、学生及び教師の雄志数名(おそらくはつぶされた組織の工作員生き残り)によって始末されたという。派手に建物が壊された以外は怪我人が数名出ただけらしい。
死体に関する情報から見て時走社製ではないようだ…確定ではないがわざわざ劣化版を使ったりはしないだろう、あの組織は。
同時期に同じタイプの怪物が今度は市街の幼稚園に現れている。
同じように宣戦布告し大暴れした後、占拠するはずの幼稚園からフラフラ出ていこうとしたところを通報を受けた特別対策部に囲まれ、射殺されたらしい。幼稚園の被害も建物のみ。子供の心に深いトラウマを残したのは許せないが本気だったとはとても思えない動きだ。
それからしばらく間をおいて今度は市役所内。こちらも直ちに何かの届けを出しに来ていたネモトさんに瞬殺された。
ネモトさんはその場で警察に逮捕された。まあ一般市民が怪物相手にとはいえいきなり発砲したら仕方ないだろう。すぐ釈放されるので無意味かも知れないが一応警察のメンツもある。
同時期にこの近くの公園、東側に位置する高校、町の消防署にも一体ずつ現れている。それぞれに特別対策部が動いたがもうこの当たりで完全に警察の機能は麻痺してしまっていた。これだけ同時に怪物が現れてはどうしようもない。死体回収も事情徴収もままならないまま次から次へと現場に駆り立てられていく。
怪物達はそれに呼応するように一体ずつ、必ず離れた位置で、同時に、現れ続けた。銃で数発撃てば止まる程度の怪物達だったが、放っておけば何時までも施設の破壊を止めない。ただし、何故か人は狙わない。
関係者の誰もが陽動であることには気付いていたがどうすることも出来なかった。忙殺されている間にも次から次へと電話が鳴る。私の家でさえそうなのだから警察組織内ではさらにそうだろう。
私は猫達の矢継ぎ早の報告を聞きながらこの組織が何を狙っているのかを推理しようとしていた。だめだ。情報が少なすぎる。リンクを強化することも考えたが裏山の件がある。どちらかだけならリスクを飲んで強化しても良いが、今それをするとどっちつかずになる。しかも裏山の方は完全に馬鹿げたバトルロイヤル状態、らしい。そんなときにリンクの強化で猫達の注意が逸れてしまったら最悪全滅すらあり得る。
猫達の報告にすら穴が開き始めた頃、私の家の呼び鈴が鳴った。
予測はしていたが我が家にも来たようだ。
「んにー」
「ああ、確かにわざわざ呼び鈴を鳴らすのも妙だな。いやな予感がする」
スズキを従えて私は慎重にドアを開けた。ドアの先には変わり果てたニクキュウがいた。腰のあたりに奴の顔が付いていたから、恐らく奴なのだろう。
「こんにちわネコ使いさん。念願の姿になれましたよ…ほら見てください、ほらっほらっ♪」
ぬらぬらとした5本の手足が気味悪く動く。ぐねぐね。


戦闘は一瞬で終わった。


庭にニクキュウを埋めている間にも次から次へと猫達が報告に現れる。町も山も大騒ぎだ。これだけ人の目をあちこちに散らしておいて、一体水面下で何を行っているのだろう。
テレビもネットもエロ画像テロの真っ最中だ。電話連絡は携帯でのみかろうじて可能。しかもこれにもエロボイステロが混じる。今日始まったらしい。これまでは電話は普通に使えていたのに…この時のために取って置いたのか。
そんな状態なのでこの騒ぎはこの地域のみなのかそれとも全国的に起こっているのかが現時点ではわからない…頼れるのは猫リンクだけだが、ブースターやアンテナ役になる猫も無しに範囲だけ広げても無駄に猫達が死ぬだけだ。
…ここで、私は違和感を覚えた。
何かが変だ。
陽動にしてもここまで徹底するのはおかしくないか?
時走社相手にこんな陽動は無意味なのは向こうも承知だろう。時空の外側から眺めている彼らには守るべき者もない。問題が発生すればピンポイントで現場に駆けつけられる巨大組織なのだ。どれだけ隠そうが無駄な上に忙殺させようにもスタッフは無限だ。
時走社以外となると今捕まっているネモトさん、そして特別対策部しかない。しかし彼らの為にここまでの手をかける意味は何だ?
テレコを初めとした潰れた組織の生き残り達は別に彼らの邪魔にはならないはずだ。私や刃剣達はそもそも中立だし交渉次第で仲間にだって出来る。十和田は…まあ、触らなければ問題ないだろう。それなのに。
そもそも彼らは何と戦っているんだ?
…いや、早計か。未だ全国で何が起こっているかを掌握していない。
悪の秘密結社だしただの酔狂と言うこともあり得る。
どちらにしろこの事態が収まってから、何より裏山の騒動が収まってからだ。


夜になると2つの異常事態は何事もなかったかのようにすんなりと終わった。
散々壊されまくった公共施設はテロの終了と共に元通り、怪我人も怪我自体が消えてしまっていた。
「幻覚のたぐいだったのかな…まあ、規模がでかすぎるから変だとは思っていたんだが」
「フーッ!」
レベッコは今後の対策を立てるために緊急会議を開くべきだと提案する。私も賛成だ。
恐らくこの事には私が想像していた以上の意味がある。
例のスケジュール加速の件とも関係有るかもしれない。
「だがもうちょっと調べないとわからんなぁ…明日にしないか?他の地域の情報無しでは意味が違ってきてしまうかも知れない」
「フーッ!」
「まあそうだけどさ。そうだな、今日は向こうに泊まるらしいが、明日になったら裏山の方の話しも聞くことになってるし、今しかないか…嫌だなぁ。きっと知りたくないことだよ、レベッコ」
「フーッ!」
「うんうん、わかったって。そんなに甘やかしてるつもりはないんだけどなぁ…」
緊急会議は夜通し続いたが、私と猫達の少ない知恵では何が起こっているのかもどう対応して良いかもわからなかった。



それから名前のない組織は一ヶ月ほど姿をくらます。
エロ動画テロは模倣犯を除くと全て途絶えた。
名前のない組織は何かの準備期間に入ったようだ。
私達はほのめかしや曖昧な情報に踊らされたまま、早すぎて長すぎる夏休みに入ろうとしていた。