第三十七話 位相 (連続40日目)

意図的に学生のことは調べずにいた。
大人達の汚い世界からは離れていて欲しかったからだ。知ってしまえばそれは叶わなくなる…ああ、勝手な言いぐさだ。子供達には関係ない。これは単なる私のエゴだ。
しかし今回の件でそうも言っていられなくなった。
いつまでもどうしようどうしようとくねくねしているテレコスピーカーは放っておいて、私は子供専門の情報屋から高い金を払って該当する高校の生徒リストを買った。
何人か知った名前が混じっている。永遠に17歳している女性幹部を筆頭に、高校に自由に出入りするためだけに籍を置いている奴らがちらほらといる。普通に学生のふりをしていたり、部活の顧問だったり、先生だったり、生徒会にまで入り込んでいたり…その内の何人かは所属する組織自体が滅ぼされたり活動を休止していたりで浪人中のようだった。来年の春先には真っ先に新しい組織にスカウトされ、また意味不明な活動に準じることになるのだろう。…ああ、黒虹の一番下の妹もいるようだ。一般生徒扱いされているから学校では猫を被っているのだろう。
さて、問題の犬使いだ。
資料は膨大だったが逆川夜太はすぐに発見できた。聞いたことのある名前だと思ったら火星兄弟の弟の方の息子らしい。生年月日のデータが無いどころかこの地域の中学校(しかもテレコスピーカーなどが通う問題児と改造人間だらけの学校ではなく、普通の子が通う普通校)にいきなり存在するようになるまでは一切の情報がないことから、改造人間のたぐいと思われる。逆川弥四郎は人の命をもてあそぶ人間ではないはずなので何処かで組織からはぐれた子供を引き取ったのだろう。
成績優秀であるにもかかわらずこの地域では一番問題のある高校に進学しているのは、恐らく何らかの能力がバレてしまったからだろう。能力や特徴について具体的な記述がないので普通の人間のような気がするが、犬使いのパートナーなのだからただの人間と言うこともないだろう。単純に犬かも知れない。
「んー?夜太君は普通の人間ですよ?こよるちゃんが色々と能力を付与してるから超人じみてるけど、それ以外はいたって普通のコーコーセーってやつですよ?」
勝手にリストをのぞき込んだテレコスピーカーはそう言った。
「で、この下のが問題のこよるちゃん」
空欄だ。
「…もしかして、このリスト、みっしり埋まっていたりするのか?所々妙に空欄が多いように私には見えるんだが」
「わーお。活字レベルでもそんな感じなんですか…こいつぁー深刻ですね。つーかそんなんで良く情報屋してられましたね?」
どうやら徹底して犬関連の事は私の目に触れないようになっているようだ。何か超常的な意図を感じる。気にくわない。
「結構な値段で買ったんだが、これじゃ何の意味もないな…」
私はリストをテレコの方に押しやった。
「すまないが、読み上げてくれないか」


「逆川小夜。小夜はこよるって読むのね。高校一年生。第578667435864回当選者。宝くじでも当たったのかな?
所属する組織、特になし。中学入学直前に当選者特殊学級の合宿に参加、優秀な成績で修了。
…わっ時走社ともパイプが有るかも、だって。すっごーい。
主な能力。犬使い。犬の身体を変化させる力がある。詳細は不明。しもべとしてロプロス、ロデム、逆川夜太がいる。ってしもべ扱いですかっw
自称、六本指の剣士。練金の戦士。超能力少女。他多数。以上」
ほぼ何も書いてないに等しい。高すぎる買い物だったようだ。
「あたしから捕捉。おじさんには見えないかも知れないから教えても残念な感じかもだけど…あのね、すっっっっっっっっっっっっっっっっごいかわいいんだ。前も言ったけど。美少女って本当にいたんだぁ!ってかんじ。もうね、ウラヤマシイもニクイも超越してますね。髪なんてまっすぐでつやつやだし、肌なんて白くてつるつるしてるし、おっぱいは無いけどそれ以外は完璧なスタイルだし。これは一つの理想の形の具現ですね。あ、背がちっちゃいかな、本人も気にしてたけど」
どうやらテレコスピーカーはこよるのファンでもあるらしい。
「んで喜怒哀楽がはっきりしていて、しかもどの顔も卑怯なくらいかーいくてぇー。しかもくるくる変わるから見ていて飽きなくてぇ。声も良いし性格もまっすぐだし、もーあこがれの先輩ですよ、みんなのアイドル!ただ、どーしても年上に見えないんだよなー。妹みたいな気がする。言うと怒られちゃうけどね」
話半分に聞いた方が良いのだろうが、そこまで言われると少し見てみたくなる。
「うーん…なんとかおじさんにこの感動を伝えたい…そうだっ」
彼女はチラシの裏に絵を描き始めた。似顔絵でも見せてくれるつもりだろうか。
手持ちぶさたになったので私は事情を知っていそうな奴に電話をかけてみることにした。ワンコールもしない内に奴は出た。相変わらずだ。
『これじゃどっちが情報屋だかわからんな?ネコ使い』
相変わらずだ。
「単刀直入に聞く。犬使いについて知りたい」
『ほほう、ようやく気付いたか。バカめ』
十和田が発作的に笑い続けるのを、私は辛抱強く待った。
『はあはあ…ああおもしろい。だが、お前の期待には答えられんな。あまり教えられることは無い。ただ言えるのは触らない方が良いぞって事だけだな。お前さんに見えないものがあるのは、見てはいけないものだからなのかもしれないぜ?』
そんな馬鹿な。犬に関する何もかもが見えないのでは情報屋として商売あがったりだ。
『そうでもなかっただろ?これまでも。俺としては思い出してくれた方がたーのしーいんだがな。おっと、お前、電話なんかしてて良いのか?睨まれてるぞ?』
もっと聞きたいことがあるのに唐突に携帯は切れた。そして私は本当に睨まれていた。
「むー。おじさーん。あたしがせっかく教えてあげてるのに、目の前で携帯いじるとか、ひどくね?」
言われてみればそのとおりだ。私は素直に謝った。
「わかればよろしい。へへん。で、まあこんな感じなんだけど。あたしの画力だと百分の1も伝わらないかもだけど、雰囲気だけでもっ!」
…このイラスト通りなら、かわいいと言うよりは怖い感じだと思うのだが、どうだろう。
「ふむふむ。これはひどい」
いきなり背後から腕が伸びてきて、チラシを奪われた。
驚いて振り返るとそこには珠音がいた。
「こんにちわ、ネコ使い。九州での案件に目処がついたから私だけ先に帰ってきた。ただいまです」
「おおう、珠音さんだ珠音さんだ。たまんねー、とか言ってみたりして。おひさしぶりっすー」
「すー」
いきなり部屋の真ん中に現れたというのにテレコスピーカーは驚きすらしない。確かに珠音の能力からすると好きなときに好きなように登場出来るのだろうが…それにしても、心臓に悪い。
「慣れてもらわないと困る。私はこんな風にしか登場できないので」
いや、だったら玄関前に現れて、呼び鈴ならしてからでも良いだろ。部屋の真ん中に突然現れてはプライバシーの侵害だ。
「そうか、わかった」
そう言うと彼女は突然消えた。まさかとは思ったがやっぱり呼び鈴が鳴った。
「これで良い?」
そしてまた居間の真ん中に突然現れる。意味無いだろ、それじゃ。
「気にしない。所でこの恐怖イラストは何?私にも説明して欲しい、です」
たまよに教えるのは有利か不利か、迷う間もなくテレコが1から説明を始めた。こらこら。
「ほほう…位相がずれてるのか。愉快。古い魔法の匂いがする。何とかできるかも…しかし。うむむむ。これは姉の指示が欲しい。少し待ってて」
全てを聞き終わると珠音はまた突然消えた。
「…なんか、大がかりな事になってる?」
「どうやらそうらしいな」
しばらく待ったが珠音は一向に現れなかった。姉達に反対されたのだろうか。しかしそれならそうと連絡の欲しいところだ。
「お待たせ」
少しじれ始めた頃、珠音は再び現れた。
「ごめん、呼び鈴忘れた」
止める間もなく再び珠音は消え、呼び鈴が鳴り、そしてまた珠音が現れる。
「これで良し」
もういい。好きにしてくれ。
「結論からいう。私達にはこれは直せない。何故かを知りたい?」
私が答えるより早く、テレコが「ぜひ!」と答えてしまう。
「少し長くなる。かまわない?」
今度もテレコは即答した。後で少し叱ってやらなくてはならないだろう。
珠音は何処かからホワイトボードを取りだし、長い長い説明を始めた。