第三十九話 居候+ (連続42日目)

二日ほど寝ていたらしい。
目が覚めると斬がいた。
「よう、猫殺し。さわやかな目覚めだな」
最悪だ。蒼々を眼前に突きつけられてさわやかもクソもない。
「ひとつどえらいもんを切ったようだが、どうやらそれっきりだな。じーさんが怒ってる。もっと使えってよ。でもどうせお前のことだ。なんだかんだ理由を付けて抜かないんだろう。…もうお前を焚きつけても無駄っぽいからこれは回収だ。変わりに約束通り例のコードをくれてやろう」
例のコード?
「あーなるほどな。その辺りから封じられてるのか。なら××使いとか言われても何のことだかわからんだろうな。当然か」
良く聞き取れなかった。まだ寝ぼけているらしい。何時眠ったのかの記憶がないから、また飲み過ぎとかだろう…
斬は手にした蒼々で私の腹を布団ごと突き刺した。
「おじさんやっと気が付いたの?どれどれ…ってきゃあああああ!」
まあ、驚くよな。日本刀を突き刺してぐにぐにしていたら。
「勘違いするな。これは所謂心霊療法と言う奴だ…肉には一切傷が付いてないだろう?って布団越しじゃわからんか」
布団をはぎ取ってもわかりやすい光景とは言い難い。相変わらず私の腹からは蒼々が生えている。寝間着に血が付いてないのでなんとなく普通に切っているわけでは無いことは理解できるかも知れないが。
つーか刀が刺さっていたのに布団にも服にも傷が付かないんだよな。別に今回が初めてではないものの、やはり不思議だ。
「ふむ。やはり霊的な痕跡すら残していないな。頭を割ればいくつか出てくるだろうが余計な物まで切っちまいそうだし…ルール違反かな。魔法使いとの約束なんざ完全無視したいところだが、古い約束でもある。そっちは守ると決めたしな…そーいやアイツも魔法使いか。ああ、クソ。めんどくせえ。だからビッチどもは嫌いなんだ」
斬は蒼々を引き抜き、柄をバラして外し、その刀の本体を自らの体内にしまい込んだ。柄の方は胸の谷間に無造作に放り込む。ああ、そう言えば戦闘服なのだな。これから一仕事、とかか。
「治療終了…あ?ああ、なんかめんどくさいからこれを着てきただけだ。他意はない。この服、妹たちには不評でな…「なんかビンボーくさい」とか言われて困ってる。便利で良いと思うんだがな。ほぼ何処からでも刃が出せるし。お前からも何とか言ってやってくれ」
私としてもその服は止めた方が良いと思う。貧乏くささとは別のベクトルの意味でだが。…ひさしぶりだと扇情的すぎて目のやり場に困る。
「何だお前まで妹たちの味方か。角娘も何とか言ってくれ。これ、そんなに変じゃないだろ?」
しかし、話を振られたテレコスピーカーは先ほどから気を失ったままだった。
「あれ?こいつもあの組織の幹部だったんだし、これくらい見慣れていると思うんだがなぁ」
私はのそのそとベットから起きあがり、変わりにテレコをそこに横たえた。
フサエの部屋だった。
前も書いたとおり私はこの部屋に猫以外を入れない事にしている。私自身もめったに入らない。ここには思い出が多すぎて…だがそれを他人に汚がされるのも嫌なのだ。
「悪いな。居間のソファは他の客に占領されていてな。すっかりテレコの部屋になってる客間よりはと、こっちに運んだんだ。だからこれはその詫びでもある」
斬が突き出した右の人差し指からにゅっとナイフの刃先が出てくる。指先から出るにしては指よりも幅が広く分厚い。
「コードだ。刺せばそこが起動スイッチになる。何処に付ける?耳たぶや奥歯みたいな小さな所でもかまわないぞ。サイズは任意に変えられる」
「起動方法は?やはりベルトが必要なのか?」
「その辺も任意だな…ただ、手や腕や足はやめておいた方が良い。切り飛ばされたらどうしようもない。派手に変身って叫ばないと出来ないとかは論外だ。まず最初に声を奪われる。…と、なるとあまり選択肢はないな」
確かに。私は右肩に入れてもらうことにした。声に出すか脳内でキーワードを言う事で起動。寝ぼけて寝返りを打って寝言を言ったときに無駄に変身してしまう可能性もあるがその辺もなんとかした。
「エネルギーチャージの必要がないようにお前の血を動力にするように書き換えてある。桁違いに弱くなるが、どうせ×××が動力だ、なんて言ったらそれこそ使わないだろうからな。どうせ最後にはそうするんだろうが、それまで装備を寝かしておくなんて俺には耐えられん。…ま、レバー喰ったり鉄釘舐めたりしてせいぜい血と鉄分増やしておくんだな。多分今のお前なら10分以上変身したままだと貧血と酸欠で死ぬからそのつもりで」
それだと変身したくなくなるなあ。
…やはり一部が聞き取れなかった。なんだ?耳がおかしいのか?
しかし今日はヤケに斬が饒舌だ。状況から推理すると、別に良いことがあったとは考えられないのだが。
「まあ、家主とは仲良くして置いた方が良いと思ってな」
家主?
嫌な予感が走る。
私は急いで居間へ向かう。
ニヤニヤしながら斬は付いてくる。やっぱりそう言うことなのか?


そういうことだった。
ソファーベットには刃剣の姉妹が仲良く重なるようにして寝ていた。お互いがお互いを刃物で刺し合っているのはこの際無視しよう。
テレビはより大きな物に代えられていて、そこに人気のゲームと高そうなオーディオ装置が繋がれていた。録画環境も完璧。スカパーのチューナーまである。みたことのない小型の机が2つ。大きな旅行カバンが3つ。読み散らかしたマンガが散乱。いつも使っていたテーブルが無くなっていて、私の生活道具一切が片隅に追いやられている。
「何やら妹たちが勉学に目覚めたらしくてな…どうしても高校に行きたいらしい。別に山まで帰るのはこいつらにとっても苦じゃないんだが、往復の時間が惜しい。なんで、お前の家に試験終了まで泊まらせることにした。保護者として俺も泊まる。よろしくな」
斬は手を差し出した。
嘘だ、嘘に決まってる。
どー考えても家に居候する理由にはならないだろう、それじゃ。
「当然家賃は払う。…どうせ仕事無くて火の車なんだろ。猫殺しならともかくネコ使いが稼ぐ時期はもう終わっている。普段の年だとあと五ヶ月は先なんだがな、今年はハイペースすぎて蓄えもないだろう。渡りに船だと思うんだが。それと必要なら火力として考えてくれても良い」
来週からアルバイトしようとか思っていた矢先なので確かにそれはありがたい。楯霧三姉妹が味方ならどんな無茶な敵にも対抗できるだろう。良い話だ。良い話なんだが。
真の目的を知らないうちは、ハイそうですかというわけにも行かない。それも何となく予想できてしまうのだが、直接相手の口から聞くまでは信用できない。
「…ふふん。そうだ。お前の考えているとおり、もちろん俺の目的は猫殺しだ。焚きつけてダメなら絡め手ってことだな。ちなみにあのエロ魔法使いどもとは話が付いてるから泣きついても無駄だぞ?ネモトさんなんかは勘違いしたらしくて『式には呼んでくれ』とか言われた。笑えるな、猫殺し」
笑えない。
ものすごーく笑えない。
「で、どうだ?俺は何時までこの手を出したままでいたらいい?ダメならダメで山に帰るが、その際は楯霧家は今後一切お前とは縁を切る。敵に回ることもあるかもな?」
今度は脅しか。
私の心は傾きかけていたが、その前にどうしても確かめなければならないことがあった。
「…受験が終わるまでなら。そろそろフサエの部屋を開かずの間にしておくのはどうかな、とも思っていた事だし、丁度良い…但し」
私は覚悟を決めた。
「ハウスルールは守ってもらう。私の猫達を無駄に傷つけたりするのも許さない。…その時は本気でお前は俺の敵だ。いいか?」
もしここで戦うことになれば私は全てを失うだろう。だがここで屈すれば私はフサエに会わせる顔がない。
「ふむ。それも面白そうだ…予定より早くおもしろいものが見られる…」
斬の中の刀剣がみしみしと音を立てる。戦闘形態か。私はリンクを何時でも上げられるように隠れている猫達に指示する…
杞憂だった。
「が、止めておこう。それじゃあつまらない。せっかくこれまで我慢してきたのが水の泡だしな。わかった、ハウスルールとやらは守るし、猫達を傷つけるつもりは最初から無い。そんなことをしてもお前の戦力が減って興ざめなだけだからな。もちろん妹たちにも徹底する。信じてくれ」
その回答は今ひとつ信じられなかった。まだ何か裏があるような気がする。しかし斬が言う以上ハウスルールは守られるだろうし猫達が無駄に傷つくこともないだろうし刻や刺もそれを守るだろう。斬は自分の決めた掟には忠実だ。ただの口約束でもそれは変わらない。
私は斬の手を取って握った。
「とりあえず信じよう。ようこそ我が家へ」
固い握手が交わされた。
そういえば斬と握手するのは十数年ぶり、初めて仕事上のパートナーになった時以来か。
当時荒れ狂っていた私は初めて差し出されたその手を握るのにだいぶ手間取った。
何せ相手は全身の何処からでも刃物を取り出せる刃剣だ。直前にその恐ろしさは嫌という程思い知らされていた。握手した瞬間に五体バラバラでは間抜けすぎる。
しかし私は結局その手を取った。
理由は…なんとなく。信じても良いような気がしたのだ。
今みたいにめちゃめちゃ男らしい良い笑顔を見せてくれたからかも知れない。


レベッコは大反対したが他の猫達は概ね納得したようだった。
フサエが居た頃は三姉妹とも良く遊びに来ていたので古い猫達ほどむしろ歓迎していた。
刻と刺の仲がいつの間にかすこし険悪になっているのが気になったが、「むしろちょっと仲直りしたんだよ?先週までそりゃあ酷かったんだから」とテレコスピーカーがフォローした。そうなのか。またあの時のような酷いことになりかけていたのか…私はその場に居合わせなかったことを神に感謝した。