第四十二話 ショートカット (連続46日目)

このまま疎遠になっていくのだろうか。
まあ、それも仕方ないだろう。
元々恩師の娘と言うことで優遇していただけなのだし…
と思っていたのだが、三日もすると隣の家と我が家との境界は曖昧となってしまった。
何故か毎日夜が更けるまで中学生達は我が家の居間で一緒に勉強したり遊んだりするようになっている。
「…結局こうなったか」
斬は昼間は怪我の回復のために睡眠、夜は仕事をしに自宅へ帰るので実質隣の家は寝室としての機能しか果たしていなかった。
「あれか?ネコ使い。ヨバイとか出来なくて寂しいのか」
「寂しいなら私達がヨバイするぞ?」
一時的に声が出なくなった件を話題にしていたら刃剣の姉妹はさっそくそんな発言をした。
この双子は時々見た目通りの中学生なのか何百年も生きてきた老人なのかそれとも小学生程度なのかわからなくなる。
「…そもそも夜這いの意味を知っているのか?」
まさか時代的に知らないなんて事はないだろう、そんな風に思っていたのだが。
「しってるー。エロマンガ島の隣にある国だよねー」
「競馬はドバイ!えろすはヨバイ!」
それ、該当する国をバカにするなと抗議されちゃうぞ。国際問題になったらどうする。そもそもそんなデタラメを誰が…
「十和田教授!」
「十和田っち!」
まあ、そうだろうとは思っていた。
「むっおじさんっ!声が出てませんよっ?さーあたしの後に続いて…『ンなアホな!』」
そう言いながらテレコスピーカーはツッコミの動作をした。が、生憎手の平の位置が逆なので「get away ! 」と言っているように見える。
何処から突っ込んだら良いですか。
まあそれはともかく。
今夜もだいぶ遅くなり、そろそろお引き取り願う時間だ。
「えー?まだ宵の口ですよー」
「ヨイノクチって東京ですか?」
「私が思うに…千葉が怪しい!」
「「「なっなんだってー!」」」
お前らモトネタも知らない癖に大好き過ぎるだろ、それ。
「秘密結社元幹部と刃剣の姉妹にあれこれ言うのもなんだが…そんなの隣の家でも出来るだろ」
「だって…観客もないのにネタをやってても意味無いじゃん!」
「だよねー」
「ねー」
私は観客か。
「目指せM-1グラ○プリ!」
「りっ!」
「りっ!」
その後も飽きるまでネタ回しを続けるのだろう…もうすぐ期末試験のはずだが。
「大丈夫!無問題!どうせあたしたち追試組だから!」
「バカっすからねー」
「ねー」
とりあえず威張る事でもあるまい。
いつまでもシロウトなお笑い研究に付き合ってもいられない。私は私が在学中から普遍の生徒会規約を見せた。
「…追試を全ての期末テストにおいて命じられた者は自動的に留年らしいんだが。高校生にどうしてもなりたいんじゃ無いのか?」
「はっそうだった」
「ですよねー」
「ですよねー」
まだまだふざけポテンシャルは高かったが、中学生達は後の試験の方がかろうじて気になるようだった。彼女達は仲良く一斉に帰っていった。


居間のテーブルには『参考までに』と、例の男子生徒の写真が残されていた。
どうということのない高校生のように見える。実際なんの能力もない一般人だと言う。高校二年生。一つ下に彼女がいるらしい。色男め。
こいつが刻と刺そしてテレコスピーカーの不仲の原因だ。先ほどまでふざけて遊んでいた様子を見るととてもケンカしているようには見えないが、一時期は大変だった、ようなのだ。私にはぜんぜんまったくこれっぽっちも関係ないので後になって知らされただけだが。
「しかし刻と刺がとりっこする以上何らかの馬鹿げた能力が有りそうなもんだが…まあ写真だけじゃな」
刃剣の姉妹を敬遠していた猫達が入れ替わりにぞろぞろと居間に集まってきた。彼らに写真を見せてみる…やはり知らない顔だという。同じ町内で必ず顔を合わせているはずで、ならば一匹くらい目撃していても良さそうなものだが。
フルリンクすれば視界のスミに映っただけで記憶に残っていないような人物もたちどころに掌握出来るだろうが…命と天秤にする事でもない。
しかし奇妙な写真だ。
写っているのはその男子生徒のみ…なのだが、写り方がおかしい。右に寄りすぎている。まるでもう一人そこにいるみたいだ。そしてその不自然なスペースには不自然なブロックノイズのようなものが乗っている。
私は写真を見せてもらってすぐそれを指摘したが、「へ?別に何も写ってないよ?」「ネコ使いの目がおかしいんだよ!」「おかしい!ネコ使い!」と、ふざけていて答えてくれなかった。
また少し具合の悪くなっているレベッコがパトロールを抜けて途中報告にやって来た。普段パトロール中の途中報告は足の早い若い猫がやってくれている。今日はこのまま休みたいので交代したのだと彼女は言った。
「ふにぁー」
「いやいや、良いって。むしろ普段走り回りすぎなんだから、調子悪いときは積極的に休んでくれ」
レベッコがこんなに申し訳なさそうにするのも珍しい。
「ふにぃー」
「うんうん、わかったから。…ああ、そうだ、この写真なんだけど」
私は件の写真をレベッコに見せてみた。彼女なら何か知っているかも知れない、と言う軽い気持ちだった。軽率だった。
レベッコはそれを見たとたん、泡を吹いて倒れた。
「ちょっ!レベッコ!おい!どうした!一体何を…」
私はレベッコを抱きかかえようとする。一瞬例の写真が目に入る…ノイズはじわじわと動きずれ始め、やがてその後ろに写る誰かを…


翌朝、私とレベッコは居間で折り重なるようにして気絶しているのを斬に発見された。
幸いレベッコを下敷きにしてしまうといった惨劇は避けられた。幸運だった。それにしても。
私は気絶してばっかりだな。