第四十六話 夏休み終了のお知らせ (連続51日目)

それから何度か気絶したりしながら一週間が経とうとしていた。
正直に言えば犬使いへの興味半分、もう半分はフサエに再び会いたいという一心だったが…最後の方は「チッ」と舌打ちされた上にモノも言わずに現実の時間に送り返されたので流石に自重した。フサエに会いたいのは山々だが嫌われては意味がない。
テレコスピーカーは私があまりにも意識を失うので心配してなし崩し的に我が家に戻ってきていた。夜太と小夜が転校してしまった(と、いうことになっている)こともあって刃剣の姉妹はまたまた進学への意志を失いつつある。テレコが必死に「一緒にこうこうせいになろうよぉー」と説得しているものの、おそらくしばらくしたら裏山に帰ると言い出すのではないだろうか。
そうなってしまうとやはりテレコスピーカーはウチで預かるしかなくなるわけで、つまりこの一ヶ月の間に起こった様々な出来事は何一つ事態を進行させず、再び元の場所へ帰ってきたのだと単純に言ってしまうことも出来る。出来てしまう。
無意味、とまでは言わないが、もっと何か出来たのではないかと思うとものすごく鬱だ。
まあ、いまさらどうしようもないことだが。
今は6月の30日。
フサエの予言からは一週間以上が過ぎ、明日から七月で、それはつまり一年の後半戦が始まることを意味する。
何かが終わって始まるのにこれ以上ふさわしい日があろうか。
…夏至の方がふさわしいだろうが、その頃はまだ状況のど真ん中だったからなぁ。
もちろんだからといって七月一日になったとたんに何か大変なことが起こる…なんてほど世の中は巧くできてはいない。だから今こうして日付が変わるのを待っているのも、意味のない行為だ。
しかし私はあえて午前0時をワクワクしながら待つことにした。
そっちの方が面白いからだ。
「んー?なんかおじさん、たのしそう?」
テレコスピーカーが居間に飲み物を持ってやって来た。
自分用によく冷えたコーラ。私のために程良く冷まされた…と言うよりは冷えて不味くなった緑茶。
ここの所気絶ばかりしている私の身体を思ってのセレクトだが、ここまで来ると何だかわざとやっているようにしか思えない。
「麦茶の方が良かった?」
「良かった。大いに良かった。でもこれはこれでもったいないから飲むけどね!」
私は一気にそれを飲み干し、テレコの前に湯飲みを置いて『早く持ってこい』の催促。
「むむ、ますますご機嫌のご様子。これはますます何かあった、もしくはこれから何かが起こる感じ?」
おおう、鋭い。鋭いが、そんなことより早く麦茶を。
「へーい、少々お待ちを」
…そんなに顔にでていただろうか。ワクワクしているのは先ほども言ったとおり事実だが、それはあくまで個人的なことなのでなんでもないフリをしているつもりだったのだが。
「バレバレっすよそんなの。ハイ麦茶。何をそんなにワクテカしてるんですか?まさかまさか月が変わるからツキも変わる、なんて思ってませんよね?」
どき。
「だめですよーもう。ここの所調子いいからって勘違いしちゃ。今から30連勝位しないと横浜の優勝はありえないんですから、今年は新人と若手の育成に徹しないと。いわばどの球団より早い来年モード!」
どうやら斜め上に勘違いしたようだ。
「いやあ、でもそんだけアドバンテージもらっても、大抵来年の春には一番出遅れているのだよな…」
「あたし、死ぬまでに優勝見れるのかな…」
せっかくの浮いた雰囲気が一気にどん底へ。ダイナシだ。
まあそれはともかく。
午前0時まで後30分ほど。
犬使いのいる世界が完全にこちらとの接点を失うまであと30分。
さらば我がまだ見ぬ義妹よ。
まあこれからもこれまでも直接会うことはないわけだけど。
そしてお帰り、我が騒がしき日常よ。
あまり騒がしすぎても困るが大人しくされすぎるとおまんまの食い上げだ。
「そういえば今年は…今年も海に行けなかったなぁ」
「何言ってるんですか。まだ海開きどころか梅雨も明けてないのに。気が早いなぁ」
どうせなら暇な内に行っておけば良かった、と思ったのだ。
初めからこの一月が休暇でしかないとわかっていたなら、もっともっと違う過ごし方があったのに。
私は終わっていく夏休みを前にした子供のような気分になっていた。
あと20分。
「明日から忙しくなるなぁ」
「何言ってるんですか。予定はなんにも入ってないじゃないですか」
「なんでテレコが私の仕事のスケジュールを掌握してるんだよ」
まあ実際何も無いのだが。
「だって一日中電話鳴らないし。手紙も来ないし。お客も尋ねてこないし。猫達もだらだらしてるし。何もないなんてあたしにだってわかるよ?それとも何か根拠が?」
有るといえばあるし、無いと言えば
「無い」ので、そのまま素直にそう答えた。
「でしょー?」
テレコは眉間にしわを寄せて腕を組んだ。何か考えてくれるらしい。
「んー…ショーとかはどう?おじさん」
「ショー?」
「猫を自在に操れるんですもの。サーカスとかで稼げると思わない?」
それは私も考えたことがある。だいぶ前…フサエと一緒になった頃に。彼女は私と猫達が犯罪ギリギリの行為でお金を稼いでいることに反対していたからな。私だって嫌だったが、背に腹は代えられなかったのだ。フサエだけに稼がせるわけにも行かなかったし。
「無理だ。出来ないんだよな、これが」
「どーして?やってみたらいいじゃん。案外ウケは良いかもよ?」
「やってみたことはあるんだが…旨く行かないんだよ。たくさんの人に見られることに私のネコたちは慣れてくれないんだよ。何せネコだし」
「んーでもそんなの訓練次第じゃない?」
「まあな。確かに。でも百匹以上の猫のショーとなると…お客が引くんじゃないかなぁ」
テレコスピーカーは想像してみたらしい。
「うわ、確かにちょっと気持ち悪いかも。でも、それだったら出演する猫を絞り込めばいいじゃない。つーかなんで飼ってる猫全部いっぺんに出そうと思うんですか」
「いや、そうじゃなきゃダメなんだ。何故なら…」
「何故なら?」
「他のネコたちが嫉妬する」
「マジでぇ?!」
「うん。それで何匹か実際に失ってるしね。出来ればそれは避けたい」
「そっかー…」
あと5分。
「ま、そんなわけだから。地道にこうやって依頼を待つしかないんだ。一度やってみたいけどね、キャットショー」
「ううん…じゃあ他には…」
テレコスピーカーはなおも考えてくれているが、これといったアイデアはでてきそうもない。
あと3分。
まあ、良い。
このまま何事もなく平和なままなら、それはそれで良いのだ。
前も考えたようにネコ使いを止めればいいだけの話。私の寿命は数年で尽きるだろうが、世界平和の方を望むのが筋だろう。
あと1分。
私は残された貴重な休み時間を世界平和を祈るために使った。


そして我が家は爆撃された。