第五十一話 試験前 (連続56日目)

不具合が発見されたとかで、スーパーモザイクキャンセラーは販売停止、メーカーが回収を呼びかけている。
どうやらやはり例の名称のない秘密結社の戦略の一環だったようだ。テレコスピーカーの育ての親がやたらと熱心だったのはそのせいか。つーかあの人は今そっちの組織の人間なのか。流石原理主義者。
ネモトさんが工場に潜入調査しているはずなので、もう少ししたら面白い土産話を聞かせてもらえるかも知れない。
実はちょっと興味があったのだが、買い損ねてしまったな。


いくつかの仕事が完了しいくらか財布に余裕が出来た。
屋根も一応ふさがって人が住めるようにもなった。本格的な修理はだいぶ先になる。
経済的な理由とスペース的な理由でしばらくカリカリしか与えていなかったが、今日は久々のネコ缶だ。
100個以上の缶を開けて中身を皿に盛る作業も久し振りだ。めんどうな作業だが待ちきれなくてワクテカしている猫達を見ていると自然に楽しくなって頬が緩む。
「よし、いいぞー」と言い終わる前に猫達は一斉に餌に飛びかかっていった。そんなにネコ缶が好きなのか。いやむしろカリカリ嫌いなのか。
猫達にも個性があって、まず真っ先に自分の分を食べてしまって他の猫が食べ残すのを虎視眈々と狙うタイプ、まず周りを威嚇して餌を確保してからのんびり自分のペースで食べ出すタイプ、混雑を嫌って遠くから眺めているタイプ、行きたいけど怖くて近寄れないタイプ、どうせもらえるに決まってるので時間に来ないタイプ、時間に気付かず爆睡しているタイプ、カリカリのが好きなので喰わせろと要求するタイプ、等々、様々だ。
レベッコはその様子を台所で一番高い食器棚の上から見ている。かなり機嫌悪そうだ。そろそろ一喝するのではないかとハラハラしながら何匹かの猫が見ているが、どうやら今日はそうしないことに決めているようだ。ただじっと見ている。イライラしながら。神経の細い何匹かの猫は見られているだけで何だか落ち着かないようで、中には緊張に耐えられずに途中で食べるのを止めて部屋に帰ってしまう子もいた。
その残りにもうちょっと食べたい子が群がる。いつもならここでレベッコが一喝、仕切りにはいるところなのだがそれもない。
「どうした?レベッコ」
「ふぅーに」
別に、か。
おそらく何か考えがあってそうしているのだろうが、下手につつくとへそを曲げてしまうだろう。自分から話してくれるのを待つか。
一番最初に食べ始めた猫達が満足して退き、それを待っていた猫たちがやってくる。私は慌てて新しい皿を用意し、ネコ缶を開けていく。以前は100枚以上の皿をすべて出して一斉に食べさせることが出来たのだが、今は荷物が増えてしまってそれが出来ない。捨てようにもテレコや刃剣姉妹の私物だったりするのでそうも行かない。
しかしまあ人ではなくて猫なのだし、一斉に揃って食事、という方がおかしいのかもしれない。このやり方も時間は掛かるがそれでもものの十数分で全ての猫が食べ終わる。(時間に現れなかった猫は除く)フサエやレベッカはやたらとこだわっていたが、もし広いスペースが確保できてもこのやり方で良いんじゃないだろうか。

一通りの猫が食べ終わるとレベッコはようやく食器棚から降りてきて、自分の分を要求した。
「なあレベッコ、一斉に食べさせるよりこっちの方が良くないか?場所もとらないし」
「ふーっ!」
一蹴されてしまった。
レベッコにとってレベッカは絶対だから、そういうだろうとは思っていたのだけれどね。
レベッカは私の猫ではなかった。出会ったときにフサエが飼っていた猫だ。
魔法使いが飼うにしてはふわふわもふもふとしすぎたペルシャ系の白猫だった。もちろん魔法使いの猫がただの猫のはずはない。彼女は人語が話せた。
「レベッカは話せたのに、おまえはだめなんだなぁ」
「フーッ!」
「あはは、別に否定してるわけじゃないさ。ただ、あの声が懐かしくなっただけだ」
猫の声帯で無理矢理話すのでかなり奇妙な声になる。最初は聞き取りづらくもある。しかし何度か聞いている内に私はすっかり気に入ってしまった。ぶっちゃけ最初はレベッカと話したくてフサエに近づいたのだ。後でめちゃめちゃ怒られました。
「そういえばそろそろフサエとレベッカの命日だな。それであんな様子だったのか」
「ふにぃ」
レベッカは決して怒鳴ったりしなかった。私の猫達が間違いを犯してもゆっくりていねいにわかりやすくかみくだいて言い聞かせていた。最初は「なんだこいつ」と見ていた私の猫達も次第に彼女を認め、ついにはリーダー的存在になった。ネコ使いである私には少し困った事態だったが、レベッカもだいぶ気を使ってくれたので問題が発生したりはしなかった。まったく、人よりも人が出来ている猫だった。
ちなみにレベッカとはリンクを張れなかった。霊的な障壁が設定されていたからで、魔法使いの飼い猫としてはそれは常識的な事だった。私も無理にそれをこじ開けたりはしなかった。そして、それで良かったのだ。
「ふみゅう」
「そう言うなよ。レベッコは良くやってる。それに、レベッカが死んだのもフサエが死んだのもおまえのせいじゃない」
少しレベッカの思い出話をしたかった。それだけのつもりだったのだがレベッコを傷つけてしまったようだ。そりゃそうだ。私はレベッコがそれを気にしていることを知っていたではないか。なのに何故そんな話を振るんだ。私は自分の愚かさを呪った。


「お楽しみの所失礼するよネコ使い」
「遊びに来ましたよネコ使い」
レベッコをなだめているとそう言って刻と刺が入ってきた。鍵は掛けておいたはずなのだが…まさかまた切ってしまったのだろうか。
「合い鍵ですよネコ使い」
「オンナに自宅の鍵を渡すとはエロイなネコ使い」
…なんだ、テレコスピーカーに渡した奴か。
「フーッ!」
さっきまで凹んでいたレベッコが二人の登場で一気に蘇った。早っ!切り替え早っ!
「おおう?怖いネコさんだよ?」
「やりますか?やんのかてめーですか?」
「こらこら。家で刃傷沙汰は禁止。それより二人とも学校はどうした」
ずっと制服を着ているので気付きにくいが今二人が着ているのは学校に着ていく用だ。少し新しい。彼女たちは学校から帰ると家で遊ぶ用の古い奴に着替える。
…意味が分からないが、とにかく彼女たちはいつもそうしている。別に他に服がないわけではないらしいのだが。
「来週から試験なんだぜ、ネコ使い」
「だから馬鹿なわたしたちは早めに帰って勉強しろってことみたいですよネコ使い」
そしていつものように二人で顔を見合わせて「ねー」と言う。
そう言えばいつの間にか仲直りしているのだな。
「それでテレコスピーカーは?一緒じゃないのか?」
「んー?先に帰ってると思ったけど、また追い抜いちゃったかな?ささり」
「そういえば鍵渡されたとき、『先に付くだろうから』とか言われた気がしますよ?きざみ姉」
「合い鍵作っといてとも言われた気がする」
「まあお互いの家行ったり来たりするとき不便ですもんね」
テレコめ、勝手なことを。
「つーか、わたしたちにテレコの行方をきくのっておかしくないかい?」
「どうせネコさん達がさりげなく監視してるでしょ?」
人聞きが悪いな。まあ確かに監視と言われても仕方ない。
私はテレコスピーカー警備班とのリンクを強化する。普段は報告が有るまで放っておくのだが何故か胸騒ぎがする。
繋がったとたん、ヤマダデ達の感情が爆発した。意味を捉えるのに少し時間が掛かる…猫達を傷つけないように、そうっと、撫でるように情報を一つずつひろっていく…
「どうやら、テレコが攫われたようだ」
「「なっなんだってー?!」」