第六十一話 レベッコの報告 (連続66日目)

まずは申し訳有りません。
私のために戦力を大幅に割いていただいて…ええ、もう大丈夫です。今からもう一度あの小学校にだって行けますよ?
はは、冗談です。二度とごめんとは言いませんが、しばらくはかんべんしてください。他の猫達を行かせるのも控えた方が良いでしょう。
理由はこれから言います。



校門から出れば元の位相に戻れることを確認できたのは随分後になってからでした。
脱出方法はそれしか思いつきませんでしたので、出口がそこで本当に良かったと思います。
校門から入ってすぐにリンク切れには気付いたのでその時に確認してシロウさんと連絡が取れればこれほどご心配をおかけしなくて済んだのですが、いきなり子供に拉致されてしまいまして。
ええ、普段ならありえないことです。
未知の危険が潜んでいるのは自明でしたから警戒は怠りませんでしたし、相手が子供でも見知らぬ人間に抱きかかえられて連れ去られるなんて屈辱です。
ですが気が付いたときにはその子供にしっかりと両手で捕まえられてました。匂いも音も気配もしなかったのにいきなり。時走社員の瞬間移動クラスのスキルです。少なくとも無能力の普通の人間ではありません。しかし改造人間や怪人特有の気配も有りません。
ともあれこのまま連れ去られるのは不味い。
子供相手に使うのは気が引けましたが無礼な抱えられ方だったこともあって私は爪と牙を出して暴れようとしました。
そこで、リンクが来ました。
ええ、接続しようとする力を確かに感じました。間違いなくネコ使いの力でした。幸いシロウさんとは帯域が違うらしく支配される事はありませんでしたが一瞬脳を揺さぶられました。気絶こそしませんでしたが簡単に私は行動の自由を奪われてしまいました。
子供にとっては私は重いらしく、途中何度も地面に下ろされて持ち直されました。その時身体が思うように動けば簡単に脱出できたはずなのですが、生憎いつまでたっても手足は痺れたままで動きません。それでもせめて敵の顔を見ようと、何度か身をよじって子供の顔を見てみました。
違う、とかんじました。
こんなアホズラをした男の子がネコ使いのはずはありません。リンクを仕掛けてきたのは別の誰か…それも完璧にその力をコントロールする事が出来る大人に違いない。でも、だとしたら気配…いや、存在を完璧に消して私を捉えた技術は?
普通の小学校に通う小学生が能力的なモノを持っていることには違和感は覚えませんでした。ご存じのように改造人間が身分を偽って通っていたというのならともかく、超能力や魔法などはそのくらいの年齢で覚醒するものだからです。もちろん覚醒してしまえば即対応できる学校に転校することになりますが、夏休み直前のこの時期ならこの学期が終わるまで待ったとしてもおかしくはない。そもそも、まだ能力がばれていない事だってあり得る。
しかしこの子供からはそんな様子は見えませんでした。普通子供がこれだけの大きな力を持ってしまったら明暗どちらかに大きく歪んでしまうものです。…シロウさん、あなたもそうだったようですね?
この子は二年生くらいでしたでしょうか、まだ分別の付かない時期で、しかも覚醒したばかりならなおさらそうなるかと。
しかし彼はどう見てもふつうの小学男子にしか見えません。
能力付与系の何かが掛かっていると私は判断しました。もし自分の能力なら私を何処かへと運んでいる今この時使わないのはおかしいですし。
「せんせーつかまえたー」
息を弾ませながら校門からグラウンドまでよたよたと走ってきた彼は、力尽きたのかそこで私を投げ出し、自分も倒れてその場に寝そべってしまいました。
「つーかーれーたー」
手足の痺れたままの私はうまく着地することが出来ずにひどく地面に叩き付けられました。麻痺しているので痛みはさほどではありませんが右足を捻りました。これが後々まで響くことになります。
それでもなんとか私は立ち上がり、敵の姿を探しました。
「ごくろうさま、山本君。そのまま寝ていて良いよ」
そこには奇妙な光景が広がっていました。
広いグラウンドには1クラス分の生徒と、その先生らしき人物がただ立っていました。
生徒は私服ですし先生もシャツとスラックスという姿でしたので体育の授業ではないようです。
時間帯的に午後の授業中のはずです。近くに花壇が有りましたので、その観察とかだったのかも知れません。写生の受業だったかもしれません。
けれど生徒達は手ぶらでした。先生もなにも持っていません。
「せんせーひとづかいがあらいよー」
山本と呼ばれた生徒がそういうと、何人かの生徒が笑いました…彼を一切見ずに。
「もう一人いけばよかったんじゃね?」
「でも山本とペアはやだなぁ。アイツなんかじめっとしているし」
「なんかいつもぜーぜーしてるし」
「うわっイジメはつげんきたー!」
「きたー!」
「おまえらさ、よくそれいってるけどいみわかってんの?おれもしらないけど」
「せんせーさとうくんたちがいじめしてるみたいでーす」
談笑しながら生徒達はじっと先生を見ていました。先生が何かをするのを待っていました。先生の命令を待っていました。
「こらこら…私の能力がばれてしまったじゃないか」
先生はこちらに歩いてきました。
私が逃げられないことを知っているからです。
手足の痺れは収まりつつありましたが今度は先ほど捻った足がズキズキと痛みだしていました。たいした傷ではありませんが全力疾走には支障をきたします。逃げてもすぐに追いつかれる…それに、先ほどの攻撃を喰らえばまた麻痺させられる。
この場で迎え撃つ。せめて傷の一つも与える。
その覚悟を固めて私は身構えました。
その男は私の間合いのギリギリ外側で止まりました。
「ところでいつまで待ってればいいの?」
「せんせー。おれたちもうかえっていい?」
「あついよーせんせー」
子供達が不平を言い出しました。しかし視線は先生を追ったままです。
「もう少しだからちょっとだけ待っててね?」
男は生徒達を振り向いてそういいました。私はその隙に仕掛けられませんでした。リンクが飛んできたからです。今度は来ることがわかっていたので弾くことが出来ましたが、それでもその千載一遇のチャンスは消えてしまいました。
「はじめまして。私は『人使い』。お察しの通り、そして文字通りの能力者です。いつかはご挨拶に、と思っておりましたが、無粋な位相の段差に阻まれてお互いに会えなかった。こんな風に出向いてもらえるとは幸いです…レベッコさん、でよろしいのですか?」
私は驚愕ししました。
位相の向こう側にいるにもかかわらず、男はこちらの事を全て知っている?
「まさかまさか。恥ずかしながらこの町に犬使いや魔法使い以外に私と同じ能力を持つ者が居るなんて事は、ほんの一週間ほど前知ったばかりです。催眠や絶対命令服従などのありがちな力ではなく、このタイプが他にもいるとはね。アカシックレコードにさえ書いてありませんでしたよ…時走社が改竄したんですかね。本当にあれは何でもありだ」
驚いて声も出ない私の心を完全に読みきってその男はなおも続けました。
「ま、これから全てわかるのですから問題有りませんけどね」
男が何をするつもりなのかわかりました。戦って勝つなんて事も不可能でしょう。傷も負わせられまい…ならば。
私は奥の手を使おうとしました。
しかし、やはり読まれてました。
私が反応するより早く男は私の目の前に瞬間移動し、私の頭を完璧に捕まえました。
「自爆なんて許しませんよ?そんなことはレベッカだって許さないでしょう…なに、ダメージなんて一切残しません。全て終わったら帰してあげます…」
そして私は頭の中の洗いざらいを全て覗かれてしまいました。


ぐったりと疲労した私は校庭の隅の木陰に移動させられました。
子供達とあの男は教室へと帰っていきました。
その後、次の日ようやく私が動けるようになるまで、私はずっとその場所で無視され続けました。
子供達の視界にも何度も入っていました。一度はボールが私の近くにまで来ました。しかし彼らは私が存在しないかのように振る舞いました。
もう用はないということでしょう。
私は一睡もせずにただひたすらどうやったらあの男に復讐できるのか、そればかりを考えて気を持たせていました。
少し寝ておけば良かった。
状況的にこの後戦闘になるとは思っていなかったのです。