第六十六話 七目公園 (連続72日目)

猫の集会場とは、なんのことはない、七目公園の隅だった。
予定より早くたどり着いた私達は公園内にいた全ての猫達の話を聞き…そして全ての猫がツカワレネコになってしまった。
イシイは私が荒れていた時期の事を知らないのでリンクの危険性がよくわかっていなかったようだ。単純に仲間が増えたことを喜んでいる。
話をあらかた聞き終わった頃に他のメンバー達もやって来た。皆何匹かの猫を連れてきていた…まさか。
『話をしましたら、面白そうだから是非協力させろと…危険があることも一応説明したのですが』『ねーねー。この子も仲間に入れようよー』『逸材ですよ逸材!採用しましょうよ!絶対役に立つって!』『付いてくるって言うから。いや。ボクは良いんだけど。付いてくるって言うから』『戦力が不足しているのは自明。ならばここで猫の手を借りるのも一興かと。いや冗談ではなく』『我が輩、冒険を求めて旅をしてきたのでござる!』
…そうか。そうなのか。
そんなわけでわずか9匹だった部隊はいまや二十数匹の大部隊となってしまった。そんなつもりはなかったのに。
まあ、なってしまったものは仕方ない。
この子達が死ぬような無茶はしなければいい。それだけのことだ。


逆川夜太を直接知っている猫はいなかったが、それっぽい生徒は通っているらしかった。
私の記憶の扉を開くような話は出てこなかったが、七目高校の現在については何となく掌握できた。私の既視感の元は過去の七目高校にあるのだろう。私は自力で改竄された(仮定)記憶を取り戻す必要がある。
数が増えた分世間話にきりがなくなって来た。日も高くなり昼も近い。そろそろ頃合いだろう。
私は再びイシイだけを連れて七目高校を目指す。
が、他の猫達もぞろぞろと付いてくる。公園で待機を命じたのだが、リンクが繋がって間もないので私の命令を素直に聞かない。まあそりゃそうか。
強制するとまだしっかり繋がっていないリンクが確定してしまい、それは要するに何かあったとき、つまりフルリンク時に最初に血を吐いて死ぬ確率が上がると言うことだ。
離れたところに住む彼らの命に責任が取れない以上、そんなことは出来ない。飼い猫だっているのだし。
私は仕方なくぞろぞろと猫達を引き連れて出発した。校舎を見るだけだ。やったとしても周りをぐるっと一周するだけ。
「にー」
そうだな。確かにそれではわざわざここまでやってきた意味がない。
迷惑になるので止めておこうと思っていたが、逆川夜太を呼び出してもらうのも手かも知れない。
しかしこれだけの訓練されていない猫を抱えて戦うのは荷が重すぎる。
「にー」
別に喧嘩売りに来たわけでは無いが。しかし明らかに怪しい人物がこれだけの猫を連れてぞろぞろと歩いていたら目立つし、ちょっかいを出してくるバカだっているだろう。ここでの私は未だ知られていないだろうし、目的地は秘密結社の構成員や正義の組織の一員候補が渦巻く高校なのだ。きっと面倒くさいことになる。
「にー」
ああ、そうだな、早速先走った奴が現れたようだ。
七目高校の制服を着た男女二人組。信号の向こう側でこちらを見てニヤニヤしている…もちろん知り合いではない。
信号が青くなる前に二人は車を避けながらこちら側にやってきた。いつものことなのか車はそのまま走り去っていく。明らかに人でない動きをする子供に関わって面倒な事になるのを恐れたのだろう。特別対策部は一般人にも容赦ないからな。
男の方はそのまま私に近づいて来た。痩せた身体にイケメンな髪、わざと着崩した格好。典型的な粋がった学生に見える。そいつが私の顔の近くにまで近寄ってきて、私をにらみつけた。
「こんにちわ見知らぬあなた。七目高校になんの御用ですか?」
ガンくれている男の方ではなく、少し離れた位置に立った女の方が言った。
こちらも典型的なちょっと遊んでいる女子高生と言った雰囲気だ。漂うオーラが並はずれていなければ『学校をサボった高校生カップル』と言われれば納得する。
猫達は戦闘態勢に入ろうとする。入ったばかりの子は早くも威嚇の為にしっぽを立ててうなり声を上げている。
「未だ早い。話を聞いてからだ」
戦闘態勢を解かせ、威嚇していた猫を落ち着かせて、新入りをガードするように私達の猫は体制を整える。
「…質問にお答え願えますか?ネコ使い」
どうやらここでも私は有名人のようだ。もっともこれだけ猫をぞろぞろ連れてきていればネコ使い以外のなんなのだということになるが。
私は男の方を無視して女の方を向いて、そして素直に答えた。
「いやなに、何故だか懐かしい気がしてね…知り合いも通っているし、見に来ようと思った、ただそれだけだ」
さて、このカップルはどちら側の人間だろうか。
今をときめく名称不確定の秘密結社か。それともこの地域の正義の組織の一員か。それとも滅ぼされた結社の生き残りか。クールメンジャー達は逆方向の地域に属しているのでそれ関係はないだろうが、下部組織がここにあってもおかしくはない。
「…もし、私達がこのまま帰れ、と言ったら?」
探るように女はそう尋ねた。
「理由を聞き、それに納得したら帰ります…もともと気まぐれみたいなものですから」
隣に立つ男が何やらもぞもぞしている。猫達の視線を少しだけ借りる…ナイフか。これだけわかりやすい動きと言うことは、まだ訓練が行き届いていないのか…それともそんな必要も無いほどの能力があるのか。
「理由ですか?そうですね…猫が嫌いだからとかじゃダメですか?」
女はいつの間にか取り出した銃のようなものを一番小さくて弱そうなイシイに向けて構えた。
「あまり納得のいく理由ではないですね…私としては事を荒立てたくないんで、武器はしまっていただけるとありがたいのですが」
すると今まで黙っていた男の方が口を開いた。
「ああ?!黙って帰れよおっさん。能力者の学校だからって舐めてるとイワすぞコラ!」
ナイフを突きつけられた。別に舐めてはいないと思うのだが。
「ゆーくんは余計なコトしないで!…失礼しました。私達は七目高校生徒会のものです。こんな状況ですので身元のはっきりしないあなたのような人に近づいてもらいたくない、それだけなのです…私達も私達の学校を守る権利と義務がありますので」
さっと新入り達を見回す。何匹かがこの二人を知っているようだ。それだけでこの二人を生徒会のメンバーだと信じるわけにもいかないが、一応筋は通っている。
仕方ない。アポ無しで来たらこんなものだろう。
「わかりました。今回は引き下がりましょう…せめて校舎を一目見たかったのですが。ではまた改めて」
私は来た道を引き返そうと彼らから目を離した。
迂闊だった。
発砲された。


二人を無力化するのは簡単だった。容易く口も割った。
二人は秘密結社間の抗争時に滅ぼされた多数の組織の内の一つに属していて、その再興に必死になっていたようだ。ネコ使いの首を持っていけば今の名称不定組織に幹部として採用されるし、それを足がかりに成り上がり、やがては取って代わろう。そんな単純なプランだったようだ。私のことは名前だけ知っていたようだ。
わからないでもない。多少同情もする。
しかし死んだ猫は戻らない。
私達は入ったばかりのその猫を埋めるために七目公園に戻った。