第六十九話 種明かし (連続75日目)

動物喫茶ヨモスエは猫喫茶もふもふ亭の姉妹店…らしい。
もふもふ亭もどうやって経営が成り立っているのか疑問だったが、こちらはさらに不思議なことになっている。
何せ喫茶店なのに獣臭いのだ。
「流石に大型の、牛とか馬とかは納屋の方に行ってもらって別料金って事になりますけど。あと逃げ出したりケンカしたりいたずらする子もNG。でもそれ以外ならどんな動物連れでもOKですよー」
と、受付嬢は説明してくれた。
「いろんな動物が来てますから、お席が超重要で、場合によってはお断りしなくちゃならないんですけどね…夜太君の所のポセイドンちゃんはこの間いい子してたし、猫ちゃん達もちゃんとしつけられてるみたいだし…大丈夫みたいですね。じゃあ、ミカちゃん、17番にご案内お願いねー。じゃあごゆっくり♪」
ミカと呼ばれた娘について狭い通路をくぐり、扉を開けるとさらに階段があり…その下にはどう考えても店舗より広い空間があった。
そこには大小さまざまなテーブルと椅子、動物を繋いでおくための杭、ゲージ、台、サイドテーブルや水槽、プール、花壇等々が細かくブースに仕切られていて、様々な動植物がその主人と共に食事とお茶を楽しんでいた。
獣臭さは何故か無くなっている。
なんだこれ。
「…いきなりSFか」
「まあ、僕も始めて来た時には驚きました」
「要するに、時走社の娯楽施設なんだよねー。もちろん一般のお客も大歓迎だけど。ま、ここに通すのはある程度事情を知ってる業界の人達限定だけどねー」
まるで自分の手柄かのように話す叶開花はこの際無視しよう。
「ようはどっかから土地をインチキで持ってきているって事か…時走社は本当に何でもありだな」
私達はミカに案内され…正確には強制テレポートされ、17番テーブルにやって来た。
3人で使うには大きくて広いテーブルと、ゆったりとした椅子。いきなり飛ばされたのでここが店のどこに位置するのかがわからず、おそらく階段へ至る通路が無い。
「メニューはこちらになってます。お決まりになりましたら、そこのブザーを押して読んでくださいね♪」
そういうとミカは次のお客を次の席へ案内するために再びテレポートした。
これは要するに案内されたというよりはていよく軟禁されたと言うべきか。
「はいはい、来たばかりだっていうのにすぐに逃げること考えない。大丈夫、ただの飲食店だから」
幸いメニューには変に凝った物はなく、普通の喫茶店といったところだった。むしろ凝っていなさすぎるくらいメニューが少ないのではないだろうか。


注文した品が届くまで開花は『聞きたいこと』とやらを夜太から聞き出していた。
「この作戦ってこよるちゃんが立てたんだよね?ここの高校に転校してきたのも作戦の一部だよね?うんうん、せっかく転校までしたのに、無駄にならなくてホントに良かったねw で、ロプロス…もとい、ポセイドンから飛び降りて、以下云々って事ね。飛び降りるタイミングも決まって無くて、ただ偶然先生の上に来るのを期待してデタラメに飛んだ、と。ひっどいね、それ。まあ偶然じゃなけりゃ人使いには届かないんだからそれしかないにしても。つーかこよるちゃんは未来視なの?いや、私が担当はずれるのと入れ違いに今の地域に引っ越してきたから、直接は知らないんだ。休暇中だしまさかこんなのに巻き込まれるとは思わなかったし。教えてないはずのケータイの番号に偶然かかったのもそれかぁ。びっくりしたよー。絶対イタズラだと思って、暇だったからからかって遊んでやろうと思って手ぐすね引いてたら、相手夜太君なんだもの。連絡取れなくて困ってたんだー。あ、ネコ使いには教えない方が。だってこいつ口軽いし。前の番号とアドレス変えたの、毎時間のように刺と刻から電話とメールが来るからでしょ?多分シロウちゃんに教えたらまたそうなっちゃう。嘘ーん。だって、シロウちゃんテレコちゃんにメロメロぢゃん?ちょっとしな作ってお願いされたらほいほい教えちゃいそう。…んごっ。ノーモーションでメニューのカドで殴るの禁止!避けそこなったじゃないかぁ。ああ、ごめんね、バカが冗談もわからなくて。何処まで話したんだっけ?そうそう、偶然ね、偶然。でもさー、完璧な未来視ってもさー。飛ぶのは君じゃん?不満だったりしない?絶対服従能力って訳じゃないんでしょ?ふうん、そうなんだ…むしろ未来創造ってことね…だとしたら隔離も…うううん?なんでもないのよ?」
と、いう具合にほとんど一人で彼女がしゃべり、夜太はうなずいたり合いの手を入れたりするだけだったのだが。
「おやおや、いやらしいシロウちゃんがこよるちゃんに興味津々のご様子。いろいろと教えてあげたら?義妹って事になるんだし。ん?口止めされてる?あーそうよねー、ネコ使いになんかされてからじゃ遅いもんねーってまたメニューのカドで殴られた!セクハラ!これはセクハラですよ!ま、夜太君も彼女の色々を知られたくないよねこんなおっさんに」
なおも開花の質問攻めは続くが、その前に注文の品がやってきた。
「はーいシロウちゃんには年齢に似合わないガキっぽいナポリターンそしてアイスティー。そして夜太君には少し子供っぽいところもあるけどそんなあなたが魅力的なナポリターンとアイスコーヒー。そして私は子供だからナポリターンとオレンジジュース。って全員ナポリタンかよ!?まー他はサンドイッチとカレーしかないんだけどねー」
「叶先輩」
「ん?なに?ミカちゃん」
「他のお客様のご迷惑になるので…少し控えていただけるとありがたいのですが」
「あら。ごめんね?場所移るか、防音壁作った方がいい?」
「いえ、それほどでは。迷惑になってるのは声では無いのです。休暇中の叶先輩には働かせるなと言われてますので…ですからこっそり内職するのを止めていただきたくて。今七目高校周りの被害状況を確認しましたよね?あまり酷いと回収したばかりの装置を発動することになります…申し訳ございませんが」
「えー」
「本来それが目的で制作された装置ですから」
ミカは猫達にも食事(普通のネコ缶だった)を給仕すると、「ではごゆっくり♪」と言ってまたテレポートしていった。
…つまり叶開花の異常なワーカーホリックが無ければこの事件自体が成立しなかったのか…よくわからないが。
「ちょ、今、全部わたしのせいなんじゃ?とか思わなかった?シロウちゃん。なんか目が怖いんですけど?」
「そんなことはどうでもいい。その確認したという七目高校の被害状況を教えてくれ」
知ったところでもうすでに起こってしまったことは変えられないのだが、気になる。
「う。洒落のわからない朴念仁だねぇ。まあもちろんシロウちゃんのために調べてあげたんだけどね!さあ、感謝しなさい?ありがたがりなさい?」
「いいから」
「えー。まあいいや。ま、簡単に言うと死んだ子はいないのよね。流石にあの場でアンテナ役してた5人は残念なことになっちゃってたけど」
理屈は知ってしまえば簡単だった。
位相差を超える為に七目高校の生徒全員を使うのは明白だったので、時走社は予めフェイクの七目高校を作成、人使いが行動を開始するのに合わせてそれをすり替え、ばれないように矛盾しない視覚エフェクトを提供しつつ、手動で位相設定を書き換えたのだ。
「フェイクの方の七目高校は綺麗に全滅していたけど…あ、その顔はフェイクの方に感情移入してるね?まー確かに人ではないけど記憶と意志を持ったヒトモドキの命を使ったわけだから人道的に納得行かないのはわかるけどね…これって人を殺す代わりに猫を殺しましたってのと同義だし。でも他に方法は無かったんだよ?それとも七目高校の生徒がきっちり死んだ方が良かった?」
まさか。例の装置も作動していたのだし、それ以上の細工は不可能だったのだろう事は理解できるし、そもそもこの手の危機は時走社にとって日常茶飯事だ。今この瞬間も無数の別件で無意味に人の命は奪われ続けている。その全てに対応できるはずもない。今回はかなり幸運な方なのだと私の経験からもわかる。
「その顔は納得しているようには見えないけど。まあ、こう言うことに腹を立ててくれる人がいなきゃこの状況は今後も変わらないのだし、別に怒っても恨んでもかまわなくてよ?すべてわかった上で最善を選択し続けているとはいえ、罪は罪だしね」
別に納得していないわけではない。ただ、せっかくの食事の味が良くわからなくなっただけだ。