第七十一話 ナイター (連続77日目)

なんというスローカーブ…これはきっと特大ホムーラン。
私はぼんやりとナイターを観ながら頭痛に耐えていた。
「やっぱりまだ痛いんだ?」
「ああ…明日は病院行ってみるよ」
しかしおそらく医者では直せないだろう。魔法診療が必要なのだろうが、たまよ達とは相変わらず連絡が取れず、フサエに会うには未だ早すぎて、斬や十和田に任せるのは怖すぎる。
ほんの些細な痛みなのだ。目の奥がずっとゴロゴロしているような感じ。我慢できないほどではない…けれど、常にそれはそこにあって、じっと私を見ている。私が諦めるのを待っている。
人使いの置き土産なのは間違いないと思う。何らかのフラグを埋められているのだ。しかしそれがなんなのかが分からない。自分で触ろうとすると何処かへ消えてしまう。そしてまた再び同じ場所に現れる。
「他に頭をいじれる魔法使いの知り合いはいないの?」
残念ながら。安心して任せられる知り合いは皆無だ。まあたまよ達だって信用して良いものかどうかは考え物なのだが。
テレビではスローカーブを連投していた投手が敵の四番バッターをなんとか討ち取ったところだった。フェンスギリギリの特大ライトフライだった。風でもう少し後押しされていたらオーバーフェンスしていただろう。わずか一点のリードをギリギリの所で踏みとどまった。
「お、耐えた。ひょっとすると勝てるかもわからんね」
しかし回はまだ6回だ。すでに良い方の中継ぎ陣は序盤のピンチの場面で使い尽くしている。八回九回の2イニングはクローザーを使うにしても、7回がまた綱渡りになる。
向こうは先発が未だ投げていて、こちらは初回で取った3点以外は全く手も足も出ない。打順はピッチャーに回るが続投させるか代打を出すかは悩むところだ。
「代打かな?」
「内容悪かったからな…続投させる方が賭になるかも知れない」
痛みから気を逸らしたいので私は無理にでもゲームに集中した。そういえばテレビで野球を観るなんてのは何年ぶりだろう。もともとテレビは観ないので野球にも興味はなかったのだが、フサエの影響でこの青いチームのファンになってしまった。もっともフサエの贔屓チームは西の方の赤いチームだった。夫婦揃って同じチームを応援すればいいようなものだが、当時の私はわざとフサエとは逆のチームを応援したりした。いちいち本気で悔しがったり優越感に浸ったりするフサエを見たかったから。我ながら随分子供っぽい話だ。
「うわーガキっすねー」
うるさい。
「頭痛ですけど、フサエさんなら何とかできるかも…わざと気絶するってのは?自信はないけど私の『スピーカー』が填れば気絶くらいはさせられると思うんですけど」
失敗したら?
「大けが、かも」
そりゃ論外だ。それに気にはなるが先ほども書いたように些細な痛みだ。魔法的な仕掛けだと私は予測してはいるが、本当にそうかどうかは明日病院で見てもらって結果を聞いてからの判断になる。ネコ使いの能力のおかげで医学的知識も魔法的知識も有るには有るのだが、知識だけの素人なのでプロに見てもらうまでは未だ何も確定出来ない。
「おーヒット出た」
一死からキャッチャーが塁に出た。バントさせて続投の可能性も出てきた…が、おそらくここで交代だろう。監督が出てきて、選手の交代を告げる。
「げげっ代走?」
キャッチャーの方を変えるのか。このピッチャー、普通に打たせるとそこそこなんだが、バントは下手だったような…
予感は的中し、ゲッツーであえなくチェンジ。一塁まで走らされた分この作戦は失敗だったといえよう。
「スタートが遅かったよう。どうしてウチのチームの子は走塁が下手なのかなぁ。足は速いのに」
毎年ドラフトでは足が自慢の選手を取るのだが、どういうわけだかこのチームでは育たない。そこそこ走れるのは余所のチームからトレードでやって来た選手だけだ。コーチや監督を総とっかえしても状況は変わらなかったので呪われているとしか思えない。昔は走れる選手だけで三番まで埋まっていたのに。
再び監督が出てきて選手交代。キャッチャーを若手の選手に代えて…そしてピッチャーも代えた。吹いた。
「なっなんですとぉー!?」
じゃあさっきのバントの意味は?
まあ走ったときに足を痛めたとかそういう事なのかも知れないが…
何だか無駄に面白くなってきた所で中継の時間が終わってしまった。
「おじさん、ス○パーにチャンネル変えて、ス○パーに!」
変えるのはかまわないが…契約していないチャンネルは見れないぞ?
「えー?!解約しちゃったの?」
仕方ないだろう。ウチは貧乏なのだ。私は普段そこまで野球見たいと思わないし。
「ちくしょーっ!隣のうちの子になってやるぅー!」
そういうとテレコスピーカーは隣の楯霧家へ走っていった。巧い具合に彼女たちも野球を見ていれば良いのだが。
残された私はテレビを消した。後の番組は特に見たいと思う物がなかったからだ。せっかくあるのだからニュースくらい見ればいいようなものだが、なんとなくただ付けっぱなしにしているのが嫌なのだ。
眠るには少々早いので私は仕事の続きを再開した。
猫達のローテーション巡回は今のところ問題なく昨日している。そうそう毎日この町で事件が起こっているわけでもないので、これからはこれをデフォルトの作業にしようと思う。
必要な観察対象のチェックも順調で、ずっと異常なし。皆頼まれたわけでもないのにずっと同じパターンで行動している。もちろん多少のズレはあるものの、猫達が緊急連絡を入れてくるほどのこともなさそうだ。今日も真夜中に叩き起こされたりはしないだろう。
…そうなってくると頭痛が気になってくる。
何かしていれば気が紛れるのだが。何かしていれば。



結局逆転サヨナラ勝ちで青いチームは勝ったらしい。
結局ピッチャーが足りなくなって明日登板予定のピッチャーまでつぎ込んでいた。どうだろう。
しかし、采配に文句を言えるほど私はこのチームを見てはいないし、まあ勝ったのだから文句は言わない。
「はいこれ、またポストの所にあった」
帰ってきたテレコスピーカーがまた差出人不明の荷物を持ってきた。今週すでに3度目だ。
手提げ袋の中には少し大きめの箱が丁寧に包装されて入っていた。大きさから考えて皿か。結婚式の引き出物のようだ。状況的に妹か。
「また猫達の監視をかいくぐって来てたのか…本当に時走社社員にでもなったのかもしれんな」
「んー?時走社社員って、そんなに簡単になれるの?」
「まあ適正検査次第だと思う…後は連絡先をコネで手に入れるくらいかな。普通には求人していないから。しかし、あいつがこの業界に興味があるなんて信じられないんだがなぁ」
私の影響で妹は秘密結社だのなんだのが蠢くこの業界を毛嫌いしていた。まあ、普通の感覚だ。陰謀策略渦巻くドロドロとした危険な世界にいたいとは誰も思わないだろう。
「んー…そう言えば新婚さんでしたよね。旦那様は何をしている人なの?」
教えてもらったわけではないが、一応は気になっていたのでこっそり調べてはいた。
「普通の会社員だよ。素行にも問題なし。秘密結社とかとも関わりなし。毎日チェックしているわけではないが、事件に巻き込まれた様子もない。普通に会社に通っているよ」
あまり嗅ぎ回ると妹にばれてしまうのでほどほどにしか調べてはいないし、彼らの自宅には近づけないようにしている。だからそこからトラブルに巻き込まれて成り行きで…とかは無いと思う。思いたい。
それより何より、問題なのは。
「なんであいつ、こんなに頻繁に物をくれるのかな?」
最初はお中元だろうと思っていたのだが、こう何度も届くとなると何か意図があるようにしか思えない。しかし、メッセージは皆無。最近は名前も入っていない。不要品をこっちに持ってきているというわけでも無さそうだし。本当にわからない。
「いや、あたしに聞かれてもわからないよ?」
そりゃそうだ。