第七十四話 北上 (連続80日目)

エクソシスト、もとい、沢戸に頼るのはとても嫌だったが背に腹は代えられない。
私は電車を乗り継いで北の町に向うことにした。
いつものように地域で言えば2つ北の地域だ。ギリギリ一日で行って帰ってこれる距離。流石にその距離を事故らずに走りきる自信はなかったので私は久し振りに電車に乗ることにした。お供はいつもならレベッコなのだが…別の誰かを選ぼうとするととてもうるさい…未だ本調子ではない彼女を使うわけにも行かない。
実力的にはサルー、キャラウェイ辺りを使いたいところだが彼らは夜間でないと本調子にならない。スンタリーはやるときはやる娘だがやらないときはホントにやらない娘だ。知らない土地でいつもの怠け癖が出ると、とても困ったことになる可能性がある。
他の猫達にもそれぞれ役割がある…猫の手が足りないのがここに来て響いている。百匹いれば普段の年なら問題ないのだが今年はいろんな事が起こりすぎている。それでもこれまで人的…いや、猫的被害が少ないのは奇跡とも言える。
困っていると猫部屋から声がした。カカリアだった。俺を連れて行け、と言うのだ。
「おいおい…だいじょうぶなのか」
カカリアは即答した。
「おああああああ!」(ダメに決まっておるわ!)
って、えー。
彼はレベッコがデビューした頃から現役で、しかも最前線で常に体を張っていた。フサエが居た頃から生きている数少ない一匹でもある。
流石に寄る年波には勝てず、去年引退してアンテナ役になっていた。
「おあぁあああっ」
…そうか、最後に因縁深い沢戸の顔が拝みたい、か。別に見ても面白い顔でもあるまいが、最後の頼みと言われては仕方ない。
「あぁあおぁっ」
わかった。確かに私が彼を守りきればいいだけの話だ。普段とは逆だが、戦いに行くわけでもない。行き帰りを狙われると辛いが、まあ何とかなるだろう。あまり使っていないが例の装備もあるし、腹周りが緩んでいるなどと指摘もされたし、たまには自分で頑張ろう。
いや。いつもいざという時は自分が前線に立って体を張ってはいるのだが。
キャリーバックに入れようとするとカカリアは嫌がった。
「おあー」
いや、コートのフードの中って言われても。子猫だった頃とは違うし、そもそもこんな真夏日連続で今日も暑くなるって時にコート着させる気か。
それでもキャリーバックは嫌だと逃げ回るカカリアと追いかけっこをしているところを猫達の朝食を終えて居間に戻ってきたテレコスピーカーに見られた。
「おじさん、いじめ?」
違う。
私はカカリアを連れて遠方に出張するのだ、と説明した。微妙な取引先と会うので関係を説明しづらいテレコには留守番をしてもらいたいとも言ってみた。治療だ、なんて言うと付いて来たがるかも知れないので嘘を付いたのだ。沢戸とテレコを会わせるのは危険な気がする。
「ふふん?そんな仕事は入っていなかったような。カカリアさんを連れて行くのも何だか怪しいし…これは私の推理ですけど、ひょっとしておじさん私に内緒で何か重要なことをしようとしているでしょ?戦闘ではないけど命の危険があるような。今の状況で遠方にまで出かけなきゃならない用事となったら、ズバリ頭痛の治療ですね。そして私を一緒に行かせたくないということは、その治療師がド変態かド畜生か、ともかくそういうめんどくさい感じの人なんですね?」
ほぼビンゴだ。すごい。
「おじさんは重要なことでも話をしない癖があるからなぁ。おかげさまで表情を読むのが無駄に巧くなっちゃいましたよ…当然あたしは付いていきますよ?行き帰りに襲われないとも限らないし、診察結果を知るために家族が付いていくのは当然ですし」
二人分も旅費がない、と言うと「足りない分はあたしが出す」とまで言い出した。少し前まで給料出せ最低賃金を保証しろとうるさかった癖に。
「おぁー」
カカリアまで『嬢ちゃんと一緒ならキャリーバックに入ってやっても良い』とまで言い出した。
これ以上騒いでいると刻や刺まで一緒について来たがるかもしれない。私は仕方なく決断した。


頭痛は昨日から少しずつ酷くなっていった。
「酷そうだね。カカリアさんはあたしが持つから、おじさんは少し寝たら?」
青い顔をしている私にテレコはそう声を掛けた。
そうさせてもらうか。
私はすでにちっとも効かなくなっている頭痛薬を飲み、目を閉じた。
首都まで1時間。新幹線で1時間。私鉄に乗り換えてさらに1時間。そこからバスで30分。バスは1時間に一本有るか無いかなので、場合によっては宿を取る必要がある。私だけなら野宿でも何でも良いのだが、テレコにそんな事はさせられない。カクハ師匠に地獄で折檻されてしまう。沢戸に泊めてもらうのが一番楽で確実だが…交渉次第では最悪殺し合いだ。
どうしたものか…駅前に宿とか有ったかな…などとグルグル考えている間に私は寝てしまった。


テレコに起こされた。
ここから私鉄に乗り換えだ。
随分深く眠りこけていたが、頭痛は変わらずそこに有り続けた。
むしろ寝てしまったことで痛みが増したような気がする。
「どうもダメっぽいね…医務室に行く?頭痛薬しかもらえないだろうけど、もう少し寝れば少しはマシになるかも」
いや、おそらく何をしても痛みは変わらないだろう。少しふらつくがもっと酷い頭痛の中で何十年と生きてきたのだ。若いときほどの体力はないがなんとか教会までは持つだろう。
幸い私鉄は空いていた。
私は酷く揺れる電車に殺意を覚えながらも歯を食いしばって耐え続けた。


バスは1時間待ちだった。
私達は待合室の日が差してこない場所に陣取った。もっとも待っているのは私達だけだった。
太陽光線に触れたら死ぬのではないかと言うほど暑い。知りたくもないが気温は32度を超えているだろう。
「お昼食べられそう?」
まあ、無理だろうな。しかしテレコスピーカーまで付き合って昼を抜くことはない。
「えー。まあ、お腹は空いてるけど、おじさんほっぽって食べにはいけないよう」
道理ではある。しかし自分の都合で昼を抜かせるとなったら、カクハ師匠に(ry
「大丈夫だ。少しマシになった。私はここでゆっくりしているから、行ってきなさい」
私の精一杯の笑顔はむしろテレコをどん引きさせたが、「40秒で帰ってくるぜ!」と言って彼女は昼食を取りに行った。
40秒は無理だよな。
しかし数分でテレコは息を切らせながら戻ってきた。
「いぇーい。ハンバーガーダイスキー」
見たこともないファーストフードのチェーン店の包み紙を彼女は見せた。
「地域限定みたいッスよー。おじさんの分もあるから、食べられそうだったら言ってね?つーか無理にでも食べた方が良いと思われ」
無理をしても食べられそうもなかったので私はウーロン茶だけもらった。冷たくてきもちいい。
カカリアもキャリーバックから出してやって水分補給させる。この熱さでカカリアもだいぶまいっている。これからバスに乗って山に入っていくので少しは涼しくなるだろうが、老猫には厳しかったかも知れない。やはり連れてくるのではなかったか。
「ぉぁぁぁぁぁぁぁぁっ」
そんな弱々しい声で強がりを言われてもなぁ。
出発前は久し振りにカカリアと語り合おうなどと考えていたのだが、どうやら無理のようだ。
「もうなんか限界みたいだね。能力による治療なら装備も施設も要らないし、電話で呼んでここで治療してもらったら?」
私も出来ればそうしたい。一般市民が同じように難儀していたら、奴も神に仕える身だ、喜んで山を下りてくるだろう。だが私のような人デナシとなれば話は別だ。どうしても奴の教会までたどり着く必要があった。


バスのエアコンは温度控えめだったがそれでも大分助かった。
少し元気を取り戻したところで目的地に到着。降りるのに躊躇したがまさかこのまま乗り続けるわけにも行くまい。
私達が降りて運転手以外無人となったバスはさらに山を登っていった。五合目付近のバス停まで登って、そこでしばらく停車した後、また同じ道を引き返してくる。私がこの辺に住んでいた頃と全く変わっていなかった。変わるようなことが有るとも思えなかった。
そこからさらに十分ほど歩くとようやく教会が見えてきた。
「アレがそうだ」
「うわー…すんごい遠いんですねぇ」
それでも元の楯霧家へ行くよりはよっぽど近い。私達はそれからさらに歩いて、三時を過ぎた頃にようやく奴の教会にたどり着いた。
留守だった。