変換日記2

承前  
 「金曜と土曜の、蝶子とのデートについて詳しい情報の開示を願います」
 なんて事のないことのように加藤はそういうと、ページをめくって本に視線を落とした。
 「ちょっデートって!」
 真っ先に蝶子自身が反応した。両手を振り回し顔を真っ赤にして。これは。つまり。そういうことか?
 「あれ?二日連続だったんですか?そりゃちょっとヨリカさんも穏やかじゃ無いって事なんじゃないですかね?」
 何故それを知っているナナシの後輩。
 「ああ、たまたま見かけたんですよ。だからそんな蒼い顔しないでくださいよ山田先輩」
 「うるさい後輩ちゃん!」
 びしっとナナシを指さす蝶子。大暴れ継続中。
 「後輩君もそう思いますか?わたしもこれは単なる嫉妬だと見ているんですが」
 やはり本を読んだまま加藤は話に乗った。
 「他、僕らには思い当たりませんよねぇ…というかいいかげん名前覚えてくださいよ」
 「いちゃいちゃしているところを目撃されていたらもうヨリカは文芸部には戻ってこないかも…」
 「ちがーうっみんな誤解してるよー!つーかあたしがヨリカの彼を取っちゃったならこんな会議しないっスよ!」
 まあ、それは、そうだろう。
 「ヨリカの彼じゃねーよ」と夜一郎はいった。
 「そもそもデートだのなんだのはお前とヨリカの策略かなんかだろう?何をどうハメたかったのかは知らないけど、それでヨリカが落ち込むとは思えないし」
 夜一郎はとんでもないことを言い出した。
 「そもそもアイツが俺を好きとか、そんなことはないだろう、常識的に考えて」
 あきれたような沈黙。
 「…まあ男性が一方的に恋愛欲を満たすタイプのゲームの主人公にありがちなセリフですね」
 「鈍いとかそういうレベル?狡くね?」
 「このゴージャス、告白など無くともとうに二人は結ばれていると安心していたのだが…いやはや」
 「僕はそういうの、不誠実だと思います」
 えらい言われようのようだが、そうでもないことを我々文芸部員は知っている。直接的な惚気さえなかったが、そういうことなのだろう事は誰にでも容易に想像できた。毎日一緒に登校してるし。そもそも、好意もなくあれだけの文章を一日おきに書いたりするだろうか?この時は知らなかったのだが。
 強引にでも知るべきだったかもしれないが。
 
 
 協議の結果、全員でお見舞いに行くことになった。
 大人数で押し掛けるのはどうかとも思ったが、今日は門前払いされることもなく家に上げて貰えた。こうなると夜一郎の門前払い発言も疑わしくなる。しかし夜一郎一人で見舞う意味を考えればそれはそれで納得か?よくわからないが。
 依華嬢は本当に風邪を引いていたようで、かなり具合が悪そうだった。見舞いに来た我々に「明日には回復すると思う」とは言っていたが、おそらく今週は無理かも知れない。
 余り騒いでは身体に障るので早々に退散する我々。帰りがけ、夜一郎に何事かを耳打ちしていたのは見逃さなかったが、夜一郎の反応は是でも否でもなく、ああわかったとだけ言っていた。それが何を意味するのかに気付くのはもっと先の話だ。
 この時はそれは単なる謝罪か何かであろうと、何事かは彼と彼女の間でつつがなく解決したのだと、そう思うことで納得してしまった。

 翌日、事態は悪化する。
 
 

同年二月三二日


 今日も依華嬢は来なかった。夜一郎も休んだ。あろうことか、蝶子まで休んだ。
 何事かが起ころうとしていた。
 いや、すでに起こっていた。
 これは痴話喧嘩という単純な出来事ではないと我の勘は悲鳴のごとく叫んでいた。
 おそらく、虹に関することだった。
 昨夜出会った、おそらく一般人で有れば単純に闇とか夜とか黒とか言ってしまいたくなる、おそろしい濃密な何か。だが天才たる我には解る。解ってしまう。こんなカラフルな闇なぞ有るものか。
 これは虹だ。
 虹は言った。
 「もう喪に伏する時は終わった。協力してもらおう。干支を取り戻すのだ」
 そう言ってそれは我の中に入り込み、何もかもを破壊して何もかもを作り替え、我は我ではなくなった。
 いや、違う。
 我は山田である。
 我はゴージャス山田である。
 多少の不純物など、飲み干してさらに雄々しく高く飛ぶ鳳雛、それが我である。
 今は多少不安定だが、問題ない。何一つ問題ない。




 


 「と、言うわけで、この続きを書いて欲しいのだが」
 と俺はこれを読ませた後に言った。
 「良いからとっとと土下座でもなんでもしてヨリカさんに許してもらいたまえ」
 と山田は答えた。




加藤さんの日記より抜粋


3月3日
 

 全国的にひなまつり。
 どちらかというと非国民にジャッジされる私にとっても、ひなまつりには少し思い出がある。仲のいい女友達に男の子役で呼ばれることが多かったが、まあそれはそれで良し。
 むしろ非国民ではなく男の子と認識されていたのか?背は高いしズボンしかはいてなかったからなぁ。中学でスカートになったとたん驚愕する友人の多いこと多いこと。
 まあ、そんなことは良いのだ。
 一応両親も私を女の子としてカウントしているらしく、今年も雛人形は飾られたしそれなりの準備も成された。妹の為だけかも知れないが。問題は私に一切その気がないことで、申し訳ないのだが今日も家にはそのまま帰らず文芸部である意味漢らしい小説を読み倒し気が付けばもう下校時間だ。
 今日は文芸部員は私と山田だけで、山田もなにやら熱があるらしく『虹…』とか『軌道衛星上に隔離…』とか、馬鹿なことを延々と言っているのでとっとと帰らせた。
 山田はこれ幸いとさっさと帰りよった。そんなに私といるのが嫌か。と言うより蝶子が心配なのか。
 まあ、いい。
 あれで山田は友達思いの良い奴なのだ。小心者なのを極端な演技でカバーしようとして失敗していて滑稽に見えるが、その辺を修正するかより過剰な方向に安定するかすれば、ひょっとすると「ゴージャス」と言う自称は本物になるかも知れない。
 実は期待値は高いのだ。先物買いをしようという女子も多い。本人があんななのでことごとくミッションはフラグも立たずにとん挫しているようだが、そのような作戦が立案されること自体が凄いことなのだ、と私は上の兄たちを見て知っている。
 兄たちの非モテっぷりはすさまじい。
 だがそれを詳しく記すには紙幅が足りないようだ。この件については後日改めて記すことにしよう。
 さて、問題の案件に戻ることにしよう。
 逆川ヨリカと樒木夜一郎の件である。
 今日は二人仲良く、ついでに碇屋蝶子まで休んでいた。
 何かがあった、と見るのが妥当だ。現に夜一郎と蝶子の欠席理由は『不明』だ。無断欠席するような者達ではないし、するにしても言い訳も用意しないなど、有り得ない。
 緊急を要する何かが起こったのだ。
 それについて何事かを知っていそうな山田を問いつめたりもしたのだが、答えは相変わらず『虹…』『隔離…』だった。願いの濃度がどうこう言っていたような気がするが、何のことだかさっぱりわからない。
 やはり痴話喧嘩の果てに…と、言う奴だろうか。
 不謹慎だが、私の創作意欲が刺激された。
 流石に即筆を執るほど私は飢えても乾いてもいないが…今のところは…しかし、何時かは書いてしまう、そんな気がする。
 そして私が書くときは世界が終わるときだ。
 日記くらいで我慢した方が良い。そうに決まっている。
 

 さりげなく家に帰ってから色々調べてみた。
 ヨリカは風邪が継続中。
 蝶子と夜一郎は…調べるまでもなく警察から電話があった。河原で殴り合いの喧嘩をして、仲裁に入った山田が入院したらしい。
 ちょっと。
 ちょっとまて。
 なんだその面白過ぎる展開は。
 そもそも山田が帰ったのは六時頃。事件の発生時刻から考えて、ほぼ何処にも寄らずに河原に直行したことになる。予めそれが起こることを知っていたか…いや、確かに様子はおかしすぎたが、そんな暴力沙汰を知っていたからとするには少し違和感がある。たまたまそこに通りかかった?山田の家は河原とは逆方向だぞ?石でも投げてストレス解消?そう言うタイプでもないだろう…では一体何故?
 蝶子と夜一郎が痴話喧嘩で殴り合うというのもおかしい。
 おそらく蝶子ヨリカ夜一郎の三角関係はガチであろうが、それにしてもポリス沙汰はおかしい。山田だけ入院というのもおかしい。
 その十和田と名乗る刑事?からの電話には適当にしか答えなかったが、実のところ知りたいことは山ほど有る。
 別に私には関係ないことなのだが…久しぶりに観察を始めようか、と私は妹に言ってみた。
 妹はにやりと笑って、
 「春休みが丸々潰れちゃうよ?」
 と言った。
  
 

3月4日
   

 もてない兄たちのためにクッキーを焼く、という苦行から開放された後、私と妹は夜の町に飛び出した。外に出たところで情報の収集は主にネットなので特に意味はないのだが、一応観察対象の様子見くらいはしておこうと思ったのだ。
 様子見しようにも二人は自宅謹慎、一人は病欠で、しかも今度のことでガードが堅くなってる、と、直接合うには厳しい状況なのだが。
 「とりあえず兄者サービスを逃げる口実として出て来ちゃったけど、何する?」
 「うーん…あまり意味が無いかも知れませんが、ヨリカ邸を張ってみましょうか?門限まで暇ですし」
 一応加藤家には「日付が変わる前に帰ってこい」という不文律がある。それは父母もだらしない兄たちも、そして私達も共通だ。変なところで平等なのである。妹は14歳、一番上の兄はとうに成人しているのにそのルールは若干おかしいような気がするが、特に見直されることもなくこのルールは維持されている。門限を破った者にはその時の気分で酷い罰が待っている。
 「この間の罰は凄かったねぇ…」
 「某アニメ連続視聴の刑ですか…確かに辛かった。」
 「おかげでいらん知識が増えちゃったね…」
 「プロファイリングのツールとしてこの知識は役に立つ…と思って無理矢理我慢してみましたけどね。やっぱりいらない知識だですよね…」
 どのアニメなのかは無駄に敵を作りそうなので伏せよう。
 「ところでなんでチョウコさんの所でもシキミギの所でもなく、ヨリカさんの所を張るの?なにか必然があるの姉様?」
 何故か男は呼び捨てにする妹。彼女にも何か人に言えないゆがみがある気がするが…気にしないことにする。
 「もちろん意味のないことなんてしません。今回ヨリカを張るのは蝶子と夜一郎のマークが厳しいから…刑事事件の後ですから…と言うこともあるけど、まずは事件の中心にある人物だから」
 「姉様はヨリカさんがこの件の黒幕だと思うの?」
 「まさか。きっかけがなんなのかはこれから調べるとして…だとしても、こんな結果を望むヨリカじゃない…これは長年友達してるわたしが言うんだから間違いないです」
 「姉様は予断しすぎるからなぁ。ちょっと心配なのです」
 う、否定できない。何度も何度も結論を先走りすぎて失敗しているのは事実だ。
 …だが、それは結果としてそうなっただけだ。
 失敗を恐れて行動しないなんて論外だ。
 「行動というより観察ですけどね、姉様」
 ちょ、エスパー?えすぱーなの?妹よ?

 まあそれはともかく。
 午後十時二十分、ヨリカ邸に到着。明らかに報道陣もしくは警察関係者と思われるバレバレの張り込みスト達に一応の挨拶をしてから、ベストポジションを勘で探り当て観測開始。
 …正直たいして面白いことも起こらず、一時間もすると飽きてきたわけですが。しかし張り込みの醍醐味はこれから。極些細な情報の切れ端から全体像を想像し空想しでっち上げ裏付けをとっていく作業には他では得られない何かがある。有るからと言って誰にでもお勧めできないが、それは確かにあるのだ。
 「でもまあストーキングだし、変態だよね、姉様」
 お前はさっきから人の心を読みすぎだろう。
 まあそれもともかく。
 それからしばらくの後、具体的には十時四十五分頃、荷物を効率よく運ぶべく改造されたバイクに何かを乗せた白い服を着た男がヨリカ邸に到着。銀色の立方体状のケースを持って呼び鈴を鳴らした。一斉に緊張が走る私達、報道陣、警察関係者。
 「単なる出前だと思いますけど?」
 しかし時間帯が時間帯だ。ケースの中身が中華料理、おそらくはラーメンである必然は薄い。何らかのメッセンジャー?もしくは武力突入?
 「ふざけた推理はいいかげんにして、客観的に見るべきかと。つーか聞こえるじゃん会話が」
 …単なる近所の中華料理店の出前だった。
 こんな時間に申し訳ありませんとかこちらも商売ですから何時でもどうぞ、十一時までならオーケーですよみたいな会話が聞こえてくる。
 「飯飯亭の店主みたいだね」
 「店を若い者に任せて、噂の家庭に探りを入れてみようって魂胆なのかな…デバガメめ」
 「人のことは言えないけどね」
 今回の事件についての世間話も漏れ聞こえてくる。どうやら大人達の間ではすでに決着が付いているようだ。若干早すぎるような気がする。事件当日なのにもうか?もう少し動揺とか有っても良いのではないか?世間話だから世間体を気にして体裁を整えているのかも知れないが…それにしても。マスコミが張り込む程の事件なのに。そんなに簡単に解決してしまって良いのか?
 「被害者が山田だからかな?」
 「ちょっと、それは酷いんじゃないかな?妹よ」
  
 今日の収穫はこんなものだったけど、この程度ならまだまだ行けるんだぜ?
 明日をお楽しみにっ



3月5日
 

 某ドラマ連続視聴の刑を喰らったため、私も妹も観察業務が不可能となっていた。
 「あと5分早く帰れていれば…」
 「調子に乗って出前の人を尾行しなければ良かったですね」
 一本一時間もあるので前回の罰のおよそ二倍の時間拘束される計算になる。
 「せっかくの金曜の夜ですのに…のに…」
 「まあどうせ不毛な観察しかしないんですけどね」
 この週末、何も起こらないはずがない。その機会を丸々失うことになるなんて。
 テレビでは妊娠した中学生が産むかどうかで悩んでいる。当然周りの人達も悩んでいる。どうしたらいいだろう?知るものか。
 「めんどくさいんでとっとと決めて下さい」
 「早くわたし達を解放してください」
 そんなことを言ったところでビデオテープの山が早く消化されるハズもなく。あと五時間ほどは拘束されっ放しなのであった。
 「消化できなかった分は明日な」
 えー?

 数時間後。樒木夜一郎の身に大変なことが起こっていたのだが、私達はテレビの中の長髪の先生に夢中になってしまって、それどころではなかった。見続けている内に楽しくなってきたのだ。もう何十年も前のドラマに今更ハマって、これからどうしたらいいのだろう。この件で超話がしたいのに、同世代の子には絶対通じないですよ?
 「あ、男の子が攫われた」
 「やっべー先生がガチで走ってるよ」
 「うわっ早いっバカみたいに早いっ」
 「こっこの展開はまさか…」
 「信号?」
 「交差点?」
 「トラック?」
 「轢かれた!」
 「「犬八せんせーい!!!!」」



3月6日


 何が起こったのかは夕方頃、蝶子が電話で知らせてくれた。
 なんか打ち所が悪くて入院したらしい。そんな強くは殴ってないんだけどねーあはは、と蝶子はさらっと凄いことを言った。
 『所でなんか加藤も疲れた声してるけど、具合でも悪いの?』
 犬八先生を結局全話ぶっ通しで見てしまった、などと言えるはずもなく、ちょっと夜更かしをしてしまったのだ、と言っておいた。
 『そうなの?いやらしいなぁ、程々にしておきなさいよ?』
 どうやら男同士の純愛物語を夜通し読みふけっていたと思われたらしい。普段が普段なので否定しなかった。めんどくさいし。
 その他、謹慎は解けたので来週から普通に登校する、ヨリカもすっかり回復したので同じく来週から出れる、山田と樒木は時間掛かりそうだけどわりと元気だから見舞いに行ってやってくれ、その他モロモロ、もうケリが付いてるから変な探りを入れても無駄なのだということをこれでもかと話してくれた。
 「どう思います?」
 電話の内容を一応妹にもかいつまんで説明して意見を聞いてみた。
 「どう思うも何も…出遅れたって事じゃない?」
 「もう事件は解決?」
 「私に聞かないでよ姉様。わかってるんでしょ?私達は関われるかどうか微妙だけど…多分病院で何か起こるはずだって」
 私は頷いた。何らかの方法で病院内の情報を得られれば、私達にもまだ観察のチャンスはある。入院の原因はケガなんかじゃない。山田も樒木も何らかの理由で隔離されているのではないだろうか。伝染病のたぐいでは無さそうだが…その理由が知りたい。是非に。
 問題は…
 「問題は、犬八先生第2シリーズと、どっちを選ぶかって事ですね」

 犬八先生を選びました。



3月7日


 犬八先生面白い。
 犬八先生面白すぎる。
 「だろ?一見タダのお茶の間系ドラマに見せかけて、この無駄に凝ったシナリオの数々。当時は一般の人には理解して貰えなかったけど、カルトな人気が出て以後深夜枠で長々と放映されることになるんだよねー。いやあ何時かはお前達に見せてやりたいと思ってたんだけど、なかなか機会が無くて…丁度良いときに門限破りしたな(笑)ほら、この俳優、この後あの女優と付き合うんだけど…」
 と、えんえんと続く父の無駄な解説は丸ごと無視して、私と妹は奇妙すぎるこのドラマに填り続けていた。
 別に父のことが嫌いなわけではない。むしろリビングの大きなテレビでずっと犬八先生を見続けるというわがままを許してくれる、ナイスガイだ。大好きだ。彼には本当は見たい番組があるはずなのに。『パソコンの方で録画できるから良いんだ』って、良い人過ぎます。それに付き合う母も。
 でも今は誰にも邪魔されず、犬八先生に集中したい。父よ、母よ、すまない。そろそろ黙っては貰えないだろうか?
 「姉様がそろそろ五月蠅いから黙れって言ってるよ」
 妹よ、心の声をそこで代弁しないで欲しい。
 犬八先生面白い。
 犬八先生面白すぎる。



3月8日


 眠い。
 眠すぎる。
 学校で何か有ったような気がするのだが、良く覚えていない。
 蝶子が補習とか何とか言ってたような気がする。
 そんなことより。
 父と、時々母の解説着きテレビドラマ犬八先生第2シリーズ、全話視聴完了。
 最後の方は眠すぎて良く覚えていないが静止衛星を陸軍のビーム兵器で撃墜するシーンが有ったように思う。学園ドラマなのになんでそうなるのだろう。
 流石の私も終わったとたんに気を失うようにして眠りに落ちた。妹はまだまだ元気そうだったが、彼女は一体何時眠るつもりなんだろう?
 まあいい。明日からいつも通りの私に戻ろう。



3月9日
 

 妹は学校を休んだ。そうか、その手があったか。
 家に帰るなり、私は妹と問題の第3シリーズをどうやってみようか協議した。
 これ以上私と妹に大きなテレビを独占させては置けないと、上の兄たちがゴニョゴニョと言い始めたからだ。まあ普通の態度といえる。むしろ何故今まで放置されていたのかが不思議だ。 「兄者達も犬八先生見たこと有るからじゃないかな?このドラマは何故か人に布教したくなる性質があるし」
 そんなドラックや変な宗教じゃ有るまいし。
 我が家にある犬八先生は第四シリーズまですべてビデオで録り溜めてある。偉大な両親に感謝。問題はビデオデッキがリビングにしかないことだ。
 「バイト?」
 「バイトですかね」
 そうなるとしばらく部活は休むことになるのか。そこまでして見たいか?そもそも妹はまだ中学生で公的には働けない。私だけが働くってそれはどうだろう?誰かデッキを貸してくれる友達はいないのか?
 そんな話をしているとヨリカが訪ねてきた。
 「やあやあおさわがせしましたー」
 そう言えばあれから一度も見舞いに行っていない。菓子折などを携えての訪問だが、むしろ私の方から訪ねるべきだった。失念していた。少し申し訳ないような気持ちになった。だが今はそれどころではない。
 「早速だが、ビデオを貸して貰えないでしょうか?プレイヤーの方」
 「えー?良いけど何で?」
 事情を話すとヨリカは笑いながら承知してくれた。
 「あーでも、だったら交換条件で」
 そう言って私に今時珍しいフロッピーディスクを渡した。
 「まずは中身を読んでくれる?」
 私の家のパソコンにフロッピーディスクドライブがなかったらどうするつもりだったのだろう。
 「まあそれだったら携帯にメールするし」
 だったら最初からそうしたまえ。家のパソコンは家族共用なのだ。
 もう例の事件に関する興味を失っていたので面倒ではあったのだが、せっかくなので読んでみた。内容はこの文章である。
 「エスパー?エスパーなんですか?」
 さあどうでしょう?ヨリカはふふりと笑った。




 

 「そうか、わたしはこんな男っぽい文体で日記書くと思われてたんだ…」と、日記を見せたとたん加藤は落ち込みました。
 えー?
 「でも最初の文芸部の文集ではたしか…」
 「同人誌ですね、一応。アレは探偵小説ですし一人称だし主人公堅いタイプの刑事だったし…」
 「や、でもアレは結構良く書けてたよ?だから…」
 「だからさあ。日記では流石にわたしもいつもの口調で書いてますよ…、見てくれはこうかも知れませんが。わたしって結構乙女なのですよ?傷ついた、傷つきましたよぁもう」
 本気なんだかどうだかわからないけど、ともかく加藤はいわゆるorz体勢になって見事なまでの落胆を見せてくれました。
 「まあね、乙女とか言うのならもっとフリフリの服着ろよとかボーイズ系の小説を常時堂々と読んでるんじゃねーよとか行動がいちいち豪快なんだよとか、色々有るんでしょうが、まったくもって傷ついたんですよぜー。立ち直れないよボク」
 「うわボクっ娘になりよった。まあそんな小ネタはいいんだけど、私としてはこの続きを夜一郎君と書いてほしいなーとか。で、もうどんどん続けてほしいなーとか。別に私は見たいとか…ホントは思うけど我慢するからともかくそうして、とか」
 すると加藤は立ち上がり、私をまっすぐ見つめてこう言いました。
 「お断りだ」
 「ですよねー」
 引継作戦失敗☆
 じゃあ、次の手を考えましょう。



王による補足


 闇の中でも感じる。
 地面の振動、かすかな息づかい、空気の揺れ、何かがこすれる音。
 有る。
 とてつもなく大きな何かが有る。
 しかも動いている。
 何か、巨大な質量が移動している。
 それがなんなのか、私が想像しているような者なのか物なのか…そしてそれは私を捜しているのか?わからない。だが、これだけ巨大なモノがウロウロしているのはただごとではない。
 暗い森のさらなる奥、一筋の光も射し込まないような場所を目指し、私はこの数日歩きに歩いていた。隠れたかったわけではない。ただ見つかるまでの短い間、静かに眠りたかったのだ…私は疲れ果てていたし、もう何も考えられなくなっていた。眠りたい。眠りたい。だが永遠では長すぎる。
 ようやく見つけたこの穴蔵もそろそろ移動しなくてはならないだろう…毛布にくるまり覚悟を決めて目を閉じたものの、いつまで経っても眠れる気配すらなかった。どれだけ目を堅く閉じてもその奥に光が、アレの光が見える。こんなに眩しくては眠れない。まだ暗さが足りない。もっと闇を。
 …巨大な何かが蠢いている。そろりそろり、出来る限り音を殺して。肉食の獣か何かだろうか。獣としては大きすぎる…だがアレでないとするならそれくらいしか思いつかない。2b2dは全てあの時破壊されてしまった。そもそもあの奇妙な兵器はせいぜい人の家ほどの大きさの物だ。
 今動いているモノは小山ほどの大きさがある。
 アレ以外の何があるというのか。
 だが、それならば少しおかしな事がある。かすかな希望でも欲しくて私の頭の方がおかしくなっているのかも知れないが、だがそれでも少しおかしい。
 アレならば、かすかにでも光るはずだ。
 むしろ派手に光り輝くはずだ。
 なにせあまりにもあでやかなので大気中の水滴が光を屈折させるときに出来る円弧状の光の事をアレと同じ名前で呼ぶようになったくらいだ。逆か?覚えていない。もう何もかもが遠すぎる。
 私は寝るのをあきらめ、毛布を這い出して穴蔵の入り口にそろりそろりと近づいていった。
 危険だ。
 様子を自分から探りに行くなんて、馬鹿げている。
 だが逃げるにしても何から逃げるのかを…この目でしっかり見ておきたい…いや、何を馬鹿なことを。
 アレから逃げるに決まっている。
 あのモノが何かなんて関係ない。少しでもアレである可能性があるのなら一目散に逃げるしかない。逃げるしか。でも逃げるにはここから出るしかない。土を掘って埋まる?馬鹿な。土葬されるつもりか。
 外気に触れた。より明確に、モノの大きさがわかる…
 小山どころじゃない。こんなのは有り得ない。天地を貫くほど巨大な何かだと?しかも…しかもそこまで大きいというのに、何処にいるのか、いや、有るのかがまるでわからない。曖昧過ぎる。大きすぎるからか?もうすでに辺りを覆い尽くしているからか?
 私は穴蔵の奥に引き返し、大急ぎで荷物をまとめ…毛布とカバンくらいしかなかったが…脱いでいた靴を履き、穴蔵を飛び出した。
 恐怖で泣き出しそうだが耐える。声を上げてはならない。逃げるべき方向もわからないが、ともかくデタラメでも良いから走り抜けよう。ここに夜明けまでいたら気が狂ってしまう。
 すくむ体を無理矢理動かしてともかく走り出そうとした。その時、地面が無くなった。
 轟音と共に大地がひっくり返り、私もゴロゴロと転げ回った。とてつもなく重くて大きな物体が地面に叩き付けられたような感じか?なんだ?何かが腹立ち紛れに勢いよく足を振り下ろした、そういうことなのか?
 気付けば夜中だというのにもう辺りは七色に輝き、私は土にまみれた惨めな姿をさらしていた。何処にも隠れる場所はない。
 「王よ、何処におられるのです」
 大きすぎる声がだんだん近づいてくる。
 「お帰りください、全ての虹が待ってます」
 私は耳を押さえ、震えて待つことしかできない。
 「望みを、どうか望みをおっしゃってください」
 別方向からもまた一つ、何か巨大な…いや、もうごまかせない。
 「望みを与えてください…我々にかなえさせてください…」
 これは虹だ。虹たちがここに集まろうとしている。
 「そして我々に輪郭を与えてください」
 嫌だ。そんなことは絶対に嫌だ。だがもう虹達は辺りを埋め尽くし、私の周りをみっしりと取り囲んでいる。何処から何処までがどの虹なのかは相変わらず不明だが、何処にも隙間がないので同じ事だった。もう逃げることは出来ない。
 「こんな所におられましたか、王様」
 「全ての虹が待っています。さあ、王宮にお帰りください」
 「ここでも良いですさあ望みを」
 「さあ今すぐ、さあさあさあ」
 「寒いですか?お腹が空きましたか?もうお眠りになりたいのではないですか?」
 鼓膜が破れるのではないかという音量が次から次へと私に降り注がれる。もうダメだ。私は全てをあきらめた。
 この世には死んだ方がマシなことがある。
 私はマシな方を選んだ。


 虹たちは王の死を看取ると世界中全ての生き物に聞こえる声で言った。世界が一斉に震える。
 「王が崩御なされたぞ!」
 「全ての虹よ!王が崩御なされたぞ!」
 「ならば全ての良き虹達よ」
 「これより二千年、」
 「喪に伏し、王の霊を弔おうぞ!」
 やがて震えは収まった。
 虹たちはその場で固まり、息をすることも鼓動を拍つこともせずに本当に全ての活動を停止した。

 

 そして。
 虹達が自粛を初めてから二千年が過ぎた。
 二千年は長すぎた。
 良き虹達は全て飢えて乾いて死滅した。
 後には悪い虹だけが残った。



四月六日 


 再開。
 まあ色々有ったけどこうやってまったりくだらない日記を付けられるのが幸いなのだと気付いたね私は。
 まあそれはともかく、今日は始業式でした。
 私とあなた、蝶子と山田と加藤と、ある意味例の事件の関係者全員を一クラスにまとめる、めんどくさいヤツラは全員まとめて監視しよう的意図を感じるクラス分けがありました。良いのか教職員様方。
 蔵櫂さんは今日も元気に図書準備室で寝ています。本当に就職出来たのでしょうか。
 まあこれもいいや。
 久しぶり過ぎて何書いて良いんだかわかりません。教えて樒木君!
 

 あと、前も言ったようにちゃんと報告をして貰えないと何も書けないんでその点はよろしく。また切れちゃうぞ!情報の不均衡イクナイ!今日はこんなもんで。



四月七日
 
 
 継続。
 まあ悪かった。確かに一方的に聞いたわりには自分のことは何も話さなかったものな。何度も謝ってるけどもう一度ここでも謝っておこう。ごめんなさい。すまんかった。

 次の行から通常営業

 授業は始まったものの、まず各教科一周するまではなんだかんだで紹介やら説明やら雑談やらで潰れていくものだ。ばっちり6限まで有ったものの、各教科の先生の持ちネタが一つずつわかったくらいで特に何も無く、ひたすら暖かくて眠い、そんな日だった。
 君は何人かの初めて見るクラスメイトに声をかけたりかけられたりしていたが、まあ特に劇的な出会いも何もなく、気が付くといつもの文芸部員達のグループに戻っていた。
 俺の方はシャイなので(笑い)特に何もなく、山田もいないので非常に退屈だった。いや別に山田以外に友達がいないわけでは無いのだが。
 そう、山田がいないのだ。
 「おっかしいなぁ…そおんなに強く叩いてないんだけど」
 蝶子がまたまた問題発言しているが、気にせずスルー。
 山田はまだ入院している。例のケンカが原因ではなく、それをきっかけになにやら厄介な病気が発見されたらしい。最初の内は俺もその何とか言う病気なのではないかと疑われてて、一緒にやたらと目の検査やテストをされたものだが、やがて俺は無罪放免。山田はそのまま複雑な色盲チェックみたいな事をさせられている。
 「その病気って結局なんなの?」
 それが俺にもわからないのだ。伝染性はないらしく、テストが入っておらず面会時間内なら何時でも見舞いに行けるのだが、行くたびに何かやつれて行っている気がする。ちなみに俺は最初に倒れた以外は何一つ異常はなく、あっと言う間に退院できた。病院には退屈しに行ったようなものだ。君とも蝶子とも微妙にこじれていたからめったに会いに来なかったし。
 いや別に他に友達がいないわけじゃないんだよ?ホントだよ?
 
 あー自分のことばかり書いてるな。君のことを書かなきゃなのに。

 君は午後からの授業を休んで、新入生のための部活紹介に文芸部を代表して出ていた。
 各部活の持ち時間は5分。トータルで2限分。延長無し。問答無用。途中休み時間が入るし、切り替えの時間を含めると全てのクラブを紹介することは出来ない。残念ながらあまり熱心ではないクラブが多いのでこの貴重なワクを放棄する所も多く、そもそも希望したのにエントリーされないみたいな心配はあまり無かったが、逆にやる気有りすぎてグダグダが長引き、他のクラブの持ち時間を浪費させてしまう所もあったりで毎回非常に大変なことになる、らしい。
 現に俺達が新入生の時は時間切れで文芸部は紹介時間を貰えなかった。あの蔵櫂さんの挨拶を見る機会を我々は永遠に失ったのである。それがどれほど希少なことなのかは残念ながら文芸部員にしかわからない。本当に残念だ。こんなに面白いのに。
 だからと言うわけではないがこの不公平なやり方に不満を持った分子、主に蝶子がひと騒動起こしたことで生徒会は方針を改めることになった。紹介する順番を厳正なくじびきで決める。時間厳守。延長した部活には厳しいペナルティ。
 この件で蝶子の名は学校中に轟き、文芸部の部室は一時期図書準備室からその隣の教室に移された。(入りきれないから)まあ書いてると長くなるのでこの辺で。
 君の出番は最後から2番目。きっちり五分分の原稿を用意していた君だったが、厳しくしてはいるもののそれでも時間はずれ込み、どう考えても最後の部活までは紹介しきれない雰囲気。君は鉄道研究会部長に順番を譲ろうとしたが、彼は断った。最後の方が印象に残りやすいと踏んだのだろう。
 仕方ない。君は原稿を大幅に削り、基本的なことと重要なただ一点だけを伝えようと決めた。
 6限終了まで残り10分。問題ない。2分も有れば終わる。
 「続きまして文芸部どうぞ」
 君は壇上に立ち、部室が図書準備室であること、図書委員と交代で当番があること、部員は何時でも受け入れるのでいつでも好きなときに来て欲しい事を簡潔に伝えた後、ただ一つどうしても伝えなければならない事を言った。
 「なお、碇屋蝶子は今期文芸部員ではないことをお伝えしておきます」
 挨拶自体は2分も掛からなかった。だがその後体育館全体を包み込んだざわめきは五分では収まらなかった。
 結局鉄道研究会の発表は有ったのか無かったのかわからなくなってしまった。
 
 
 「…って聞いたけど本当?」
 君は少し考えてから答えた。
 「おおまかには」

 
 
四月八日

 
 「蝶子ネタで紙幅取るの禁止」
 と一応突っ込んで置いた。もーそんなに好きなら結婚しちゃえよ!いちいちツッコミ入れるのめんどくさいよ!
 次の行から今日のあなた。

 放課後、何人かの新入生が見学に来た。
 「蝶子先輩が文芸部止めたって本当ですか?」
 昨日から何度も聞かれていていいかげんうんざりしていたのですがあなたは丁寧に説明してあげてました。流石は面倒見の樒木。私達にはめんどくさがる癖に後輩には優しい。
 「ああ、今年は何か違うことをやるって言ってたね。部活を立ち上げるとも」
 「それがなんだかわかりますか?」
 「さあなぁ。毎日言うことが違うし…まあ文芸部は巣みたいなものだから所属して無くてもここには顔を出すと思うけど。そのうち例によって大々的に発表するんじゃないかな?」
 新入生たちは礼を言って去っていった。
 「残念、後輩が増えるチャンスだったのに」
 後輩君も無事に進級し、もう二年生だ。今年の秋頃には私も引退するので、このままだと部長は自動的に後輩君になる。いいかげん名前覚えてあげなくちゃ。
 「よく考えなくてもこのままだと文芸部が無くなってしまいますね」
 加藤さんは相変わらず隅の方で何かを読んだままです。新学期が始まってから読んでいるのは何十年か前にカルト的に人気のあったドラマのノベライズで、これも売れ行きはそれほどでもなかったものの奇書として変に一部で人気が有るようです。貸していたビデオデッキはそのドラマ本編を見るために使っていたみたい。
 「地味にピンチですね。蔵櫂さんを養う部活が無くなってしまいます」
 「蔵櫂さんは部のペットか何かかよ…まあ同人誌っぽいものを加藤が出している以外は本を読んだりここでだべってるだけだしなぁ。無くても良いかも知れない」
 伝統有る文芸部がなんか他の同好会みたいな形で消滅してしまうかも知れないと言うのにこのていたらく。部長として、どうしたらいいのだろう。
 「伝統的にダラダラしてるだけだし。蝶子が入部しなかったら俺達が入る前に取りつぶされてたかも知れないらしいし。まあいいじゃん。気楽に行こう」
 また蝶子か。ギギギギ
 「そんなに好きなら結婚しちゃえ!」
 「はぁ?何言ってるんだ?」
 「ちなみに、同人誌は発行しているもののわたしは編集しているだけです。わたしが書いたら世界が滅んでしまいますからね。主な筆者はわたしの同人仲間や妹、いいかげんな兄達とかです。売れ行きはイベント事に一冊か二冊売れたら嬉しいな、程度」
 「そのちなみには一体誰に言ってるんですか加藤先輩」
 そこに蔵櫂さん登場。卒業したので制服は止めたようですが、相変わらずのスカート姿。しかもなんかおしゃれっぽい。
 「あー文芸部には最後の最後に他の部に入るのをあきらめた何人かが集まるのがデフォだから大丈夫大丈夫」
 そういって机にコンビニの袋を置き、椅子を持ってきて座った。
 「まあ去年の反動で潰れちゃうかもだけどねー。でも心配しなくても次の年あたりに復活するよ。学校と言うところには何故か何人かは本好きが集まるし、人類が本当の意味で本を嫌いになった事って無いからね…あーそんなことより腹減りましたよ。今日は何も食べてないんだ」
 蔵櫂さんは実に美味しそうにお弁当を食べ始めた。
 「部長権限だというなら、少しわけてやっても良いが」
 結構です。気にせず召し上がってください。
 「でも蔵櫂さんは困るんじゃないですか?ここに来れなくなってしまうでしょう」
 あなたはポテチを勝手に開けながらそんなことを言いました。
 「あっ別に食べても良いけどそれは少し高くつくよ?…うむ。質問に答えると、別にそれほど困らない。居心地が良いのでここに厄介になっているが、ダメならまた何処かを探すさ。待機期間はまだまだ続くし、暇つぶしに基地をいくつか作るのも悪くない」
 あなたは少し混乱しました。
 「前から聞こうと思ってたんですけど、蔵櫂さんって普段何してるんスか?働いてるように見えないんですけど…」
 あえてこれまで誰も触れてこなかった件にストレートに突っ込んでしまいました。あーあ。でもホント何者なんだろうこの人。
 「なんだ、誰も訪ねないから知ってるんだと思ってたよ」
 えー?マジで?
 「実はボクは世界の秩序と平和を守ってる組織に居るんだ。これは秘密でも何でもないから言いふらしてもらってもかまわないよ?」
 はぐらかした。
 「流石蔵櫂さん、全く照れずにそういうことを言える大人は蔵櫂さんだけですよ…で、本当は何をしてるんです?」
 「本当なんだけどなぁ…信じてもらわなきゃならないわけでもないからどう取ってもらっても良いんだけど。やがて分かることだしね。それまではただの変なおじさんでも全くかまわない」
 本を読んでいるようで蔵櫂さんの言葉に耳を澄ましていた加藤さんは目立たないように落胆のため息を付いて、本の続きを読み始めました。
 「ふう、ごちそうさま」
 「早っ!食べるのめっちゃ早っ!」
 「ふむ、相変わらず素早いツッコミだね…わざわざ文芸部に寄った甲斐があるというものだよ」
 「あっあれ?いつものようにこのまま居座るんじゃ無いんですか?」
 「残念ながら今回は用件のついでに寄っただけさ。ここにもちょっと用事があったしね…『これは警告である』」
 その瞬間、緩んでいた図書準備室の空気が一変しました。いつもささやくようにしゃべる蔵櫂さんが突然大きな声を出したのでびっくりしたのが一つ。もう一つは『警告』という穏やかでない言葉。
 「ああ、別に緊張しなくても良いよ…たいしたことじゃない。ちゃんと聞いてもらえれば結構。」
 でも張りつめた空気は維持されたまま。加藤さんですら本から目を上げて蔵櫂さんに注目しています。あなたなんかはポテチをくわえたまま静止。後輩君は直立不動。私はツッコミ体勢のまま蔵櫂さんの次の言葉を待つ。わりと辛い。
 「『これは警告である。これ以上この案件に関わるものは親虹派で有る無しを問わず拘束し隔離する』…以上。組織の偉いさんからの伝言。確かに伝えたよ?特に加藤」
 何のことだか不明ですが、加藤さんは確かに頷き、何事かをつぶやいて本の世界に戻りました。もう飽きたからいい、と言っていたような?
 「てか、何の芝居ですかっ!」
 私の華麗なツッコミで場の雰囲気はふたたび緩み、いつもの部活が再開されました。
 まったくもう、モトネタは何なんですかって事ですよ。親虹派って何ですか一体(笑)あー無駄に緊張した。
 帰りがけに蔵櫂さんは「じゃあ対価は10年後に徴収するからね」とあなたに語りかけて去っていきましたけど、これも何かモトネタが有るんですよね?それともまた何か私に策略をしかけるつもりなの?

 

四月九日


 策略はお前の方だろ、と君に言いたい。
 その他言いたいこと↓

 君は今日も蔵櫂さんの警告を気にしていた。
 蔵櫂さんは適当を言っただけに過ぎない。親虹派などという造語は最近の異常気象がモトネタだし、警告もありがちなものだ。
 だが気になることでもある。
 ここの所雨も降らないのに巨大な虹が毎日架かっている。実害が無いので「今年は桜の開花が早いですね」くらいの話題でしかないが、連日報道されているように『原因不明』だ。
 分析の結果ただの虹であることは間違いないのだが、虹が発生するような大気状態に何度も何度もなるというのがおかしい。
 おかしな事を言い出す呪い師のたぐいも増えてきた。
 そして、その虹が発生し始めたのは二月十九日から。連日のようにうじゃうじゃと架かっていたのは二月二十八日から四月五日までの間。この数日は逆に一つも架かっていない。
 符合する。
 もちろん、こんなものは偶然だ。まさか自分たちの書いている交換日記のネタがそのまま現実に現れて、それが中断していた間それが暴走していたなどと言うことがあるはずがない。大それた思い違いというものだ。ちょっと面白い奇跡って奴だ。日常を彩る小さな神秘だ。
 でも、これが初めてじゃない。
 小さな頃のこの日記は今とは違ってデタラメな内容で、単なる思いつきの怪獣や妖怪の事とか、今思いついた正義のヒーローとか、ケーキ一〇個たべたいとか、プロ野球選手になりたいとか、そんなたわいない内容のものがほとんどだった。お互いのことを書くという最初のルールは一応どちらも忘れてはいなかったものの、目先のおもしろさに流されてすぐにそのルールは無視された。なんだ、今と変わらないな。
 そのうち日記の内容まんまのことが起こるようになって、俺たちは夢中になった。
 いや、これも偶然だ。たまたま起こりそうなことが起こりそうなタイミングで起こったのだ。奇跡だ魔法だとはしゃいではいたものの、俺も君もそれは単なる偶然なんだと言うことを理解していた。その時は。
 そのうち、奇妙なことに気付いた。
 俺達は些細なことで何度もケンカして、そのたびに日記は中断された。
 中断されている間、俺達は奇妙な夢を見た。
 日記で書いた怪物や正義のヒーロー達が、襲ってくる夢だ。そう、ただの夢だ。本当に起こったような気がするがそんなはずはない。そして必ず中断するたびにそれを見るというわけじゃない。
 多分ケンカをして仲違いしていること、日記を中断してお互いにつまらない思いをさせていることに対する罪悪感がそんな夢を見させたんじゃないかと今になって見れば思う。
 だが子供にとってそれは絶対の魔法だ。
 そのうち日記は何があっても休まず続けられるようになり、ケンカして口を利かないようなときもノートのやりとりは続けられるようになった。
 そう、俺と君は日記に支配され始めていた。
 ノートの交換はやがてフロッピーの交換になり、ネットが使えるようになるとお互いにメールで交換するようになった。ノートを変えるとき、フロッピーに変えるとき、メールでの交換に変えるとき、それぞれ何事かが起こるのではないかと期待と不安でいっぱいになったが、別に何も起こらなかった。
 まあ、馬鹿げている。
 自分たちで作ったルールに縛られて自分たちで苦しんでる。
 いや、俺は別に苦痛じゃないけどね?続ける分には。
 一ヶ月休んでいる間も、何度か「このまま止めてしまおう」みたいな話になった。その矢先に例の事件が起こった。この出来事は不気味なやり方で日記と確実に繋がっている。君はそう思っている。
 何で分かるのかって?
 俺も恐怖しているからだ。


 なーんてな。


 おおっと君のこと。
 何時までも気にしていても仕方ないので君は山田のための蝶子レポートを書くことにした。前に見舞いに行ったとき、『是非とも蝶子嬢の様子を知らせて欲しい』と懇願されたので、それから気が向いたときにまとめて携帯に送っている。病室での携帯使用は厳禁なのでたまに使用が許可された場所(庭の隅らしい)などで読んでいるらしい。本当かどうかは知らないが。
 我ながらマメだなぁと君は思った。



四月十日
 

 や、そんなコトしないですよ。相手は山田ですもの。禁じられたって蝶子の事が書かれているならその場で読みますよ。
 そんな迷惑なことをして病院に迷惑をかけては申し訳ないんで、一週間か二週間に一度、文書で渡しています。直接。
 全く彼女でもないのに、なんて私はいいこちゃんなのかしら。蝶子自ら行けば良いのに…まあそれはそれで貞操の危機かも。そんな度胸が山田に有ればですが。

 以下、あなたのこと↓

 土曜日。やっほう。
 昨日の夜から降り始めた雨は朝には上がり、空には見事な虹が架かりました。雨→虹の黄金パターンは久しぶりです。嫌になるくらい虹は見飽きたけれど今回の虹は特別綺麗に見えました。
 あなたは今日、蝶子とデートです。やっぽう。
 畜生あれだけ否定しておいてやっぱりつきあってんのかよ!ラブラブかよ!
 まあ私も同伴するんですけどね。
 「かっ勘違いしないでよねっ。今日の私はただの監視役なんだからっ」
 「はいはい」
 「あーやっぱりヨリカはツッコミストとしては最強だけど、ボケはイマイチだわ」
 軽くスルーされた。ちょっとちょっとたまにはボケたら突っ込んでくださいよ。私ばっかりツッコミじゃ右手のツッコミ筋肉だけが発達しちゃって大変なことになるよ?そうなったら損害と賠償を請求するよ?
 「そんなわけで第一回チキチキ山田のお見舞いするよ大会〜!」
 どんどんパフパフ。
 「明日退院する山田ですが、最後くらいお見舞いしてやろうって企画です」
 「って蝶子酷いよ。私なんて毎週のようにお見舞い行ってたのに、一度も行ってないなんて」
 「そいえば俺の時は来たよな。その足で行ったものだとばかり思ってた」
 「丁度検査してて留守だったの。花だけ置いて帰って来ちゃった。鉢植えだけど」
 「鉢植えかよ!」
 それでも山田はものすごくうれしがっていたような気がします。蝶子からもらった花が長持ちするからか…それとも鉢植えの花の意味を知らないのか。思いっきり日本人顔なので忘れがちだけどハーフだし。
 「そういえば俺にはリンゴだったな。しかも一個だけ」
 「ふふん。なかなか粋な計らいでしょ?知恵熱なんて知恵の実を食べれば治るってね」
 「へ?その話初めて聞くよ?」
 「そうなの?あんた達はいつもなんか日記みたいなの交換してるし、お互い知らない事なんて無いと思ってたけど」
 そうでもないんですよ蝶子ちゃん。
 「聞いてくださいよ酷いんですよこの子。私のことは根ほり葉ほり聞く癖に、自分のことは聞かないと話さないんですよ?」
 ふーん酷いねぇとニヤニヤする蝶子。しまった失言だったか。
 
 バスに乗って何分か揺られるともう目的の病院でした。
 「駅からだと近いんだけどねー駅まで出るのがねー」
と、誰に言ってるのか分からない弁解をする蝶子。一応気にはしていたようです。
 「あなたはお見舞い何回来たの?」
 別に知りたくはなかったのですが私は訪ねてみました。
 「そうだなぁ…自分が退院してからはそういえば一回も来て無いなぁ。だから蝶子のことは笑え無いなぁ」
 うわー。これはさりげなく蝶子をフォローしてるのかしら。ギギギギ。
 「違うんだ。何かこの病院…ちよっと前と雰囲気が違うっていうか、苦手で」
 確かに子供の頃連れてこられたときの印象とは大分変わってはいるけれど…病院なんて何処もこんなものだと思うけど。でも、そうか、病院苦手か。にやり。
 顔見知りの魔導師さんに声をかけ、受付を済ませ、病室に向かいました。
 病室では丁度祈祷が行われていました。
 「さっきの話の続きだけど」
 祈りの邪魔をしてはいけないのでひそひそと私はあなたに話しかけました。
 「あなたが知ってるのは病院に呪術が取り入れられる前だからじゃない?」
 そうかもしれない、とあなたは答えました。西洋の近代医術のみで治療を行っていた頃のことしか知らないのだったとしたら、この光景は確かに引くかも知れません。私はなんだかんだで病院にはしょっちゅう通っていたのでその変化には気付きにくかったのですが、確かに初めてテレビで呪術師や魔導師の技を見たときは本気で怖かったのを覚えています。それから一週間くらい怖い夢を見たし、日記もそればっかり書いてたような気がします。
 …だから?
 いや、まさかまさか。
 呪術や魔導などというおどろおどろしい言葉は使われてますが実際にはすでに私達が小さかった頃にその科学的裏付けは終わっていて、医療に使用されだしたのはここ十年ほどのことですがこれまで全く問題なく全国何処の病院でも使われていて、安全性もすでに充分に証明されているのです。確かにまだ違和感はありますがそのうちそんなものだと思えるようになります。私もそうだし。
 
 退院直前なのですから当たり前ですが山田は元気そうでした。
 そこでも色々有りましたが山田の話ではなくてあなたの話なので省略します。

 さあそろそろおいとましようか、と言うときに、あなたは誰かに声をかけられました。その人は四十代から五十代の背の小さい太った男性で、その体つきからかなり長い間肉体労働に勤しんでいた事が伺えます。私はその人にあったことがあるような気がしました。
 「すみません、勘違いでした」
 その男の人は照れたように笑ってすぐにそう言って謝り、去っていきました。
 「なんて言われたの?」
 あなたは少し蒼い顔で答えました。
 「エンソルト様ですかって…」
 サンチョ?
 もうその男の人は居ません。エンソルト様とやらを探しにどこかへと行ってしまったのでした。
 「まさか、ぐうぜんだよな」
 「どうしたの。何かあった?」
 トイレに行っていた蝶子が戻ってきて尋ねました。
 「なんか人違いされたみたい」
 「エンソルトさんですかーだって。はははは」
 「まあ、ありがちな名前だしね。偶然だよ偶然」
 事情のよく解っていない蝶子は怪訝な顔をしてましたが、すぐ別の話題を振ってこの話はなかったことになりました。
 

 エンソルトという名前は記憶する限り最近まで一度も聞いたことのない、まず有り得ない名前としてこの日記に出したのですが、日本でカタカナの名前が公的に認められた二十年前に一挙に登録されたそうです。その数、今や国民の二十人に一人らしいです。私達のクラスにも二人居ます。
 私は全然気付きませんでしたけど。



四月十一日


 回復呪文でガチ治療かよ!そんな病院怖いよ!
 あと無駄に怖い話にしよう怖い話にしようとするの止めようぜ?マジでエンソルト云々言われたときはびっくりしたけど、まあ良くある偶然だし。
 そういえばレメディオスとかブェンティーアなんていう名前も多いよな。そのうち日本人は日本的な名前を全部忘れちゃうんじゃないだろうか?
 で、今日の君のこと
 
 君は片腕の男に出会った。
 あれから彼にはいくつか大きな傷が増え、目も片方失っていた。首からは長い鎖を下げ、その先には巨大な剣が繋げられている。
 彼はその剣を君に向かって構え、動くなと言った。日本語でも英語でもない、聞いたことのない言葉で言った。意味は何となく雰囲気で分かった。彼は元気そうに見えた。とてもとても元気そうに見えた。
 「まあ、順番的にそうかなって思ってました」
 いざというときのために携帯とブザーだけは持ち歩くようにしているのに今回に限り家に忘れてきてしまっている。助けは呼べそうにない。ひょっとすると加藤姉妹がまた何処かで見ているかも知れない。でも加藤姉妹じゃなぁ。
 ともかくこれがあの塩樒塩兵なら、君に危害を加える意味がない。相当酷い目にあっていそうなので反射で剣を動かして君を殺してしまうかも知れないが殺意はないだろう。
 あとは刺激しないようになるべく穏便にお帰りいただければいい。
 「これを書いているのは誰だ」
 男はそう尋ねた。俺だ。だが君はそうは答えず質問を重ねた。
 「それを知って、どうするの?」
 「斬る」
 やっぱり。樒木の名を告げれば樒木が切られることになるし、君だって切られたくはない。何か旨い手を考えなくてはならない。
 「斬ったところで復讐にもならないと思うけど?」
 「ちがう。そんな事じゃない。俺はただ秩序を取り戻したいだけだ」
 元になった人を切れば全て元通りか…単純な。しかし他に何が出来るだろう。だとすればそれに全てを懸けることはそれほど間違ってはいない。
 君と俺が死んでしまうかも知れないことだけが間違いだ。
 逃げようにももう必殺の間合いの内だ。何をしてもあの大剣を振れば君は死ぬだろう。今それをしないのはまさに最初の質問にまだ答えていないからだ。
 いっそ正直に答えてみようか。一番有り得ない答えが正解かも知れない。間違っていても、切られたとたんに目が覚めて「ああ怖い夢だった」となるかもしれない。無いか。ただ切られてお終いか。有りそう。有りそうすぎる。
 黙ったまま私は男と対峙し続ける。
 そういえばどうやってこの男は現れたのだっただろうか?
 君は麻痺しかかった脳で必死に思い出す。消しゴムを買いにコンビニに行く途中、公園で片腕の男に偶然出会った。…そんだけ。魔法とかの雰囲気は無し。先ほどから誰も通りかからないのは深夜の一時を回っているから。結界が張られているとかそういう事じゃ無いと思われる。
 やっぱり女の子が夜中に一人で出歩くのって危険だわ、と君は今更思った。片腕の騎士に剣を突きつけられるかも知れないからね☆
 しかしこの格好で何処から来たんだろうか。見た人は誰も通報しなかったんだろうか。それとも、目撃者はみんな始末してきたんだろうか。
 それを目の前のこの男に聞いて大丈夫だろうか。
 沈黙は続く。
 もう君は何も話すまいと決めた。何を言っても自分も俺もこの男も救うことは出来ない。男が何を選択したとしても、どの選択でもこの世界の秩序は変わらない。君も俺もこの男も、虹でも神でもないから。
 決めてしまうと君にも余裕が出来てきた。いつ殺されるか判らない状況は変わらない。しかし恐怖も麻痺し始めていた。そもそも最後の一言を言ってからずっと、彼は剣を構えたまま動かない。剣先がゆらゆらと細かく動いている以外はまるで不動だ。寝ているのかと少し様子をうかがうとハッと気付いたように剣を握り直し、また同じ構えを取る。
 沈黙は続く。
 ひょっとしてこの剣、相当重いんじゃないかしら?こんな片手で持つなんて結構しんどいんじゃないかしら?
 もしかして、このまま逃げても大丈夫なんじゃないかしら?
 沈黙は続く。
 男は答えを急かすこともなく、ただその場でじっとしている。
 意図が読めない。
 そろそろ何かしゃべらないと行けないような気がする。でもそれは君じゃなくて男の方だ。君は黙っていること以外しかできない。
 本当は誰も斬りたくないとか、そういうことなのだろうか。
 ものすごく声をかけたくなってきた。
 塩樒塩兵だとすれば、元は君の作ったキャラクターだ。試験前の忙しい時間に適当に日記を埋めるために書いたとはいえ愛着も無くはない。何よりあの後どうしたのかが気になる。とても気になる。
 でも、君から話しかける事は出来ない。
 沈黙は続く。
 何故か男は目で何かを訴えているような気がする。
 もう勘弁してくれと言っているような気がする。
 誰に?君に?それとも今も彼の頭の中にいると思われるナレーターの人に?

  『やっぱり声をかけるべき? 
  でも刃物持ってるし。危ないし。
  あ、また持ち直した。
  やっぱり結構辛いんじゃないかな?
  また持ち直した。
  地面に置けばいいのに…別にこっちはか弱い女子高生なんだし。
  置いたら逃げられると思ってるのかなあ、
  なんか目つきがどんよりしてきたような。
  眠いのかな…うつらうつらしてる…今なら逃げれるかも…
  あ、また持ち直した。結構頑張りますね。
  何で何にもしゃべらないんですかねぇ。
  不思議だなぁ。
  不器用なのかな。
  良し、今夜は徹底的に付き合いますか』

 長い長い時間の後、男は剣を落とし、その場に倒れてしまった。眠ったのか気絶したのかは不明。
 君はどうしようか一瞬迷ったが結局はそのまま放置して逃げ出した。
 気絶したフリかも知れないと思ったのだ。トイレにも行きたかったし。

 翌日、奇妙な男が逮捕されたというニュースも補導されたというニュースもなかった。誰かが斬られたというニュースも。男がまだ生きているのか、まだこの辺にいるのか、未だ一切不明だ。



四月十二日


 放課後図書準備室文芸部部活中。
 「いいかげん名前を覚えてくださいよ」と後輩君は言いました。
 現三年生以上からは一度も名前で呼ばれたことがない、と後輩君は訴えました。
 「新入生が入って来てるんですし、何時までも後輩じゃ紛らわしいですし。いっそ本名じゃなくても良いんで、あだ名でも何でも良いんでお願いしますよ」
 「じゃあ二年の方の後輩君で」 
 …蝶子の鶴の一声で彼は一年間二年の方の後輩君と呼ばれることになりました。略して二年の。
 おそらく来年は先輩、もしくは部長と呼ばれることになるのでしょう。難儀なことです。
 「納得できません!何で蝶子先輩が決めるんですか!もう文芸部でもないのに!」
 まあ道理です。今年の一年は生きがいい。特にこの子は。
 「まあまあ一年の方の後輩ちゃん。世の中には流れに乗った方が良いこともあるよ?」
 「部長まで何言ってるんですか!わたくしには叶開花という名前がっ!この先輩には蟹腹悠斗という素敵な名前が…」
 二年の方の後輩君が一年の方の後輩ちゃんを引き留めた。
 「まあまあ」
 「ちょっなんですかっせっかくわたくしが…」
 「だから違うんだよ」
 「?」
 「カニハラユウトじゃなくてニカハラトユウ。漢字で表記すると荷下原斗勇。クラスでは「灯油」とか「と言う」とか呼ばれているようですね」
 加藤さんはそれだけ言うとまた本の世界に戻っていきました。
 「そこまで分かってるなら何で何で?どうしてどうしてですか!」
 「なんとなくかなぁ」
 火の粉はあなたにまで及びました。
 「何となくですって?ふざけないでくださいっこれはれっきとしたイジメです。パワハラです。これまで放置されてたなんて信じられない。訴えますよ?」
 この瞬間、フラグが立ち、
 「じゃあ後輩ちゃんは提訴、後輩君は蟹って呼ぶことにする」と言ったことで確定してしまいました。私としては二年の方のって呼び方も良かったんだけどなぁ。匿名性が高くて。
 
 で、その提訴ちゃんと私とあなたのこと。↓
 

 「先輩達は命を狙われているんですよね?」
 蝶子が新部活立ち上げの為にちょっと人を貸してくれと言うので今図書準備室には私とあなた、提訴ちゃんと加藤さんしかいません。蟹君はともかく名前が付いたことが嬉しかったのか喜々として付いていきましたし、山田は山田ですから。どうやら山田は新部活とやらに引き抜かれそうです。とほほ。
 加藤さんは例によって聞き耳を立ててましたが、そンな事は気にならないのか提訴ちゃんは全く声を潜めること無く続けました。
 「昨日の片腕の男との一件、見てました。殺気を放ったら見事に固まってましたね。あの後すぐどこかへ行ってしまいましたけど、彼が気絶したフリだけですぐ追いかけてきたらどうするつもりだったんです?」
 どうもこうもないです。走って逃げるだけです。
 「そうですね。それが正解だと思います。あの男の処分は組織にしてもらいましたが、無事に保護されているらしいんでご安心を」
 デンパか。またデンパな人の登場なのですか。
 「もしかして蔵櫂さんの所の?」
 あなたはとりあえず話を合わせることにしました。
 「ええ、そうです。先輩達はご存じないかも知れませんが、あなた達はある種の奇跡として私達の間では有名なんですよ?詳しいことは機密なので言えませんが」
 先ほどまでとは違い、実に誇らしげに、実に楽しそうに話している。ああデンパだ。春だものなぁ。ポカポカで暖かいですものねぇ。仕方ないですよねぇ。
 「本当は組織の詳しい説明をして差し上げて、訳の分からないものの生成と消滅のプロセスを全て語って先輩方に安心して命を預けていただきたいのですが…『知ってしまうこと』によって道すなわちタオが歪んでしまうとウチの未来視たちが申しておりますので…蔵櫂様も出来るだけ情報は与えるなと。抽選の確率が上がるからと」
 道すなわちタオ。ウチの未来視たち。抽選の確率が上がる。すごい、名言のオンパレードです。あなたはメモを取りたい気持ちを我慢しながら、さらに話を合わせることにしました。私もツッコミを我慢してます。
 「蔵櫂さんはただ者ではないと思ってたんだけど、そんなことをしていたんだね…凄いなぁ」
 「ええ、蔵櫂様はあんな格好をしてますが、この町軸の管理者なんです…ってしまった、しゃべりすぎてますね、忘れて下さい」
 提訴ちゃんは照れたように笑いました。ちえ、気付いちゃったか。
 「ともかく私から言えるのはその日記を絶やさない事です…相互補完型確率分散が続いている限り、抽選は外れ続けるでしょう。あと、出来るだけ喧嘩しないでください。私達のフォローが大変になります」
 例の事件のことを言っているのでしょう。あなたは、そして私も、少しだけ動揺します。本当に知っているのかもしれません…私達の知らないことを。
 「そんなわけで退散します。一度くらいは顔を見せておきたかったんで、良い機会なんで無理を言って聞いてもらったんです。この後直接お会いするのは…10年後ですかね。予定表通りなら。でも必ず誰かしらが命がけでフォローに入っているはずです。もちろん私も。ですからどれだけ命が危険に晒されてても、あきらめないで。昨日のヨリカ先輩みたいにね」
 ウインクしてキメポーズ。提訴ちゃんは去っていきました。
 彼女は二度と部活には顔を出さない…んだろうなぁ。
 「あー貴重な新入生がぁ…」
 「加藤の妹に入ってもらうしかないかもな…」
 そんな無茶な。ここを諜報部にジョブチェンジさせるつもりですか。
 「…あの子はすでに報道部に入ってますけど、掛け持ちなら」
 ああそういえば加藤さんもいたのでした。失念してました。
 「うう…このまま新入生が入ってこなかったら部の存続が…てか」
 わたしはあなたに提案しました。
 「いっそ夜一郎君が入ってくれない?どうせ毎日顔出してるんだし」
 そう言うとあなたはびっくりしたような顔をしてこう言ったのでした。
 「しまった!俺三年になってから一回も自分の部活に行ってねぇ!」
 「いまさらかよ!」
 私は先ほどから我慢していたツッコミをここぞとばかりに入れたのでした。
 あーすっきりした。

 

 家に帰ると蔵櫂さんから手紙が来ていました。
 山田ヴィトゲンシュタインの打ち上げが決まった、と書かれていました。
 大気圏の遙か彼方の人工衛星に『保護』するらしいです。
 「そりゃないよ」
 とあなたはつぶやきました。



四月十三日

 
 山田の送別会が行われることになった。
 俺と君以外の文芸部および放課後図書準備室にたまっていた連中は全員駅前のカラオケ店へ行ってしまった。俺達は残って図書室のカウンター係だ。
 加藤も残ると言ってくれたが、二人で話があるからと断った。それを言うと逆にますます残りたそうにしていたが、蝶子が「野暮を言うな」と強引に連れ去った。  
例によって図書室には誰もおらず、俺と君の二人だけだった。
 「話には聞いていたが本当に誰も来ないんだな」
 間が持たないんで何となくそんなことを言ってみた。
 「毎日図書準備室に部員でもないのに通ってる癖に今更言いますか…まあそうです。そうなんです。あなたが書いたように放課後は私達文芸部員の貸し切りです。前はそうじゃなかったんだけどね」
 と言って恨めしげに俺を見た。
 「俺がそう書いたからか」
 「いぇす!」
 親指を立てて言うようなことでもないと思う。
「前はこの時期なら入ったばかりの新入生が探検に来たりしてたんだよ…初々しくてかあいかったりするんだよ…それが今年はさっぱりさ。あははははは」
 「すまん」
 「その気もないのに謝るな。謝るようなことでもないし。知らなかったんだし」
 昨日の夜、『予定が繰り上がった』と突然叶が我が家を訪れ、色々と説明してくれた。君の家にも行くと言っていたから、事情は知っているのだろう。
 「薄々気付いてたけどね…まさか交換日記だと思ってたらサルの手だったとは、私もびっくりさ」
俺もびっくりさ。しかも止めると事態が悪化するとか、ふざけてる。
 「まあ愚痴っても始まらない…『納得行かなくてつっこみどころ満載でも、それが現実なら黙って何とか目の前の問題をやっつけるのが男の生き方という奴なのです。がたがた言ってもはじまらねぇのです。とにかく生きていくんです。あなたもそう思うでしょ?』」
 「まったくもってそのとおりだな伍長」
 俺達は顔和見合わせて笑った。

 「例の事件の詳細を知りたい、か。聞いてるんだよな?蝶子から全部」
 「うん。もちろん。あと、山田君からも聞いたし昨日提訴ちゃんからも聞いたよ」
 「テイソ…ああ、叶か。今頃大忙しかもな」
 「うん、多分ね。2b2dの大隊が例の衛星と打ち上げロケットを狙ってるんだって。確率は奇跡より薄いけど万が一があるって。でもこの状況だと奇跡の方が怖いよね」
 「奇跡の方が怖いよなぁ」
 「怖いんで、早く事件のことを教えてください」
 「知れば怖くなくなるのか?」
 「はい」
 「もう知ってるのに?」
 「はい。あなたの口から聞かせてください」
 「なんで?もしかして俺のこと好きなの?」
 「はい」
 全く表情を変えずに君は言った。
 「あなたのことが好きです。」
 告白されるのは生涯で二度目だが、今度のもあまり嬉しくなかった。
 「俺も好きだ」
 キャベツが一玉200円だというような調子で俺は答えた。
 「そうですか」
 「ラブラブだな」
 「そうですね、相思相愛です」
 「でも聞きたいんだ?」
 「はい、いいかげんにしないと殺します」
 「そうか。それなら仕方ないな」
 俺はその日のことを一つ一つ思い出しながら話し始めた。



 朝、いつも通り学校へ行くフリをしてそのまま学校をサボった。
 このまま家出するわけでもないんで夕方には家に帰ることになる学校からは連絡が行くだろうし、父はともかく母にはめちゃめちゃ怒られるだろうなぁと憂鬱になったがどうしても素直に学校に行く気になれなかった。それほど蝶子がウザかったとまでは言わないが、ともかく少し時間が欲しかった。どうしてなのかを考える時間が。
 学生服なのでそんなに辺りをうろちょろ出来るわけでもない。自転車で駅に行き電車に乗り東京まで出て、そこから延々と山手線で何周もしながら本を読んだ。やたらと集中して読めた。山手線に終点があることを初めて知った。怖そうなヤンキーやチーマーには近づかなかった。昼頃腹が減ったので立ち食いそばを食った。電車に乗るのも飽きたのでそこから引き返し、地元の駅に戻ってきた。駅構内から出てないからキセルにはならないだろう。多分。
 二時になっていた。何処かでゆっくり休みたかったので図書館に行った。受験生などもいるのでここでは安心できた。そう言えば俺も3年生になるし、受験の予定も有るんだった。ハナから無理っぽいんで浪人確定だけど。
 そこで四時頃まで勉強するフリで暇を潰した。だらだらと雑誌をめくっている間に充分に体力が回復したような気がした。酔狂に河原に行ってみることにした。夕日でも見ようと思ったのだ。
 しばらく土手に座っていると蝶子がものすごい勢いで走ってきた。

 「探したわよ」
 息が整うと蝶子はそう言った。
 「いったいあんた、学校休んで何処に行ってたの」
 俺は正直に答えた。
 「そう、そうなのーふーん、町中探し回ってもいないからなんかあったのかと思ったけど…東京じゃ分からないわよね」
 今にも殴りかかりそうな目つきをしているものの、口では笑っていた。
 町中探し回ったと言うのだから、蝶子も学校をサボったのだろう。そこまでして俺を捜したのは…考えるまでもない。俺に用が有ったのだ。ヨリカの事で。
 「隣に座っても良い?」
 普段はそんなこと聞きもしないはずなのに、彼女はそう尋ねた。頷くと彼女はカバンを投げ出し、腰を下ろすどころか大の字に寝ころんだ。蝶子らしい。
 「疲れた…心当たりのあるところ全部回っちゃったよ…」
 「ご苦労様」
 「ちょっと休む…」
 そう言って彼女は目を閉じた。
 
 ゆっくりと日が沈んでいった。
 辺りが赤く染まっていく。
 毎日繰り返される夕焼けなのに、何故か見るたびに心が動かされる。
 「まっかだなー」
 「まっかだねー」
 目を開けずに蝶子は答えた。
 「目を閉じていても見えるのか」
 「薄目は開いてた…犯されたらヤダから」
 酷いなおい。
 それからむっくりと彼女は起きあがった。
 「よし、回復した。今ならクマでも倒せる」
 「よし、やって見ろ」
 「あちょー」
 ボカッ
 「痛っこいつマジかよっ!」
 「あちょちょー」
 ボカボカッ
 「くっ怒った、もう怒った、もう辛抱たまらん」
 俺は反撃に出た。
 そこに山田が現れ、
 「よさないか、君たち」
 間に入ったところに俺と蝶子の必殺パンチが炸裂した。
 山田は入院して、俺達は補導された



 「違うよぜんぜん違うよ」
 と君は言った。
 「そんなわけないよー。蝶子も山田も提訴ちゃんもちゃんと話してくれたよ?ふざけないでちゃんと私の目を見て話して」
 やっぱりごまかせなかったようだ。しかも難易度が上がった。
 「相思相愛なんでしょ?」
 はいはいわかりました。俺はふたたび思い出しながら話し始めた。



 承前。
 「ああ遊んでいる場合では無かった」
 蝶子はぽかぽか殴るのを止めてふたたび土手に座った。
 「お話をしようって事ですよ。さあ座りなさい?」
 蝶子は隣をぽんぽんと叩いて即した。
 「ああ、その前にカバンを持ってきて、あたしのピンクのイカスやつ」
 座りかけた俺はふたたびそこから数メートル離れたところに落ちているそれを拾い、蝶子に手渡した。
 「ありがとう。これが無くちゃ始まらないものね」
 そう言うとカバンを開き、一冊のノートを取りだして俺に差し出した。
 「ん」
 俺は受け取った。
 それララバイ魔法少女天使巫女猫姉妹たまよのノートだった。今じゃ手に入れることの難しいレアものだ。最初の日記に使用したのと同じ…でもそれではない。表紙に有るのは俺とヨリカの名ではなく、俺と蝶子の名だった。
 「これは?」
 「わからない?」
 蝶子は凄惨な笑顔を見せた。
 「山田に聞いたわ…あんた交換日記の相手がそんなに欲しかったのね」
 山田の野郎…と一瞬殺意が湧いたが、山田が全てを蝶子に報告するのは当たり前のことだ。山田なのだから。それを予測する事が出来なかった俺のミス。どうしようもない致命的なミスだ。
 動揺する俺に蝶子が追い打ちをかける。
 「だったらあたしがやってあげる…ヨリカを開放してあげる。あたしが身代わりよ?山田とでも良いなら私とならバンバンザイよね?」
 俺はノートを突っ返した。
 「ごめん、それは出来ない」
 蝶子は受け取らなかった。
 「どうして?なんで山田は良くて私はダメなの?」
 「山田とは期間限定、ヨリカの機嫌が直るまでの間のツナギのつもりだったんだ…山田なら引き受けてくれるって思ってたら、やっぱり断られたけどさ」
 ダメダメな言い訳だ。ノーアウト三塁で二回スクイズを失敗するくらいダメダメだ。こんなセリフで納得する蝶子じゃない。
 「ふーん、そう、そんな都合良くとっかえひっかえするつもりだったんだ?まあいやらしい。じゃあアレ?やっぱり日記を続けるのは自分を好いてくれる娘じゃなきゃ嫌だ?なら」
 蝶子は斜め上の発言をした。
 「あたしが好きになってあげる」
 自分の方に親指を向けて、悪い奴はみんなあたしがやっつけてやると言うような言い方で蝶子は言った。
 「夜一郎のことは前から良いなーと思ってたし、ヨリカののろけにはいつも嫉妬してたわ。だからこれはチャンスよね?」
 そんな虎を射殺すような目で言われても全然嬉しくないが…これが冗談とかを除けば生涯初告白だったので俺はどうしようもなく動揺した。動揺してばかりだな俺。
 「気持ちは嬉しいけど…」
 頭の中ではものすごい勢いで計算が働いていた。ヨリカの開放は望むところだ。俺が巻き込んだのだ。アイツにはもう辛い思いはさせたくない。変な呪いさえなければこのまま止めてもらってかまわない。世界が歪む危険は間違いなさそうなので誰かしら相手は必要だが…蝶子か?蝶子で良いのか?蝶子で本当に良いのか?そもそも本人はああ言ってるけど蝶子は本当に良いのか?
 もちろん蝶子はかわいい。蝶子は美しい。蝶子は面白い。蝶子は激しい。蝶子は熱い。蝶子はデタラメだ。蝶子は、そして優しい。もしヨリカが居なかったら俺も山田や他の男子生徒のように蝶子に盲従していただろう。あの二度目の部活説明会の時、俺は他の男子生徒と同じように、小さな身体で生徒会に敢然と立ち向かう蝶子にときめいたのじゃなかったのか?文芸部に入らなかったのは、そんな蝶子が眩しすぎたからじゃないのか?自分の部活をサボって図書準備室に用もないのに通ったのはそれでも彼女の姿を目にしたかったからじゃないのか?そりゃあ長く付き合う内に嫌な面もたくさん見たし酷い目にも遭った。遭いまくった。でも、それでも。
 俺は蝶子が好きなのか?
 しかし俺の口からは違う言葉が出ていた。
 「おれは、ヨリカが好きだから」
 口にするとこれまでの迷いがすうっと消えていった。
 ああそうか、と俺は一人で納得していた。
 そうか、そうだよな、なんで今まで気付かなかったんだろう。呼吸をするほど当たり前だったからか?
 だったら蝶子とはつきあえない。当然だ。当然の事だ。謝ろう。ヨリカにも、今体を張ってヨリカのために無茶をしようとしている蝶子にも。
 もちろんそんな俺の中の勝手な結論など蝶子は察することなど出来なかった。察しろと言う方が傲慢だ。だから蝶子は言った。叫んだ。天地がとどろくほど全身の力を込めて叫んだ。
 「ふっざけるなぁ!」
 
 「あちょー」
 ボカッ
 「痛っこいつマジかよっ!」
 「あちょちょー」
 ボカボカッ
 「くっ怒った、もう怒った、もう辛抱たまらん」
 俺は反撃に出た。
 そこに山田が現れ、
 「よさないか、君たち」
 間に入ったところに俺と蝶子の必殺パンチが炸裂した。
 山田は入院して、俺達は補導された。




 「違うよ、全然違うよ、最後の所だけさっきのコピペだよ!」
 「まあそうなんだけど。勘弁してくれー。そこは結構えぐい展開だったんでヨリカには言いたくないんだ…」
 実際山田が仲裁に入ってくれなければ、そこで奇跡が起こらなければ、俺は蝶子を殺してしまっていたかも知れない。俺の方がでかくて体力があるから、と言う理由で。それくらいギリギリの状況になったのだ。反省はしている。もう蝶子には、もちろん山田にもヨリカにも、二度と本気では逆らえない。
「まあ金蹴りされたら男の子はちょっと冷静では居られなくなるよね。うんうん」
 「ちょっそんなことまで話したのかよっ」
 君はフフリと笑った。
 「あ、この話はちゃんと日記に書いてね」
 と、言うことは俺は二度も告白させられることになるのか。とほほ。
 「にやにや」
 話している間に時間が大分過ぎた。もうそろそろ司書の先生がやって来て、この不毛な当番も終わる。本当に誰一人訪れなかったな。
 「そんなわけで、三人の恩人である山田君が、保護と称して宇宙空間まで追放されちゃうって言うピンチなのですよ。私達に出来る事は?」
 「指くわえてみてる、しか?」
 「そんなことないよ」
 君はノートを取りだした。あの時のララバイ魔法少女天使巫女猫姉妹たまよのノートだ。表紙には俺と蝶子…そして山田と君の名前があった。
 「ペアで出来たのなら、カルテットでも出来ますよ」
 「叶開花はペアでも奇跡だと言っていたが?」
 「奇跡だからこそ、叶うんです」


 俺達はカラオケボックスに急いだ。
 

 うん、断られた。
 「あんたたちはともかく、山田ととかありえないから」
 うん、わかってた。