四月十四日
なんとなく日本人がイメージする取調室そのまんまの部屋で、あなたと提訴ちゃんは向かい合って座っていました。灯りは窓からの光とデスクランプ、そしてお互いの前にカツ丼。でもここは警察じゃありません。取り調べでもありません。単なる時間潰し。暇つぶし。
「なかなか良い思いつきだと思いますよ?でもまあ、普通の人は断りますかね」
提訴ちゃんはそう言って笑いました。
「でも人の命がかかってるんだぜ?そりゃ嫌でも付き合うもんなんじゃないの?」
「でも本人にも断られたんでしょ?」
「そりゃ蝶子が『お断りだぁああああっ!』って言ったら山田は従うさ」
「そうですけどね。たぶんどんな状況でも山田先輩はイエスとは言えなかったと思いますよ?」
あなたにもそれはわかっていましたが、それでも食い下がってみました。
「何故?」
「先輩と、蝶子先輩が仲良く交換日記するシーンなんて見たくないでしょうから」
あなたは机にへたりと突っ伏しました。
「まあ、山田だからな」
「山田先輩ですから」
しかし、入ったばかりの後輩に一瞬でその性行を完璧に知られてしまうというのもいかがなものか。
「捕捉しますと、たとえば山田先輩と蝶子先輩以外の人でもこのケースで頼まれて素直に承諾するかというと…有り得ないと思います」
「なんでだよ?」
突っ伏したままあなたは尋ねます。
「だって、先輩とヨリカ先輩、仲が良すぎますもの」
家族みたいなもので、恋愛とかそんなのじゃ無いんだけどなぁとあなたは答えました。
「そういうの、この軸でもこう言うと思いますよ…『夫婦』って」
はいはい、とあなたは手を振って答えました。
「それよか、こんな無駄話してて良いのか?」
「ええ、任務ですから」
提訴ちゃんは全く動じずにそう答えました。
「先輩達に余計なことをさせないのが今の私の任務ですから。大丈夫、山田先輩は私達が探し出しますから」
一方その頃、私も同じように軟禁されてました。あーあ。
今日の蔵櫂さんのお姿は薄いジャケットに少しゴージャスなブラウス、足首が隠れるくらい長い黒いスカートにかっちょええブーツ。口元のちょびヒゲが無ければパーフェクト。綺麗なお顔に整いすぎたヒゲのせいで男装の麗人に見えます…本当は女装の変な人ですけど。
むしろなんでヒゲ剃らないんだろう。
『ヒゲのない男なんて、オカマみたいじゃないか』って言ってたけどあんたが言うなって感じです。つーか世の男性陣のほとんどは蔵櫂さんにオカマだと思われてるのか。夜一郎ちゃんもか。
話すこともだいたい済んでしまって、もうあとはだらだらまったりしてるしかーって感じになったとき、取調室っぽいその部屋の隅にテレビっぽいものを見つけました。
あれれ?さっきまで無かったような気がするのに。
「ねえねえ蔵櫂さん」
「はい?」
「テレビ見て良い?」
蔵櫂さんは大げさにがっかりして見せました。
「そんなに僕の話は退屈だったかい?」
「トンデモネタとしては割と楽しかったです。でも現実となるとうんざりするだけです。あと、回りくどくて曖昧で確実性がないのが致命的。私が編集者だったら『独りよがりすぎる』って書き直しを命じるレベル」
「あはははは。手厳しいなぁ」
私はそのテレビっぽいものをいじってスイッチを入れようとがんばってみました。やたらとボタンやらボリュームやらレバーやらが付いてるのに、どれも何の反応を示しません。
「これ、電源どこ?そもそもどことも繋がってないけど、ワイヤレス?」
「ああ、ちょっと待ってくれ」
蔵櫂さんはポケットからリモコンっぽいものを出してなんかボタンを押しました。
「えー」
「そんな明らかに不満そうな顔をしなくても」
何チャンネルなのかは知りませんがテレビは付きました。どこかの別宇宙の番組だったりしたら面白かったんですが、残念ながら普通の日本のニュース番組でした。どこのチャンネルだかは知りませんが。
知らないチームが4つくらい増えているプロ野球の結果がやっぱり某球団を中心に報じられた後、天気予報の途中で画面が急に切り替わり、緊急ニュースが入りました。
なにやら中東でゲリラと政府軍の戦闘中、突如賛美歌と共に何者かが降りてきて、最初は英語で訳の分からないことを言い、通じないとなると今度は日本語で何事かを訴えた、らしい。
現地ではメシアとも悪魔ともアメリカの新兵器とも言われているけど正体も国籍も不明。
偶然テレビカメラが捉えた映像が繰り返し繰り返し流されていました。
「これ、山田ですね」
「ああ、探す手間が省けましたね。三日も有れば保護できるでしょう」
「あの子、ハーフの癖に日本語しかしゃべれないからね…」
テレビでは山田が『無駄なウォーは超バットなのです!』と、繰り返し訴えていました。
四月十五日
あまり本気にはしていなかったが、山田はつくづく平和主義者だったのだなぁと俺は言った。俺と蝶子が揉めたときも同じように賛美歌と共に天から降りてきたし。ふざけた格好だったので思わず蝶子と二人でボコボコに殴ってしまったけど。
「むしろメシア願望が強いのかも知れませんよ?」
「確かに世紀末救世主にはあこがれというか信仰に近いものがあったけど…それほどかよ」
叶はそれを訂正した。
「願いの強さはあまり関係ないんですよね。虹にはどうやらそれを感知できないみたいなんで」
つまり、手当たり次第?
「まあ、そんなところです…もっとも私達の技術でも人の願いの完璧なマッピングかつモニタリングは不可能ですので、その人の願望が本当はどれほどのものだったのかは状況で判断するしかないわけですが…でも少なくとも山田先輩は神様になりたいとは思ってなかったと思いますよ?」
それはそうだろうけど。でもあの時、山田は満面の笑顔だったような。
そんなわけで、今日も軟禁継続中。
「蔵櫂さんは私達と話していて良いんですか?」
山田をとらまえに行かなくて良いのかと君は尋ねた。
「僕と叶の仕事はこれだからね」
と蔵櫂さんは答えた。
「それと、これも別に秘密でも何でもないから言っちゃうけど、僕や叶みたいな存在はこの軸では時間使いたい放題なんだ。君たちが瞬きしたりちょっと気を逸らした瞬間、ほぼ無限に別の作業ができる。すでに叶は700時間以上今回の事態に消費してるし。そろそろ1000時間超えるかな」
豪快な話だ。
「ちなみにそれって残業手当付くんですか?」
「付かない」
「すればするだけ損ですね」
「そうだね」
蔵櫂さんはそう言って笑った。
「そんなわけで、私は実年齢よりかなり年を取ってるんです。困ったことに」
叶はそう説明してくれた。肉体年齢は12歳くらいなんですけどね、とも。蝶子より小さい高校一年生とか有り得ないだろと思ってたんでその辺は納得がいった。
「所謂ウラシマ効果みたいなものか?」
「作用が逆ですけどね。竜宮城で過ごした何千年という時間は地上では一瞬の出来事でした、みたいな」
もっとふさわしい逸話があったような気がするが、残念ながら思い出せない。
「ちなみにあんた達の組織って何人くらい居るの?あーこの、町軸?とかいう地域だけで」
退屈なのでそんなことも聞いてみた。なにせ聞きたいことは昨日全部聞いてしまった。後はマメ知識を埋めていく作業くらいしか残っていない。
「そうですねぇ…現場には数十人しかいませんが、バックに数万人控えてますね。仮想絶対時空内全体だと天文学的な数字になります。でも、これがまた全然足りないんですよ」
聞かなければ良かった。このうさんくさい状況に反逆する手だてをぼんやりと考えてはいたのだがどうやら不可能ということらしい。
「あ、この件が終わったら先輩もウチの会社入りませんか?ヨリカさんと一緒に。ちょっとした霊的手術が必要になっちゃいますけど、それさえパスすれば何時でも大歓迎です。是非我が社に来てください。学歴とかは気にしなくて良いし、何なら中退でもおkですよ?私みたいに小学生の頃から働いてる人も大勢居ますし」
そんな、どこかの魔法少女じゃ有るまいし。
「時給は体感だと一円以下ですが、実時間ではとてつもない数字になりますよ?一年で大富豪ですよ?もっとも経済的な影響が大きすぎるんでこっちでは常識的な範囲内の制限が付きますが」
つまりそれってタダ同然で働かされた上に死なない程度の給料しか貰えないって事じゃないのか?
「宇宙の平和と未来を守るためですよ!結果的に自分の身も守れて一石二鳥!ヨリカ先輩のことも守れるから一石三鳥!」
単なるリスク回避としか聞こえないんだが気のせいだろうか。
「そんなわけでとても良い条件だと自負しているのだが」
一方その頃、君も勧誘を受けていた。
「お断りします」
そうだろう、うさんくさすぎるものな。
「働くのは夜一郎ちゃんだけで充分です」
えー
四月十七日
世界的都合とはいえこれ以上学校をサボらせるのはマズイだろうと蔵櫂さんが言うのでいよいよ開放してくれるのかと思ったら勉強を教えてくれるとか言い出しよった。ちょっと待ってくださいよかんべんしてくださいよのーさんきゅーですよ。
でも一週間も遅れるのでは付いていくのも大変だろうと、今日から蔵櫂さんと提訴ちゃんによる個人授業が始まりました。
「よう」
無精ひげを生やしたあなたと会うのも久しぶりです。携帯は取り上げられなかったしネットも繋ぎ放題なんで全く不便を感じてませんでしたが、そういえばあなたの顔は見てなかった。なんか樒木分が足りないと思ってたらそれだったんですね。まあ別に毎日見なきゃならない顔でもないですけど。
「そのヒゲはオカマと間違われるから?」
「久しぶりに会って開口一番それかよ」
めんどくせーんだよとか風呂場に鏡が無いんだとかゴニョゴニョ言い訳してますが無視無視。
まあ別にお二人一緒のお部屋も用意できるんですが、と提訴ちゃんは改めて説明してくれました。
「共謀して逃走の恐れもちょっとだけ有ったんで…あと、一応24時間監視させていただいてるので、ちょっとお二人で盛り上がっちゃった場合、我々も目のやり場に困るって言うか…」 「ねーよ」と、私達は二人揃って言いました。
先生二人で生徒二人。これまでにないほどの密度での勉強です。しかも逃げ場無し。
「気を使っていただかなくても、どーせ私達は落第生ですしー」
「俺も一緒にするな。いちおー俺は受験する予定だ」
「地元のダメ大学ぢゃんかよー。いいよそんなの、浪人して東大にでも入っちゃえ」
「無茶言うな」
「はいはい、私語禁止ですよー」
地獄の特訓は夕方まで続きました。
なにやらあなたがこれまで見たこともない学習意欲を見せてがんばってたので、つい私も釣られてがんばっちゃいました。いけません、このペースだと知恵熱で脳が燃え尽きてしまいます。明日からはちょっと怠けよう。…そのスキが有れば。
あと、山田捕獲のニュースを見たりした。
兵士達の装備を見るに、いつの間にやらオーバーテクノロジーっぽい武器が世界標準になりつつあるようです。2b2dなんてかわいいと思えるくらい。
「世界、ピンチですね」
「まあこの程度なら何とか」
提訴ちゃんはそういいました。
3日間の観察によって知り得たことその1。提訴ちゃんも蔵櫂さんもかなり頻繁に気を失ったように静止します…ほんの数秒だけど、それが多分向こうの時間を使っている時間なんでしょうなぁ。
かなり頻繁と言うことは、かなり忙しいんだろうなぁ。デスマーチの匂いがする。
本当に私達にかまってて良いのかしら。
数秒もスキが有ればちょっとああしてこうしてそうすれば軟禁状態から脱出できるなーとか悪いこと考えちゃいましたが、自重する事にします。いそがしい所をさらにごちゃごちゃするのは可哀想だし、何せ今回は足手まといもいるし。
四月十八日
足手まといですかそうですか。
日曜なんだから休むべきだと君は主張したが他三名が同意しなかったので渋々今日も勉強会となった。なんか勉強してばかりのような気がする。受験生なので実のところ当たり前といえば当たり前かも知れないけど。
俺達が例題などをしている間、蔵櫂さんと叶は何か別作業をしているらしい。何をしているのかは『別に秘密ではないので教えても良いけど、説明にここの時間で二〇日ほどかかる』と言われたのであきらめた。
それにしてもよく止まる。止まってばっかりだ。どれだけ止まるのか確認してみたくなったのでちょっと仮題をサボって時間を計ってみた。最短で数秒。最長で五分程度。何度か繰り返し、最後には怒られた。まあ、そりゃそうか。
山田のロケット発射基地への移送は無事に済んだらしい。このテレビっぽいものの内容や偽装されたネットっぽいものの信頼度は今ひとつ怪しかったが、まあ多分真実なのだろう。
種子島で何人かの抽選者とまとめて打ち上げられる予定だという。本来は一人ずつ打ち上げるのが危険が無くで良いのだが、複数人がいっぺんに抽選されたために特例でそうなったのだという。
…ちょっとまて、そんな簡単に乗る人数変えられるほど日本の宇宙技術は高かったか?そもそも有人ロケットって開発されてたか?世界各地でそんな風に毎週のように打ち上げられているらしいが、その資金や技術は何処から来たのか?
なんて事を聞いても無意味なんだろうなぁ、多分。
打ち上げの様子はここからでも観られると蔵櫂さんは言った。
「つまり、まだ軟禁は続くと」
「すまないねぇ。本来なら君たちにも現地に行って最後のお別れをしてもらうのが筋だとは思うのだが」
宇宙ステーションへ無事に移動するまで、どうしても隔離しておく必要があるんだと彼は説明した。
どうしよう。
俺達には本気で何も出来ない。
少しの間蔵櫂さんと叶には席を外してもらって君と二人で話し会った。
監視されているわけだからあまり意味はないが気分的に二人の前で話したくはなかった。反逆の話だからだ。
「日記、読まれてるね。当たり前だけど」
「メールも全部チェックされてるな。当たり前だけど」
この状況下でなるべく普段どおりの日記を書いてくれ…さもなければ手術。向こうの要求は要約すればそう言うことだった。強制ではないとは言っていたが、世界や宇宙や人類より個人のわがままを通すか?と問われているに等しい。
「どーするの?正義のソルジャーにでもなる?」
「まさか。叶や蔵櫂さんが言うことが真実だとも限らない」
「しかし真実を知るにはまず飛ばなければならない…難儀だねぇ」
そんな他人事みたいに。
「日記を続けるにもなぁ。内容にダメ出しされるとか、それすでに日記じゃないし交換する意味薄いし」
「もっと自由な発想で、いつものような絵空事を、とか言われてもなぁ(笑)」
それが世界を壊すとなったら流石に手が止まる。何を書いて良いのかまるでわからない。
「そもそも虹の目をくらますためだけの煙幕じゃあねぇ…」
日記、もう止めようかと君は言った。
「潮時でしょう。私もすこおし惜しいって思ってますけど、これ以上は火遊び過ぎます」
「じゃあ謎の宇宙ステーションで孤独死したい?」
「良いんじゃないですか?あなたも私もどうせいつかは打ち上げられるし…それに、なんだか私達全員、人類全体が宇宙に逃げることになるんじゃないかなぁ?わからないけど」
「酷い有様だしな」
付けっぱなしのテレビっぽいものからは延々と酷い有様が報道されている。
「ひどいありさまですから」
ありとあらゆる空想のかけらが映し出されていた。映っていないのは虹本体だけかも知れない。
四月十九日
でももうちょっとだけ日記はつづくんじゃ。
打ち上げは無事成功。衛星は軌道に乗ったそうです。後数日でステーションとドッキング予定。
早速山田から電話がかかってきました。
『宇宙ヤバイ!』
即切りました。
蔵櫂さんは頭を抱え、提訴ちゃんは青ざめました。
「たしか衛星内も宇宙ステーションでも情報は完全に独立していて、地上とは完全に連絡が取れないんですよね?」
「ああ、そのはずだった…んだが。書き換えられたようだな。これで軌道上に打ち上げれば安全安心という神話は消失だ」
また山田から電話がかかってきました。
『いや、ホントなんだって!我の話を聞いてくれ!宇宙ヤバイ!やばすぎ…』
切りました。
「そもそも携帯の電波がそんな遠くまで届くはずが無いんですが」
またかかってきました。
『いじわるしないでくれ!頼む!』
私はちょっと相手してやることにしました。
「そもそもかける相手が違うんじゃない?蝶子にかけなさいよ蝶子に」
『無論かけたさ!昨日から打ち上げまで、暇を見つけては何度も!バッテリーの続く限り!』
「で?」
『何故かいつまでたっても切れないし、打ち上げ後もそのままで…もうわかったからこっちにはかけてくるなって言われてそれっきり』
さすが蝶子、飲み込みが早い。
『それから何度かけても繋がらないんだ、助けると思って、頼むよ!』
私は電話を切り、着信拒否にしました。
そんなに何度も恋のキューピットはやってられない。
しばらくするとあなたの携帯にもかかってきました。
あなたは苦労して山田にこちらの状況を簡単に説明し、授業中にそんなに何度も携帯に出れるはず無いだろと人の道理を説き、そんなに四六時中じゃなければ蝶子も相手してくれるだろうからそんなに心配すんな、と慰めました。まあ優しい。
でもしっかり着信拒否にはしてましたけど。
まだいくらかは効果が期待できるから、と蔵櫂さんはまだまだ打ち上げを続行する意志のようです。軟禁もまだまだ続く。
そろそろ。逃げ出しましょうか。
四月二十日
そういえば蝶子の新部活って何だろうな。急に気になってきた。
準備していた装備的に音楽関係みたいだが…まだ一切不明だ。発足したのか未だならずなのかも不明。本人に聞いてみたら「帰ってからのお楽しみ」と言われた。そんなにか。つーか帰れるのか、俺達。
ドアには今日から厳重な鍵が付けられた。その前には立派な体型の兵士が二人。
軟禁から監禁へクラスチェンジしたらしい。君との面会は開放されるまでおあずけ。やっぱり余計なこと言うんじゃなかった。
携帯もネットも今のところ制限されてないけど、一日中一人で部屋にいなくてはならなくなった。人工的引きこもりだ。勉強会も当然中止。ヨリカは喜んでいたが俺は絶望した。浪人確定かも知れない。ネットで勉強…いや、制限がない分絶対遊んじゃうなぁ。
君も似たような状況ですか。
さっきから電話にでませんけど。
四月二十一日
無理に日記を書かなくても良い、と電話越しに蔵櫂さんは言った。
『その必要はなくなってしまった』
「いよいよ手術とかですか」と聞いたがそれも違った。
上層部の決定で、俺は打ち上げられてしまうらしい。まあそれは良い。想定内だ。
「ヨリカは?」
不自然な間。
蔵櫂さんは言いにくそうに、だが正直に答えてくれた。
『君も知っての通り、二〇〇四年二月二十八日、突然の心臓発作で死亡している』
世界が、ぐらりと揺れた。
「ちょ…何で?」
ああ、知っていた。二月十七日、あんな風に分かれてから俺はすぐに君の家にいってみた。誰も居なかった。君突然入院して、そのまま帰らなくなったのだと聞いたのは翌日だった。知っている。忘れるはずがない。でも、だったら、昨日まで確かにいたヨリカは?
『君の妄執が一個の人格を完璧に作り上げていたんだ。だから我々はこれを奇跡と言ったし、できるだけこれを維持したかった。ヨリカの抽選はとうに当たっていたんだが、存在しない者の願いは虹でも叶えられない。すぐ側にいる君はどうしようもなく抽選から遠い。後二年は楽に維持できるしするつもりだった。本人に断られたがね』
俺の妄想だったと?だったら蝶子や山田や加藤姉妹、そして荷下原や叶や、何より蔵櫂さん自身は?存在しない者を相手にいったい何を?
『だから我々にとっては確かに存在していたんだ…別に君を気遣って演技していたわけでもない。霊的な存在というわけでもない。いわば曖昧な輪郭を持った何かだったんだ…虹のように』
じゃあ何故?何故今、この時に?
『昨夜、急に発作を起こした自分を思いだしたらしい…ついに虹がヨリカに追いついたのだとも言える。恐らく、そこで輪郭が埋まった』
何を願った?
『それはもちろん』
蔵櫂さんは遠慮しなかった。
『君のよみがえりをだ』
その瞬間、俺の世界を構成していた全てが砕けて消えた。
四月二十二日
OK 何故か生きてる。
目が覚めたところであちこちに電話をかけまくり、確認してみた。
ヨリカと俺を知る誰もが二重の記憶を持っていた。少し前に死んだ俺とヨリカと、昨日消えたヨリカと消えなかった俺。
つまりあれか、身代わりということか。
絶望した。
監禁部屋で俺はただひたすら眠り続けた。
何もする気が起きない。どうせ、何も出来ない。
四月二十三日
なにやら外がバタバタする。何かあったのかも知れない。でもいい。寝る。
このまま寝潰れてしまえばいい。
寝ながら俺は何時死んだのだろうと考えていた。
死の記憶は次から次へとよみがえった。うわあ。死にすぎだろ俺。どんだけヘボプレイヤーなんだよ。コントローラーを俺によこせ。ちょっと行っては死に、ちょっと帰っては死に、学校の行き帰りに轢かれ、銃で撃たれ、極太レーザービームに焼かれ、弾幕を避けきれず、蝶子にキャンタマを蹴り潰され、山田に内臓をえぐられ、加藤に見殺しにされた。そしてそのたびに君の首がスポーンと飛び、その飛距離は俺が死ぬたびに伸びていく。世界記録も間近だ。「秋には良い思いができるように精一杯がんばりますので、皆さん声援よろしくお願いします」ワーっとわき上がるライトスタンド。何度もヨリカコールがわき起こり、応援歌が流される。それに答えて手を振る君。サインボールをスタンドに投げ込む君。満面の笑顔。首はないけど。うん、酷い夢だ。夢なのは間違いない。ものすごくリアルで痛くて苦しくて死にそうだけどこれは夢だ。かつてこんな事が起こったとか、まさかまさか。そんなはず無いだろう。
じゃあ、
何が、
起こったんだ
何も思い出せない。
なにそれ(笑)
四月二十四日
あまりにも寝過ぎて身体が痛い。監禁は何時まで続くんですかと蔵櫂さんに聞いてみた。
何時までも寝ていて良いと言ってくれた。
じゃあ、そうする。
夢の中で今日も俺は死にまくった。頭に来た俺はヨリカからコントローラーを取り上げた。
「死んだら交代な」
案外難しかった。
そうやってずっとずっと俺達は変わりばんこに操作して変わりばんこに死んでいった。
死んでいった。
大事なことなのでもう一回言います。
死んでいった。
四月二十五日
なんで俺日記書いてるんだろう。もう読ませる人は居ないのに。
つまりあれか、俺は要するに書きたかっただけで、書き散らしたかっただけで、相手は誰でも良かったんだ。つい、側にヨリカが居て、なんかしらんけど俺の口車に乗ってくれて、俺が書いて、君が読んで、君が書いて、俺が読んで、なんかそれが凄く嬉しくて、ずっとずっと続けてて、そして俺が死んで、君が死んで、俺が死んで、君が死んで、ははは、おもしろいな実際。なんだそれ?ふざけてんのか?きもちわるい、きもちわるいぞ、ははははははは。あーなんだろうねえこれは。へんたいか?へんたいってことですか?あははははあははははは。あーもう、なにこいつ、一人で生き残ったりして。あははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは
騒いでいたら蔵櫂さんに怒られた。
四月二十六日
眩しい。明るすぎる。こんなんじゃ眠れない。俺は何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度もなんどもなんどもなんどもなんども明るくて眠れない、灯りを消してくれと頼んだ。何度かは蔵櫂さんや叶がやってきて何か哀れむような顔で何かを言いに来たけれど、結局部屋は明るいままだ。ふざけるなそれじゃねむれないじゃないかだれかだれかだれかだれかだれかだれかだれかだれかこのひかりをけしてくれはやくはやくはやくはやくはやく
じぶんでなんとかしろといわれた。
なんとかした。
しがつにじゅうしちにちくらい
ついに、ねむれなくなってしまった。
すこしからだおうごかすとほんのちょっぴりのあいだほやほやとできたけどそれもながくつづかないです。なんぎだなぁ。
それをなんどもなんどもくりかえしていよいよどうしようもなくなったとき、それがいることにきづいたんだよ。
それはもうものすごいながいあいだ、なんじかんもまえからおれをみおろしてたよ。
へやのあかりはぜんぶこわしてけしたしまどのあかりもがんばってぜんぶふさいだ。
だからまっくらでそれがどんなすがたをしていたのかさっぱりですたいちょう。
でもそれがなんなのかはわかったんだよ。
おひさまのしたではどんないろなのかもわかるよ。
それはなないろにかがやきます。
それはにじいろです。
おれはにじにみられてます。
にじです。
そう…
虹だ。
…ゆっくりと、ほんとうにゆっくりと、俺は正気に戻っていった。
虹は俺が想像したように「願いを言え」とは言わなかった。
「輪郭を得るために協力してくれ」とも言わなかった。
「対価をよこせ」とも、もちろん言わなかった。
俺の中に入り込んで何もかもを変えたりもしなかった。
触れようともしなかった。
ただ黙ってじっと観察していた。
願いを探しているのだ、とわかった。
わかってしまった。
わかってしまってからは止まらなかった。
ふたたび狂気の扉が開いていく。
ヨリカだ。ヨリカだ。ヨリカしかない。ヨリカで頭を埋めてしまえば叶う、そんな気がした。それは確信に変わった。ヨリカを取り戻せるなら何でもする。俺自身はもちろん、世界を差し出しても良い。俺は虹が居ると思われる方向を睨み、何一つ見逃すまいと意識を集中した。俺はヨリカの名を叫ぼうとした。だが喉が詰まって息が出来ない。何度も試すが声を出そうとすればするほど咳が出て止まらなくなる。くそ、こんな時に。じゃあ察しろ。察してくれ。俺の頭の中をみろ。見えるんだろ?見えてるんだよな?見てくれ。見やがれ。つまらない妄想ばかり叶えてないでたまには俺達の、俺の役に立ってみろ。ヨリカを直せ。ヨリカを戻せ。ヨリカを生き返らせろ。ヨリカを俺の元に連れてこい。ヨリカを。ヨリカだ。ヨリカヨリカヨリカヨリカヨリカヨリカヨリカヨリカヨリカヨリカヨリカヨリカヨリカヨリカヨリカヨリカヨリカヨリカヨリカヨリカヨリカヨリカヨリカヨリカヨリカヨリカヨリカヨリカヨリカヨリカヨリカヨリカヨリカヨリカ…
…
轟音と共に光に包まれた。あまりにも眩しくてよく解らなかったが、しばらくして目が慣れた頃、事情が飲み込めた。監禁部屋が消失している。正確には四方の壁と屋根が吹き飛んでいて、そこにベットと俺だけが取り残されていた。
他には何もなかったしだれも居なかった。虹も消えていた。
古い洋モノアニメとか以外では見かけない光景だ。少し感動した。
そういえば願いの強さは関係ないとか言っていたな…
ここから逃げたい、という願いが叶えられた、のか。
蔵櫂さんや叶の安否は気になったが、それどころではない。俺はありがたくトンズラすることにした。
ぐらぐらと回る頭を必死に押さえて歩く。
何日も寝て暮らしていたので身体が思うように動かない。
今頃になって喉が熱く焼けたようになっているのがわかった。視界もゆがみまくっている。顔も濡れてる。
ああ、そうか、泣いてたのか。道理で声が出ないはずだ。納得した。なんだかくらくらして辺りがぼやけて見えるのは眼鏡をしてないせいか。なんかこう、アホだな俺は。
涙を拭いてよく見れば町はかなり大変なことになっていた。
地震の後のようにも見える。
半壊している建物は今さっき倒れたばかりのようにも見えるし、にょきにょきと伸びた近代的すぎるタワーも今さっき完成したように見える。しかも動く。もりもり動く。何より色だ。なんだこれ。いくら何でもサイケすぎるだろ…しかももりもり動く。遠くの方で動くもりもりに人が轢かれたり潰されたりしている。あちこちで悲鳴や泣き叫ぶ声が聞こえた。何かが致命的におかしくなっていた。何かというか限定解除で全てがおかしい。日の光すら七色に見える。これまでの小さな変革とは違う何かが起こったのだ、とぼんやり考える。大変だ。どうしよう。
だがまあ、とりあえず逃げた。
まずは自分の家を目指そう。そこにスペアの眼鏡が有るはず。寝間着代わりのジャージのままじゃなんか格好悪いし。この様子じゃ家だってどうなっちゃってるかわからないがともかくそこへ。いや、その前にヨリカの家へ。確かめたい。わかっちゃいるけど確かめたい。
何度も息を切らせ、休憩しながらゆっくりと歩いていった。こんなに衰えていたのか…ほんの四日ほどゴロゴロしていただけなのに、情けない話だ。ひょっとして四日どころじゃないのか?寝て起きたときの感覚で適当に日付を記していただけなので、本当の日付がわからない。ずっと暗闇にいたし。
角度とタイミングによって様々に見える世界の中、俺は何度目かわからない休憩に入った。ようは道ばたに座り込んだ。もう立てないかも知れない。疲れた。どうしようもなく疲れた。
ほんの数メートルが永遠のように長い。あのカドを曲がれば、すぐヨリカの家なのに。確信はないけど。多分。地面が勝手に動いてたりしなければ。ああ、それよりあの動くもりもりに殺されなければ。
何となく視線を感じて顔を上げた。
同じように、道の端からよたよたと歩いてくる者が居る。その輪郭は曖昧で、はっきりと見るためにはかなりしっかりと見つめる必要があった。やがてそれは象を結び、何であるかを知ることが出来た。俺が着ているのと同じような、蔵櫂さんに貸してもらった寝間着代わりのジャージを羽織り、酷く疲れ果てたような顔で、でも俺をしっかりと見ている。
俺は急いで立ち上がった…は、良いけど、立ちくらみでまた倒れそうになる。だがアレが何かを知ってしまった以上、しっかり足を踏ん張り、待ち受けなければならない。もう一歩も歩けないのでそうするしかない。本当は走って近寄りたいくらいだが無理なんだから仕方ない。がんばって足を踏ん張って、俺は彼女がやって来るのを待つ。
「夜一郎ちゃん」とその娘は俺に呼びかける。
「よかった…生きていたんだ」
それは俺のセリフだ。
ヨリカは俺の所までたどり着くと、そのまま俺の方に倒れ込んできた。支えることの出来ない俺は一緒に地面に倒れた。仕方ない。もう限界だったのだから。
君を抱きしめながら、もっと体を鍛えようと俺は思った。
蛇足 二〇一四年四月八日
青春の思い出に、と思いまして、と荷下原は分厚い本を俺に差し出した。
「今じゃ珍しい紙媒体ですよ?しかも世界でただ一冊です」
嘘に決まってるが、受け取る。
「何が青春の思い出だバカ」
俺は奴を軽くこづいた。
「それよか何だこれ?どうやって俺とヨリカの日記やらメールやら集められたんだよ?」
あの直後地球全体を襲った時空震の影響で全ての情報は混沌の海に沈んでしまった。俺達の(本来は存在しない)交換日記もその例外ではなかった、けれど。
「加藤さん…いまは、ええと、荷下原良美になっているわけですが…ともかく良美さんに頼んだら三日でやってくれました。良美さんの前ではどれだけカオスな情報の海もあっさりまとめて整理出来てしまいます…めったにやってくれませんが。ですからこれは僕と良美の選別と言うことで」
「ノロケかつ自慢か。後輩君も偉くなったなぁ」
俺はその大規模な災害に乗じて蔵櫂さんの元を逃走、一〇年の歳月をかけて逃げに逃げまくり、ついにちょっとしたコツと権利と自由を手に入れた。もう誰も俺を監視してない(はずだ)。
「やっぱり名前じゃ呼んでくれないんですね?」
「お約束と言う奴だよ…俺はベタなのが好きなんだ」
俺は煙草を取り出して吸った。ここは喫煙ルームだ。荷下原が吸えないとしても、誰にも文句は言わせない。
「煙草も分煙になったりそうじゃなくなったり、めまぐるしいですねぇ」
多分この世には半分くらいずつ煙草好きとそうでない奴が居るんだろうな。
「一つ聞いて良いですか」
「何だ?」
「何故、火星なんです?やはりヨリカさんの…」
ああ、やっぱり聞かれた。まあ確かにアレから少し俺はおかしかったし、それっきり文芸部員達には会っていなかったし。その辺を聞かれるのは当然だ。
俺は用意していた答えをそのまま言った。
「なんか、あそこにならヨリカが居るような気がするんだよ…」
後輩は吹き出し、ちょっと止めて下さいよと俺の肩をバンバン叩いた。久しぶりなのに気安いな。
「死んで無いじゃないですか、ヨリカさん」
まあそうなんだけどね。
実のところ、その辺はずっと曖昧なままだ。二月二十八日に死んだという電話を取ったのは覚えている。葬式も全て記憶している。でもそうではない記憶も確かで、そっちでは主になんだかよくわからない理由で怒っているヨリカと何とか仲直りしようと、水面下で努力していた気がする。全部ばれてたけど。
本人も死んだ記憶を保持していた。蔵櫂さんの電話を聞いた時辺りからあの時までの記憶は消えているらしいので本当に死んでいたのかも知れないが…ヨリカは二度死ぬ、とほくそ笑んでいた。それで、もうどうでもよくなった。
「火星はまだ虹の支配が薄いらしいからな…本当に死んでたらそこでわかるだろ」
「妻の生死を確かめるために行くんですか?本気で?曖昧な輪郭を埋めるべく?」
まさか。火星の虹支配が薄かったのは去年までの話で、今年はすでにかつての蔵櫂さん達に該当する組織がせっせと当選者を火星大気圏外へ送っている。俺だって知っている。こいつだって当然知っているだろう。あと、妻じゃない。まだ。
「で、本当は何をしに行くんです?」
仕方がないので本当のことを話した。
「なんとなく…かな」
「何となくで地球を捨てないでくださいよ」
「そう言うわけじゃあ、無いんだが。ぶっちゃけ例の時空震のおかげでこっちではまっとうな仕事が無くてねぇ…ふつーの仕事なら何でも良いんだけどよう…」
未だにあの時空震は俺のせいだという輩は多い。誤解とも言い難い。とりあえずちょっと地球でも月でも住みづらい。仕事も選べない。結局の所理由なんてそんなものだ。
「あと、ヨリカが火星を水の惑星にしたいとか言い出した」
「うっわぁ…」
「ベタだろ?」
「危険なくらいベタですねぇ…」
火星のテラフォーミングは五年前完成した、事になっている。
地球は虹に支配されていた…ようでもあるし、人類は虹を克服した、ようにも見える。世界中に散らばった善意の、あるいは悪意満載の組織達によって少しずつ世界は異常性を無くしていっているようにも見えたし、むしろ悪化しているようにも見えた。世界は日替わりであちこちに振れ回るので観測する時間帯によってどちらとも取れる状況が続いている。ものすごく遠くからみればそれは安定しているようにも見える、かもしれない。
良いことばかりは続かないし悪いことも永遠には続かない。そう言ってしまえば(出来事の濃さを考慮しなければ)虹たちが眠っていた昔とたいした違いはなかった。人間万事塞翁が馬。
人工衛星に隔離されていた人々は勝手に戻ってきたり、そのまま籠もり続けたりしていた。組織ももう火星での仕事に忙殺されすぎていて、いちいちそんなことにかまわなくなっていた。
なんだかんだで蔵櫂さん達が一番割を食ってるんじゃないだろうか。ザルで海水をすくうより空しい作業だ。聞いた話では例の手術とやらも効果はイマイチらしいし。
「そいえば山田も籠もってたな」
「そうですね、あの人は繊細すぎるところがありますから、それで良いのかも知れません」 そう言えば新部活って何だったんだろう、今更過ぎるが俺は荷下原に尋ねてみた。
「ものすごい懐かしい話題ですね…でも、うーん、僕の口から言うのは違う気がします。僕、ずっと文芸部のままでしたから。直接本人に聞いてみてくださいよ」
しばらく待つと喫煙室の外から俺達を呼ぶ君と蝶子の姿が見えた。
「加藤…いや、えーと奥さんは?」
「今回は留守番です。子供がぐずりましてね…でも優子はちゃんと物陰から全てを撮影しているはずですよ」
そうか、妹ちゃんは相変わらずか。
喫煙室を出ると君と蝶子は腕を組んで仁王立ちで待ちかまえていた。何故そのポーズ。恥ずかしいんですけど。
「おつとめご苦労」
「うむ。なんかしらんけどただいま」
君は笑ってポーズを崩し、抱きついてきた。
「なんだよう、久しぶりに会ったのに抱きしめてちゅーとかそーゆーのは無しなのかよう」
やだよそんな照れくさい。
「三日前にも会ってるしな」
ずっと日記も続けていたし。これは世界がどうこうというより、ええとまあその、単なる趣味で。
「どう?一ヶ月分の煙草は吸い切れた?」
宇宙船中は火気厳禁。煙草なんて吸えるはずもない。…多分。
「まだまだ足りないが、しゃあない。時間切れだ。そっちは蝶子との積もる話は尽きたのか?」
「まさか。でもしかたないわよね。後はメールでも…惑星間通信はまだバカみたいに高いけどね」
その時、例の虎を射殺す視線で蝶子は言った。
「ま、そのうちあたしもそっちに行くからそれまでの辛抱よ」
衝撃の告白。
「えー」
「来るのかよ、お前も」
「なんでそんな嫌がるのよ!あんたたちだけ面白いことするなんて許さないわよ!私も混ぜろ加えろ仲間はずれにするなー!」
そんなやりとりを懐かしく思っている間にも時間は過ぎていく。
「そろそろ時間です…名残惜しいですが」
「そうだな、じゃあ行こうか」
俺は君に手を差し出した。
「じゃあ火星もまるっと都合良く変えて来ちゃいましょうか」
君はその手を取り、しっかり握った。
「まあやることはただ単に」
「お互いがお互いのことを交互に書きあって」
「ふつーに面白可笑しく生きていくだけだけどな」
そして2b2dの大群が空港を占拠し、また無駄にグダグダが始まったのだった。
おしまい