ネコ使い第七話捕捉 もしくはVS第1話 (連続八日目)

半端に欠けた月と街灯が町を照らす。
時は深夜、所は猫屋敷を見下ろす民家の屋根の上。
二人の人影がそこにあった。
一人は腹まで届く立派な髭を蓄えた初老のがっちりとした男だ。その髪と髭は太陽の下では七色に輝く…だがめったに太陽の下に出てこないのでそれを確認した者は知る限り誰も居ない。月明かりの元ではその髪は銀色に見える。
男は瓦の上に座り込んで一人で酒盛りをしている。見た感じ人と言うよりはドワーフと言った感じだ。いいかげんに羽織ったジャケットの下はみっしりと分厚い筋肉が詰まっている。下はゴルフに行くようなオヤジが履いていそうなスラックス。
その脇には妙齢の女性が立っている。服装は…鎖帷子を装備してないくのいち、といったところか。帯をわざとゆるく締めているので色々と見えてしまいそうになっているが、もちろんこんな真夜中に人の家の屋根を見上げる者もないので特に騒ぎにもなっていない。隣の男はその女にはまるで興味がないようだ…少なくともその身体には全く、これっぽっちも。
女の方も別に何か目的があってそんなきわどい格好をしているわけではなく、強いて言うなら「何時でも刀が抜けるように」なるべく露出の多い格好をしているだけのことだった…何故かはそのうち語る。
二人とも猫屋敷の前で起こるであろう出来事のために数時間前から待機している。
「楯霧のオヤジもまさか産まれた子供が全員女だとは思わなかっただろうな」
男はそう言ってカマを掛けてきた。
女が答えずにいると、「なんだよ…暇なんだから少しは付き合ってくれても良いじゃんかよう」といじけてみせる。
遊ばれてるなとは思ったが女は答えてやることにした。
「何度も言ったように、俺達には性別なんて関係ない。あるのは刃とその使い手だけだ」
身体が女なのはただのどうでも良い偶然だ…生殖行為で増えるわけでもなし、人とは違う。
しかし下の二人の妹を見るとどうもその辺が怪しくなってる…あいつら、本当にオンナノコしてるからなぁ。
やがて白い服の魔法使いが遙か彼方から結界を張りながら近づいてきた。何匹かの猫たちはそれに気付いて屋敷に入り、やがて入れ違いに寝間着姿のままの男が飛び出てきた。
ここまで、屋根の上の男の計算通りにコトが進んでいる。
「おー始まったか」
その男は実に楽しそうにそう言って喝采を送り、3本目のビールを空けた。
空間のゆがみは彼らからもはっきりと見えた。
ふいに女の携帯が鳴る。女が出て「まあいいだろう。代金は…」と答えたところで切れた。
と、同時に高エネルギー体が射出される。
「ははは、あのバカ、もろに喰らったぞ?アレが個人に耐えられる攻撃じゃないことくらい分かってるだろうに」
もちろん知っているだろう。だからそれが猫たちに直撃しないように楯になったのだ。
こちらの反応を探るためにワザとそういう言い方をする、十和田ランシールはそういう男だ。楯霧はそれを知った上であえて乗ってみた。
「俺の装備がギリギリ間に合ってる。吹っ飛ばされたが、たいしたダメージでもあるまい」
「ははははは。それで、いくら請求するつもりなんだ?」
楯霧は定価を答える。その性能を考えると妥当な額だ。しかし普通の人間に払える額でもない。
「ただし、電話を途中で切るような失礼な輩には倍額を請求する」
「それ、払えるのかよwwwwwwwww」
民家の屋根の上で大爆笑。いいかげん気付かれそうなものだが辺りはすでにそれどころではない。住宅街で次元振動系のエネルギー弾を放ったのだ。極めて強力な結界が予め張ってあったとはいえ舗装されたコンクリートはめくり上がり、ネコ使いが飛ばされて激突した電柱は真っ二つに折れていた。これでまだ誰も死んでいないのは奇跡だ。
「ちっなんだもうお終いか」
白服の魔法使いは猫たちに囲まれるともう戦意を失い、逃げるようにして去っていった。
「猫たちは傷つけない、か…十年以上も現役を続けているのに甘いな、黒虹は」
楯霧は帯を締め直し、帰り支度を始める。
「お?なんだ?ネコ使いを懐抱しに行くのか?」
実に楽しそうに十和田は楯霧を煽る。本当に食えないやつだ。
だが、今夜は酔狂で来たのだ、最後まで乗ってやるのも悪くない。
楯霧斬はそう思い、素直にそれに答えた。
「まさか、今日来たのは俺の装備の活躍ぶりが見たかっただけのことだ…武器屋として。失望したがな」
予測していたのか十和田はにやりと笑い次の質問を放つ。
「では、そもそも何故お前はあの腑抜けにあの武装を貸したんだ?あれは見たところお前さんの武器の中じゃ3本の指に入る貴重品のようだが」
「簡単なことだ…奴なら使いこなせると思ったんだ。宝の持ち腐れなんて冗談じゃない。道具は使ってこそ生きる。本当を言うと限界性能を引き出すほど使って貰えるならタダでくれてやっても良かった」
そして、そうすれば最強の称号はあの男の物だ、そう信じたからこそだった。
「当代の剣豪が財産と名声の全てと引き替えにしても欲しがるあれをか?随分なベタ惚れだな…ははははははは。そう怒るな。じゃあアレか?あの奥さんに未だに嫉妬している、そう解釈しても良いのか?」
楯霧はそれにも乗ってやった。
「ああ、嫉妬しているとも」
愛する者の命をリソースにして戦うあのスタイル、あのブチ壊れた猫殺しこそが最強だったというのに、あの女は。
「たがまあ、直さ。そのうちあの男は壊れる…そうしたいんだろ、お前は」
図星だ。
十和田は再び爆笑した。