二十三話 勧誘 (連続25日目)

思えばその秘密結社は変な依頼ばかりしてきた。
「みんなが好きなグロ画像のランキングが作りたいので出来る限りデータが欲しい」とか、「このラーメン屋で働き始めた娘がどのグロ画像で悶絶するか調べて欲しい」とか、「グロ画像を張る荒らしを特定して欲しい。友達になりたいから」とか、「とにかくグロ画像が欲しい」とか。グロ画像ばっかりだな。
「この町で犬を飼っている世帯を全て正確に知りたい」という比較的まともな依頼が来たかと思えば、追加依頼で「犬が喜ぶグロ画像を調べろ」とか言い出したときは心底呆れた。
そんなわけで、猫が普通に調べられることでもないので大抵はお断りしていた。なのでその組織とは縁が薄かった。今までは。


宣戦布告から数日後。
時走社の襲撃も妨害工作も警告も無く、十和田が暇つぶしに嫌がらせをしてくることもなかった。面白い額の請求書は回ってきたがいつものことなのでそのままゴミ箱に捨てた。
梅雨入りしたので猫たちを休ませることも多く、最近にしては比較的平和でまったりとした日々が続いていた。
その日、雨も上がったのでそろそろ猫たちを町に放つか…とすっかり重くなってしまった腰を上げて準備をしていると、来客があるとミフネが教えてくれた。
「ああ、名称募集中(仮称)の人か」
何度か依頼を持ち込んできた担当者のようだ。
大抵の来客は猫達が先に教えてくれる。客かどうかは猫でもわかる。この通りを変な格好で歩いてくる人達はみんな私に用があるのだ。困ったことに。
「それで、どんな様子だった?」
「ナー」
どうやら変わった様子はないようだ。多分また珍奇な依頼を持ってきたのだろう。
「それにしてもミフネはかっこいいなぁ」
「なー?」
「ちっちゃい頃はちょっと立派すぎる名前で失敗したかなと思ったけど、今や完全にミフネって感じにだよなー。いやあ良かった良かった」
ミフネを抱きかかえて撫でて遊んでいると、呼び鈴が鳴った。せっかく早めに教えてもらったのにだいなしだ。
「なー」
「そうだな。すまなかった。じゃあまたな」
ミフネを解放する。
修理が済んだばかりの玄関は新しすぎてまだ自分の家とは思えない。猫達が好き放題汚して、それを私が何度も片付けている間にじわじわとなじんでいくのだろうが何処かよそよそしく、冷たい感じがする。
「そうか、ここでも色々有ったもんな…」
脳裏にフサエとの思い出がよみがえる。ただ単に玄関が壊れただけではなかったのだ。色々なものが失われていることに改めて気付く。
しかし、思い出を追うのは後だ。面白い顔をした客が待っている。
ドアを開けると珍妙な姿の若い男がずりずりと近寄ってきた。グロテスクなヘルメットを被って肩にとげとげがやたらと付いたショルダーアーマーをつけているのにその下はスーツだ。ネクタイもきっちり締めている。でも靴はやっぱりとげとげのブーツ。
「お久しぶりですネコ使いさん私です私ですニクキュウですこんにちわこんにちわあの宣戦布告放送はご覧になりましたかあの時のグロ画像作ったのは私なんですよどうですすごいでしょう実は今あの動画のDVD持ってるんですが欲しいですか欲しいでしょうあげますよもらってくださいいつもお世話になっているお礼ですどうぞ」
何故か表面がぬめぬめしているDVDを突き返し、私は用件を尋ねた。
「ええ?!要らないんですかこんなに面白いのにそんな馬鹿なこれ作るのすんごい時間かかったんですよ苦労しましたよ特に画像集めるのにだって有りモノじゃない画像って集めるのたいへんなんですよ割とネットでも正義側が活躍し始めていてちょっと前まではやりたい放題だったのになぁまあいいやそんなことは実は折り入ってお願いがあるのですあなたを襲撃したあの手足が5本有る怪物のサンプルを極秘に手に入れたんですがこれをどうしても量産したいと首領が言い出しましてあの人は言い出したら聞かない人ですんでまあ作ることになったんですが具体的なイメージが今ひとつ湧きません当たり前ですよね私達は誰一人としてそれを見たことがないんですからそこで私達は考えました時走社に掛け合っても無駄って言うか私達自身が危険に晒されるので当然却下ですがそれ以外に目撃した人はネコ使いさんあなたしかいないわけですよそこで私達は大英断あなたを幹部待遇で迎え入れようと思うのですそこであなたには思う存分あの怪物を再現する実験をしていただきたいどうです良いでしょう気持ち悪い実験やり放題ですようらやましいなぁ私なんか一度も実験に立ち会わせてもらえないのにちょっと嫉妬しちゃいますよギギギギギギキ」
私は断った。
「えーなんでなんで?どうしてどうしてですかこんな良い話もう二度と有りませんよ多分」
ニクキュウはさらに私に近づいてくる。ああ、嫌だ。
「とにかく断る。私はネコ使いだ。そんな実験やりたくもない」
「そこをなんとか」
「ダメだ」
「洗剤とタオルも付けますから」
「そんなもん要らない」
「助けると思って…」
「助けたくない」
「そうですか…」
ニクキュウは数歩後ずさり、私を指さしてこう言った。
「それでは、我が組織はあなたを敵と認識します」
あっあれ?敵が増えちゃった?