第四十一話 居候− (連続44日目)

居候も居なくなり我が家の山積した諸問題の一端は解消された。
つかの間の平和を享受する私達だが、もちろん問題はテレコスピーカーの角や刃剣姉妹の刃傷沙汰だけではない。
「にー」
「なー」
おお、グナイとナゴナ。二匹揃ってなんて珍しい。ちょっと前までいがみ合っていたはずなのに…
ふふん、仲直りしたのか。闘争は何も生み出さないことを学んだのだな?よしよし。
「にー」
ふむふむ。テレコスピーカーと遊びたい?
もう角ピコピコに過剰反応するような子猫じゃないだろうに、まだ遊び足りないのか。
仕方ないな。別に任務もないし、隣に遊びに行ってよろしい。
但し刃剣姉妹に挨拶無く入ると問答無用で真っ二つだから…あーあ。漏らすなよ。そんなに怖いなら止めておけ。
お、グナイは行くのか。スンタリー…はきっと頼んでも動かないから、ハチワレに付き添ってもらいなさい。
え?一人で出来る?
ほんとうかい?
んー。
まあ、冒険する歳だしな。
いっといで。
パトロールまでには帰るんだぞ?
ふむ。
誰か任務の開いているのにこっそり様子をうかがわせよう…ハチワレかな、やっぱり。言わなくても心配で見に行くだろうし。
本当は私が隣に電話を掛けて子猫がそっちに行った事を知らせればいいのだが、何せ毎日だし何匹もいるのだ。いちいち電話しては迷惑だろう。
まったく、普段の子猫たちの様子だけで判断すればネコ使いはテレコスピーカーにこそふさわしい称号だと言える。
と、何を考えていたのだったかな。
そうそう、山積する我が家の問題を考えていたのだった。
例の名称のない秘密結社は全くの音沙汰無しだ。平和だがそれは要するにまったくしっぽを掴めていないということでもある。
時期的に大規模な作戦行動がそろそろ有るはずなのだが、その予兆すら無いというのはかなり向こうが巧くやっているのだとも考えられる。
昨日正式に政府当局から公式に依頼があった。
これは私達の業界では異例のことだ。
普段なら私のような末端の情報屋に頼らずとも自前の組織、つまり特別対策部を動かすか、時走社と取引すれば事足りる話なのだ。
それが正式に依頼が来るくらいなのだからそうとう上の方も焦っているのだろう…あれだけ大暴れしておいて、痕跡すら残さず消えるなんて事はありえない。
ちなみに正式に依頼といっても『何かわかったら知らせてくれ』程度で、期限も決められていなければ予算も組まれていない。つまり『お願い』のみ。
成功報酬は良くて薄い謝礼、悪くて司法取引くらいか。ただ働きしろという命令とあまり変わらない。露骨に逆らえばまた例の二人がやってくる。
他の依頼も似たようなもので、成功報酬、経費は残念ながら払えない、お互いの利害のために頼む、みたいな感じだ。
要するに何もわからない今は収入がない。
さしずめ直面しているのはそれだ。
まさか我が家に住んでもいない者から家賃を取るわけにも行くまい。むしろテレコを向こうにやってしまったのだから、こちらが家賃を肩代わりするべきだろう。幸い請求されないが。
細かい探偵じみた仕事もここ数ヶ月ご無沙汰だ。
立て続けに起こった色々で私の信用はがた落ちなので、一般の人間は近づきもしない。
この家も本来は賃貸なので毎月家賃が発生している…気前の良い大家なのでいくらでも待ってもらえるがいつかは払う必要がある。出来れば年内に。人として。
バイトでも探すべきかも知れない。
しかしネコ使いを雇ってくれる所が有るのならばそもそも私は情報屋などという不安定な仕事はしていない。
生活に必要だからこれまでがんばってきたのだ…無軌道な若い頃とは違う。
貯金は後二ヶ月ほどで食い尽くす。それまでに何とかしないといけない。
いっそ止めるか、ネコ使い。
数年前から生まれた猫全てに避妊去勢手術をしている。新規で受け入れるメンバーは厳しく審査している。客分として保留している猫達もその気になれば一切寄せ付けないことも可能だ。
おかげでじわじわと保有する猫の数は減ってきている。今飼っている猫達は死ぬまで責任を持って飼いきるつもりだが、彼らが死んでしまったらネコ使いの能力を完全封印しよう。そうすればなんとか普通の仕事も出来るだろう…
私の寿命は極端に縮むだろうが、なに、もう妻もいない世界に未練はない。むしろ後10年程度は生き続けなければならないのが苦痛だ。
…なんてな。
どうも暇で仕方ないと暗い方へ暗い方へ思考が行ってしまうので困る。
暇だと言いながらもやることはたくさんある。まずは部屋を片付けよう。


掃除が終わり猫達が連れてきたノミを一つ一つ潰していると来客があった。
テレコスピーカーだった。眉間にしわを寄せている。相当機嫌が悪そうだ。
「たきにりとのもれすわ」
…ああ、逆から言っているのか。
「うそ」
嘘、じゃなくてそう、肯定か。
「しいなも要必るれらいに気にんさじおうも」
別に強制したわけでもないのだがな。
「たしどもに元らかだ」
そうか。何を言ってるのかいちいち考えなくてはならないのがめんどくさいがそうしたいならそうすればいい。
「…やっぱめんどくさいや。止め止め。じゃあ改めて。忘れ物取りに来ました、ネコ使いさん。私は捨てられた身ですけど、取りに来るくらい良いですよね?」
もちろんだ。何時でも好きなときに遊びに来ると良い。歓迎しないが追い返したりもしない。
「…良いですよね?」
先ほどより大きな声で、さらに機嫌悪く彼女は言う。
だから良いというのに。
しかし彼女はその後何も言わず、私をじっと睨み続けた。なんだ?他にも何か言うべき事が有るのか?
そのまま数分間、無言のままにらみ合う。
わけがわからない。
そんなに家を出されたのが不満なのか…
まあ確かに強引なやり方だったかも知れないが…
私は謝った方が良いのか?
やがてテレコは目をそらし、ぽつりとこういった。
「なんで、黙ってるの」
それでようやく私はここ数日間一度も声を出していないことに気付いた。