第四十三話 仕掛けと推理 (連続48日目)

気絶も今月二度目ならそれなりに対策は立てる。
まずは詳細なメモと記録を付けてみた。
これも結局の所書き換えられてしまえば意味無しなのだが…書き換え方、消し方である程度の予測が立つ。
もちろんそれをわかった上でアリバイ工作的なことをされる可能性も有るが…それも含めて検討の価値はある。
そしてこれも不毛だが監視カメラの設置。
上記の理由でまっっっっったく意味を成さないかも知れない。しかしどういう形で意味を成さないかによってある程度予測が立つ。
後は隣人くらいか…これも頼りにして良いかどうか。斬は自分に都合悪いことは話さず、むしろ都合良く誘導しにかかるだろうし、中学生達は今自分たちの事で精一杯だろう。一応は聞いてみるが、時間の無駄かも知れない。
十和田に尋ねるのは論外だ。
私に魔法に関する詳しい知識が有ればもっと手はあるのだろうが、生憎素人でしかない。黒虹達に聞いた方が早そうだが彼女たちが今回の黒幕である可能性も否定できない。
レベッコはかかりつけの獣医によると異常なし、但し容態が急変する可能性があるので一応入院している。入院なんてしている場合ではないとレベッコはダダを捏ねたが、真の理由を話したところで納得した。
つまり、こうだ。『我々に察知できない生物の詳細を探ってくれ』


私には考える事も禁止されているらしいその生物は古来、猫と同じく人類の友として大事に飼われていたらしい。
一般的に猫はネズミ退治以外の役に立たないが、その生物は門番から狩猟の手伝い、果ては荷物の運搬や人命救助にまで使われていたらしい。すごい。私と私の猫なら可能なことだが、一般の人とその生物の間で簡単にそんなことが出来るなんで。
もっとも相当の訓練が必要なのだとメモには書かれている。
この近所(あえて場所は伏せてある)にいる門番の役を担っている生物は動くものには全て威嚇するという困った性癖があったようだ。
…これ以上の情報は消されているか意味を成さない文字に書き換えられていて私には解らない。
最初から説明しなおそう。
私は前回気絶した時からメモのコードを変えていた。小さな紙面にびっしりと自分だけにしかわからない記号と法則で書かれているはずのノートに意味不明な空白が多数発見されたからだ。これは明らかに誰かの手で改竄されている。
こんな事が出来るのは私自身か、時走社だけだ。
私自身に催眠もしくは魔法を掛けて書き換えさせるという手を使ったのなら違和感の残る形でメモを残したりはしないし、そもそも今回すこしコードを変えたくらいでそのまま保存されてしまうことも無いだろう。時走社が工作して改竄したと考えるのが自然だ。
時走社社員ならほんの一瞬の間に無尽蔵の時間を掛けてメモの書き換えなんて言う細かいところまで気の利いた世界の書き換えを行えるはずだ。使える時間は無尽蔵ではあるものの無限ではないのがポイントだ。恐らく今回もかなりの時間を掛けてコードを解析しているはずだが、時間切れになってしまったのだろう。文脈から予測して肝心と思われる部分だけ勘で新たなコードを使用して書き換えている。
ただしこのことからこの不自然な記憶障害…むしろ思考障害か…の原因全てを時走社に求めるのは早計だ。
恐らく元から有る誰かが作った魔法の効果の補強として調整を掛けたのだろう。その方が社としては都合がいいから。
魔法魔法と言っているがもちろんこれは便宜上のもので、本来は錬金術超科学神の奇跡忍法特殊技超能力etcetc…いずれを使っても良いし、いずれも実在する。
とはいえ一番自然なのは黒虹が掛けていった時限式トラップ魔法、それも超強力な奴か…もしくは、あまり考えたくはないが、フサエが死ぬ前に予め掛けて置いた大規模な世界魔法か。
もうひとつ、その不可知生物(もちろん他の人には見えているしちゃんと存在している…そしてそこに矛盾が生じないように巧く調整が掛かり続けている)に関係する誰か自身がしていることなのかも知れない。
その人物が私に、私にだけ存在を知られたくないから…という理由なのだと仮定する。
時走社も他のマジックユーザーもそれに同調しているのだと仮定する。
…そうだとして。
そうだとしても。
何故なのかが、さっぱりわからない。
私はただのネコ使いだ。
この能力は使い方次第ではとても危険だ。フルリンクすると猫が死ぬ、なんてレベルの話ではない。もっと違う使い道がある。あるが…私はそれを使う気はない。
そもそももっと簡単に私は無力化出来るだろう。フルリンクを自ら封印している私なら単なる力押しでもいくらでも方法があるし、あえてフルリンクを使ったとしても簡単に殺せるだろう。
常時フルリンクで仕事をしていた昔の私でさえフサエレベルの魔法使いには手も足も出なかったのだ。コストを惜しまなければいくらでも手はある。
そして、今のこの方法より遙かにそのコストは安いだろう。
あえて予測するなら、私の能力がこの今年の状況の最後の最後に必要になるから…かもしれない。
私の能力程度がどうしても必要になる場面が想像できない点を除けばそれなりに納得出来なくもない。
世界を何度も滅ぼせる上にその力を何処にでもなんにでも振り分けてほぼ万能な存在がゴロゴロしているのに、何故私なのかとは思うが。
たとえば十和田とか。十和田とか。十和田とか。

まあ十和田に世界の命運を任せるというのも酔狂に過ぎる話だし、私くらいが丁度良いのかも知れない。


薄くリンクしているレベッコから定期連絡が入る。
どうやらその生物と猫は仲が悪いらしく、別々の場所に隔離されているらしい…しかし他の猫達がかすかに聞こえてくるこの生物の鳴き声におびえているらしく、ゲージはパニック状態だと彼女は報告した。もちろん彼女にはその生物の鳴き声は聞こえない。
『恐らく狼の亜種なのではないか』と彼女は推理していた。なるほど。吠えるタイプの生物か。
私は「無理するな」と念を押して一旦リンクを切った。いや、切れはしないので出来るだけ絞った。接続し続けているといくらでも細かく報告するだろうし、それではせっかく入院させたのに意味がない。本来はゆっくりしてもらうのが目的なのだ。


さて。
レベッコが帰ってきて充分に回復した時点で、私はすこし色々と試してみたいと思う。
恐らくはあっさり気絶させられて、また書き換えられてしまうのだろうが…試す価値はある。
私は書き換えに備えて新しいコードをひねり出し、それを使ってこれまでの事でわかっていることをメモし始めた。
もちろん文脈で何が書かれているかわからないように、慎重に、さりげなく、巧妙に。


この後強制リセットが待っているなどとは知らなかったのだ。