第四十四話 フサエさんの講義その1 (連続49日)

やられた。
メモさえ飛ばされた。
強制リセットの地雷を踏んでしまったのだ。
何が起動スイッチだったのかさえ不明だ。
今年に入って何度目かも解らない。
…そして私はセーブポイントに呆けた顔で立ちつくしていた。
そこにはいつもの人が待っていた。
「いつもの人」はないよな。「いつもの人」は。
かりにも自分の妻なのだから。


「おかえりなさい」
フサエはにやにやと嗤いながら私に椅子を勧めた。
「前回も言ったけど立ち話じゃ落ち着かないでしょ?さあ座った座った」
座ろうにも椅子的なものは見あたらない…ここは所謂かみなりさまが住んでいそうな雲の世界で、それ以外は天使のコスプレをしているフサエくらいしか目に入らない。
手で探ると雲の固まりに座れそうな雰囲気だったので私はそれに腰掛ける。
私には前回の記憶がさっぱり無かった。「あった」のはここに着いた時点で思い出していたがその内容はさっぱりだ。
「うんうん、無理に思い出そうとしても無駄だから。これは相当酷いロックがかけられてるねぇ…珠音ちゃんは心配性なのかな」
フサエは手をこちらにかざそうとする。私は反射的に避けようとするが「ほらほら、素直に触らせなさい」と言われたので仕方なく頭を差し出した。
「じゃあとりあえずこれ、解いちゃうね。ちょっといーたーいーよー?」
「痛いのはかんべんしてください」
「あははは、もう私より一回りも年上なのに相変わらずなんだから」
そして酷い激痛が私を襲った。まさに脳の中を引っかき回されるような…それ以外に形容しがたい、独特の痛みと不快感。
「本来は肉体の接続が切れてるはずだから痛みなんて感じないはずなんだけどなぁ?幻痛みたいなものかな?ネコ使いの謎はまだまだ深いや」
こんな痛い思いをするくらいなら謎は謎のままで良いです。
フサエが手を離すと私はようやく痛みから解放された。気のせいか頭もすっきりしている。
「さーて、大体は掌握しているけど、私にとってはうんと未来の話なのよ。前も言ったけど。なので覚えている範囲で何が起こったのか出来るだけ詳しく話して欲しいかな?」
かいつまんで話そうとすると「ダメダメ。ちゃんと省略しないで話して?死んだ妻に内緒は無しよ?」と怒られた。天使のコスプレは伊達ではないのだ。
「ああ、大丈夫よ。まだ体感で何万時間もあるし、いくらでも延長できるから…時走社がバグに気付かなければだけど。そーろーそーろー気付かれそうなんだけどなー。多分気付いてると思うけどなー。厄介なネコ使いの調整を私に押しつけてんのかなー」
それでも人生よりは短い。私は急かすがフサエはのんびりしたものだ。
「だからー。どうせ私は死んでるんだから、生きてるあなたが焦ったってしょうがないでしょ?それより私としては貴重なこの時間を楽しみたいの。わかるでしょ?前も言ったし」
聞いた。それもちゃんと思いだした。でもどうしても思ってしまう…このまま、死を回避できないのか、と。
「無理無理。客観時間ではこの1秒後に死んだんだから。神様にも死まではコントロールできないし、させたくないもの。だからこの話はもうお終い。ね?」
ここで食い下がってもフサエを困らせるだけだ。私は諦めて死の直前の走馬燈状態にある妻にここ数ヶ月の詳細を語った。
フサエは私の話す一つ一つの事柄に頷いたり突っ込んだり笑ったり怒ったりした。こうしていると本当に彼女が死んだなんて信じられない…いやまあまだ生きているのだが。



「んー。あなた、テレコちゃんについてだけど」
あまり関係ないだろうと思っていたのだがひょっとしてテレコスピーカーもこの事態に深く関わっているのだろうか。彼女が以前言っていた「スピーカー」の能力と関係がある?
「関係ないなんってそりゃひどい!もう私達の娘みたいなものですよ?冷たすぎる!アイスマン気取りか!直接世話を焼けるのはあなたしかいないんだからもっとちゃんとしっかりしてっ!」
えー
「ああ、「スピーカー」はわりとどうでも良い能力だから気にしなくて大丈夫よ?」
つまり、今回の件とは無関係なのか。
「だから無関係とか言っちゃダメ!」
いや、そう言う意味ではなく。ああ、ひよっとして強制リセットとも何か関わりが有るのか?
「へ?有るわけ無いじゃん。ちょっと改造されてるだけのただの子供よ?」
じゃあ無関係…
「だから関係ないわけないでしょ!もっと家族として考えてあげないと!」
いやだからそう言う意味でなく。
「まあいいわ。これからよこれから。あなただけが頼りなんだから、しっかりしてよね?あとちゃんと口を開いて話して。また声が出なくなってるわよ?」
「ああ、すまん、おまえと猫相手だと楽なもんだからつい」
「そう何度もあなたの声を聴けるわけでもないんだから、ちゃんと聞かせてホッシーナーってことですよ?たのむぜ相棒!」
「うぃ、わかった。じゃあそろそろ今回の件について…」
「まだ早い!」
「えー」
「私がこれからあなたにあれくらいの年頃の娘とのつきあい方を伝授します!ちゃんとメモ取って聞くべし!」
メモとか言われても、ここには何も無いし…と言おうとしたらいきなり手元に出現した。私が愛用しているタイプのメモ帳とボールペンだ。
「これくらいわけないぜ!魔法使いなめんな!」
いや、こんな所でもそんなことが出来るとは思ってなかったので。失礼しました。
「わかればよろしい。じゃあいいこと?!メモ取って覚えて理解したら必ず実行すること!実行してなかったら今度会ったときにおしおきするわよ?」
「えー」
「返事は『ハイ』でしょうがっ!!!!」
「はいっ!」
「よろしいっ!特別に作戦が巧く行きすぎてテレコちゃんと再婚、みたいなことになっても特に許す!」
「えー」
「返事は『ハイ』だろうがー!!!!」
「アバババババババ!」
「はっ。つい私ったら電撃を…つーか痛くないはずだけど?これも幻痛?」
「フサエさん…めちゃめちゃ痛かったです…」
「ネコ使いの謎は深いなぁ。それはともかく返事は?」
「はっ…はい…」
「やーいロリコンロリコン」
「えー」
「よっしゃー盛り上がってきたぜー!じゃあ早速始めるよっ!」



その後、体感時間で二日間ほどみっしりと講義は続いた。


(つづく)