第五十九話 調査 (連続64日目)

今日で試験も終わりだ。
日に日に弱っていくテレコスピーカーが今朝どんな様子だったのかは不明。
私が起きた時にはすでに登校してしまっていた。猫達に聞いたところ、それほどは弱っていなかったらしいのでこちらを心配するのは後回しで良さそうだ。


昨日からレベッコと連絡が取れない。
小学校に単独で行かせてから間もなく、リンク自体が切れてしまった。
以前もちらっと言ったようにリンクが切れるなんて事は本来ありえない。レベッコのような古参の猫とのリンクならなおさらだ。それが綺麗さっぱり消えている。
ありうる可能性は2つ。何らかの方法で接続に邪魔が入っているか…あるいは、死んでしまったか。
理屈上後者の確率は酷く薄いのはわかっていてもそれを確認する方法が無くては安心なんて出来ない。
レベッコ失踪の直後から全ての猫を使ってレベッコの捜索を開始した…小学校に何チームか派遣することも何度か検討したが自重。何せレベッコが消されるほどのトラップなのだ。何匹も束になって掛かっていったところで全て同じように消される可能性がある。二重遭難だ。そんなことは出来ない。
猫達にあてのない捜索をさせている間に私はこれまでの記憶と資料を総動員してこの地域の学校を巡る様々な事柄を整理し、その行間から何かを読みとろうとした。
私と猫達がたまたま耳にしたうわさ話、言葉の切れ端、ほんの少しだけ昨日と違う景色、ネット上の戯れ言に隠された真実、暗号、誰がいて誰がいなかったか、ちょっと見ただけの子供の新しい遊びとそのルール、普段と違う匂い、嘘、その理由、その他。それらを全てくっつけ縫い合わせいくつものストーリーを想像し推理し、出来上がったモノからさらに行間を読み意味を読みとろうとする。
フルリンク状態なら一瞬で終わる作業だがまさかレベッコの命と他の猫達の命を天秤に掛けるなんて事は出来ない。したくない。
初めてすぐ気付いたのは犬使いと時走社の痕跡の多さ。私が目をそらしたり気絶したりさせられている間に何か酷いことが起こっていたのだ。私はいくつかの制限を受けていたのでその件については触ることも出来なかったが、この間フサエにその辺りの制限を解除してもらったので色々と露骨に隠されていたことが露見し始めていた。
犬使いは何かしらの脅威と戦い、その痕跡を時走社、恐らくは山田(仮称)が消して回っていたのだ。遠慮なく嗅ぎ回る私を牽制しフサエが予め仕掛けていた安全装置まで利用して、私は巧妙にその件から遠ざけられていた。裏山での決闘も変なタイミングの時走社の襲撃とほのめかしと警告も名称のない秘密結社(グロ画像の方もエロ画像の方もどっちも)の理由のわからない作戦行動も、全てこのせい…なのか?
予断は危険だがここまでの不可思議な動きの全てがそれで説明できてしまいそうだ。
問題は肝心の「何か」が未だになんなのか見当も付かないことだ。
犬使い逆川小夜は何と戦い、そしてこの位相から消えていったのか?
猫達の捜索の成果はゼロ、私の方もこれ以上の発見はなく、昨晩はそれでも直接私自身が夜の小学校に出向いてみたりした。
梅雨明け宣言はまだだかすでに熱帯夜と言っても過言ではない。むしろ時々降る雨が湿気を加えていて不快指数も不安もうなぎ登りだ。
走り出したくなる自分を無理矢理押さえつけて私は小学校までの15分を歩いて行く。いざというときのための体力温存だ。変身のリソースを自分の血液に変更してしまった以上、跳ね上がった心臓のまま戦闘に入るのは自殺行為。私の命は惜しくないが私が死ねば猫達を守る楯が何一つ無くなってしまう。
しかし自然と足は速くなっていって、結局最後には全力疾走してしまった。
校門で私は焚きつけた張本人、叶開花と偶然会った。
偶然なんて事は時走社社員にはありえないので恐らくは待ち伏せされていたのだろう。
「や、わざわざご苦労」
開花は軽くそう言った。息を整えながら私は答える。
「…こうなることを、わかった上で、焚きつけた…そういうこと、ですね?」
開花はふざけて大げさにガードしてみせる。
「おおっと、そんな怖い顔しないのって。まーケツ叩いたのはわたしだし、一応責任あるかなーって思って、休暇中だっつーのにこうやって来てやったんじゃん。…ま、今日はそのまま帰って寝たほうが良いと思うよ?酷い顔してるよシロウちゃん」
レベッコの命が掛かっているのに引き下がれるものか。私は強引に校門をくぐろうとする…と、その小学生にしか見えない女子中学生中身はおばあちゃんに軽く投げ飛ばされた。
私は塀まで飛ばされて激突した。普通に投げ飛ばしたのではない…時間を制御して単位時間当たりに掛かる力を馬鹿げたレベルにまで増大させたのだ。小学生が1時間岩を押し続けたとしても岩はピクリとも動かないだろうが必要なタイミング必要な角度でその力をコンマ数秒内に圧縮すればそれこそマンガのように吹き飛ばせる。
「はいはい、ネコ使いは進入禁止ーっと。わかってないねー。レベッコたんが存在ごと消されるような場所にアンタが入ったって何も解決できないよ?そもそも、自分でも猫達をここにこれ以上侵入させようとはしなかったでしょ?わかってんじゃん。なら、自殺して何もかもダイナシにしたいんじゃなきゃここは引くしかないんじゃなくて?」
起きあがりつつ、しかし…と反論しようとする私をさらに制して開花は言う。
「大丈夫。レベッコたんならちゃんと帰ってこれるよ。あんまぶっちゃけたく無いんだけど、言わないと引かないだろうから教えちゃうね。これはね、要するに、位相の違う世界に飛ばされただけなの」
…小夜のように?
「そそ。今シロウちゃんが考えてるとおりだよ。一般人にとっては地続きだけどシロウちゃんや猫達にとっては認識できない違う場所。でも地続きだし。ちゃんと帰ってこられるよ。帰ってこられなくても向こうにはこよるちゃんもいるしね。だから大丈夫。私の後輩達と自分の義理の妹を信じてあげなさい」
と、ここまでが昨日の話。


それからも私はしつこく小学校周りを猫達に調査させた。この小学校だけではなく他の学校施設にも猫達をフル動員した。自分でも一つ一つの学校を巡ってみた。
結果は空振り。
むしろ先ほどまであったはずの犬使いの痕跡が綺麗に消されていた。調整が入ったのだ。
休暇中とはいえ開花も社に連絡くらい入れるだろう。そしてその辺を調整できるコネくらいはあるだろう。つまり、そういうことか。
夜が明ける直前に私は諦めて家に帰り、そして今目が覚めたところだ。
さて、どうしたものか。
レベッコの命だけを最優先するわけにもいかない…それは今まで死んでいった数万匹の猫達に失礼というものだ。
命の危険はレベッコだけではない。
前線にいる猫達も、アンテナ役の猫達も、ブースト役の猫達も、全て等しく命の危険に晒されている。
実際一年を何匹かの猫達の死を避けて過ごしきることは不可能だ…猫達の寿命の問題もある。
毎年毎年、たいした理由もなく猫達は死んでいく…猫殺しと呼ばれていた頃よりは随分とマシだが私のネコ使いのワザが猫達の寿命を縮めているのは事実で確実だ。
それでも猫達は喜んで私に命を差し出す。
私はそれを使う。使う以外の生き方を、未だ見つけられない。
…酷い話だ。



そのまま布団を被ってふて寝してしまいたい誘惑を振り切って私は無理矢理起きあがった。
出来るだけ猫達に意味のある生と死を。私にも同じように。そして出来るだけ猫達に旨いごはんを。
フサエとの約束だ。
私は再び学校周辺を猫達に探らせるべく準備を始めた。
まずはカリカリの用意だ。
…しょうがないじゃないか、仕事は入り始めたものの、家はまだまだ貧乏なのだ。屋根の修理代もかさんでいるし。