第七十二話 斬 (連続78日目)

随分格好悪い奴がいるな、と俺は思った。
そこは誰でも参加可能のぶっ殺し隊…よーするに屋台骨が傾きかけている組織が最後の反抗の為に組織外から金で買える戦力をかき集めて作った部隊の一つだった。
おそらく今日の戦いが勝ちでも負けでもこの組織の壊滅は確定している。だからこの作戦は幹部連中が逃げるためのデコイだ。多額の成功報酬はただの口約束。だがそれなりの前金はすでに受け取っている。そもそもここにいる連中は損得よりとにかく戦いたい、人に酷い事をしたい、殺したい、死にたい、という変態どもだ。俺も含む。
そのみっともない子供がどんなつもりで参加したのかは知らないが、作戦前に野良猫に餌をやって喜んでいるようでは生き延びれないだろう、そんな風に思っていた。
野良猫の数が尋常ではなかったが、要するにそういう能力者なのだろうと思っていた。どれだけ数がいようと猫は猫だ。たいして戦闘の役には立つまい。
それが猫殺しだった。


一方的な虐殺だった。
その子供はほとんど全ての敵をあっと言う間に行動不能にして、そして一人一人丁寧に殺していった。俺達はその一人一人を片付ける手伝いをしただけ。
襲撃した組織…その年の正義の味方…はこの事件をきっかけに徐々に衰退していく。
この無駄な大勝利は雇い主を調子に乗らせることになり、結果的に別の敵対組織の前に全滅することになるのだが…そんなことはどうでも良い。
俺はその子供に興味を持った。
猫殺しと呼ばれていたこのガキなら、もしかしたら。そう思ってしまった。それが腐れ縁の始まりだ。



次の年俺は積極的に猫殺しの姿を追った。
爺さんから蒼々を引き継いではいたものの、俺は自分の力を試せる場所を失いつつあった。強すぎたのだ。インチキくさい刃剣の力は俺にとって邪魔でしかなかった。そりゃ色々と便利だが、ほんの一時でどんな敵も屠れてしまうのでは興が湧かない。目立つ動きをすれば時走社を初めとしためんどくさい連中といつまでもやり合うことになるし…何よりこの頃から自分で戦うより自分の武器を使ってもらえることの喜びの方が強くなりつつあった。所詮俺がいくら強くなろうが、それは俺が持って生まれた能力をただそのまま使っているというだけのことだ。それより弱っちい奴に手を貸して、戦力バランスを思いっきり崩してやる方が面白い。強い奴にさらに馬鹿げた力を貸してどうしようもなくなる様も見てみたい。
俺は最初から最後まで楽しく生きていたいだけだ。その点では十和田と同じだな。
猫殺しはやたらとあちこちを移動する奴だった。理由は簡単、力の源である猫達を使い捨てにしているからだった。猫殺しが暴れた後はその町の野良猫は綺麗さっぱりいなくなっていた。保健所いらずだ。しかし猫殺しにとっても必要な戦力を失うことになる。そんなわけで奴は気まぐれにあちこちを旅して、行く先々でトラブルを起こし、そして敵対した可哀想な奴らを皆殺しにしていった。
奴はどれだけ勝とうが負けようがいつも頭が痛いような顔をしてつまらなさそうに一人ずつ始末していった。俺の助けなんて必要ない。助けようが助けまいが奴は同じ顔で同じように日々を過ごすだろう。客としても相棒としてもつまらない、だから関わるべきじゃないと俺は頭ではわかっていた。
だが気がついたら俺は奴の姿を追い、奴に武器を貸して、奴と手を組んでいた。何故かはよくわからない。妹たちはからかうが、マジに恋愛感情とは違うのだ。俺だって何百年と生きてきている。浮いた話もいくつもある。しかしそれとは決定的に違う…なんだろうな。いっそこれは恋なのだと言ってしまった方が自分でも楽な気がする。しかし違うのだ。刃剣にそんな感情が有るとも思えないし…なんなんだろうな。猫殺しの苦しむ顔が見たいとか、そんな単純なことでもないのだ。保留したまま、もう二十年も経ってしまった。


あの女と出会って変わっていく猫殺しを見るのは苦痛だった。
しかめっ面しかしない奴がどんどん表情豊かになっていくのを見るのは気持ち悪かった。
あの女と仲良くしているのを見ていると殺意が湧いた。
まあ、嫉妬だろう。何故だかはわからないが俺はこの魔法使いが気に入らなかった。そいつにせっかく出来た面白い相棒を取られるのがたまらなく嫌だった。
しかし、何度かチャンスはあったが結局直接戦ったりはしなかった…むしろ一度は殺り合っておいた方が良かったのかも知れない。もうその機会は永遠に失われてしまった。
あの女は今、時間の外側で猫殺しの最後までを観察するためだけに停滞している。
フサエが死んでからの猫殺しは見ていられなかった。
十和田は「やべえ、より面白くなりやがったwwwww」と喜んだが、俺はとてもそんな気分にはならなかった。
どんどん衰えていく猫殺しはうざいを通り越して恐怖ですらあった。
せめて、元の猫殺しに戻れば。
そうすれば、俺も、いつもの俺に戻れるのに。
ここ数年はそんな感じで、そして空回りしっぱなしだった。
バカみたいだよな。
可能性を追って十和田と試行錯誤してみたがもうこれまでだろう。
奴は老いた。
もうこの先にのびしろはない。
せっかく完成した俺の全存在を賭けた業物…紅々も、もう奴の手に渡しても意味があるまい。もったいないがおれの中で煮溶かすしかあるまい。
妹たちは順調に行けば今年卒業する事になるし、そうなれば隣の地域に引っ越すことになるだろう。先祖代々の工房を手放すことになるが、隣の地域に同じ物を作れないわけでもない。それくらいの蓄えはある。
そもそも俺の情熱が再び燃え上がらない限り工房なんて有っても無くても関係ない。日銭ならいくらでも他の手で稼げる。妹たちは刀作りに少しも興味ないみたいだしな。
だから猫殺しとそれにまつわるゴタゴタに付き合うのも今年限りだ。
ひょっとするともっと早くつきあいが終わりそうだがな。
奴の顔に死相が浮かんでから随分経つ。
夏が終わる頃には終わってしまうかも知れない。


それがどうしようもなく寂しいのは…ほんともう、どうしてなんだろうな。
まあいい。
ごちゃごちゃ考えるのは俺らしくない。
次が最後だ。
壊れて変わるか、そのまま潰れるか。
油断しきってる奴がどれくらいうろたえるか…
ああ、やっぱり楽しみだな。
待ちきれない。
全部ネタバレしてやりたいくらいだ。


ほんともう、なんなんだろうな。