第七十三話 報復 (連続79日目)

子供の頃は猫が嫌いだった。
むしろ恐れていた。
そりゃそうだ、のこのこ近づいてきて仲良く遊んでいたと思ったら、突然血を吐いて死んでいくのだ。しかも次から次へと。トラウマにならない方がおかしい。
妹の猫アレルギーはおそらくこの時の経験が効いているのだろう。
私が猫嫌いと聞くと同級生の誰かが必ずと言っていいほど猫を私の前に連れてきて「ほれほれ」と目の前に突きつけるというイジメをされた。
大抵直後にその子供の手の中で猫はぐったりとし、なれていた私よりそのいじめっ子の方が心に傷を負った。
やがて私はネコの使い方を覚え、そして最初の殺しを経過して、闇に飲まれるように業界の人間になっていった。
これと同じ事が人使いにも起こったとすれば…
あまり想像したくないが、多少曲がった性格をしていたとしても仕方ないのではないだろうか。
そんなわけで私が人使いに対して抱いていた感情は『恐怖』でも『怒り』でもなく『同情』だった。
私にはどうすることも出来ないが、何かいい手が有ればいいのに、そんな風に考えていた。
ああ、もちろん、猫殺しからネコ使いに変わってからの話だ。フサエと出会うまで私は私のことだけしか考えられなかった。人使いのことはめんどくさい障害でしかなかった。絶えず続く酷い頭痛が想像力を奪い続けていた。私は常にアカシックレコードに近い位置で全てを掌握していたが、ただそれだけだった。知っているだけでは人は何も出来ないのだ。



「ちょ、病院行ったのになんで怪我が増えているんですかっ!」
私は右腕の中程を刺されていた。治療済みだし心配するほどのことではないのだが、まあ確かに不思議な話だ。
「まー要するに緒方先生の信者に復讐されたんだよ…少し派手に暴れたからあの病院には行けないな」
相手はただの一般人で、医者だった。メスを振り回して襲いかかってきたのでやむなく応戦したが、いつものような怪人怪物の類ではないので手加減するのに苦労した。
特別対策部が時機に調書を取りに来るだろう。で、なんだかんだで尋問されるのだろう。鬱だなぁ。
「じゃあ診療はしてもらえなかったんだ?」
「出入り禁止にされた。考えてみれば私達のようなのが普通の病院に行ってはいけないよな。失敗した」
大いに反省している。初めから闇医者にでもかかっておくべきだった。しかし料金は高いしたいしたことは出来ないのでかかってもあまり意味がないのだよなぁ。頭痛薬でも飲んで寝たほうがマシだ。
「まあ頭痛は昔からの持病でね。フサエに治してもらうまではもっと酷かったんだ。その時もたいしたことにはなっていないし、多分大丈夫だろう」
最悪でも自分が死ぬだけだ。
「うー。おじさん、今一瞬ネガティブなこと考えたでしょ。たいしたこと無いと言いつつ実はけっこうヤバイでしょ。しかし、うー。医者にもかかれない知り合いの治療系の使い手もいないとなると…整体にでも行ってみる?案外骨盤のゆがみとかから来てるのかもだよ?良く知らないけど」
翌日、ダメモトで行ってみた。
帰ってくる頃には怪我が増えていた。
「ちょっ!なんで?!」
整体師のおじさんも信者だったのだ。いきなり殴りかかられた。
「どうもこの町は先生大好きだった人が多いようだな…これは本気で引っ越しを検討するべきかもしれない」
隔離した人間のことをこれだけ覚えている人がいるのだから時走社はこの件ではそれほど徹底した書き換えを行っていないということか。それはつまり先生という存在があったことを完全に消すと何か別の不都合が生じるということなのだろう。
結果、いつまでも私は命を狙われ続けることになる。
「でも怪人とかからの復讐はまだですよね。怪人魔人怪物の類は人使いの能力の外なのかも知れませんが、その手の仲間がゼロって事もないでしょうし」
自分で言うのもなんだが、そういう業界の連中なら私が容易く殺せないことは知っているだろうし…そもそも業界内なら私の敵はうじゃうじゃいる。何らかの報復は検討されているだろうがなんの計画性も勝算もなく突っ込んでくるような方法は採らないだろう。
「まあそんな状況だし、テレコも変に勘違いされて普通の人に襲われるかも知れないからな。注意しておけよ?」
「はぁーい」
気のない返事だ。
「だってさあ、そんなふつーの人にやられちゃうほどあたし弱くないし。むしろおじさんが二度も怪我しちゃってるのが不思議。どーしたの?事前に気配を察知とか、出来るんじゃないの?ちょっと緩みすぎなんじゃないの?とくに、お腹の辺りとか」
言われてしまった。確かにここの所妙にぼーっとすることが多い。頭痛を気にしすぎているせいだろうか。
お腹の辺りは…ここの所自分の身体より猫を使う事の方が多かったからか。少し努力するか。


「老化現象だろ。常識的に考えて」
十和田にまでそんなことを言われた。
「いや、マジでマジで。だって考えても見ろよ、もうお前はプロ野球選手なら引退するような歳なんだぜ?むしろ全く衰えない方がおかしい。業界の最前線で突っ走れるのはもう後数年だな。まあ、ネコ使いがどういう老化の仕方をするかは前例がないからわからないがな」
やはりそうなのだろうか。この所身体が重いし、思うように動かないのもそれか。
「頭痛も経年劣化だろ。猫達を使うのを押さえている分、自分の脳にダメージが蓄積しているんだな。人使いみたいに遠慮がないのもつまらんが、お前はちょっと遠慮しすぎだ。もっと殺しても罰は当たらないはず」
最後のには同意しかねるが、なるほどそうかも知れない。
どうしても魔法治療を受けるべきだろうと思って最後の手段として十和田を頼ってみたのだが、案外簡単に解決してしまいそうだ。
「ま、確かに何かの罠を仕掛けられてる可能性も有るがな。だから一応頼れるそれ系の医者を紹介しておく。少し遠いが行っておけ」
私は名刺を一枚渡された。
「あーそれから、そいつは『魔法使い』という単語が好きじゃないから気を付けるように。そもそもお前は自分の理解が及ばないジャンルの奴を魔法使いと呼んでおおざっぱにまとめすぎだ。その方法で行くと俺だって魔法使いだし、おまえだって魔法使いだ。そいつは治療師、もしくは本業の神父とでも呼んでやれ。いや、そうじゃない。名前で呼ぶのが筋だ。当たり前だが」
どうやら教会の人らしい。本来魔とは敵対する側の人だ。そりゃ魔法使いと呼ばれたら怒るだろう。
名刺によれば彼は沢戸ケンジ。
…困った。知っている。治療師でも神父でもない。こいつは。
「ああ、もちろんエクソシストなんて古いあだ名で呼んだら殺し合いになるぞ?おまえもよーく知っているだろうがな」
十和田は例によって実に楽しそうに笑いだした。