第六十話 帰還 (連続65日目)

猫達を再び学校周辺に放ってからすぐ、ほんの一瞬レベッコとリンクが繋がった。
大慌てで私はそれを強化するがあっと言う間にそれは薄れ、消えてしまった。
これはこちらの位相に帰って来れたということなのか。再び切れたのは意識を失ったからか。それとも。



そうこうしている内にテレコスピーカーが帰ってきた…レベッコを連れて。
極度の疲労でリンクは薄れかけているが一応は繋がっている。
「小学校の校門前で倒れてたんだよ?びっくりしたけど単にぐったりしてるだけみたいだから良かった良かった」
…今年に入って肩すかし、これで何回目だろう。
ともかく無事で帰ってきたこと、テレコスピーカーも試験の重圧から解放されて元気になっていること、どちらもめでたい。
レベッコは即見てきたことを報告したい様子だったがここまで消耗していては無理だろう。
とりあえず報告を聞くのは明日にして、まずはテレコの労をねぎらうことにした。ついでに刃剣の姉妹と…何故かくっついてきた叶開花も。
「ね?心配する必要、無かったでしょ?」
うるさい。昨日どれだけ気を揉んだか、知らないわけもあるまいに。
「んん?おじさんはすでに後輩ちゃんと知り合い?仲良さそう。ちょっとジェラシー」
「若ければなんでも良いのかっネコ使い!」
「こんな小学生みたいな子にまで手を出すなんで…変態ですねネコ使い!」
「あー、そいえばフサエ嬢とも随分年が離れてたよね?シロウちゃん」
「うるせえ人外ども。時走社社員で昔ここを担当してたんだよ…刻や刺は知っているだろうが。それと開花さん、設定年齢14歳だったんじゃないんですか。この間つっこむの忘れてましたけど」
テレコの後輩なら一年生と言うことになるが、14歳で中一は矛盾するだろう。
「病気で二年ほどダブってる、という設定にしてみたんだ。この年頃だとそれくらい年が離れてるとかなりの差だから、わたしが大人っぽすぎてもあまり違和感無く受け入れられるかなーと思ってね」
実際には2年じゃなくて57年の年の差ですけどね。
「じゃあ後輩じゃなくて大先輩ですねっ!すみませんあたしったら知らなくて今まで散々失礼なことをっ!」
「そんなぁっ!良いですよっ!学校では実際後輩ですからねっ!」
…学校ではこんな風に猫を被ってるのか。魔女め。


「ほほう。ここに来るのも久し振りだけど…いつの間に屋根に穴なんて開けたの?刃剣専用出入り口?新しい宗教?もしかして慎みの穴?」
そんなわけ有るか。私は簡単にいきさつを説明した。
「ふーん。ちょっと失礼」
開花はそう言って一瞬消えて現れた。
「ニクキュウって今年やたら露出の多いアイツかぁ。シロウちゃんも変なのに絡まれたねぇ。でもアイツの不死身さはそろそろ限界だから手加減しないと本当に殺しちゃうことになるよ?注意ね」
正義の味方らしく、一応は敵の命まで心配しているようだ。つーかサーバーと接続できないんじゃなかったのか。
「コネもあるしー。あと、ちょっと調べるくらいなら時走社のサーバーじゃなくても一般のネットでも充分だし」
そしてまた消えて、人数分のグラスと麦茶を抱えて再び現れる。
「こんな暑い日に冷蔵庫にアイスも装備してないなんて、シロウちゃんはダメダメだなぁ。買ってくるからお金頂戴?」
私は財布をとりだし、お金はテレコスピーカーに渡す。
「アイスと、後テキトーに買ってきてくれ」
「ラジャー」
「えええ?私が行けば一瞬で買ってこれるのに?それにこーゆーのはパシリの仕事ですぜ?」
学校じゃパシリなのか?まさか。
「そんなにしょっちゅうその力を使ってたら休暇の意味無いじゃないですか…私達のせいでまた一つ若返られては困りますし」
「あ、そうだった」
「…学校でもこんな感じなのかこの人?」
尋ねると刻と刺は
「んー時々消えてるかなー同じ学年じゃないから知らないけど」
「そもそも受業受けてるか疑問ですねー同じ階にいないから知らないけど」
と答えた。
仕事でもないのになんでこの人は学校になんて通ってるのだろうな?
「だってねぇ…子供が平日の昼間うろうろしてたら補導されちゃうしー。だからといって家に籠もってても退屈だしー。学校行くのが一番良いかなって」
「…暇が潰れるような、何があるんです?」
私は試しにカマを掛けてみたが引っかからない。
「愛と青春の日々よ♪」
はいはい。
ついでに刻や刺にも校内で変わったことはないか尋ねてみた。
「別にないねーネコ使い。なんだ?やっぱり女子中学生のイロイロに興味有るのか?エロスだな!」
「別にないですよネコ使い。エロスも程々にね」
どーしても私をペド野郎扱いしたいのか。
と、なるとテレコスピーカーに尋ねてみるしかないのか…なんとなく勘だが、正直には答えてくれないような気がする。
それに、テレコ達の学校では本当に何もおこっていないかも知れないのだ。
叶開花は何かを確実に知っていそうだが絶対に教えてくれないだろうし、小学校で位相がずれていたとなると他の学校には怖くて侵入することもさせることも出来ないし、困った。犬使い側からの『手を出すな』という無言のメッセージなら良いのだが。
そう言えば犬使いは転校したといっていたな。
「逆川小夜と夜太はどこに転校したって言ってたっけ?」
校名を言ったのなら確実に覚えているはずなのだが例のプロテクトが掛かっていた時期の事もある。ほんの些細な興味だったが確認したくなった。
「隣の地区の七目高校」
「地区外からの編入は厳しいらしいですから、わたしたち浪人しちゃうかも?」
「そしたらテレちゃんと同級生だねー」
「一緒に一年生になるのも良いねー」
「ねー」
七目高校。何処かで聞いたことのあるはずの言葉だ。脳内をくまなく探して検索するが該当する単語は存在しない…が、間違いなく見聞きしている。いつか。どこかで。やはり記憶が改竄されているのか。
「それと、転校したのは夜太君だけだよ?」
「こよるちゃんはまだ転校してないよ?手続きがめんどいからやめたとか言ってた」
なん…だと?
私は思わず叶開花を見る。しかしそこには救いはない。
「だから言ったでしょ?向こうには小夜がいるって」
言った。聞いた。だがこんなに近くにいるとは思っていなかった。そもそも、だとしたら何故プロテクトは外れたんだ?接触の危険が無くなったからじゃないのか?単に俺だけが見えない触れない、そういうことなのか?それだけなのか本当に?
「おお、ネコ使いは興味のある様子」
「もはや女の子ならなんでもいいのか!」
うるさい。考えているのだ…考えて。
夜太だけを転校させた意味がわからない。犬使いの目的も。願いも。その願いをランダムに叶えるという願望充足機も。
私はこれらを知るべきなのか。知っても良いのか。
叶開花は危険が学校にあると言った。私に不都合な何かがそこで行われていると。
フサエは小夜のことは放っておけと言った。触れるのは危険だと、知ってしまえば私も願望充足機に狙われると言った。
そもそも私は逆川小夜という個人を知らない。
それなのに私はこの危険な案件を向こうに丸投げしたままで良いのか?
フサエの言うことは信じたい…けれど。それすら改竄されていないとは、もはや私は確信を持てなくなってきていた。