第六十二話 使いと人質 (連続67日目)

この小学校をわざわざ狙って名称不確定の秘密結社がテロを仕掛けて来たのだった。
校門から馬鹿正直に数体の魔獣が入ってきた。
特に意味のない、わけの分からない襲撃のようにも見えた…人使いを潰すつもりならこの戦力は馬鹿げている。
案の定、次から次へと魔獣達は簡単にただの子供達に倒されていった。
むしろ人使いと秘密結社は繋がっているのではないか、これは要するに言い訳のようなものなのではないか。レベッコはそう考えた。
茶番ではあるものの、その関係性が透けて見えるようならこのやられてばかりの探索も意味有るものになるだろう、そうとも思った、らしい。
…ニクキュウに発見されるまでは。


ニクキュウ自体は簡単に退けられた、とレベッコは言った。
彼女はあえて自分の成果を大きめに報告する、そうして置いてそれに帳尻合わせようと努力する傾向がある。
よく言えば理想が高い、悪く言えば格好つけたがりだ。なので多少割引して考える必要がある。
しかしそれでもニクキュウ自体は簡単に退けられただろう。
問題は残り体力点だ。すでにギリギリだったのにこの無駄な戦闘で完全に尽きてしまった。
レベッコは校門を抜けたところで力尽き…そしてテレコスピーカーに保護された。


「フーッ!」
最後に人使いに対する怒りを遠慮なくぶちまけて、レベッコの報告は終わった。
「で、なんて言ったの?レベッコたん」
私の後でじっとこの様子を見ていたテレコスピーカーは早速そう聞いてきた。レベッコにとっては命の恩人…と、いうことになるのか?
私は簡単にいきさつを説明し、そして人使いと犬使いについて改めて尋ねた。
「んー…また気絶したりしない?」
しない。すでにそれは対策済みだ。
「ふむ。じゃあ知ってることは全部話しちゃおうか」


基本的に犬使いも人使いも受け身だと言う。どちらも無視できない脅威だが積極的に何かしらの目標を持って動いているわけではない。
人使いはネットワークを次第に広げ続けているがそれは人類の絶対支配を達成したい…などということではなく、言うなれば友達100人計画、実体はただの保身なのではないかとテレコは考えていた。
「とりあえず学校施設を中心に、すでに数千人がつかわれ化しているみたいですね。でも使われている人達も自由意志で動いているみたいですし、積極的に何かさせてるわけでもないみたいなんで目立たないんですね。変な宗教みたいなものかも」
積極的な作戦行動をしていたら位相の差は有ったにしても必ず私の目に留まっただろう。学校中心に活動していたのも盲点だった理由か。
犬使いは犬使いで願望充足機の事もあり迂闊に動けなくなっている。小夜が動くのはたとえば刃剣の姉妹が彼女の最強最大すなわち逆川夜太にちょっかいを出したときなどに限られる。
「最強最大?」
そんなにでかくて強いのか?
彼に会ったことがない私はなんとなく総合格闘家のような人物を想像した。
「意味は良く分かんないです。でもとにかく事あるたびに『あたしの最強最大を見せてやる!』とか言うて何処かから夜太君を召喚してるんですよ。…あ、おじさんが想像してるようなガチムチのボディビルダーみたいな人じゃないですよ?」
最強最大の名は伊達じゃなく、どのような敵を前にしても常勝無敗。それは単純に戦闘に関することだけではなくありとあらゆるジャンルに渡ってそうなのだという。
「それってようするに…アレだよな」
「アレですよねー。こよるちゃんはあくまで『夜太ちゃんの実力だよ!』って主張し続けてますけど…もう、ホント可愛いんだから」
刻や刺ならそんな面白いものを見たらそれはちょっかいを出したくなるだろう。なんとなく構造がわかった。
でもそれなら何故夜太は急に転校なんて事になったのだろうか。むしろ何故小夜は転校しなかったのか、か。
「それもよくわかりませんけどー。多分、ワラワラの力が強くなりすぎてて、側に置いておくとどうなっちゃうかワカンナイから…ですかねぇ。その辺の複雑な乙女心はあたしにはまだちょっと。へへー、すみません」
願いの強弱は関係なくランダム、と言っていたなそういえば。ならば本当の想いの逆を叶えられたとしてもおかしくはないのか。
「で、そんな犬使いと勢力拡大以外特に何もしない人使い、この二人が何をもってして対立したのか、が一番知りたいのだが」
対立しているのだろう、と私は単純に予測していた。しかし違った。
「や、多分緒方先生はこよるちゃんが見えていないはずですよ?だから対立も無いんじゃないかなぁ…お互いにそうする理由がないし。まあ人使いの能力はちょっと気持ち悪いけど、それを言ったらおじさんもそうだし…。あと、使われている人全てが人質みたいなものだから迂闊に手を出せないのもあるし」
「まあな。レベッコの話だと、使うときは常にフルリンクみたいだし…となるといじればいじるほど犠牲者は増えていくのか」
「フーッ!」
もっともだ。だからといって看過出来る事でもない。フサエならその辺をなんとかクリアして、全力で潰しに掛かるだろう。私はその辺をどうにも出来ないので出来ればスルーしたいのだが、何か方法があるのなら一度は人の道理を説いてやりたいところだ。かつての猫殺しの言葉がどれだけ通じるかは疑問だが常時フルリンクなんて許すわけにはいかない。
しかし、待てよ。
私は少し引っかかった。
「私と犬使い、犬使いと人使いが位相の壁で隔離されているのはわかる…けれど、何故私と人使いが隔離されるんだ?」
刃剣使いが一切隔離されてないのも気になる。奴らなら位相間の壁を『切って』移動できたりしそうだけれど。
「さあ?それは時走社に聞いてみないと」
「んー…まあ、確かにそうだわな。そういえば時走社の新担当が挨拶に来ないな。別に来られても困るけど、この件について少し聞いてみたくなった」
叶開花は今年の状況に一切関与していないと言うから聞いても知らないだろうし教えてくれないだろう。
時走社はこの次元に本部や連絡先を特に設けていないので彼らと接触しない限り質問すら出来ない。質問させる気もないのだろう。本来次元の外側の存在達だ。
「生意気を言うようですが、あたしとしては、事態が変化するまでは静観がオススメかなぁ。向こうに攻撃の意志がないならなんとか仲良くした方が良い感じっぽいです。逆に揉めたら相当酷いことになりそう」
確かに。どちらが勝っても少なくとも数千人と百数匹の猫の命が飛ぶ事になる。実際にはもう一桁多く命が消えることだろう。そんなハルマゲドンは勘弁してもらいたい。
「わかった…ありがとうテレコスピーカー。警戒はするが、手の打ちようもないしな。しばらくは静観しか無いか。私には向こうの動きを知る手段がないんで、すまないけどテレコ、また何か気付いたらたのむ」
そういうと彼女は「お任せあれ!」と胸を叩いた。
「だってあたしはおじさんの助手だしね!これくらいは当然ですよ!」
…あ。
「忘れてないよね?夏休みに入ったら仕事手伝わせてくれるって」
記憶を消せない私は忘れようがない。しかし…忘れていなかったのか。何も言わないからこのままうやむやに出来ると思っていたのに。


ニュースでは熱中症で小学生が5人病院に運ばれ2人が重体、1人が死亡したと伝えていた。