第二十話 雨具 (連続22日目)

朝早くに黒虹達は帰っていった。
「わりーなーホントに猫たちと遊んだだけみたいになっちまって」
と珠美は言ったが、実のところ猫とも遊んでないだろお前ら。猫たちは華麗に避け続けていたからな、たまよ達を。
「イシイをもっとかまってやりたかったけど、時間切れなんだよなー。他にもおれっち達を待ってる善良な市民がたくさんいるんだー」
それも初耳だが、多分居るのだろう。そう言う物好きが。
「ほんじゃまたなー。また、悪さ始めたら今度は手加減無しで来るからなー」
別に悪さはしていないわけだが。私の職務を出来るだけまっとうに無難に遂行しているだけなんだが。
「ふーん。不満顔じゃん。まあいいけど。あと、気になってるだろうから言っておく…珠樹姉は元気だぜ?ただ魔力を使い果たしたから今充電中なだけで」
それが本当なら実質的に斬の敗北と言って良いだろうな。何を懸けて戦ったのかは知らないが、早期復帰できるのなら珠樹が絶対的に有利だ。一年でリセットされるにしても全てが初期化されるわけでもない。生き延びた人々には記憶が残るし、生き抜いた証は何らかの形で現実に反映される。そのへんは自走社も空気読む。
「あと、その刀は下手に使わない方が良いかもよ?試し切りなんかしたら酷い事になりそうって感じだぜ?良く分かんないけど」
朝の用事を済ませたら早速試し切りに行こうと思っていた私は釘を刺された格好だ。
「じゃあたまよ達はここでおさらばだぜ。本来は迷惑料とか渡しとくとクールだけど、なんせおれっち達ボランティアだしなぁ」
私がどちらかというと悪の秘密結社寄りなのはつまりはそう言う事情があるからだ。どうせ来年の春には消えてしまう組織との縁を深めるのは馬鹿馬鹿しいが、それでも正義側と取り引きしないのはそういうことだ。
「じゃあ代わりにもう一つ答えてくれ…特別対策部はまだ健在か?」
珠美はそれまでの人なつっこい表情を一変させた。
「へぇ…気付いたんだ?流石はネコ使い」
にやりと口だけで笑う。
「いや、能力は使っていない。状況と猫たちの報告から推理しただけだ」
特別対策部で異変が起こりつつあるのは昨夜現場近くに居たものならば誰でも知っているだろう。猫たちの報告で私だって知っている。面白いくらいアッサリとこの地域の本部は襲撃され、そして炎上した。犯人というか犯行に及んだのは例の統合しつつあった秘密結社の片割れ、と思われている。だがどちらの秘密結社も対策部にちょっかいを出すなんて大胆なことが出来る器ではない。影に何か大きな組織が控えている…それはこの目の前の黒虹達かも知れない。
「一応言って置くけど、おれっちたちがやったわけじゃないからね。むしろ驚いたよー。あと、あんだけ酷くやられたのにスタンリーもサカナも無事だぜ。彼らがそのことをどう捉えるのかは責任持てないけどな…はい、タダの情報お終い。これで貸し借り無しな?」
まあ、良いだろう。事態が私の想像通りならいずれまた敵対しなければならない時が来そうだが今はケンカしたくない。私は納得して素直に彼女たちを送り出した。
そして充分時間をおいてから塩をまいた。


昔は自分もやっていたのだが、久々だとテレビを見ながらの食事というのはなんだか変な気がする。
「消さないか?」
私は刻や刺が着ていた制服を着込んでいるテレコスピーカーに提案してみたが、「この後天気予報と占いだからっ」と譲らない。
「今日から学校再デビューだし、いちおー押さえておかないとっ」
そういうもんなんだろうか。何処かで若者のテレビ離れが激しいと言う話を聞いたばかりのような気がするが…
まあそれはともかく。
テレコはしばらく家で預かることにした。前とは状況が違い本当に何の身寄りもなくなったのだ。彼女の両親への恩返しの意味もあるし、法的に成人するまでは保護しようと思う。
もっとも前もそうだったように彼女が自分で出ていきたいというのならそれはそれでかまわない。組織の後ろ盾が無くなったので未成年が働いたり部屋を借りたりとかは難しくなったが、まあほんの一年足らずだが組織の幹部までやった娘だ。その辺はコネで何とかするかも知れない。問題山積なのに中学校に再び通えるようになったように。何とかしてくれると、とても助かるのだが。
ニュース番組を見ながら朝食は続く。
「えー!?雨ですかー?!しかも今降り出した!?あーホントだよ…せっかくの復学記念日なのに、ついてないっスー」
「…だから食事中に立ち上がるな、と何度言えば」
「あー一昨日ので傘も全滅しちゃってるのにどうしよう…コンビニ寄るしかないかなー」
そのコンビニも我が家からはだいぶ離れている。そこに行くまでに充分すぎるほど濡れ鼠になってしまうだろう。だからといって車もないし、どうしたものか。
「カッパがあったかな」
「うげっ」
「だから食事中に(ry」
「カッパとかありえませんよ!かっこわりーのですよ!あーでも濡れるの嫌だし。どーしよーどーしよー」
彼女は頭を抱えてダイニングを歩き回り始めた。よっぽどカッパが嫌なようだ。
私は車を回してもらえそうな知り合いいくつかに連絡を取り、頼んでみようとしてやめた。やはりダメだ。くだらないお願い過ぎる。他に何とかなりそうなのは…十和田か。
まあいい、聞きたいことも有るし。
十和田はやはりワンコールで出た。
『はははははははははははははははははははははははははははははははははそろそろかかる頃だと思い続けて24時間、貫徹の俺に何の用かね猫殺し君?』
…今日も暇をもてあましているらしい。
「寝ろよ。ああ、この電話終わってからな。いくつか聞きたいことがある」
『そんなもん、何匹か殺せば…』
「ふざけるな。答える意志がないなら別をあたる。私を苛つかせるな」
『…ちぇっ。なんか釈迦に説法臭いからお前の質問には答えたくないんだかな…まあ、どっちにしろ内容を聞いてからだ』
私は出来るだけ簡潔に質問内容をまとめて伝えた。
「悪か正義かを問わず、全国レベルで各種組織が急速に消えたり合併したりしているのは…やはり、お前が仕組んでいるのか?」
年末ならいざ知らず、このペースは速すぎる。誰かがこれを指揮し、そして見事にその思惑は進行している…そんな気がする。
『ははははははははははははははははははははははははははははははははははははそんなわけないだろうバカめ。儂ならもっと旨く、誰にも気付かれないようにやるさ。それに、カオスの方が好きな俺がこの状況を望むわけもない』
わかってはいたが、確かめたかったのだ。黒虹がどうしても楯霧斬を潰しておきたかった理由から推察すると、恐らく十和田はこの件に絡みたくても絡めないはずだが…それでもあえて絡んでいるなら、もう私にはこの先の未来が読めない。
「まあそうなんだがな…お前が一枚噛んだら、もう私には手も足も出なくなってしまうからな。この件に突っ込むか止めるか決めるためにも確認したかったんだ。もし私の推理が正しければ、どっちにしろ巻き込まれるんだがな」
『ふふん。それくらい猫無しでも読めるだろ?質問はそれだけか?』
「あと、もう一つ頼みがある」
『なんだ?』
「傘を一本、都合してくれないか…大至急家に届けて欲しい」
しばらくの沈黙の後、電話口で十和田は爆笑した。
『おいおいおいおい…あー…無理だな。貴様のお姫様の登校時間には間に合わないぜ?いいじゃねぇか。何だったら今日は休ませるとか…ああ、大量にもらった某球団のポンチョが有ったろ?あれでいいんじゃねーか?』
その手があったか。


遅刻ギリギリでテレコはその某球団のポンチョを被って家を飛び出した。
今年は微妙な成績の球団なので変にイジメの原因にならなければいいのだが。公共の場では我慢するだろうが、そのいじめっ子達の命が心配だ。


翌日、大量の雨具が着払いで届いた。
十和田らしい嫌がらせだ。