第五十七話 暇つぶし (連続62日目)

試験三日目。
もう諦めた方が良いんじゃないか…と止めたくなるほど消耗しているテレコスピーカーを見て、昨日よりも強く『ダメなんだろうな』と思った。
しかし中学の期末試験にそんなに疲れるような要素、有っただろうか?
夜はちゃんと寝ているような様子なんだがなぁ。こっそり睡眠時間を削っているのか…刻や刺が酷いのか。
その刻や刺の方は非常に楽しそうに毎日学校に通っている。
やっぱり刻や刺が酷いのか。
邪魔をしたくなかったので席を外していたが、やはり様子を見ておいた方が良いかも知れない…
などと考えていたのだが意外と真面目に取り組んでいるようなので私はさっさと家を出てきてしまった。
ひょっとすると私が居るから格好を付けていただけで私が出かけた時点でだらだら怠けるのかも知れなかったが、三人の間に漂う異様な雰囲気と言うか緊張感に耐えられなかった。
十和田の研究室…に行くとおそらく叶開花が居ると思われるので、私はなじみの喫茶店へ向かった。
私が飲食可能な店に行くのは実に3ヶ月ぶりのことである。あ、全然なじみじゃないや。


「もっと猫ちゃんつれて来ても良いですよー♪」
と猫喫茶もふもふ亭のウェイトレスは言った。
もちろんそれは社交辞令であり、いつものように何十匹という猫を引き連れて入店したら怒られるだろう。普段外を歩くときだって制限を掛けているくらいだ。今だってウチの猫と店にいる猫、そして他の客が連れてきた猫全てが私の席の周りをうろちょろしている。いわば猫独占状態。
「いつも思うんですけど、見事なものですよねー。どうすればここまで猫に好かれるんですか?」
ネコ使いだから、と言うのが一番率直で正直な答えだ。しかしそのまんま言うわけにも行かない。秘密なのだ。一応。
「ネコ使いだからだよねー」
バラされた。
対面には叶開花が座っている。
「十和田の研究室に居るものだと思ってましたよ」
私はここへ来てから何度目か解らないため息を付いた。
「そんな毎日おっかけっこしたいわけじゃないしー。今日はなんとなーく勘が働いてね。ここで張ってればシロウちゃん来るかなーって」
公園にでも行くべきだったか。失敗した。軽く仕事も持ってきたのだが開花が居るのでは作業するわけにも行かない。
「んー?どーしたの?仕事しないの?」
出来るわけないだろう。目の前に時走社社員が居るのだ。それほど見られて困るデータは持ってきてないが彼らに顧客の秘密を知られるわけには行かない。一般人には意味のない情報でも彼らなら一瞬でなんのことだがわかってしまうだろう。何せ時間は無限にあるのだから。
「おじさんなんではたらかないの?」
「うるさいだまれ」
「えー」
開花はぷぅっとふくれて、ジュースをぶくぶくやっている。こらこら、いい年をして汚いな。
「えー。だってちゅーがくせーだもーん」
確かに制服はな。テレコたちと同じ制服着てるよな。つーかこの辺りで能力者や改造人間を入学させてくれるのってそこだけだしな。でも中身は大人だろうが。
「そんなわけないですよー。ものすごく良く似てますけど、この子は開花ちゃんの妹のかしきちゃん。そもそも開花ちゃんあの時すでに高校生じゃないですか。若返ったりしない限り中学生にはなれないですよー♪」
ウェイトレスは他の客の注文を聞きに席を離れた。
若返ってるんだがな。そう言う設定にしないと確かに不味いだろう。ここには数年前まで…フサエが生きていた頃、良く来ていた。開花もしょっちゅう顔を出していた。流石に覚えているだろうし、『実は毎年若返ってるんですよ!』とも言えないだろう。
「…で、かしきとやらとして3年過ごしたあと、どうするんです?今度はその妹?」
「かんがえてなーい。ま、でもキョウコちゃんもその頃は結婚してウェイトレス止めてるだろうし、ここの主人は細かいこと気にしないし、問題ないと思うよー。ここに戻ってこれるかどうかも微妙だしー」
あのウェイトレスさんはキョウコと言うのか。覚えておこう。
書類仕事が出来ないので代わりに猫達を動かす。今回の案件は所謂素行調査だ。大体の行動パターンは掴めたので後はそのレポートと証拠写真が必要になる。私の猫達はとても訓練されていて優秀なのでやれと言われればデジカメを持っていって写真を撮ってくるなんて事はわけもなくやり遂げる。しかし何せ猫なので非常に失敗が多い。写真を撮っている姿を誰か他の人に見られるのも不味い。私が直接行くしかないかもしれないが…今は動けない。
「制服姿ということは転校してきたのか…良く認められましたね。こんな時期なのに。それとも学校には行ってない?」
なんせ試験期間中だ。転校して来るにはあまりにも不自然。つーか受業も受けてないのにテストしかする事がない。夏休み明けに転校が一番自然だろう。
「ん?春からちゃんといちねんせーしてるけど?」
なんですとー?!
いや、それはありえない。私は毎年入学者と卒業者のリストだけは入手して、不審な点はないかチェックしているのだ。それ以上踏み込むのは道義上不味いので遠慮しているがそれだけはきちんとこなしている。
「リストから漏れてたんじゃない?つーかシロウちゃん、またワザと知らないゾーン作って遊んでるの?そりゃなんでも知ってるネコ使いじゃ世の中つまんないかもしれないけどさー」
そうじゃなくて。時走社社員にこんな事を説明するのもなんだが、私は何故学校内の事を調べないのかの理由を言った。
初めのうちはうんうんと頷いていた開花だったがそのうちへの字口になり、さらに眉間にしわを寄せて首を振った。
「ちがう、ちがうよシロウちゃん。たしかにあんたが学校内を嗅ぎ回れば色々とめんどうなことになるし、一般の子供達を巻き込むことにもなりまさーね。業界の他の奴らとの縄張り争いとかもあるだろうし。でもだからこそ今学校で大変なことになってるの、わかってる?」
わからない。どういうことだ?
「いい?私達はネコ使いが今猫を殺さないためだけに動いてるのを知ってるけど、他の大多数の業界のメンツにとって、アンタは未だに猫殺しなのよ?むしろ奴らは何故猫の命を惜しむのかわからないんじゃないかと思うの。そういう奴らにとって、シロウちゃんは脅威なのよ?何せいつ爆発するかわからない爆弾みたいなものだしね。しかもほぼ全知、全能とは行かなくてもかなりの難敵。しかも各秘密結社や正義の味方にまで連絡が取れる。私を通じて時走社ともね」
まだ何が言いたいのかわからない。私としては関わりを持たないで居てくれれば助かるだけだが。
「だからさー…その人達が仮にシロウちゃんに都合の悪いこと、シロウちゃんが知ったら怒るようなことをしようとなったら、出来るだけ知られない場所…つまり、何故か知りたがらない場所でやるしかないわけよ」
まさか。
「もっとわかりやすく言えば…この地域の悪いことは全て、学校でおこっている
私は荷物をまとめて立ち上がった。
「おや。どこ行くのかな?もう学校には誰も居ないし、今シロウちゃんがなんの許可もなく行ったら不審者として正式に捕まるわよ?まあ落ち着けば?」
私は再び座り直した。
「学校で何がおこっているのか、教えてくれ」
「やーよ。私は休暇中だし、関わりたくないもの。それに情報屋がタダで色々知りたがるなんて間違ってるでしょ?」
「頼む」
「ふふん。私より良く知ってるのがあなたの家に居るじゃない?私はちょっと忙しいの。試験中だしね♪」
暇だから遊んで、と昨日言っていたのに。しかしこれ以上食い下がっても何も教えてはくれないだろう。
…自分で調べろ、と言うことか。
「じゃあね、ネコ使い、遊びも程々にね♪」
開花はニヤニヤしながら帰っていった。…単にからかわれただけかも知れない。そう酷いことがおこっているとも思えない。そもそも大がかりな何かが有るのなら学校外にも影響がでるはず。
しかしいずれももう学校を知らずに置いておく理由としては薄い。
方法はまだ思いつかない…真正面から正式なルートを辿って行っても「何か」は逃げてしまうだけだ。
だがやる気だけは湧いた。もしかすると私を焚きつけるためにわざわざ来てくれたのかも知れない。
開花のジュースがあった場所にいつの間にか分厚いレポートと何枚かの写真が揃えて置いてあった。帰った時には気付かなかったのでたった今戻ってきて置いていったのだろう。
中身は今追っている男の詳細なレポート、そして証拠写真。
『暇だからやっといた』とのメモ付き。
「そんなんだから若返っちゃうんですよ…」
暇を持て余しているのは本当のようだ。