キャラウェイ (連続70日目)

時々変な命令を出し、そして一人で何かを納得している。
ネコ使いの悪い癖だ。
俺達はそれに付き合わされている。強制こそしないが、立場的にやらざるを得ない猫達だっているのだ。たとえば俺とか。
もうそろそろ、自宅でのんびりブースト役かアンテナ役をやって余生を過ごしたいんだがな。
それをネコ使いに言ってみたこともある。すると奴は「まだ老け込む年じゃないだろう。もうちょっとがんばれよ」とニヤニヤして俺を撫でた。
ふざけてるのか。老人イジメか。つーかそーゆー時だけじゃなくてもっと撫でろ。かわいがれ。
まあそれはそれとしてだ。
今夜は雨の中、レベッコが拉致られたと言う危険な小学校の周りを重点的にパトロールしろとのご命令だ。校門をくぐって校内に侵入するのは禁止。校門をくぐらなくても校内への進入は禁止。不審人物の全てを観察し、よく見て、良く聞いて、良く覚えること。何か危険が迫ったら任務の途中でも即中断して帰って報告すること。ともかく生き延び、無事帰ること。
そんな危険な任務だというのに、命じた本人は俺達に同行もせずに刃剣の長女と飲んでいる。なんだこいつ。まあ色々と聞き出したいのだろうが、貴様一回もそんな器用なこと出来たためしが無いじゃねーか。
「なーに一人でブツブツ言ってるんですか、キャラウェイ隊長。雨足も弱くなってきましたし、ちゃちゃっとかたづけて帰って寝ましょうや」
俺の高貴な思索を邪魔したのはピエールだ。まだ若いが俺の元で徹底的に鍛えられたタフガイ。だがそのせいかやたらと俺に意見したがる癖がある。もう少したてばこいつも班を任され、隊長と呼ばれるようになるだろう。おそらく俺に匹敵するステキリーダーになれるはずだ。だが今はただの生意気な若僧でしかない。
「うるさい。もう少し弱まるまで待てないのか」
俺の第六感がそう言っている。もう少し待てば濡れずにすむ。部下達の健康を気遣うのも隊長の役割だ。
「そういいながらもう1時間もグズグズしてるじゃないですか。あんまりサボってるとまたレベッコさんに怒鳴られますぜ?」
ああもう、本当に生意気な若僧だ。
「レベッコは関係ないだろうレベッコは。そもそもあいつと俺とサルーは同格だ。お互い意見は出すし話し合いもするがどちらかが一方的にエライとか、そういうことじゃねーんだ。それに俺はあいつが怖いわけじゃない。めんどくせーから揉めるのを避けてるだけだ」
「ふふり。確かにそれはそうですよねーキャラさん。でもあたいらもう飽きたし、こうやってじっとしてるのも苦痛だし、濡れるのもどうせ一時だし、そろそろ良いんじゃないですか?」
余計な口を挟むのはハチワレだ。元々はスンタリーの班にいたのだが、もう一匹の若手、グナイも含めた三匹が揃うと仕事もせずに馬鹿みたいな事(ネタ合わせだと本人は言っていた)をしているのでついにレベッコが激怒。ハチワレだけがウチのチームにやってくることになった。こいつも少し生意気だが、まだ俺のチームでは日が浅い。多少の発言は許してやろう。
「…タスク。天気予報はどうだった?」
ウチのチームの古参、タスクに尋ねる。
「はっ。私の記憶ではこの雨は明け方には止むと。しかしもう1時間待って止むかどうかは私には解りません」
タスクまでそんなことを言う。仕方ない。
「…そうか。明け方まで待つわけにもいかんな。ではキャラウェイ隊、先行したスンタリー班を追って出発。さくっと終わらせて帰るぞ」


梅雨明け宣言は未だだがもう夏と言っても過言ではない。
降りしきる雨は俺達の体温と体力とやる気を削いでいくが、それでも冬場の行軍よりはよっぽどマシだ。
出来るだけ濡れないように雨宿り出来るポイントからポイントへ走る。ポイントにたどり着いたらそこで辺りの気配を探り、聞き耳を立てる。どんな些細な音も聞き漏らさない。それが今は役に立たなくでも、あとで俺達の主人が何かに気付くヒントになるかも知れないからだ。
もっとも些細すぎる音までフルに使用するようなことになられたら困るのだが。誰かが死ぬことになるからな。
夜中で、しかも雨が降っているので人通りは皆無だ。この辺には学校しかないので車も通らない。わかってはいたが無駄足なのだろう。
「そろそろ帰るか」
「ちょっ隊長、まだ初めて数分ですよ?」
「キャラさん、面倒なら指示だけ出して、そこで休んでてくださいよ」
うるさい。黙れ。勝手に名前を省略するな。
部下達だけに働かせるわけにも行かないので俺は渋々作戦を続行する。俺の部下達は有能だがまだ俺抜きで危機管理出来るほどでもない。ましてや未知の、それも恐らくは知覚不能の敵が潜んでいるのだ。全て丸投げなんて危険すぎる。
もちろん、危険がなければ全て丸投げする気満々だ。
それからさらに数十分、同じように雨宿りしながら周囲を探り続ける。やがて先行していたスンタリー班とも合流した。
「スンタリー!」
「ハチコウ!」
「グナイ!」
「あたいらっ!」
「「「ブラックシスターズ!」」」
早速始めた3匹を猫パンチで黙らせ、スンタリーにこれまでの報告を聞く。
どうやらこいつらも何も見つけられなかったようだ。空振りか。
しかしパトロールとはそう言うものだ。むしろ巡回するたびに何かを見つけ出すような事態になられても困る。
「さて、帰るか」
「そうしましょうか」
「ちょ、だから未だノルマ達成して無いじゃないっすか!なんでそうすぐに帰りたがるのかな?!」
「スンタリーねえさんはなまけものですね、わかります」
俺達はそれからさらに数時間グルグルと学校付近を回って潜んでいるかも知れない何かを探り続けた。


体力の尽きた奴から順次帰らせ、最後に残ったのは俺とピエールだけだった。
「お前も帰れ。もうどうせ今夜は何もおこらないさ」
「そんな感じみたいっすね。でも隊長を一人にするとまた何処かで勝手に泊まっちゃうっすから、最後まで付き合うっす」
なんだそれ。俺をボケ老人か何かだと思ってるのか。
だが揉めるのはめんどくさい。俺は鼻で笑ってスルーした。
「良いから帰れ。俺はまだちょっと用事がある」
ピエールは愚図ったが俺は強引に帰らせた。
そうしておいて俺はもう一度学校の周りをぐるっと回り、そして最後に校庭を見下ろす木の上に駆け上った。
先ほどちらりと変なものを見たような気がしたのだ。
校庭に鳥のようなものが一瞬だけ。
瞬間移動なのか位相の壁がたまたま薄れていたのか…それとも俺の勘違いか。
いつもなら気にせず報告すらせずスルーするのだが、あまりにも奇妙だったのでどうしても確かめたかったのだ。
それは鳥に犬の顔と手足を継ぎ足したもののようだった。いや、逆に犬に翼を生やしたようなものと言った方が正確か。
部下の誰にも確かめなかったのはそれが危険だと思ったからだ。
探るだけでも死の危険がある…そんな予感がした。
木の上から再び校庭を見下ろす。
…何もない。
まあいい。
ちょっと確かめたかっただけだ。


家に入る直前、今度は別の奇妙なものを見た。
傘を差した女がこんな真夜中に屋敷の周りをうろちょろしている時点で怪しかったが、フルフェイスの黒いヘルメットを被っているのがさらに怪しかった。
その女はカバンから何かを取りだし、郵便受けに何かを入れようとしている。
郵便配達のはずはないだろう。
俺はそいつに声をかけた。雨で良く解らないが懐かしい匂いがするような気がしたのだ。知り合いなら俺に気付けば何らかのリアクションをするだろう。攻撃はそれを確かめてからで良い。
しかし女は俺の姿を見た途端、悲鳴を上げて逃げていった。入れようとしていた何かは手に持ったままだ。
秘密結社の下っ端とかだったのだろうか。
何だかよくわからないが、追っ払えた。
俺はその悲鳴にも聞き覚えがあるような気がしたが、気のせいかも知れない。
家にはいると宴は真っ盛りだった。
やれやれ。
これでは拭いてもらえないだろうな。
俺は猫部屋に行き用意されていた大量のバスタオルに寝転がり、自分で体を拭いた。
これで風邪でも引いたら、生涯恨んでやろう。