第四十話 駆逐艦作業 (連続43日目)

何一つ忘れられないというのはなかなかしんどいもので、突然意識を失って二日も三日も寝込む、と言うことが年間何回か有る。
昨日まで二日も眠りっぱなしだったのはそういうことなのだろうと私は簡単に考えていた。
「遅れを取り戻すか、レベッコ」
「んーふーっ」
すでに何班かに分けて今夜のパトロールが徹底して行われていた。
私が気絶していた間も一通りのパトロールは続けられていたものの、いくつか私の記憶からズレが生じている。それの補完と修正が目的だ。これまで空き家だったところにいきなり人が住み着くケースが多い。しかも引っ越しの形跡も無い。
恐らくはただの記憶違いだが、また例の名無しの秘密結社の策略かも知れない。
私とレベッコは各リーダー猫の報告だけではわからない情報を直接確かめに真夜中の町へ出た。
自分で確かめるとは言っても私には猫とのリンク以外にこれといった能力もないので、半分は散歩が目的、もう半分はレベッコの愚痴を聞いてやるのが目的。
最近のレベッコは「フーッ!」と威嚇ばかりで余裕がないものな。今日の決定にも不服のようだし、ストレスは限界近くまで溜まっているだろう。
三件先の誰が来ても吠える犬を完全無視して、レベッコは夜道の真ん中と堂々と歩いていく。私はその後をゆっくり付いていく。
何だか久しぶりに犬に吠えられた気がする。内心ドキドキだが、主人がそんなに簡単にビビっていては示しが付かない。あ、今、鼻で笑っただろ、レベッコ。
「にぁーぅ」
イヤミを言われた。ああ、確かに少しびっくりしたさ。でも一瞬だけだ。
何故かこんな所に人が住んでるはずがないと思ってしまったのだ。変だよな、何度もこの道は通っているし、そのたびに吠えられているはずなのに。
猫達のリンクによるとここは無人で何年も前から空き家のはず、なのだがこうして犬もいれば家の中に主人もいる。何も問題ない。この家の旦那は少し苦手なので私は少し違和感を覚えながらも早々に立ち去った。
まあでも多分、吠えられるのが嫌な猫達がこの家を回避したせいだろう。
突然埋まったと主張するどの家も犬が庭先で飼われていた。謎の一端はそれくらいしか考えられない。
但し予断は禁物だ。想像すら出来ないが何か奇天烈な作戦が進行中なのかも知れない。
次の家を目指す。
道中レベッコは刃剣の姉妹を長期間住まわせるリスクを一つ一つ上げていった。私が斬と握手してからこれまで何度も何度も繰り返してきた話し合いをまだ続けたいようだ。
「にゃーう」
「ああ、確かにな。刃剣になれている大人猫達はともかく、やんちゃな子猫たちは思わぬ怪我をするかも知れない。テレコスピーカーの時もあったしな。特にグナイとナゴナは危険だ。後先考えなさすぎるからな、あいつら」
「んにぃー」
「だったら何で?さっきも説明しただろ…経済的理由、あと火力だ。今でこそ暇で暇で仕方ない状態だが、いつか、それも近い将来決戦の時が来る。その時の手駒は必要だし…見ていないところで「遊び」を始められても困る。最大の理由は一番最後のだな」
「フーッ!」
「いやいや。本当だって」
「フーッ!」
「そんなわけないだろう…相手は女の姿はしているが中身は刀なんだぞ?考えてることもまともなようで切ったり裂いたり刺したり刻んだりする事ばかりだ。そんなのに萌えるはずもないだろ」
「フッ」
「うわっ信じないのか…まあいいが。ああ、そろそろ次の家だな」
その家は通夜の真っ最中だった。
リーダー達の報告によれば昨日までここは空き家だったのだが昨日その家に何十年と愛犬だけと暮らしていた老人がひっそり亡くなられた、らしい。何度か犬が寝ている間に餌をもらったことがある猫が数匹いる…やはり矛盾している。
老人と私には面識がない…が、犬は何度か庭でだらしなく寝ているのを見たことがある。
今も犬は寝そべったままでこちらを伺っている。その気はないようだがおかしな事をすればすぐ飛び起きて吠え始めるだろう。だらけているようでだいぶ賢い。
「…やはり見るだけじゃ解らないな。しかし猫ならともかく犬は私の専門外だ」
「にゃー」
「そうだな、次に行くか」
私達はそんな風にして犬の居る家を一軒一軒見て回った。特に変わった様子は無かった。過去の私の記憶とも一致する。猫達の勘違いに過ぎないのか…それとも。
なんの収穫もないまま時間は過ぎ去り、町内を丁度一周したところで切り上げることにした。途中受けた報告によるとどちらが客間の方でテレコスピーカーと寝るかで刻と刺がまた言い争っているらしい。
「斬も居るし無茶はしないとは思うが…急いで帰った方が良いな」
「にゃー」
そうだな、確かに3人泊めるには我が家は狭い。それもデメリットの一つだ。


家に帰るとそれは斜め上の形で解決していた。
「失礼を言うようだが、狭いのでな。隣の空き家を借りた」
確かに隣の家はこの家の元の主人がやらかしたお化け事件以来ずっと空き家だが…いつの間に。
「お前が呑気に気絶している間に。電気もガスもまだだが、寝るには問題ない。何時までも居間を占領しても悪いしな。だから、お前に反対されたら素直にそっちに引っ越すつもりだった。騙したようですまないな」
…だったら最初から隣の家に引っ越せばいいのに。何故ウチに妹たちを寄越す必要があるんだ?
「一つは勉強を見てもらいたかったから。ふざけているようだが妹たちは真剣だ。ああ、なんとなく駄洒落っぽい感じになってしまった。しまった、そんなつもりはなかったのに」
そういう斬はふざけているのだろうか。
「いや、別に真剣は真剣でわかったから良い。他の理由は?」
言いずらそうにくねくねしながら(斬がくねくねのするは初めて見た)斬は答える。
「言いにくいが、うー…要はどうやらあの二人、例の一件以来角娘を気に入ってしまってな…どうしても一緒に暮らすと言って聞かない。迷惑だろうが、改めてお願いできないか?」
例の一件というのも私が気絶している間に起こったのだろうか。
しかし、そんなことよりもだ。
私は一つ、名案を思いついた。
「レベッコ」
「にぁ?」
「問題ないよな?」
「にー」
これで私は決めた。あとは提案するのみ。
私はテレコを呼んだ。何も知らないテレコは「やっふー!なんだいおじさん?」といそいそとやって来た。
「テレコスピーカー。お前、引っ越しが終わったら楯霧さん所の子になりなさい」
「えええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ?」


一週間後、テレコスピーカーは隣の家にもらわれていった。
経済的な心配がまた復活してしまったが肩の荷が全て下りたような気分だった。
爽快だ。